艦娘恋物語   作:青色3号

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熊野の場合

少女たちが海原を駆け抜ける。そのひとり、栗色の豊かな髪を後ろで束ねた航空巡洋艦娘が手にした20.3㎝連装砲を身体の前に構える。狙いを定めた少女から気合の声が迸る。

 

 

「とおおおおおおおう!」

 

 

叫びとともに放たれる砲弾は空中を疾走し敵重巡に直撃する。装甲を割かれ苦悶の声をあげる重巡リ級が紅蓮の炎に包まれる。

 

 

 

 

 

敵泊地突入戦結果:S勝利

 

 

 

 

MVP:改最上型航空巡洋艦熊野

 

 

 

 

 

鎮守府に凱旋した艦娘たちは報告を行い、負傷したものは入渠する。幸い大破した艦娘は今回いなかったものの、中破に追い込まれた三隈を心配しながら熊野は提督室を訪れる。

 

 

「チーッス、熊野。今回頑張ったらしいじゃん。」

 

「鈴谷…まあ、レディとして当然の嗜みですわ。」

 

 

扉を開けて部屋に足を踏み入れた熊野をまず出迎えたのは秘書艦の鈴谷。その鈴谷に続くようにして提督が熊野に声をかける。

 

 

「ご苦労だったな、熊野。しばらくはゆっくりするといい。」

 

「そうさせて頂きますわ…三隈は?」

 

「見かけはハデにやられたように見えるが大したケガじゃない。心配しなくても、じき治る。」

 

 

見るからにほっとして熊野は息をつく。そんな熊野に一歩近づくと提督は熊野の肩に手を置き、優しげな声を向ける。

 

 

「僚艦の心配までしてくれるとは、ありがたいな。」

 

「姉妹の心配をするのは当然ですわ…それより」

 

 

そこで熊野は表情を硬く変えると冷たくも聞こえる響きの声を出す。

 

 

「この熊野に気安く触るなんて…提督も、何か勘違いされているのではなくて?」

 

 

その言葉にはさすがに側にいた鈴谷も鼻白む。言われた方の提督は、慌てて手を引っ込めると謝罪の言葉を口にする。

 

 

「ああ、すまん…気安すぎたか。」

 

「分かればよろしいのですのよ。では、戦況の報告を…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

報告を終え、熊野は提督室を後にする。扉を閉め、廊下を歩きながら知らず提督に手を置かれた肩を押さえる。熊野の目が肩に向けられながら遠くなり、その頬が微かに紅潮する。触れられた肩がまだ熱を帯びているような気がする、

 

 

「くーまのっ!」

 

 

後ろから呼ばれて思わず姿勢を直す。まだ肩を手で押さえたままの熊野に追いつくと、鈴谷は熊野の顔を下から覗き込むようにして話しかける。

 

 

「少しボンヤリしてるんじゃない?どーしたのさ、作戦疲れ?」

 

「そんなことはありませんわ。私は別に…」

 

「肩に触られただけでそんなに顔を赤くするなんて、熊野も乙女だねぇ♪」

 

 

いきなり核心を突かれて熊野はそれこそ真っ赤に顔を染める。そんな熊野をからかうように鈴谷は言葉を続ける。

 

 

「テートクの前でもそれっくらい素直になればいいのに。ツンデレなんてきょーび流行らないよ?」

 

「そ、そんなんじゃありませんわ。私は提督のことなんて…」

 

「ほーう?んじゃ、この鈴谷様が狙っちゃおうかなー。」

 

 

その言葉に熊野が表情を変える。驚いたような、怯えたようなその顔に鈴谷は笑い声向ける。

 

 

「あはは、ウソウソ、そんな気鈴谷にはないって。」

 

「……」

 

「でもホントそろそろ素直になった方がいいよ?親友からの、忠告!」

 

「お気持ちだけ受け取っておきますわ。でも、勘違いなさらないでくださいませ。本当に、提督に特別な感情を抱いているわけではないので。」

 

 

それだけそっけなく言い放つと熊野はその場を離れる。その後ろ姿を見送りながら鈴谷は腕を頭の後ろで組みひとり誰にも聞こえぬ声で呟いた、

 

 

「意地っ張りだねえ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、鎮守府本館で次回作戦の立案に立ち会ったのち熊野は寮への帰路につく。途中、甘味処間宮に寄ろうかなと考えながら玄関先を出たところで、朝から雲行きの怪しかった空からポツポツと雨が滴り落ち、瞬く間に勢いを増して降り注ぐ。

 

 

「イヤですわ…やっぱり、傘を用意しておけばよかった。」

 

「熊野?」

 

 

自分を呼ぶ声に振り向けばそこにいたのは提督その人。提督は手にしていた傘を広げると、熊野に近づき問いかける。

 

 

「傘、持ってないのか?俺は工廠に行くところだが…よければ、送るか?」

 

 

相合傘―――思わぬシチュエーションに、熊野の鼓動が跳ね上がる。胸を押さえてあがる鼓動を抑えようとしながら、熊野は染まる顔を背けぶっきらぼうな声を出す。

 

 

「そ、そんな提督と一緒の傘だなんて御免こうむりますわ。他の艦娘に見られたら何と思われるか…」

 

 

