艦娘恋物語   作:青色3号

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不知火の場合

凛とした表情、すっとした立ち姿。陽炎型駆逐艦二番艦・不知火。その彼女が、提督執務室で落ち着いた声で報告を終える。

 

 

「以上で、今回の演習報告を終わります」

 

「ご苦労、不知火……ところで」

 

 

静かな顔で報告を聞いていた提督が表情と口調を変え不知火に問う。

 

 

「明日は、公休日だったな。予定はあるのか?」

 

「何故ですか?」

 

「いや、不知火が公休日に遊んでいる様子が想像できなくてな」

 

 

確かに堅物の不知火がはしゃいでいる姿は提督でなくても想像し辛い。その印象を裏付けるかのように無表情を保つ不知火に提督は遠慮がちに言葉を継ぐ。

 

 

「どうだ、予定がないのなら……俺も明日公休日だし……」

 

「明日は、陽炎と外出する予定を立てております」

 

 

そうか、と力の抜けた声で提督は返事をする。その提督に敬礼ひとつ捧げ不知火は執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、ファミレスの一角で不機嫌そうな顔をしながらドリンクバーのコーラにストローを突っ込む不知火の姿があった。

 

 

「『不知火が遊んでいるところが想像できない』なんておっしゃるんですよ、司令は」

 

「そりゃまあ不知火の日頃を見ていればねえ……」

 

「なんですか陽炎……不知火に落ち度でも?」

 

 

淡いグレーのパーカーに同系色の短めのプリーツスカートを合わせた不知火に、緑系統のジャンパーに赤のチェックのプリーツスカート姿の陽炎が答える。

 

 

「日頃の不知火の態度を見ていれば、さっきみたいにカラオケで洋楽バンドのハードロックを熱唱する不知火の姿は想像できないってこと」

 

「そんなものですかね」

 

「それはともかく……司令のお誘い、断っちゃったの?」

 

「別にお誘いを受けてはおりませんが」

 

 

不知火の話の一部始終を聞くに提督が不知火をデートに誘おうとした流れは明白だ。しかし不知火はその自覚がないらしい。この朴念仁なところのある姉妹艦を見つめて陽炎は「ふむ」と腕を組むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日、駆逐艦娘寮の自室で不知火は同室の陽炎に問い直す。

 

 

「司令と、おでかけ?」

 

「そ。私がセッティングしておいたから。今度の公休日のヒトマルマルマルに例の公園の時計台の下で待ち合わせ、ね」

 

「陽炎、不知火は……」

 

「ここは姉妹艦の顔を立てると思って!」

 

 

パン!と両手を拝むように叩き合わせて陽炎は不知火に懇願するような表情見せる。少しおせっかいな気もするが日頃世話になっている提督のためだ。それに不知火にとっても悪い話ではないと陽炎は思う。優しくて温厚、軍でも出世頭の提督は言ってしまえば優良物件だ。顔も悪くないし背も高い。そんな提督が不知火のこれからを見てくれるなら姉妹艦としても安心だ。

 

 

そんな陽炎の皮算用も知らず不知火ははぁ、とため息をつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督との約束の日は、抜けるような青空だった。しかし不知火の顔は曇り模様だ。あまり気の進まない様子を隠そうともしない不知火に提督はおずおずと問いかける。

 

 

「あ~……不知火。どこか、行きたいところはあるか?」

 

「特にありません」

 

「映画でも見るか?」

 

「今見たい演目はありません」

 

「とりあえず、お茶でもするか?」

 

「喉は乾いておりません」

 

 

提督の提案をすげなく不知火は次々却下する。だいたいが、今日の不知火の姿がこの間と同じグレーのパーカーにミニスカート姿で代り映えのしないあたりに不知火のやる気のなさが透けて見える。少し焦りを感じながら紺のジャケットにベージュのチノパン姿の提督は考えを巡らせていたが、ようやくひとつの結論に達すると不知火にお願いする。

 

 

「ちょっと歩くが……つきあって、もらえるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

デートコースとは思えない住宅地の中を歩いてしばらく、道が傾斜し始める。急な登り坂で足を進めながら提督が一方後ろをついてくる不知火に声をかける。

 

 

「すまんな不知火、足は大丈夫か?」

 

「不知火は大丈夫ですが……司令、この先に何が?」

 

「着けばわかるよ」

 

 

少し息を切らしながら不知火は提督についていく。やがて、提督と不知火は坂の上の小さな公園に足を踏み入れる。

 

 

「……公園、ですね」

 

「不知火、向こうを見てみろ」

 

 

言われて不知火は首を提督の示す方に向ける。

 

 

 

―――街の姿が一面に、不知火の視界に広がる。

 

 

 

人々の営みが育まれている街の姿、その向こうに広がる海。そのパノラマに言葉をなくす不知火の傍らに提督は立つ。

 

 

「本当は夜景の方がきれいなんだけどな。まあ、昼間の光景もちょっとしたものだろ」

 

「ええ……」

 

 

それきり、言葉が出てこない。そのことを少しだけ悔しく思う。言葉なく目の前の景色を見つめる不知火の横で提督が呟く。

 

