艦娘恋物語   作:青色3号

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阿賀野の場合

黒の長髪を靡かせ少女が提督執務室に現れる。阿賀野型軽巡洋艦一番艦・阿賀野は机の向こうに提督の姿を認めると右手を高々と上げ元気よく発声する。

 

 

「きらりーん!提督さん、阿賀野が来たよー!」

 

「おお阿賀野、顔を出してくれたのか」

 

 

腰を上げながら笑顔を見せてくる提督の態度が社交辞令だとわかっていても阿賀野は嬉しくなる。提督は戸棚のところまで行くと長細い包みを取り出しながら阿賀野に問う。

 

 

「ちょうど休憩にしようと思っていたところでな。羊羹があるんだ、食うか?」

 

「食べる♪」

 

 

ソファに腰を下ろし阿賀野は提督を待つ。すぐにふたつの小皿に羊羹を乗せた提督が阿賀野の向かいに腰を下ろす。

 

 

「お茶を入れればよかったな」

 

「あ、いいよいいよ。これ以上気を使わなくて」

 

 

言いながら阿賀野は匙で羊羹を掬う。ひと口頬ばり満開の笑顔見せる。提督とのひと時の逢瀬の時間、この時間が阿賀野の至福の時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も提督さんといっぱいお話しできたな、と阿賀野は上機嫌で風呂に浸かる。風呂から上がり鼻歌を口ずさみながらタオルを身体に巻き付け一瞬の躊躇ののち体重計に乗る。

 

 

阿賀野の悲鳴が響き渡ったのはその一秒後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更衣室に響き渡る阿賀野の絶叫を聞きとがめ風呂場から慌てて能代が飛び出してくる。

 

 

「どうしたの、阿賀野姉ぇ!?」

 

 

タオルを身体に巻き付けながら阿賀野に近づく能代の方を体重計の上で振り返りながら阿賀野は涙瞳に浮かべる。

 

 

「太った~……大台に乗った~……」

 

 

ぐすぐす鼻を鳴らす阿賀野に向かい首をかしげながら能代は問う。

 

 

「大台って・……60㎏?」

 

「50㎏!」

 

 

歯をむき出しにして噛みついてくる阿賀野に能代は心底意外そうな表情を見せる。

 

 

「え、阿賀野姉ぇって今まで40㎏台だったの?私てっきり……」

 

「能代はお姉ちゃんのことなんだと思っていたのかな?かな?」

 

 

心外だとばかりに阿賀野は能代にツッコむが、すぐに今の事態の重要性を思い出すと両手で頬を抑え青い顔になる。

 

 

「どうしよう……なにか阿賀野太るようなことしたかな……」

 

「そりゃまあ年がら年中執務室に出入りして出されたお菓子パクパク口にしてりゃねえ」

 

 

阿賀野のお目当てが決してお菓子だけではないことは能代も承知しているから能代の追及も切っ先が鈍くなる。それでも能代の指摘は阿賀野に響いたらしく阿賀野は一度ムン!と気合を入れなおすと天井に視線を向け宣言する。

 

 

「決めた!阿賀野、痩せるまで提督さんのことろに行かない!」

 

「いや、行ってもいいけれどお菓子もらわなきゃいい話じゃ?」

 

「ダメなの!提督さんに勧められたら、阿賀野きっと断れない!」

 

 

果たして意志が強いのか弱いのか、そんな阿賀野を見て能代ははぁ、とため息ひとつつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後、提督執務室に演習報告をする能代の姿があった。

 

 

「以上が、本日の演習の結果です」

 

「ご苦労、能代……ところで、」

 

 

提督の言葉に能代は目を落としていたバインダーを持ち直し提督に顔を向ける。その能代に提督は単刀直入に問いかける。

 

 

「最近、阿賀野の顔を見ないんだが……どうか、したのか?」

 

「いえ、阿賀野姉ぇなら元気ですよ……うん、元気」

 

 

少なくともケガ病気ではないと能代はそんな返事をする。「そうか」と少し寂しげに生返事する提督を見つめ能代は疑問を口にする。

 

 

「阿賀野姉ぇが来なくて、寂しいんですか?」

 

「え?うん、まあ……よく顔を出してくれていたからな」

 

 

少しだけ言い辛そうに鼻の下を擦りながらそんな返事を返す提督の姿に能代は「あらあらまあまあ」と言葉にせずに心の中だけで呟く。どうやらボンクラ姉の恋路の行方はなかなかに期待値が高いらしい。と、すると問題は……と能代は思いを巡らせ、ひとつの結論に達するときれいな敬礼ひとつ捧げ提督執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベッドの上で膝を抱え阿賀野はぐずぐずと鼻を鳴らす。

