艦娘恋物語   作:青色3号

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海風の場合

さらら……と澄んだ音を立てて如雨露の水が地面に降り注ぐ。花壇に水をやりながら海風は知らず微笑む。通りがかった提督が海風を驚かさないよう静かに声をかける。

 

 

「海風、ガーデニングか?」

 

「はい」

 

「どんな花が咲くのかな?」

 

「まだ秘密です。楽しみにしていてくださいね」

 

 

にこりと笑って海風はそんなお返事をする。地面にかがみこんで置いてあったトートバッグから肥料の入ったビニール袋を取り出したところで、海風の表情が変わる。

 

 

「あ、もう肥料が少ない。買いに行かないと」

 

 

何気ない海風の一言に提督が反応する。

 

 

「近いうちに買い物に行くのか?」

 

「はい。明日公休日なので買いに行こうかと」

 

「ふーん……俺も、つきあっていいか?ちょうど俺も公休なんだ」

 

 

トクンと海風の胸が鳴る。ぶんぶんと首を縦に大きく振る。提督とお出かけなんてこんなに嬉しいことはない。好きな人と、お出かけなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の正門前で待ち合わせてふたり街中のショッピングモールを目指す。お出かけにはふさわしい良く晴れた日で、街を歩く足も軽くなる。ブルーのニットに黒の膝丈プリーツスカートとタイツという格好の海風に並び、紺ジャケットに白シャツ、ベージュのチノパン姿の提督は足を進める。

 

 

「買う場所は、決まっているのか?」

 

「はい、いつもお世話になっている園芸店があるんです」

 

 

20分も歩きショッピングモールに辿り着くと海風は迷いもせずまっすぐに園芸店に足を向ける。慣れた調子で肥料の袋を手に取り、お会計を済ませる。「ありがとうございました」の声にお辞儀で応えるとふたりは店を出る。

 

 

「買い物は、これで終わりか?」

 

「ええ、あっさり終わっちゃいましたね」

 

「ふむ」

 

 

このまま帰るのも味気ない。なにか気の利いたところに海風を誘えないものかと提督は不慣れな頭で算段する。海風のことを憎からず想っていることが、かえって提督を慎重にする。いいアイデアも思いつかないまま、ショッピングモールの正面広場に出たところでふたりは同時にその幼女に気がつく。

 

 

広場に突っ立ち足元を睨み、唇を噛みしめるひとりの幼女。まだ就学前くらいの年齢だろうか、ピンクのポロシャツに白のジャンパースカート姿。その幼女に海風は近づくと屈みこんで幼女に話しかける。海風のあとに続く提督の耳に海風の優しい声が届く。

 

 

「こんにちは。お嬢ちゃん、迷子?お母さんは?」

 

「おかあさん、いない」

 

 

幼女の言葉の意味を図りかねるふたりの方は見ないまま、幼女は足元を見つめながら続ける。

 

 

「しんかいせいかんのくうしゅうで、しんじゃった」

 

 

海風の顔にはっとした表情が浮かぶ。この子もまた、深海棲艦に大事なものを奪われた犠牲者のひとりなのだ。どう言葉をかけていいかわからない海風の見守る前で、幼女は独白のような言葉続ける。

 

 

「……かんむすに、なりたい」

 

 

何かを思い出したかのように、幼女は弾かれたように海風に顔を向け声を大きくして海風に問う。

 

 

「かんむすになれば、しんかいせいかんとたたかえるんでしょ!?わたし、かんむすになりたい!ねえ、どうすればかんむすになれるの!?」

 

 

それは、母の仇を討ちたいという幼女の痛切な言葉。海風を艦娘と知っての言葉ではなかろうが、その言葉は海風の胸を打つ。もとより、艦娘とは違う存在である人間が艦娘になれる方策はない。その当たり前の事実を告げる代わりに、海風はしゃがみ込んで幼女を目線を合わせ、静かに穏やかに言い聞かせる。

 

 

「艦娘になんて、ならなくていいのよ」

 

 

寂しい微笑みその顔に浮かべ、海風は言葉紡ぐ。

 

 

「艦娘は、戦うためだけの悲しい存在だから」

 

 

幼女に手を伸ばしその頬を手のひらで包み、海風は囁くように、しかしはっきりと幼女に告げる。

 

