艦娘恋物語   作:青色3号

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潮の場合

少し怖い人だと思っていた。ううん、今でも思っている。

 

 

「以上で、演習報告を終わります」

 

「ご苦労、潮」

 

 

なのになぜだろう、この場を離れがたい自分がいる。

 

 

演習報告を終え、潮は報告書の挟まれたバインダーを小脇に挟む。用件は済んだのだから退席してもいいのだが、なぜか潮はその場を動こうとしない。書類に目を落としていた提督がその様子に気づき、顔を上げるとそっけなく告げる。

 

 

「どうした?もう下がっていい」

 

「は、はい!」

 

 

ぶっきらぼうなその声に大袈裟なくらいに潮は飛び上がり、慌てて敬礼ひとつ捧げると転がるように提督執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

緊張の時間を終え、潮は甘味処・間宮の客となる。いつも執務室を訪れる時は緊張する。愛想がいいとはお世辞にも言い難い不愛想な提督からは威圧感さえ感じる。なのに、執務室に入るといつも少しでも長くその場にいたいと思ってしまう。その理由がわからないまま潮は味のわからないクリームあんみつを口に運んだ。

 

 

 

 

 

 

間宮を出てすぐのところで艤装整備兵の若者につきあたった。

 

 

「潮ちゃん」

 

「あ、こんにちは」

 

 

つなぎの作業着を纏った整備兵に潮はぴょこんと頭を下げる。そんな潮に整備兵は気安い口調を向ける。

 

 

「この間の近代化改修の結果はどうだい?装甲を大幅に強化したんだけど……」

 

「あ、はい。おかげさまで……」

 

「あ、でも潮ちゃんに装甲強化はいらないか。立派な胸部装甲があるもんな」

 

 

下卑た笑みを顔に浮かべてそんな台詞を口に乗せる整備兵に潮はきょとんとした表情向けるが、すぐに言葉の意味を悟ると顔をぼっ!と紅潮させる。「あ、あの……」とどもり声をあげるが言葉が続いてくれない。分かりやすい潮の反応に調子に乗ったか整備兵が更に言葉続けようとする。

 

 

「いや~、それにしても立派な……」

 

「女性に対してその発言は感心しないな、一等兵」

 

 

場を貫くようなその声の主はいつの間に側にいたか提督その人。声の正体に気がつくと整備兵は慌てて敬礼捧げる。

 

 

「て、提督!」

 

「艦娘には……女性には敬意を払え。それが紳士たる海軍軍人の務めだ」

 

 

「はっ!」と真っ青な顔で返答し整備兵は転がるようにその場を走り去る。その後ろ姿を目で追う提督を見上げながら潮は大きな瞳震わせていたが、勢いよく頭を下げると謝罪の言葉を口にする。

 

 

「ごめんなさい!」

 

「うん?」

 

 

思いがけぬ潮の謝罪に提督が顔を潮の方に向ける。その提督は見られぬまま潮はきゅっと目をつぶり涙こらえながら言葉続ける。

 

 

「ごめんなさい、本当は潮が自分ではっきりイヤだって言わなきゃいけなかったのに……」

 

「潮にそんなことは難しいだろう」

 

 

その言葉に目に涙を溜めたまま潮が顔を上げると、提督は穏やかな微笑みを浮かべていた。

 

 

「潮のことは少しはわかっているつもりだ」

 

 

ドクン!と潮の鼓動が跳ね上がる。ドキドキとなる心臓の音は身体を揺らすようだ。自分が何を言いたいのか分からないままに潮は口を開こうとする。

 

 

「あの……」

 

「あら、潮にクソ提督じゃない。こんなところで何ふたりで突っ立っているのよ」

 

 

つんけんしたその声の方角にふたりが顔を向けると、横から近づいてくるのは潮の姉妹艦であり僚艦である曙。その曙に潮は説明を試みる。

 

 

「あ、曙ちゃん。提督が潮をセクハラから……」

 

「セクハラぁ!?サイッテーね、クソ提督!」

 

「お前、人の話は最後まで聞け」

 

 

呆れたような顔を見せる提督だが特に曙の態度に気分を害した様子もない。むしろ顔を青ざめさせているのは潮で、必死に曙に注進を試みる。

 

 

「曙ちゃぁん……提督にその態度は良くないよぅ……」

 

 

フン、と鼻を鳴らす曙には潮の言葉が堪えた様子もない。そんなふたりに笑顔見せるでもなく提督は「それじゃあ」と一言だけ告げてその場を離れる。その背中を目で追いかけながら潮は先ほどの鼓動の意味を知る。

 

 

 

 

少し、怖い人だと思っていた。なのに、あの人の傍にいたかった。

 