顔を背け目を閉じていたので提督の傷ついた表情には気がつけなかった。強張った顔をする提督のことは見れないまま熊野は言葉を続けようとする。

 

 

「でもまあ、周りに他の娘もいないようですし今回だけなら…」

 

「すまん、また図々しくなりすぎたようだな。」

 

 

微かな苛立ちを含む冷たい響きのその声に熊野は驚いたような顔を提督に向ける。その熊野の目に映ったのは本音を隠すかのように無表情になった提督の姿。

 

 

「少しはお前に近づく術が分かるかもと思って鈴谷を秘書艦にもしてみたが、無駄な努力だったみたいだな。分かった…これからは、熊野に近づきすぎないようにする。」

 

「え…」

 

「傘は貸すよ…今まで悪かったな。」

 

 

それだけ一方的に告げると提督は熊野の手に傘を押し付け、雨の中を駆け出してゆく。後を追おうとするかのように一歩雨の中に踏み出された熊野の足が止まり、差し出した手が所在なく宙をさまよい、力の抜けたもう片方の手から傘が落ちる。

 

 

もう見えなくなった提督の姿まだ探す熊野の唇から知らず呟きが漏れる。

 

 

「私にこんな思いをさせるなんて…ありえませんわ…」

 

 

冷たい雨に打たれながら熊野は口を両手で押さえ、もう見えない人の名を呟いた。

 

 

「提督ぅ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ雨の中突っ立ってりゃそうなるよねー…」

 

 

椅子に座って腕を組み足を組み呆れたような態度を隠そうともせずそう言ってのける鈴谷の目の前で熊野はベッドに横たわる。がっちりしっかり風邪を引き、湿った荒い息をつく熊野のことをしばらく鈴谷は見守っていたが、やがて「よっ」と声に出して立ち上がると部屋を離れざま熊野の方に振り向き声を向ける。

 

 

「ちょっくら特製の薬を持ってくるからさ、ちょっと待ってて熊野。」

 

「薬…?」

 

 

パタンと部屋の扉が閉じる音を聞きながら熊野は目を閉じ考える。風邪薬って艦娘にも効くのかしら、まあ風邪をひくくらいだものね、とまとまらぬ思考を巡らせる熊野の耳に微かに廊下から声が聞こえる。

 

 

「おい鈴谷、だから俺はもう熊野には…というかマズいだろ、艦娘寮に男が入っちゃ…」

 

「静かにしなってテートク、見つかちゃうよ?」

 

 

その聞きなれた声にぱちっと目を見開く。何が起きようとしているのかはっきり熊野の知覚が認識する前に部屋の扉が開き鈴谷に袖を引っ張られた提督が姿を現す。

 

 

「て、提督!?」

 

 

寝間着姿を見られぬよう布団を引っ張りあげる熊野の目前で、鈴谷は手をひらひらと振り「テートク、あとはよろしくぅ~」と言い残すと部屋を離れる。あとに熊野とふたりきり部屋に残された提督はしばらく閉じられた扉を呆然と見つめていたが、やがて気まずそうに熊野に顔を向けると小さな声で遠慮がちに呟く。

 

 

「す、すまないな熊野、鈴谷に強引に連れてこられて…すぐに消えるから…」

 

「あ…」

 

 

部屋を離れようとする提督に思わず熊野は手を伸ばす。気配に気づき足を止めて振り向く提督の目に、こちら手を差し伸べて見たことのないような縋るような眼差しを向ける熊野の姿が映りこむ。

 

 

「…行かないで」

 

 

弱弱しくもはっきり聞こえる声で熊野は呟く。

 

 

「ここにいて…」

 

 

その言葉に吸い寄せられるように提督は熊野に近づき、鈴谷の座っていた椅子に腰を下ろす、熊野の差し伸べる手を提督が両手で握りしめると、ようやく熊野の表情から強張りが消え、穏やかな微笑みにとって代わった、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

熊野の風邪はものの一日で熱も引き収まった。翌日よく晴れた青空の下、鎮守府本館から桟橋に向かう途中で提督は熊野と行きあたる。

 

 

「ああ、熊野…もう身体の具合は大丈夫なのか?」

 

「え、ええ…」

 

 

胸を片手で押さえ、自分と目を合わせようとせず顔を逸らす熊野の姿に提督は昨日のことは風邪で気弱になった少女のたまたまの態度だったのだと思い知る。期待をした自分を笑うように苦笑浮かべ提督は熊野とすれ違う。

 

 

「じゃあ、俺はもう行くから…」

 

 

軽く、裾を引っ張られる。驚いて振り向いた提督の目に入ったのは、頬を染めて俯き唇を噛みながら自分の裾を摘む熊野の姿。

 

 

「行かないで…」

 

 

小さく、しかしはっきりと熊野は口にする。

 

 

「…ここにいて。」

 

 

小さなその呟きが提督の胸に染みる。裾からようやく手を外す熊野に向き直り提督は恐れるように問いかける。

 

 

「…ここにいて、いいのか?」

 

「…お願いします。」

 

「…いるよ、ずっとここに。」

 

 

提督の手が熊野に伸びる。その掌が、熊野の頭にのせられる。柔らかく自分の頭を撫でる優しい感触に身を委ねながら熊野は静かに想う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――これからは、もっと、素直になろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だって、提督の手がこんなに嬉しいから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今、恋、しているから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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