 

「あなたは、これからいろんな人と出会っていろんなことを知って大人になるの。艦娘になんて、戦うだけの存在になんて、ならなくていいのよ」

 

 

幼女に不思議そうな表情が浮かぶ。それでもその瞳の色から海風の言葉が幼女に染み入ったことがわかる。何かを感じ取ったのか、幼女は海風に向けて唇開く。

 

 

「おねえちゃんは……」

 

「陽子!」

 

 

割り込むようなその声の方角にその場にいる全員が顔を向ける。こちらに小走りに駆けてくる初老の婦人の姿が見える。白い髪を短くまとめたその婦人が慌てたように幼女に駆け寄るとその肩を抱く。

 

 

「こんなところにいたのね!どこに行っちゃったかと思って……」

 

 

様子からして幼女の祖母だろう。その婦人はようやく提督と海風の姿に気がついたような様子を見せるとふたりに向き合って頭を下げる。

 

 

「申し訳ございません、孫の面倒を見ていただいていたようで……」

 

「あ、いえいえ我々はなにも……」

 

 

かしこまる婦人に提督がひらひらと手を振る。婦人は何度も頭を下げながら幼女の手を繋いでその場を離れる。遠ざかりながら幼女はいつまでも振り返って海風のことを見つめていた。海風もまた、幼女のことをいつまでも見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらら……と澄んだ音を立てて如雨露の水が地面に降り注ぐ。花壇に水をやりながら海風は思いにふけるような表情見せる。昨日買ってきた肥料を傍らのトートバッグから取り出し、花壇にひとつまみ撒いたところで海風は声をかけられる。

 

 

「海風」

 

「提督、昨日はありがとうございました」

 

 

お辞儀する海風を手で制する。海風に近づきながら提督は世間話を海風に振る。

 

 

「花壇は、順調か?」

 

「ええ、きっともうすぐ芽が出ます」

 

 

微笑み花壇に向ける海風の横顔を見つめながら提督は言葉を探していたが、やがて言葉を飾るよりはと単刀直入に海風に告げる。

 

 

「……海風は、戦うためだけの存在なんかじゃないよ」

 

 

唐突にも聞こえるその言葉に、海風は顔を提督の方に向ける。ぽかんとしているようにも見えるその瞳を見据え、提督は言葉繋ぐ。

 

 

「昨日の話……艦娘は、戦うためだけの存在だっていう話。……そんなことはないよ。戦うためだけの存在が、花なんて育てるわけないじゃないか」

 

 

そこで一度言葉を切り、最後に提督は海風にまっすぐに告げる。

 

 

「海風は、普通の女の子だよ」

 

 

提督の素朴な言葉が、海風に満ちる。不器用なその言葉が、海風の中に広がる。瞳潤ませ胸に片手当て、海風は笑顔見せ提督に紡ぐように声向ける。

 

 

「……海風が、普通の女の子なところがもうひとつあります」

 

「なんだ?」

 

「提督に、恋しているところです」

 

 

満ちる想いを目の前の人に差し出す。提督の眼が、見開かれる。提督の表情の変化をどう取ったか、海風は少し慌てたように両手を身体の前でひらひらと振り眉を下げてしまったというような笑顔見せる。

 

 

「あ、突然こんなこと言われて困っちゃいますよね。ごめんなさい、海風ったら……」

 

 

言葉は、最後まで続かなかった。提督の熱い抱擁が、終わらせた。抱きしめられていることを一瞬遅れて感じ取り、海風の頭の中が真っ白に染まる。

 

 

「……嬉しいこと、言ってくれるじゃないか」

 

 

抱きしめた海風の耳に提督は囁きかける。はっきりと、力強く。

 

 

「海風は、これからいろんな人と出会い、いろんなことを知って、大人になっていくんだ。普通の女の子がそうであるように……俺の隣で」

 

 

ああ、自分もまた人としての命を歩むことが許されるのか。この人の傍らで、生きていくことが許されるのか。提督の言葉は、その問いに対する明確な答え。頬を熱いものが伝うのを感じながら、海風は提督の背中に腕を回す。

 

 

 

 

 

 

提督のことを、抱きしめかえす。自分を、女の子だと言ってくれた人のことを。

 

 

 

 

 

 

 

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