艦娘恋物語   作:青色3号

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島風の場合

少女がぴょんこぴょんこ飛び跳ねるたびに金色のロングヘアがふわふわ揺れる。ちょっと眠そうな瞳をキラキラ輝かせながら少女・島風は執務室で提督におねだりする。

 

 

「てーとくー!駆けっこしましょうよ駆けっこ―!負けませんよー!」

 

 

何日かに一回こうして執務室に現れては提督に駆けっこ勝負を挑む島風の姿。その姿に机の向こうから苦笑い浮かべる提督に代わり提督の傍らに立つ秘書艦の長門が島風を嗜める。

 

 

「島風、提督はお忙しいんだ。あまり勝手を言うな」

 

「えー」

 

 

唇を尖らせ島風は抗議の声をあげるが、存外素直に背中を提督に向けて執務室を離れる。離れざまに扉のところで顔だけを振り向かせ、島風は念押しする。

 

 

「じゃあ、ヒマなときに駆けっこしましょうね!約束ですよ!」

 

 

にっこり笑ってそんなことをいう島風につられてついつい提督も微笑み浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府本館の廊下を歩く島風に後ろから声がかけられる。

 

 

「島風」

 

 

振り向くと、そこにいたのは駆逐艦娘・天津風。

 

 

「天津風か」

 

「また、提督に駆けっこ勝負を申し込んでたの?」

 

「うん、でも今日も忙しいからって断られちゃった」

 

 

あまり残念そうでもない様子でへらっと笑ってそんなことを言う島風に天津風は歩み寄りながら問いかける。

 

 

「どうしてそんなに提督と駆けっこしたいの?島風が速いことはみんな知っているじゃない」

 

「だって!提督といえばこの鎮守府で一番偉い人でしょ!その提督に勝ったら私が一番速いってことじゃん!」

 

「そうなのかしら……論理が飛躍している気がするけれど……」

 

「それに……」

 

 

そこで島風はちょっと言い辛そうに言葉を一度切ると、指先をちょんちょんと突き合わせながら俯き頬を染め小さな声を出す。

 

 

「……提督に、駆けっこで勝ったら自信が生まれるかなあ、って。自信ができたら、『好きです』って言えるかなあ、って」

 

 

あらあらまあまあ、と天津風は目を見開く。友人のこの子がそんな乙女な感情を隠し持っていたとはついぞ今まで知らなかった。その思いを天津風は素直に口に出す。

 

 

「島風とは思えないほどの乙女な台詞ねえ……」

 

「失礼だなあ、天津風も……」

 

「じゃあ、私からも提督に駆けっこに応じるよう言っておいてあげましょうか?」

 

「おうっ!?」

 

 

思わぬ形の援護射撃に島風の口から変な声が漏れる。島風の返事を待たずして天津風はくるりと身を転じると提督執務室の方角へ駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天気快晴・風速微風。駆けっこには絶好のコンディション。鎮守府グラウンドの端っこで膝の屈伸運動をしながら島風は傍らで同じように腕をストレッチする提督に尋ねる。

 

 

「なんで、急に駆けっこに応じてくれる気になったんですか?」

 

「そりゃまあ第16駆逐隊総出で『島風の挑戦に応じろ!』と煽られちゃあなあ……」

 

 

天津風はどこまで話を広げたんだろう、と島風も流石に不安になる。そのいつもの制服姿の島風の傍らで、白いTシャツに紺のジャージ姿の提督は思いにふける。

 

 

艤装を纏えば海上で40ノットを超える俊足を誇る島風といえども、艤装を外せばその身体能力はごくごく普通の女子中学生程度。平均よりは速いとは言えども士官学校でスパルタ教育を受けてまだ何年も経っていない提督に敵う相手ではない。

 

 

しかし、と提督は思う。この勝負で手抜きするわけにはいかない。やる以上は真剣勝負だ。獅子は兎を倒すにも全力を尽くすという。まして相手が駆逐艦娘でも屈指の脚力を誇る島風ならなおさらだ。それに……余裕こいて万が一負けてしまったらカッコ悪いことこの上ない。

 

 

そこまで思いを馳せてから提督は改めてグラウンドに視線を送る。ふたりの対決を見届けようと数々の艦娘のみならず艤装整備兵に通信兵、その他鎮守府中の人間がグラウンドの横に集まっている。こいつら仕事はどうしたんだ?との思いが一舜脳裏をよぎるものの気を取り直して提督はグラウンドのトラックコースに足を踏み入れる。

 

 