 

 

その理由が今分かった。自分は、あの人に恋している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち去る提督をいつまでも見送り続ける潮のことを曙は腰に片手を当てて見守っていたが、やがて一言簡潔に告げる。

 

 

「クソ提督のことが、好きなの?」

 

 

爆発しそうな勢いで潮の顔が朱に染まる。弾かれるように曙の方に顔を向けて潮は口をパクパクさせる。そんな潮に曙は容赦することなく追い打ちかける。

 

 

「図星みたいね。告白するの?」

 

「そ、そんなぁ……恥ずかしいよぅ……無理だよぅ……」

 

 

真っ赤な顔を両手で包み潮はもじもじと身を揺する。そんな潮の内気さを目の当たりにして曙はわかっていたこととはいえ呆れを覚え「はぁ」とひとつため息ついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自覚したばかりの恋心を抱え潮はひとり鎮守府本館の廊下を歩く。これから先、どんな顔をして提督に会えばいいのだろう。何もわからないまま、泣きたいような気すらしながら潮はとぼとぼと廊下を歩く。

 

 

角を曲がろうとしたところで聞き慣れた声に気がつく。声の主はどうやら、先ほど言葉を交わしたばかりの姉妹艦・曙。

 

 

「クソ提督、単刀直入に訊くわ。潮のことをどう思っているの?」

 

「質問の意味が分からん。どういう意味だ?」

 

「言葉通りよ。潮に、特別な感情はあるのかってこと」

 

 

びくっ、と潮は身を竦ませる。ふたりからは見えない位置で潮は他にどうしようもなく立ち止まる。曙の詰問を受けている提督の返答を聞くのがたまらなく怖いが、逃げ出そうにも足が竦んでその場を潮は動くことができない。

 

 

「艦娘の誰かに、特別な感情を抱くことはない。艦娘のひとりを、特別扱いはできない」

 

 

提督の言葉が、氷柱となって潮の心臓を刺し貫いた。言葉の意味を知った瞬間、涙が瞳に溢れた。ようやく動くようになった脚で潮は身を翻し、嗚咽を堪えながらその場を走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

潮にふたりの会話を聞かれたとは思っていない曙が、肩をすくめ意味ありげな笑み唇に浮かべる。

 

 

「やれやれ、自覚がないとは……クソなうえに、鈍感ね」

 

「何?どういう、意味だ?」

 

「あんたはとっくに潮のことを特別扱いしているわよ」

 

 

怪訝そうに眉を寄せる提督に向かい、曙は告げる。

 

 

「さっき、間宮の近くであんたが潮に見せた表情……私は、あんたのあんな顔見たことない。あれは、あんたが潮だけに向ける笑顔よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

波の音が埠頭に響く。その埠頭にひとり立ち水平線を見つめる。初めて知った恋の味と、初めて知った失恋の味。あまりに慌ただしく自分に訪れた感情の波に翻弄される自分のことをどこか他人事のように感じながら潮は水平線を見つめる。

 

 

しゃり、とコンクリを踏む音が聞こえる。その音に潮は振り向く。近づいてくるのは、今この瞬間胸を満たしていた想い人その人。ずっと傍にいたかった、今傍にいられるのが辛い提督その人。

 

 

逃げ出そうにも背後は海だ。どうしようもなく、潮は胸を片手で庇い唇を噛む。その大きな瞳に涙が浮かぶ。その濡れた瞳を見て提督は「ああ、そうか」と悟る。

 

 

「誰も特別扱いはしたくなかったが……」

 

 

呟きながら提督は潮に近づく。

 

 

「……それ以上に、俺は潮を泣かせたくなかったんだな」

 

 

その言葉を合図に提督は潮に手を伸ばす。その白い腕を掴み、自分の方に引き寄せる。潮の小さな身体が提督の胸に収まる。潮は、提督に抱きすくめられる。

 

 

何が起こっているのか知ったのは、頭より心臓の方が早かった。激しく打つ鼓動に身体が揺れる気がしながら潮は大きな目を見開く。その耳元に提督は万感の想い囁きかける。

 

 

「潮、好きだ」

 

 

見開かれた潮の瞳から涙零れる。先ほどとは違う種類の涙が零れる。提督の背中に手を回し、ぎゅっと提督にしがみつきながら潮は提督の想いに応える。

 

 

「提督、好きです」

 

 

あまりに簡単な愛の言葉。他に伝えようのない、愛の言葉。それだけ告げて潮は提督の背中に回した腕に力を籠める。

 

 

 

 

波音が響く、カモメが鳴く。ふたりの鼓動が重なり合う―――

 

 

 

 

 

 

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