艦娘恋物語   作:青色3号

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磯波の場合

白地のセーラー服に三つ編みの髪、素朴な印象ながら深みのある瞳を持つ美少女。その少女が持つ少女には不釣り合いな大判の一眼レフ。特型駆逐艦九番艦・磯波は、演習後の自由時間をその愛用のカメラを抱えて鎮守府を散策して過ごす。時折足を止め、目に入った光景をファインダーに収め写真に切り取ってゆく。植込みの花を近いところから一枚写真に収めたところで後ろから声をかけられる。

 

 

「磯波」

 

「提督」

 

 

振り向いて、カメラを手にしたままお辞儀をする。軽く手をあげて磯波のお辞儀に応えると提督は磯波の持つカメラに視線を向ける。

 

 

「今日も撮影か?」

 

「はい、趣味ですから」

 

 

微笑んで提督に磯波は応える。そんな磯波にこちらも微笑みを返すと提督は磯波にこんな言葉を向ける。

 

 

「今度、俺のことも撮ってくれよ」

 

「はい、そのうち」

 

 

そのうち、もっと撮影の腕に自信が持てたら。

 

 

 

そのうち、自分の想いが伝わることに自信が持てたら。

 

 

 

そんな思いを胸に秘め磯波は提督を見つめる。「約束だぞ、じゃあな」と背中越しに手を振ってその場を離れる提督を磯波はずっと見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、その日も磯波はカメラを手に鎮守府を散策する。カメラを上に向け、空に円を描くトンビを撮ったところで背中からかけられる声。

 

 

「磯波、今日も撮影か」

 

「提督」

 

 

振り向いて、いつも通り微笑み向ける。微かに頬が熱くなっているのを知覚しながら。想い人にもっと気の利いた言葉を返したいと思いつつも、内気な自分ではこれでも上出来かと考える磯波に提督は近づく。

 

 

「俺のことも、撮ってくれよ」

 

「はい、そのうち」

 

 

繰り返されてきた日常会話、しかしその日はいつもと違った。

 

 

「そのうち、って言ってだいぶ経つな……今、撮ってくれよ」

 

「え?」

 

「ちょうど制服を洗濯したばかりなんだ。どこかその辺で……」

 

 

話を進める提督を前に磯波は自分でも驚くほどうろたえる。

 

 

 

まだ、心の準備ができていない。

 

 

まだ、自分に自信がない。

 

 

まだ、いろいろなことが――――

 

 

 

そんな磯波の様子には気づかず提督は磯波のカメラに手を伸ばす。

 

 

「まあ大したモデルじゃないけどな。どうだろう、あの建物をバックに――」

 

「ダメですっ!」

 

 

思わずカメラに伸ばされた手を払いのける。提督がびっくりしたように身を引く。はっとして提督を見つめなおす磯波に提督は気弱な笑み向ける。

 

 

「あ、ああ……ちょっと強引で、悪かった。そうだよな、磯波にも気分とかもあるものな」

 

 

それだけ言って手を振ると提督は背中を磯波に向けてその場を離れる。しばらくその背中呆然と見送り、そして磯波は身を転じてその場から走り去る。

 

 

 

拒絶してしまった。

 

 

 

嫌われてしまった。

 

 

 

なぜ、私はあんなことを――――

 

 

 

 

自分に自信が持てないから。写真に自信が持てないから。想いが伝わることに、自信が持てないから。

 

 

 

 

足を止め、つま先を見つめる。視界がぼやっとぼやける。深い穴に落とされたような気持ちで磯波は小さくその身を震わせる。

 

 

 

顔を上げ、ぐいっと涙を腕で拭う。と、顔を上げた拍子に目に入ったのは建物の壁に背中をくっつけて建物の向こう側をうかがっているような秋雲の姿。

 

 

 

眉を寄せた表情で何者かから身を隠しているかのような秋雲に磯波は声をかける。

 

 

「秋雲ちゃん?」

 

「ひゃっ!?」

 

 

磯波が身を引くほど大げさに秋雲は飛び上がると弾かれたように振り向く。そこにいるのが磯波と知ってわかりやすく胸を撫でおろすと秋雲は頭を掻き掻き磯波に釈明する。

 

 

「磯波かあ~。いや~、秋雲さんちょっと追われてまして……」

 

「……今度は、何をやったの?」

 

「ほら、最近荒潮が参謀士官のひとりとお付き合い始めたじゃん?早速お祝い代わりにふたりをモデルにしたウスイホンを描いたのが荒潮にバレてしまいまして……」

 

 

荒潮が血相変えて追いかけているだろう秋雲の描いたウスイホンの中身のいかがわしさは想像がつく。はあ、とため息ひとつつき磯波は呆れ声秋雲に向ける。

 

 

「秋雲ちゃんも相変わらずね~……」

 

「そりゃ同人活動は秋雲さんの生きがいですから」

 

 