勝負は直線100m、提督はゆっくりとした仕草でスターティングブロックに足をかけクラウチングスタートの姿勢を取る。その横で島風も同じように身を沈める。天津風の手が天に伸ばされ、その唇から凛とした声が放たれる。

 

 

「用ー意……」

 

 

ふたり腰をあげてスタート姿勢をとる。緊張感が場を覆う。風すら遠慮したか無風になったその瞬間、天津風の腕が振り下ろされる。

 

 

「スタート!」

 

 

ガシャン!とスターティングブロックが蹴飛ばされる音が響く。ふたつの弾丸がコースに飛び出す。直線30m、ほぼ横並び。少しづつ、少しづつ提督の身体が島風の前にせり出してゆく。

 

 

完全にリードされ島風の表情に微かに焦りの色が浮かぶ。ピッチを上げ、最大船速でゴールを目指す。しかし、差は埋まらない。瞬く間に秒は過ぎ、ふたりの身体はほぼ同時に、しかしはっきりとした差をつけてゴールに吸い込まれる。

 

 

わっ!と歓声がグラウンドを包む。荒い息をつき喉元の汗を拭いながら勝者の提督は島風に近づく。膝を両手で支え息を整えながら呆然とした表情を見せる島風に提督は声をかける。

 

 

「いや、きわどい勝負だったな。俺も危うく……」

 

 

そこで提督の言葉が止まる。提督に横顔を向ける島風の大きな瞳からぽろりと涙が零れ落ちる。

 

 

 

ぽろっ、

 

 

 

ぽろぽろ、

 

 

 

ぽろぽろぽろと涙を零す島風に提督は慌てた声向ける。

 

 

「し、島風!?いや、泣くことはないだろう!そりゃ島風は速いけどここは陸上だし俺は若い男だし……」

 

 

そんな提督の言葉も島風の耳には入っていない。悔しい、自信のある駆けっこで負けてしまった。悲しい、自信をつけて告白しようと思ったのにその自信も潰えてしまった。

 

 

涙を拭おうともせず島風は提督に背中を向けその場を離れる。その背中に何か声をかけようとして、提督は言葉が浮かばないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青空の下、埠頭の端、島風は海からの風に身を任せる。長い金色の髪が風に靡く。風が自分の髪で遊ぶのを感じながら島風は思いに沈む。

 

 

どうすれば、自信ってつけられるのだろう。どうすれば、告白する勇気が出るのだろう。一番自信のあった駆けっこで結果を出せなければ、この先結果を生むことなんてできないではないか。

 

 

どうすれば、提督に想いを伝えられるのだろう―――

 

 

しゃり、とコンクリを踏む足音が島風の耳に届く。振り向いて、そこに今しがた想っていた人の姿を見つける。もうとっくに着替えたのだろう、純白の海軍将校制服に身を包んで。島風の横まで足を進めて傍らに立ち、島風の顔を直視し辛いのか海に視線を向けながら提督はたどたどしく唇を動かす。

 

 

「島風、さっきはすまなかった……いや、謝るのも失礼かな……あそこで変に手加減するのも違うと思ったし……」

 

 

不器用に口上を並べる提督の横顔を見上げながら島風は想う。

 

 

 

 

ああ、やっぱりこの人が好きだな。

 

 

 

 

やっぱり、この想いは伝えたいな。

 

 

 

 

ああそうか、と島風は思う。自信なんかいらない、結果なんかなくていい。ただ、想う心を正直に素直にこの人に差し出せばいい。

 

 

海からの風に乗せるように、島風は唇動かし自分の思いを形にする。

 

 

「提督、好きです」

 

 

提督が驚いたように島風に顔を向ける。その視線まっすぐに受け止めながら島風はもう一度口にする。

 

 

「私、提督が本当に好きなの」

 

 

時が、一度止まる。自分のしたことをその一瞬に自覚して島風の頬がボッと紅く染まる。「おうっ!?」と思わず口にして島風は視線提督から外し俯く。

 

 

提督の腕が島風に伸ばされる。島風の華奢な肩を掴み、そのまま提督は島風を抱き寄せる。島風の小さな身体が提督の胸に収まる。抱きしめられたその瞬間、島風は自分の想いが届いたことを知る。

 

 

「……今度は、負けませんよ?」

 

 

想いの伝わった直後の台詞としてこれでいいのかな、と少し可笑しくなる。それでも、これも自分らしいと思う。自信なんてなくていい。自分らしくあれば、それでいい。

 

 

 

 

 

 

提督の指が島風の髪を透く。心地好いな、と島風は思った。

 

 

 

 

 

 

 

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