今日も今日とて鎮守府の一角、提督執務室で繰り広げられるその光景。執務室の机の上に腰掛けて龍驤は提督に今日あった愉快な話を披露する。
「せやからな、黒潮のやつに言うてやってん。」
「あはははは」
「『黒潮、それたこ焼きやない、お好み焼きや!』ってな!」
「あははははは」
「もう提督~、仕事してくださいよ~。龍驤ちゃんも邪魔しないで~」
秘書艦の飛龍が書類を抱えて抗議するのにようやく話し込み過ぎたと気がついて、龍驤は「よっ」と声を出しながら机から降りる。
「ほならな、司令官。また来るわ。」
ひらひらと手を振り提督に声をかけ、龍驤は執務室を離れるのであった。
その次の日も龍驤は執務室を訪れる。今日の土産話は浦風との一幕。
「信じられんわ!浦風ったらこの間な―――」
「あはははは」
オーバーアクション気味に身振り手振りを交え、その日あったことを面白おかしく龍驤は提督に披露する。いつものように繰り返される日常光景、さすがに文句を言う気もなくなったか飛龍が苦笑しながら提督に言う。
「ホント仲いいですよね、あなたたち。」
飛龍の何気ない一言にポッと龍驤の頬が染まる。その様子に気がついているのかいないのか、飛龍は肘を自分の机に乗せ指を組み、顎をその上に載せながら言葉を続ける。
「これは将来ケッコンカッコカリもありかな~?」
「な、っ!」
今度こそ爆発しそうなほど龍驤の顔が真っ赤になる。龍驤に負けず劣らす顔を紅潮させた提督が飛龍に食ってかかる。
「そ、そんなんじゃないよ龍驤とは!」
「ホントかな~?」
「りゅ、龍驤はオンナっ気を感じさせないからラクなんだ!」
ピシッ、と龍驤の表情がこわばる。ふらりと龍驤はその場を離れる。執務室を離れる直前に龍驤は背中越しに力のない言葉を提督に向ける。
「うち、そろそろ行くわ…お仕事のジャマして悪かったな。」
「お?おお。」
背中に暗雲背負う龍驤の心中には気づけぬままの提督であった。
鎮守府の建物の陰に腰を降ろし龍驤は膝を抱える。自分が色っぽいタイプではないことはいやというほど自覚してはいるが、ああもはっきり言われるとさすがに凹む。ましてそれを言ったのは自分の想い人の提督というのが龍驤の絶望感をいや増してくれる。
「やっぱうちじゃあかんのかなあ…」
悲しくなって膝を抱える腕に力を籠めますますぎゅっと小さく縮こまる。と、龍驤の頭上から声が降る。
「こんなとこで何してんの?」
顔をあげるとそこにいたのは軽空母仲間の飛鷹。飛鷹は「隣いい?」と聞くと返事も待たずに龍驤の隣に腰掛ける。
「なにかあったの?話くらい聞くわよ。」
言われて改めて飛鷹を見直す。艶やかな黒髪に整った美貌、存在感ある胸の膨らみを視界におさめると龍驤は飛鷹から目を逸らし呟く。
「飛鷹みたいなフェロモンむんむんの巨乳ちゃんに話してもなぁ~…」
「!?な、なによいったい!!」
胸を隠すように庇い飛鷹は真っ赤な顔をする。そんな飛鷹相手でも話した方が楽になると思ったか龍驤はぽつりぽつりと話し出す。
「あのな…」
一部始終を聞いた後、飛鷹はくっくっと口を押えて笑い出す。
「そう、あの人がそんなことをね…」
「な、なにも笑うことないやん。うち、結構ショックだったんやで?」
「ああ、ゴメンゴメン。龍驤を笑ったわけじゃなくて、提督のことがおかしくってね。」
え?と龍驤は不思議そうな顔をする。そんな龍驤に聞こえるか聞こえないかの声で飛鷹は龍驤には目を合わせないままひとり呟く。