悪びれもなく胸を張ってそんな台詞を口にする秋雲を前に磯波は黙って首を振る。ふと、そんな秋雲の一面に気がついて磯波は秋雲に向けてとも自分に向けてとも聞こえる口調で呟く。

 

 

「それでも、秋雲ちゃんはすごいね」

 

「ん?」

 

「自分の想いを作品にして、発表するんだもんね。どうすれば、自分のすることに自信が持てるんだろう……」

 

 

それだけ呟いたきり俯いて黙り込んでしまう磯波を秋雲は目を大きくして見つめていたが、口元に笑みを浮かべると穏やかな声を磯波に向ける。

 

 

「自信なんて、ないよ」

 

「え?そうなの?」

 

「うん、いつでも、今でも作品を公開するときはどきどきだよ。でも、自分の思いを込めたものだから、誰かに伝わってほしいから」

 

 

笑みを広げ首を傾げ秋雲は透き通るような声を出す。

 

 

「今の自分の作品は、”今”しか描けないから。“今”の自分の、大事な想いだから」

 

 

秋雲の笑顔が、磯波の瞳に眩しく映る。なにか大事なことが心に届いて、磯波は一歩秋雲の方に足を進める。

 

 

「秋雲ちゃん……」

 

「見つけたわ~!秋雲ちゃん、そ・こ・ね~!」

 

 

場を割るような荒潮の声、その大声に秋雲は弾かれたように硬直する。慌てふためいてその場を駆け去り、走りながら秋雲は首だけ磯波に振り向かせて声張り上げる。

 

 

「何を悩んでいるのかわからないけれどさ、想いなんて伝わらなければ始まらないよ!……あ、荒潮ごめええええええぇぇぇぇぇんんん!!!」

 

「待ちなさい秋雲ちゃ~~~~~ん!!!」

 

 

自分の横を駆け抜けていく荒潮の起こす突風が磯波の長い髪を靡かせる。土煙をあげて視界から消え去るふたりを見つめながら磯波は首からかけていた一眼レフを持ち直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

整備工廠から本館へと続く道すがら、提督は背中から声をかけられた。

 

 

「提督」

 

 

振り向いて、声の主を知る。

 

 

「磯波か、さっきは……」

 

「さっきは、ごめんなさい」

 

 

自分が謝るより先に頭を下げられてしまい提督は言葉封じられる。何を言っていいのかわからないまま突っ立つ提督の前で顔を上げ、磯波は提督見つめ微笑み浮かべカメラを構えながらお願いする。

 

 

「お詫びに、提督を撮らせていただけませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府本館の中庭で立ち木に手を突っ張り姿勢を正し、提督は磯波に確認する。

 

 

「こんなもんで、いいか?」

 

「はい、ではここで一枚」

 

 

パシャリ、とシャッター音の軽い音が響き提督の姿がカメラに収められる。ファインダーから目を外し笑顔見せ、磯波はおどけた声提督に向ける。

 

 

「やっぱりモデルがいいと違いますね」

 

「照れるようなこと言うなよ」

 

 

応えながら姿勢を緩ませると提督は磯波に歩み寄り、至極自然な疑問を口にする。

 

 

「それにしてもどういう風の吹き回しだ?さっきはあんなに嫌がったのに」

 

「自信が、なかったんです」

 

 

近づく提督に横顔見せ、視線を伏してそれでも微笑んで磯波は囁く。

 

 

「自分の納得いくように、提督を撮る自信が。自分の思うように、提督を撮る自信が。でも、教えてもらいました」

 

 

愛用のカメラを愛おしげに見つめ磯波は言葉続ける。

 

 

「自信なんて、いつまで経ってもつかないって。それより、“今”を伝える方が大切だって。……だから、私も思ったんです。“今”の提督の姿を撮りたいと。いつか、じゃなくて“今”撮りたいと」

 

 

伏せた顔をもう少しだけ下に傾けて磯波は囁く。

 

 

「一番大事な人の、”今”を撮りたい、と」

 

 

そこまで告げて磯波は顔を上げ提督に目を向けて早口で付け加える。

 

 

「あ、突然こんなこと言われても困っちゃいますよね。ごめんなさい、私思わず……」

 

 

言葉は、最後まで続かなかった。全身を覆う提督の腕の感触が終わらせた。磯波を抱きすくめながら提督は磯波の耳元に唇を寄せ囁きかける。

 

 

「俺で、いいのか?」

 

 

提督の腕の中、提督の想いに包まれて、磯波は涙瞳から溢れさせながら応える。

 

 

「提督だけが、いいんです」

 

 

自信なんてなかった、自信なんて持てなかった、それでも伝えることが大事だと知った。

 

 

 

 

 

 

伝えなければ伝わらない。だから、勇気を出して伝えていく。自分の想いを、自分の心を―――

 

 

 

 

 

 

―――そうすれば、届くものもきっとある。

 

 

 

 

 

 

 

 

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