艦娘恋物語   作:青色3号

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山雲の場合

鎮守府本館の廊下を曲がったところで「あ!」と声が出た。朝潮型駆逐艦六番艦・山雲は廊下の向こうに姉妹艦の背中を認めるとタタタ…と小走りに駆け寄る。後ろから抱きつき耳元に声を吹きかける。

 

 

「朝ちゃ~ん」

 

「わっ!山ちゃん!?」

 

 

山雲に背中から抱きつかれ朝雲は驚いた声を上げるが、器用に抱きつかれたまま振り向くと山雲の身体を抱きしめ返す。

 

 

「もう、山ちゃんったら悪戯っ子ね」

 

「うふふ~、朝ちゃんあったかい~」

 

 

ふたりイチャイチャと身体をすり合わせ微笑み交わしあっていると、この鎮守府の最高司令官たる提督が通りがかりふたりに声をかける。

 

 

「朝雲、山雲。相変わらず仲がいいな」

 

「あら~、司令さん~」

 

 

無意識に山雲は身を引こうとするが朝雲ががっちりと山雲の身体を抱きしめなおして提督に少し挑発的にも聞こえる声投げる。

 

 

「そうよ、司令。私たちはすっごーく仲がいいの!」

 

「見ていて羨ましいくらいだな。俺も混ぜてくれないか?」

 

「姉妹艦の間に挟まる男は馬に蹴られて死んじまえ、って言葉知ってる?」

 

 

冗談にしてはちょっとばかり力の入りすぎている気もしないでもない朝雲の言葉に提督は降参とばかりに両手を広げて首を振る。

 

 

「いやいや、ふたりの間には俺の立ち入るスキなんてないみたいだな。お邪魔虫は早々に退散するよ」

 

 

苦笑い浮かべて提督はふたりに軽く手を上げその場を離れる。遠ざかるその背中を目で追いながら朝雲は山雲の耳元に囁きかける。

 

 

「さて、お邪魔虫もいなくなったし……」

 

「司令さんは、本当に山雲たちがお熱い関係だと思っているのですかねえ~……」

 

「い!?」

 

 

ぱっと朝雲は山雲から飛びずさる。ちょっとばかり冗談が過ぎたが朝雲とて山雲に恋愛感情まで抱いているわけではない。姉妹艦として山雲のことは大切に思っているが、少々行き過ぎたスキンシップが散見されることは事実だが、百合の茨道を進むつもりは毛頭ない。手をぱたぱたさせながら朝雲は山雲に慌てた口調向ける。

 

 

「いや、司令も冗談に冗談で返しただけだし私たちが本当にのっぴきならない関係だとは思っては……思っているのかな……困ったな……」

 

「困り~ました~ねえ~……」

 

 

消えそうな声で呟く山雲を朝雲は言葉閉ざして見つめなおす。その朝雲の前で山雲は悲しげな視線揺らしながら俯きもう一度小さな声で呟いた。

 

 

「困り~ました~ねえ~……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府本館の中庭のベンチに山雲と朝雲は並んで座る。両手を膝の上に突っ張って身を小さく縮こませる山雲の隣で、背もたれに腕を広げて乗せ脚を組んだ姿勢の朝雲が確かめるように問いかける。

 

 

「つまり?司令に誤解されるのは山ちゃんは困ると?」

 

「はい~……」

 

「ふむ」

 

 

ある殿方に姉妹艦との仲を誤解されては困る、その理由はひとつしかない。不覚にも今更気がついた山雲の恋に朝雲はちょっとばかり複雑な気持ちになるが、それでも大事な姉妹艦の行く末を明るいものにしたく現状分析に思いを馳せる。

 

 

 

ぶっちゃけ、山雲にとっての勝算は少なくはないと朝雲は見る。提督が山雲に見せる気遣い、寄せる視線、それらは他の艦娘たちに向けられているものとは明らかに違う。……違う、気がする。一度頭を振って弱気の虫を追い出すと朝雲はまた考えに沈む。

 

 

 

山雲は可愛いし、提督だって山雲に想いを寄せられて悪い気持ちはしないはずだ。なんにせよ、自らの気持ちを伝えないと事は一歩も進まない。そう結論付けると朝雲は山雲の手の上に自分のそれを重ねて山雲に顔を寄せて力強い言葉向ける。

 

 

「ねえ山ちゃん、司令に告白した方がいいと思うの」

 

「こ、告白ですか~?」

 

 

山雲の端正な顔が朱に染まる。無意識に身体を引く山雲に詰め寄るようにして朝雲は言葉続ける。

 

 

「そう、告白。なにも伝えないままじゃ、なにも変わらない。まずは、自分の気持ちを知ってもらうことが大切よ?」

 

「は、はい~……」

 

 

朝雲のまっすぐな視線に貫かれるような気がして山雲は目を伏せる。勇気を振り絞ろうと思うけれど、朝雲と重ねた手の甲が震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでもなけなしの勇気を出し切って、山雲は提督執務室の前に立つ。どれだけの間だろう逡巡して、ようやく山雲は重い扉をノックする。

 

 

「入りなさい」

 

 

聞き慣れた提督の声が怖いものに聞こえる。大きく深呼吸して山雲はその扉を押し開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

誰か他の人がいたら告白は諦めよう、と思っていたが幸か不幸か執務室には提督ひとりだった。執務机の向こうから自分を見つめる提督の方に足を進められないまま山雲は部屋に突っ立つ。

 

 

「どうした?」

 

 

