艦娘恋物語   作:青色3号

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磯風の場合

執務室に提督がペンを走らせる音だけが響く。軽いノックの音が響き、秘書艦の磯風が執務室に姿を現す。

 

 

「司令、艦隊が帰投した」

 

「うむ」

 

 

磯風の表情が険しいことには書類の方を向いていた提督には気がつかなかった。提督が磯風の機嫌に気がついたのは、続く磯風の声に含まれる固さのためだった。

 

 

「なぜ、あの段階で艦隊を撤退させた?」

 

 

厳しさ含む磯風の声の響きにも表情を変えることなく提督は応える。

 

 

「吹雪が大破に追い込まれていた。あれ以上の進軍は危険だ」

 

 

簡単に告げる提督に反発も露わに磯風は食ってかかる。

 

 

「あの局面で重要だったのは大型艦が敵泊地に突入することだ。大型艦を護るためなら駆逐艦の一隻や二隻……」

 

「一人、二人」

 

 

提督の言葉に磯風は自分の言葉を切って怪訝な顔を見せる。その磯風の顔は見ぬまま書類に目を落としつつ提督は続ける。

 

 

「一人、二人……艦娘を数える単位だ。ゆめ、間違えるな」

 

 

提督の種明かしに磯風は鼻白んだ表情向ける。なにか言い返そうとして、それがなにかわからないまま磯風はただ書類を繰る提督を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、駆逐艦娘寮の自室でベッドの上に腰掛けながら磯風はこちらに背を向けて机で大判の書籍を広げる浜風に問う。

 

 

「浜風、うちの司令をどう思う?」

 

「え?」

 

 

唐突ともいえるその質問に浜風は振り向き書籍を閉ざすと少し考えるような表情を見せてから答える。

 

 

「そうですね……私たち艦娘を、大事にしてくれていると思います。作戦運用は少し慎重ですが……」

 

「慎重すぎる」

 

 

浜風の言葉を遮りそう断じ、磯風は苦い顔見せて言葉続ける。

 

 

「犠牲をひとりも出さずに目的を達成しようなどと甘い。必要な犠牲は容認したうえで作戦を遂行するべきだ」

 

「厳しいですね。磯風には、沈む覚悟があると?」

 

「ある。皆を、護るためならな」

 

 

迷いなくはっきりと告げる磯風の凛とした表情、それを見て浜風は返す言葉を持たなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、鎮守府本館の廊下を提督執務室を目指して磯風は歩く。颯爽としたその歩き姿は見る者の目を引き付ける。その目が、向こうから近づく特型駆逐艦娘の姿を捉えた。

 

 

「吹雪」

 

「あ、磯風ちゃん。こんにちは」

 

 

ぺこりと頭を下げてこちらに笑顔を見せる吹雪に磯風は問う。

 

 

「身体の調子は、もういいのか?」

 

「ええ、入渠してすっかり。ごめんなさい、心配かけて」

 

 

微笑み見せる吹雪の姿に自然と磯風の顔にも笑み浮かぶ、ふと、自分はこの娘を沈めてでも作戦を遂行するべきだったと提督に進言したことを思い出す。なにかひどく自分が冷徹な存在のような気がして、磯風は考えるような顔になる。磯風の変化に気がついた吹雪が磯風を覗き込むようにして声をかける。

 

 

「磯風ちゃん?どうしたの?」

 

「え?ああいや、なんでもない」

 

 

軽く手を振って吹雪とすれ違い別れる。自分は間違ってはない―――そう、磯風はもう一度自分に言い聞かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督執務室に足を踏み入れ、きれいな敬礼ひとつ提督に捧げる。

 

 

「磯風、本日の秘書艦任務に入る」

 

「ご苦労」

 

 

そのまま机に足を運ぶ代わりにその場に立ち続け、磯風は提督に問い発する。

 

 

「司令、これからも艦娘の犠牲を一切出さずに艦隊を運用するつもりか?」

 

「当然だ」

 

 

迷いなき提督の応え、それに磯風は食い下がる。

 

 

