艦娘恋物語   作:青色3号

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白露の場合

その昼下がり、白露型駆逐艦一番艦・白露は同二番艦・時雨とともに鎮守府本館の廊下を歩きながら言葉交わす。精鋭第27駆逐隊のふたりが交わす会話といえばどんな内容かと思うが、まあ馬鹿馬鹿しい内容である。

 

 

「でさー、時雨たちと組むのはいいんだけれど第27駆逐隊って括りがねー。不満なわけよ」

 

「珍しいこと言うね。白露は27駆に不満があるのかい?」

 

「ある!27という括りがよくない!ここは第一駆逐隊でしょ!」

 

「……そこ?」

 

「呼び名は大事だよー。だって第一駆逐隊になれたら一番だよ、一番!」

 

 

一番という称号に対する白露の執着は根強い。そういえば昨夜も一番風呂に入り損ねたと大騒ぎしてたな、と時雨は白露に気づかれぬよう微苦笑する。なおも第一駆逐隊という呼称に対する憧れというか未練というかを口にする白露と聞く時雨の前から、本鎮守府の最高司令官たる提督が近づいてくる。

 

 

「やっほー、提督!」

 

「提督、いい天気だね」

 

「白露、時雨、休憩時間か?」

 

 

頷き足を止めるふたりの前で提督も立ち止まる。ふと思いついた疑問を白露は口にする。

 

 

「さっき私たち本館の食堂でお昼食べてたんだけどさ、提督いなかったね」

 

「ああ、俺は執務室の隣の専用食堂で食事をとるからな」

 

「わー、なんだかエラそー」

 

 

顔を青くする時雨の横で白露はへらへらと笑い顔提督に向ける。そんな白露を咎めるでもなく提督も微笑み顔に浮かべる。

 

 

「いつも専用食堂なの?」

 

「まあ基本そうだが……公休日は、調理員も休みになるので食堂とか鎮守府の外とかで食べてるな」

 

「ふーん」

 

 

何気ない顔をしているが、提督の新しい情報が手に入るのが白露には嬉しい。好きな人のことをいくらでも知りたいと願うのは乙女の本能である。ふと思いついて白露は提督に更なる質問向ける。

 

 

「提督、今度の公休日は?」

 

「ん?ちょうど明日だな」

 

「ふーん、じゃあ……」

 

 

一度こくんと喉を鳴らして緊張を解いてから、白露は何気なさ装って提督におねだりした。

 

 

「明日、昼過ぎまでお部屋にいてよ。私が、いっちばんいいもの差し入れてあげる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、小荷物を手に白露は提督私室の前に立つ。ここに立ってから幾分時間が過ぎたがなかなか扉をノックする勇気が出ない。すぅ、と大きく息を吸いようやく覚悟を決めると白露は扉をコンコンと叩く。

 

 

「はい」

 

「し、白露です!」

 

 

声が上ずっているのを自覚する。木製の扉が開かれる。いつもの純白の海軍将校制服ではない、ラフなポロシャツとチノパン姿の提督が姿を現す。

 

 

思わず言うべき言葉を忘れて見惚れる。ぼへっと突っ立つ白露に提督は戸惑ったような声をかける。

 

 

「白露?どうしたんだ?部屋にいろというからいたんだが……」

 

「あ、えっと!」

 

 

その一言にようやく白露の時間が動き出す。手にしていた青いハンカチで包まれたタッパーを提督に差し出すと白露は声震わせながら俯いてまくしたてる。

 

 

「こ、これ!提督、お昼ご飯まだでしょ!?まだだよね!?お弁当、作ったから!」

 

 

一瞬ぽかんと提督はするが、すぐに笑顔浮かべるとタッパーに手を差し出す。

 

 

「ありがとう、いただくよ」

 

 

顔をあげて笑顔を見せる白露の表情は輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後の演習時間、整備兵に艤装を装着してもらいながら時雨は傍らで同じように艤装を纏う白露に声をかける。

 

 

「白露、大丈夫かい?なんだかぼっとしているよ?」

 

「うん……」

 

 

時雨の心配にも白露は上の空。食べてもらえたかな、美味しいと思ってもらえたかな、とそんなことばかりが頭の中をぐるぐる回る。手にした主砲を取り落としかけ、慌てて持ち直しながら白露は心ここにあらずの体で出撃ドックから演習海域に出撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

演習結果は散々だった。ぼへらっと敵役の艦隊の接近を見逃し、普段の半分も命中率を出せず、気がつけばあっという間に轟沈判定を食らっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、白露は提督に執務室に呼び出された。

 

 

「なぜ呼び出されたかはわかっているな?」

 