 

 

「寂しいよ~……提督さんに会いたいよ~……」

 

 

情けない声を出す阿賀野に向かい、鏡台で髪を透いていた能代が振り向いてごもっともな一言告げる。

 

 

「会ってくればいいじゃない。この寮から提督執務室まですぐよ?」

 

「ダメなの!きれいな阿賀野にならないと提督さんには会えないの!」

 

 

相変わらずの意地の張り方だ。ひとつため息ついた後、能代は阿賀野にちょっとした提案をする。

 

 

「部屋にじっとしていても痩せはしないわよ。ぐずぐずしているくらいなら散歩にでも行って来たら?」

 

「お散歩?」

 

「そう、今日はいいお天気だから埠頭から見る海がきれいよ、きっと」

 

 

能代の言葉に促されて、大儀そうに阿賀野はベッドから降りる。

 

 

「そう言うなら……行ってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

 

パタンと閉じた扉を見つめて能代は人知れずほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

埠頭の端から水平線を見つめる。髪を透く海風が心地よい。それでも気分は晴れぬまま、阿賀野は瞳潤ませて知らず呟く。

 

 

「提督さぁん……会いたいよぅ……」

 

 

しゃり、とコンクリを踏む足音が響く。誰だろう、と振り返る。足音の主の正体を知った瞬間、阿賀野の唇から高い声が漏れる。

 

 

「提督さん!?」

 

「よお、阿賀野……能代からここに阿賀野がいるって電話があってな」

 

 

ハメられた、とその瞬間悟る。逃げ出そうにも背後は海。どうしようもなく立ち竦む阿賀野に提督は近づいていく。追いつめられた獲物のように阿賀野は身体を小さく震わせていたが、提督が手を伸ばせば触れられそうな位置まで来たところで胸を庇って目を閉じ叫ぶ。

 

 

「ダメ!それ以上近づかないで!今の阿賀野を見ないで!」

 

 

提督の足がぴたりと止まる。阿賀野の言葉の意味が分からなくて立ち尽くす提督の顔は見られぬまま、閉じた瞳に涙浮かべ阿賀野は震える声を出す。

 

 

「あ、阿賀野太っちゃったの……今の阿賀野は提督さんに会う資格は……」

 

「太った?」

 

「こ、更衣室の体重計に乗ったら……」

 

「体重計?」

 

 

そういえば、と提督は思い出し阿賀野に言葉向ける。

 

 

「更衣室の体重計といえば壊れているって苦情が来ててな……3kgくらい過大に数字が出るそうだ。血相変えた連中に怒鳴りこまれてな……もう、交換は済んだか?」

 

「へ?」

 

 

提督の言葉の意味が分かるまでしばしの間があった。その意味を悟った瞬間、阿賀野はへたへたとその場に座り込む。

 

 

「阿賀野!?」

 

「あ、阿賀野……太ったんじゃなかったんだ……」

 

 

気の抜けたような呟き洩らす阿賀野に手を差し伸べ、その両腕を掴んで持ち上げるようにして起こすと提督は阿賀野に穏やかな声向ける。

 

 

「そんな理由で俺のところに来なかったのか」

 

「だ、だって!」

 

 

提督に腕を掴まれたまま阿賀野は涙声提督にぶつける。

 

 

「提督さんには、きれいな阿賀野を見てほしいもの!いつだって提督さんの前ではきれいでいたいもの!だから……」

 

 

言葉は、最後まで続かなかった。掴んだ阿賀野の両腕を力強く提督は引き寄せた。提督の胸に収まり目を見開く阿賀野の耳元に、提督は囁きかける。

 

 

「どんな阿賀野でも、俺は好きだよ」

 

 

言葉が、阿賀野の中で広がる。阿賀野の鼓動がひとつ大きく跳ねる。阿賀野を抱きしめたまま提督は更に言葉重ねる。

 

 

「だから、俺から逃げないでくれよ」

 

 

熱い涙が阿賀野の頬を伝う。提督の背中に腕を回し、ぎゅっと提督を抱きしめ返す。ふたりの鼓動が、波音に重なる。ふたりの鼓動が、ひとつに重なる。

 

 

 

 

 

 

 

恋する乙女はきれいでいられると人は言う。

 

 

 

 

 

だったら、いつでも阿賀野はきれいな自分を提督さんに見せられる。

 

 

 

 

 

阿賀野はそう、確信する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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