「戦争に犠牲はつきものだろう。それを恐れて戦争の遂行が―――」

 

「経験から犠牲を出さずに作戦を遂行するノウハウは蓄積されている。不必要な犠牲を出すことはない」

 

 

真っ直ぐこちらを見つめて迷いなく返答する提督に、心底わからないというように磯風は問う。

 

 

「何故だ?なぜ、艦娘にそこまで遠慮する?船である私たちに―――」

 

「磯風は、人だ」

 

 

提督は断言する。

 

 

「従って、他の艦娘も全員人だ」

 

 

その断定に唇を歪め皮肉な笑み浮かべて磯風は問う。

 

 

「私を人扱いしてくれるのか?ありがたいことだな。その根拠は?」

 

「俺は、船に惚れるほど酔狂じゃない」

 

 

その言葉の意味が一瞬分からず磯風は目を見開ききょとんとした表情見せる。提督の真剣な眼差しにその意を知った瞬間、磯風の顔が燃えそうなほどボッ!と紅潮する。

 

 

「な!なにを、いったい!」

 

 

磯風の焦りを前にしても対照的であるかのように提督の態度は落ち着き払っている。そんな提督に返す言葉を知らず磯風は口をぱくぱくさせていたが、身を翻すと背中越しに声を提督に投げる。

 

 

「ちょっと、頭を冷やしてくる!」

 

 

今にも走り出したい気分で、それでもなんとか己を律して足早に歩きながら磯風は提督執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海からの風が、心地よい。埠頭の端に立ち、磯風は海からの風に身を任せる。艶やかな長髪が後ろに靡く。自分の髪を透く風の感触感じながら、磯風は独り言つ。

 

 

「何をいきなりあの男は……」

 

 

心臓がひとつ高鳴り、磯風は胸に片手を当てる。深呼吸して落ち着きを取り戻したその時、後ろから声をかけられる。

 

 

「磯風」

 

 

聞き慣れた、今一番聞き慣れないその声色。その声色に、大袈裟なくらい磯風はびくんと身を震わせる。こちらに背中を向けたまま動こうとしない磯風に提督はいつも通りの静かな声向ける。

 

 

「返事は、決まったか?」

 

 

自分の返事を要求する憎たらしいくらいに平静な提督の声、その声に磯風の鼓動がますます激しさを増す。心臓が壊れてしまうのではないか、顔が燃え出してしまうのではないかという思いを抱えながら磯風は提督が自分の真後ろに経つのを感じる。

 

 

「……わからない」

 

 

その言葉を発した途端、ぽろりと涙一粒磯風の瞳から零れ落ちる。

 

 

「わからないんだ、なにもかも!いきなり人と断ぜられて、告白されて、考えをまとめろと言われても……」

 

 

しゃくりあげる磯風の続く言葉を提督は辛抱強く待つ。提督の存在をひしひしと感じながら磯風は自分の想いと向き合う。

 

 

 

嬉しかった、人だと言われて。

 

 

 

嬉しかった、告白されて。

 

 

 

嬉しかった、犠牲は出さないと言われて―――やっぱりみんなを、護りたかった。今度はみんなを、護りたかった。誰一人欠けることなく、みんなで笑って、戦後を迎えられるのなら。

 

 

 

ああ、夢見ていいのだろうか。そんな未来を。皆を護って、誰一人欠けることなく、この人の隣で迎える戦後を。

 

 

 

しゃくりあげる声抑えようとしつつ、袖で涙をぐいっと拭いて磯風は背中越しに提督に告げる。

 

 

「……私を、こんな風にしてしまった責任をとれ」

 

 

提督が磯風の背中に手を伸ばす。そのまま、後ろから磯風を抱きしめる。艶やかな黒髪に顔を埋めながら提督は磯風に力強く告げる。

 

 

「責任は取るさ……一生、な」

 

 

そう告げて提督は磯風を抱く腕に力を込める。苦しいほどの抱擁の中で、磯風は初めて知る幸福に酔いながら想う。

 

 

 

 

 

この人の隣で迎えよう、皆を護り切ったその後の未来を―――

 

 

 

 

 

 

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