「はい……」

 

 

執務机の向こうから厳しい顔を向けてくる提督のことが直視できない。俯き、唇を噛む白露に提督は静かな、しかし怒りの籠った声を向ける。

 

 

「昨日の演習だ。散々な成績だったな。これが実戦だったらどうするつもりだ」

 

 

何も言い返せない。集中力ゼロで演習に挑み、酷い成績を叩き出した。その理由も明らかすぎるほどに明らかだ。

 

 

「お前は、精鋭白露型の一番艦だ。その称号もこんな成績だと怪しくなるぞ?」

 

 

一番、それは白露にとってとても大事な言葉。しかしその日に限って激しい反発覚え白露は俯いたまま唇の隙間から言葉漏らす。

 

 

「……構わない」

 

 

言葉を聞きとがめ、眉を寄せる提督の目前で白露は身を折るようにして甲高い声で叫ぶ。

 

 

「提督の一番になれるなら、っ!その他のことは二番でも三番でも構わない……っ……!」

 

 

言葉の激しさに、想いの奔流に、思わず提督は椅子の上で身を引く。しかしすぐに冷静さを取り戻すと冷たい一言で白露を刺す。

 

 

「甘ったれるな」

 

 

白露の想いを一言のもとに切り捨てて提督はとどめの言葉放つ。

 

 

「俺は、お前ら艦娘の誰ともそういう関係になるつもりはない」

 

 

言葉が錐となって白露の心臓を貫いた。呆然と提督を見つめる視界が涙で滲んだ。ようやく現実を飲み込むと、白露は身を翻して提督執務室から駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下を走り、息が切れ、どうしようもなく足を止めた。本当は、どこまでも逃げ出したかった。今の位置から動くことできず、溢れる涙堪えることもできず、立ち尽くす白露の姿に気がついた時雨が向こうから近づき心配そうな声を向けてくる。

 

 

「白露?どうしたの?」

 

 

白露の視界の中で時雨の姿が、新たに湧きだす涙のせいでぼやけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらく、提督執務室に時雨の姿があった。

 

 

「時雨か、どうした」

 

「提督、白露をフッたの?」

 

 

単刀直入な時雨の言葉、その言葉に提督も簡素に答える。

 

 

「そうだ」

 

「ふたりとも、いい雰囲気だと思ったんだけどな」

 

 

時雨の言葉に提督は今一度時雨の顔を見つめなおす。その視線まっすぐに受け止めながら時雨は静かに提督の言葉を待つ。やがて、時雨から目線を外し提督はぽつりと呟く。

 

 

「……俺が白露の思いに応えると、白露は弱くなる」

 

 

苦し気にそう呟くと、提督は言葉続ける。

 

 

「あの白露が『二番でも三番でもいい』なんて言うんだ。俺のせいで白露が弱くなるなら……」

 

「白露が、弱くなったんじゃないよ」

 

 

提督の言葉に重ねるように時雨が言葉発する。その声に改めて時雨を見つめなおす提督に向け、時雨は微笑んで続ける。

 

 

「白露の想いが、強くなったんだよ」

 

 

微笑み広げて時雨は提督に更に言葉向ける。

 

 

「その想いに、どう向き合うかは提督次第だけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

波の音が、波止場に響く。夕暮れの時間が、近づいてくる。暮れゆく空が自分の心を現しているような気がして、それも不遜かと思いもしながら、白露は水平線の彼方見つめる。

 

 

 

 

コンクリを踏む足音が聞こえる。「白露」と自分を呼ぶ声がする。声の正体を悟った白露は、振り向くこともそこから動くこともできない。

 

 

 

 

儚げな白露の姿に背後から近づく。その後ろ姿に、手を伸ばす。何が起きているのか白露が知る前に提督は白露を後ろから抱きしめる。

 

 

「……俺は、お前を弱くしたわけじゃないのか?」

 

 

白露の耳元に囁く。

 

 

「俺は、お前を支えられるのか?」

 

 

声が、腕の感触が、白露を包み込む。白露の大きな瞳が見開かれる。新たな涙が瞳に満ちるのを感じながら白露は提督にしゃくりあげる。

 

 

「提督、さっきはごめんなさい……」

 

 

ぎゅっと目を瞑って涙堪え、それでも水滴一条頬を伝うのを止められぬままに白露は想いのたけを叫ぶ。

 

 

「提督のために強くなる!提督のために一番になる!だから、だから……」

 

 

それ以上は言葉にならない。提督も、返す言葉を知らない。だから白露を抱きしめる。強く、強く抱きしめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一番星がいつの間にか、暮れた天空で輝き放つ。

 

 

 

 

 

 

 

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