穏やかな声を提督がほほ笑んで向けてくる。穏やかな声なのに、優しい微笑みなのに、いつになくこの人が怖い。何も言葉にすることができないまま木偶と化す山雲の震える瞳を提督はしばらく見つめていたが、やがて唐突ともいえる言葉発する。

 

 

「戦争も、いつかは終わらせなきゃな」

 

「え?は、はい~……」

 

「戦争が終わったら、山雲も自由の身だ。いろんなことができるぞ」

 

 

話の行方が分からなくて山雲はますます不安に瞳揺らす。そんな山雲を見つめなおし顎を両手で支えた格好で提督は言葉続ける。

 

 

「恋をするのも、いいかもしれん。きっと、山雲を幸せにしてくれる男が現れるぞ」

 

 

ガツン、と後頭部を殴られたような感触があった。足元が崩れ去っていった。自分を幸せにしてくれる男、それは提督のことではない。提督は、自分がその存在になる気はない。そのこと悟り、山雲は胸の中に苦しいほど黒いものが満ちていくのを感じる。

 

 

「どんな男が山雲の隣に立つのかな。楽しみな―――」

 

 

それ以上の言葉は聞いていられなかった。山雲は、身をひるがえし執務室を飛び出した。振り向く直前山雲が泣いていたのが見えたような気がしたが、その姿を見て提督が何を思うかはその表情からはうかがい知れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

必死に廊下を駆けてゆく。途中、何人かにすれ違った気がするが泣いているのを気づかれただろうか。角を曲がったところで山雲は今一番会いたかったかもしれない姿と出くわす。

 

 

「わっ!山ちゃん?」

 

 

こちらに驚いた顔を向ける朝雲を認めた瞬間、全ての抑えが効かなくなった。朝雲に抱きつき山雲は人目もはばからず大声で泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらく、提督執務室の木製の扉をノックする音。

 

 

「入りなさい」

 

 

その声に応えて扉を開ける。「駆逐艦・朝雲入ります」としゃきしゃきとした声を発し敬礼ひとつ捧げ朝雲は提督の客となる。

 

 

「朝雲か、どうした」

 

「山ちゃんを、フッたの?」

 

 

前置きなくストレートに切り込んでくる朝雲をこちらもまっすぐな視線で見つめ返すと、提督は少しの間無言を保つ。やがて椅子から身を起こし窓の外に顔を向けて朝雲に背中を向けながら提督は朝雲の問いには直接答えずこんな質問をする。

 

 

「朝雲、俺は何歳だと思う?」

 

「え?えーと……」

 

「26だ」

 

 

話の行方が見えず、いや、なんとなく見えてくる気がして提督の背中を見つめる朝雲に提督は背中越しに言葉続ける。

 

 

「お前らは、何歳になるんだろうな。艦娘の歳を考えるだけ野暮だが、見た目13,4歳といったところだろう?なにも、こんな年上にむきになることはない」

 

 

落ち着いた静かな提督の言葉、それと反比例するように朝雲の胸に灼熱したなにかが満ちる。歯を食いしばる朝雲の表情の変化には背中を向けてるせいで気がつかぬまま提督は締めくくろうとする。

 

 

「もっと、山雲にふさわしい男はどこかにいる。今焦らなくても―――」

 

「駆逐艦の純愛、ナメんなっ!!」

 

 

啖呵を切る朝雲の口調に驚いて提督はようやく顔だけを朝雲の方に振り向かせる。その提督を睨みつけ朝雲は舌鋒提督に向ける。

 

 

「むきになるな、ですって!?ふさわしい相手は他にいる、ですって!?26歳風情が知ったような口叩くなっ!!山ちゃんは、司令を選んだのよっ!!」

 

 

ゆっくりと提督が身体を朝雲の方に振り向かせる。身を折るようにして朝雲はとどめの一撃提督に浴びせた。

 

 

「山ちゃんを幸せにできるのは司令だけなのよっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れの埠頭を海風が渡る。ウミネコの、鳴き声が聞こえる。埠頭の上、水平線に悲しい瞳向けながら山雲は海風に身を任せる。

 

 

「山雲」

 

 

その声に、ゆっくりと振り向く。声で悟った通り、そこにいるのは提督その人。今顔を見るのが辛い、それでも顔を見れば胸高鳴らせてしまうその相手を見つめ、山雲は胸を片手で抑える。

 

 

切なげな瞳向けてくる山雲にゆっくりと近づく。言葉を、自分の中に探しながら。山雲の目前にまで辿り着き、それでも言葉は見つからないまま提督は山雲見つめる。

 

 

提督の腕が、山雲に伸ばされる。反応する暇もなく、山雲は提督に抱きすくめられる。突然のことに思考が追い付かない山雲の耳元に提督は囁きかける。

 

 

「俺で、いいのか?俺は、お前を幸せにできるのか?他の男でなくて、いいのか?」

 

問いが、言葉が、山雲の胸に広がってゆく。熱い感情が涙に姿を変え山雲の頬を伝ってゆく。ようやく、ようやく一言だけ、万感の思い籠めた一言だけ山雲は提督に静かに差し出す。

 

 

「司令さん……山雲は、司令さんじゃなきゃいやなんです~」

 

 

返事の代わりに山雲を抱きしめる腕に力を籠める。山雲の華奢な肢体が提督の胸に吸い込まれるように収まる。山雲の涙が、提督の純白の制服に小さな染みをつくる。

 

 

 

 

 

 

 

この小さくいたいけな存在を自分の力で幸せにしよう、他の誰に任せるのでもなく。そう提督は心に誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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