艦娘恋物語   作:青色3号

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最上の場合

特殊任務、という単語は艦娘たちにとっては耳馴染みがない。深海棲艦と戦うことを専らとする艦娘はそれ以外の任務に就くことはないからだ。なので今しがた提督執務室で提督からその単語を聞いた最上も最初は面食らった。

 

 

「特殊任務……僕が?」

 

「そうだ」

 

 

机の上で両手の指を組み合わせ提督は最上に説明する。

 

 

「明後日夜、軍の外部協力者と接触するのだが……先方が、艦娘の実物を見たがっている。なので、お前を連れていく」

 

「時間と場所は?」

 

「時間は後程正確に……場所は、例の鎮守府近くの神社の境内だ。ちょうと秋祭りの最中だな」

 

 

秋祭り、という場にそぐわない単語の登場に最上は軽く眉をひそめる。その最上の疑問に答えるかのように提督が更に説明する。

 

 

「人ごみの中の方が目立たないからな」

 

 

なんとなく得心して最上は質問を続ける。

 

 

「艦娘を見たいということなら、僕は制服の方がいいのかな?艤装は、つけないよね?」

 

「目立たないことが肝要だからな、服装は自由でいい。俺も私服で出かける」

 

 

簡潔にして要領を得た、それだけにぶっきらぼうにも聞こえる提督の指示。それでも、最上の胸は高鳴った。心寄せる提督からの直々の特殊任務参加の命令、しかもその内容は提督とふたりでの秋祭りへの潜入。

 

 

 

……もしかして、これは「デート」では?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦娘寮の自室に戻った最上を待っていたのは顔を紅潮させながらの三隈の言葉だった。

 

 

「もしかしなくても、それはデートですわ!」

 

 

パン!と両手を合わせて断言する三隈に自分も顔を赤くしながら最上は応える。

 

 

「やだなあ、三隈。特殊任務だって。お仕事だよ、お仕事」

 

「何をおっしゃいますの!こんなチャンスそうそうあるものじゃございませんわよ!」

 

 

勢い込んで三隈は言葉を重ね、ふと指を顎に当て最上を見つめ直しながら呟く。

 

 

「それにしても特殊任務だなんて、そんなに口にしていいものですの?」

 

「あれ?そういえば」

 

 

外部協力者と接触するという概要のみしか聞いていないが、特殊任務というからには極秘だというイメージがある。しかし提督からは特段口止めなどはされなかった。今更ながらに違和感を少し感じる最上に向かい、三隈は再び勢い込む。

 

 

「まあいいですわ。それで、何を着ていくかはもう決めましたの?」

 

「え?まだだけど……動きやすい恰好で、と思っているけれど」

 

「ダメですわ、そんなの!」

 

 

ぐいっと顔を最上に寄せて三隈は引き気味になる最上に強弁する。

 

 

「デートですのよ、デート!ここで気合を入れなくてどうするのです!」

 

「だから特殊任務……」

 

「去年買って、結局着なかったアレがありますよね!アレの出番です!」

 

「へ?」

 

 

一瞬、なんのことだかわからなかった。わかった時には「アレを?」という疑問が最上の胸に湧き上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒトハチマルマル、この季節陽もすっかり暮れたその時間、提督は水色の綿シャツにベージュのチノパンという軽装で最上を待つ。時間ぴったりに最上が神社の鳥居のところに現れる。

 

 

「て、提督、お待たせ……」

 

「最上か。時間ちょうど……」

 

 

言いかけた提督の言葉が止まる。最上に向けた目が見開かれ、提督は知らず一歩最上に近づく。

 

 

紺の生地に白い朝顔をあしらった浴衣姿、すらりとしたその立ち姿。その姿に提督は一瞬言葉を奪われた。自分に遠慮なく突き刺さる提督の視線から逃れるように最上は視線を提督から外し呟く。

 

 

「ちょ、ちょっと浮かれすぎたかな……任務、だもんね」

 

「いや、服装は自由といったのは俺だから構わない」

 

 

それだけ言って流石にそれだけじゃ無粋に過ぎると思ったか、提督は一言付け加える。

 

 

「よく似あっている」

 

 

好きな人からの嬉しい言葉、その言葉に最上の顔に特上の笑顔が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平日昼間の物静かな風景を想像させない人ごみの中、屋台の光に照らされながら提督は最上に告げる。

 

 

「予定接触時間まではまだ間がある。屋台を適当にひやかしていいぞ」

 

「え、いいの?」

 

 

特殊任務という仰々しいシチュエーションの割にはユルいな、と思いながら最上は素直に提督の言葉に甘えることにする。きょろきょろと周りを見まわし、まずは腹ごしらえから済ませようと算段する。

 

 

「じゃあ、まずはあそこの焼きそばから」

 

「600円か、俺が出そう」

 

「え、いいよ。僕もオサイフくらい持ってきているし」

 

「遠慮するな、特殊任務手当代わりだ」

 

 

浴衣の最上に合わせるようにゆっくり歩く提督の傍らで最上は胸を高鳴らせる。本当に、任務だということを忘れてしまいそうな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

焼きそばの後はたこ焼きでおなかを膨らませ、甘いものが欲しいと綿菓子を買う。りんご飴を咥えつつ金魚を掬い、小さなビニールに水と入れられた金魚を眺めながら歩く。

 

 