「まったく、好きなコへの接し方が思春期並みの純情さね。もういい歳なのに。」
「なにか言うたか?」
「なんでもないわ。」
龍驤にそれ以上言葉を与えることもなく飛鷹はその場から立ち上がる。最後に龍驤を振り向いて飛鷹はこんな言葉を残す。
「まあ、龍驤が落ち込むなんて滅多にないんだからたまにはトコトン落ち込みなさい。いい経験かもよ?」
「他人事や思うて…」
「それに、落ち込むのも悪いことばかりじゃないかもよ?」
またも不思議そうにもの問いたげな表情を見せて自分を見上げる龍驤に、しかし飛鷹はそれ以上はヒントを与えることもせず、どこか楽しそうにその場を離れるのであった。
さすがに次の日は執務室に顔を出す気にもなれず龍驤は部屋でもんもんと過ごす。出撃とは言わないまでも演習でもあれば少しは気がまぎれるのかもしれないが、あいにくここしばらくは作戦予定もなく演習場は今日は水雷戦隊が使っている。間宮さんのところにでも行って何かおなかに詰めようかな、とも思ったがどうも億劫で動く気がしない。
「落ち込むだけ落ち込めって言われてもなぁ~…」
窓の外の透き通った蒼空を見上げ、それとは対照的な澱んだ心を持て余す龍驤であった。
その次の日、鎮守府の本館の廊下をとぼとぼと龍驤は歩く。あれ以来心は晴れないままだ。と、廊下の向こうから提督が書類を小脇に歩いてくる。
「お、龍驤。」
「あ、司令官…」
「どうした、昨日執務室に顔出さなかったな。」
「ちょっと…」と歯切れの悪い返事をする。提督の顔は見られない。俯き加減に目を逸らしたままの龍驤に提督は遠慮がちな声向ける。
「なんだか元気ないな。」
誰のせいや、とは思っても言えない。それにそんなに恨みがましく思っているわけでもない。ただ、やっぱり女の子扱いされないのは悲しくて―――そんな龍驤の乙女心知る由もなく、提督は少し屈むようにして龍驤と目線を合わせようとすると、まだ目を見ようとしない龍驤に問いかける。
「なにか、俺にできることはあるか?」
自分を気遣う提督の声、自分に優しい提督の態度。これなら、少し甘えても、わがまま言っても―――自分が何を言っているのか自覚もないまま龍驤は提督にお返事する。
「キスして。」
「え?」
「そしたら…元気に、なる。」
言葉にした瞬間自分が何を言ったか急に自覚して龍驤は顔をかあっと真っ赤にする。そんな龍驤をぽかんと提督は見つめるが、やがて意を決すると龍驤の両肩をがしっと掴む。
「え、ウソ、ホンマに!?ちょ、ちょっと待って、心の準備があ!」
あわあわと慌てる龍驤に顔を近づけ片手で龍驤のサンバイザーを取ると―――
―――提督は龍驤のおでこにちゅっと小さくキスを落とす。
サンバイザーを元に戻し龍驤から手を離し開放する。赤い顔で龍驤から目を逸らす。龍驤も提督に負けないくらい染まった顔をして、少し恨みがましい表情で提督に問いかける。
「…誰にでもこんなこと、するん?」
「まさか…誰にでもなんかしないよ。気になったコにしか、しない。」
言葉がふわっと龍驤の胸の中で広がる。ぽわぽわと胸が温かくなる。そんな龍驤の視線を頬のあたりで受け止めながら提督は龍驤にお願いする。
「だから、元気でいてくれよな?龍驤が元気ないと、俺が、イヤだ。」
どきどきと龍驤の胸が高なる。眼尻になんだか涙が浮かぶ。ふわりと笑顔浮かばせて龍驤は提督に声向ける。
「ホンマ、しょうがないなあキミは!」
満開の笑顔の花、龍驤に大きく咲いた。
了