「なにか、三隈たちにお土産を買っていこうかな」

 

 

言いながら最上は浴衣の裾からお財布を取り出す。艤装を纏っていれば鋭敏に周りの気配を察知するその鋭い艦娘としての感覚も艤装のない今は普通の少女のそれでしかなく、だから最上はすれ違いざまに男がその財布をひったくるのを止められなかった。

 

 

「あ!」

 

 

駆けだす男を追おうとしてつんのめる。浴衣姿では、うまく走ることができない。転びそうになる身体を受け止める感触に目を見開くと、提督が最上の身体に腕を回していた。

 

 

「ていとく……」

 

「ここで待ってろ!」

 

 

最上の姿勢を直してから提督は男を追って駆け出す。その背中を見守ることしか今の最上にはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらして、提督が戻ってくる。片手に無造作に最上のお財布を持ちながら。

 

 

「すまん、逃げられた……追いつく寸前で、財布を投げつけられた」

 

 

財布を最上に差し出しながら提督は謝罪する。その提督の顔は見れぬまま俯き最上は呟く。

 

 

「謝らなきゃいけないのは僕の方だよ……艦娘なのに、提督の部下なのに、提督に迷惑をかけてしまって」

 

「海の上ではお前らは自分の身を守れるが、」

 

 

俯いたままの最上を見つめながら提督は力強く言葉放つ。

 

 

「陸でお前らを護るのは俺の仕事だ」

 

 

最上の鼓動がドクン!と打つ。高鳴る気持ちとともに、一抹の寂しさも覚える。その寂しさを呟きに変えながら最上は提督を見上げる。

 

 

「お仕事……?」

 

 

その最上の呟きは耳には届かなかったようで提督は辺りを見まわしながら言う。

 

 

「どうやら外部協力者は現れなかったようだな。もう少し周って、それでも接触できなかったら帰還するか」

 

 

そういえば特殊任務の最中だった、と最上は今更ながらに思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、昨日のことは夢だったのではないかと少しだけ感じながら最上は鎮守府本館の中庭を歩く。結局“外部協力者”は現れず、提督と最上はあの後鎮守府に戻った。部屋に帰って三隈の質問攻めにあい、自分でも提督とのあの時間をどう説明すればいいのかわからぬまま、それでも浴衣デートを経てますます提督を想う心がつのるのを最上は感じていた。提督にとって昨日のことも最上の存在も”仕事”でしかないと知りながら。

 

 

「あ」

 

 

建物の角を曲がったところでその想い人につきあたる。いつもと変わらぬ表情の提督がいつもと変わらぬ純白の制服姿でそこにいる。

 

 

「最上か。昨日は助かった」

 

「ううん……」

 

 

昨日のことも、提督にとっては仕事に過ぎない。自分にとっては夢のような時間も、提督にとってはそうではない。わがままと知りつつもそのことが悲しくて、最上は足早にその場を離れようとする。

 

 

 

途端、地面にあった窪みに足を取られた。つんのめり、転びそうになって最上は衝撃に備えようとする。しかし後ろから最上に腕を伸ばした提督が最上を捕える方が早かった。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

提督に支えられて、最上の心臓が早鐘を打つ。姿勢を直そうとしながら最上は提督に感謝の言葉向ける。

 

 

「ありがとう。ぼっとしてたから……」

 

「怪我をしなくてよかった」

 

 

事務的にも聞こえる冷静な提督の声の響き、その響きに少しだけ寂しさが募る。募る寂しさ言葉に変え、最上は提督の腕の中で提督に囁きかける。

 

 

「護ってくれたのは……やっぱり、仕事だから?」

 

 

最上を支える提督の腕がぴくり、と動く。その腕から身体を外そうとしながら最上は今の言葉を撤回しようとする。

 

 

「ごめん、ヘンなこと言って……仕事だからだよね、それはそうだよね」

 

 

言いながら姿勢を直そうとする。しかし、最上の動きは途中で封じられた。

 

 

最上を支えていた腕を最上の身体に回し、提督は最上を抱きしめる。強く、強く抱きしめられて最上の呼吸が止まる。後ろから最上の華奢な肢体を抱きしめながら提督がうわごとのように最上の耳元に囁きかける。

 

 

「仕事だけじゃない」

 

 

心臓が壊れそうに波打つ最上の耳に、提督は言葉を吹きかける。

 

 

「仕事なんかじゃ、ない」

 

 

苦しげにも聞こえる提督の声、その声の続きが最上の耳に注ぎ込まれる。

 

 

「最上、お前を護りたい。仕事じゃなかったとしても、俺の個人的なわがままだったとしても……」

 

「え……」

 

「特殊任務、なんてデタラメだ。俺が、最上と秋祭りに行きたかっただけだ」

 

 

思いもかけない種明かしに、一瞬最上の頭が混乱する。その混乱の流れが一筋の答えに辿り着いたとき、最上の閉じた瞳から涙一筋溢れ出す。

 

 

「……僕で、いいの?僕なんて女らしくなくて、男の子みたいで……」

 

「最上じゃなきゃ、ダメなんだ」

 

 

ああ、ずっと待ち望んでいた、でも望むのも罰当たりだと思っていたその言葉。提督のその言葉に最上は身を任せる。強く抱きしめてくる提督の腕の中、最上は心に強く誓う―――

 

 

 

 

―――このふたりの想いを、護っていこうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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