 

「この場所も、久しぶりだな」

 

「以前は何度か、ここに?」

 

「前の彼女と、よく来たもんだ」

 

 

他の女性と逢瀬しているときに元カノの話をするとはこの提督もたいがい朴念仁かもしれない。その提督の一言に、不知火はなぜか動揺する。少しだけ震える声で不知火は提督に問いかける。

 

 

「……恋人が、いたのですか?」

 

「昔、な」

 

 

今はいないということになぜか安心感を覚え、昔はいたということになぜか寂しさを感じる。その自分の心の動きの理由が、不知火にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとばかり色気に欠けるが印象的だったデートの帰り、提督に次回の約束を求められた。自分でも意外なほど素直に、不知火はまた提督と会うことを決めた。なのでその日、私服にまた着替え不知火は艦娘寮の自室を後にしようとする。その後ろ姿に目をやりながら陽炎が苦い声を出す。

 

 

「色気に欠けるわねぇ~……」

 

 

その声に不知火は振り向く。確かにいつものパーカー姿に黒の細身のジーンズという姿はあまり可愛げを感じさせるものではない。グレーのバックパックを背負いなおしながら不知火は陽炎に身体を向けなおす。

 

 

「別に色気は必要ないと思いますが」

 

「あーはいはい、そうだったわね。あなたはそういう子だったわね。はいはい、いってらっしゃい」

 

 

ひらひらと手を振り追っ払うように不知火を見送る陽炎の真意がいまいちわからないまま、不知火は自室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海際の商業施設の一角の小さな遊園地、それが今回のデートスポット。観覧車のゴンドラに揺られながら不知火は確かめるように口にする。

 

 

「観覧車、ですか?」

 

「定番だろ?」

 

「子供の乗り物という気もしますけれどね」

 

 

濃紺の長袖シャツにオフホワイトのチノパンを合わせた提督がその一言に苦笑いする。

 

 

「そうバカにしたものでもないぞ……ほら、外を見てみろ」

 

「はあ」

 

 

生返事を返しながら不知火はゴンドラの外に目をやり―――言葉、奪われる。

 

 

 

海を見下ろす、という経験は初めてかもしれない。白い波が、碧い海面に彩りを添えている。微かにウミネコの声が聞こえる気がする。巨大だろうタンカーが、ここからではオモチャのような大きさでどこか他の国へと向かっている。

 

 

「……すごい、ですね」

 

 

そんな平凡な言葉しか出ないのがもどかしい。広がる光景に圧倒されながら不知火は視線を海に固定する。その不知火の唇から知らず言葉が漏れる。

 

 

「……この景色も、昔の恋人と?」

 

「え?……ああ、うん。連れてきたことあるな」

 

 

歯切れ悪くそんな言葉を口にする提督に「そうですか」と返しながら、不知火はこの前の公園で感じた寂しさが今また胸に広がるのを自覚していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらく、艦娘寮。お風呂から帰ってきた陽炎が部屋の扉を開けると、床一面に衣服を広げこちらに背中を向けてぺたんと床に座り込む不知火の姿があった。

 

 

「不知火?」

 

「あ、陽炎……」

 

「どうしたの、こんなに洋服広げて」

 

 

頼りない顔を振り向かせ陽炎にすがるような視線向けながら不知火が呟く。

 

 

「司令とまた明日お出かけなのですが……その、着ていけるような可愛い服がなくて……」

 

 

あらあらまあまあ、と陽炎はにんまりする。不知火の方に歩み寄り、しゃがんでその肩を抱きながら陽炎は力強い声を出す。

 

 

「よし、私がなんとかしてあげよう!」

 

「え、陽炎の服を貸してくれるのですか?」

 

 

不知火のその言葉に陽炎は不知火の顔を見つめなおしあっさり告げる。

 

 

「私がそんなかわいい洋服持っているわけないじゃん」

 

「ですよね」

 

 

すっくと立ち上がり陽炎は腰に両手を充てた姿勢で不知火に告げる。

 

 

「まあこのネームシップ様に任せなさいって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日のデートの待ち合わせは、夜だった。夜に異性と出かけることに警戒心がないわけではなかったが、提督を信用して不知火は特別許可を取った。月が見下ろす時計台の下に、流石に女子を夜ひとりで待たせるわけにはいかないと思ったのだろうかなり早めに着た提督は少し怯えたような声をかけられる。

 

 

「し、司令……」

 

「おお不知火、俺も今来たところ……」

 

 

言いながら声の方角に身体を向ける提督の言葉が閉ざされる。水色のフレアスカートにオフホワイトのニットと同色のカーディガンという可憐な姿の不知火を提督はまじまじと凝視する。

 

 

「あの……落ち度は、ありませんでしょうか……」

 

 

肩にかけたハンドバッグの紐をぎゅっと両手で握り締める不知火に、魂を持っていかれたような声で提督は答える。

 

 

「いや、よく似合っている……可愛い」

 

 

浦風に借りた服で身を包みながら、ようやく不知火はほっとしたような微笑み浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊覧船が波を切る。海風が、少しだけ肌寒い。遊覧船のデッキの上で不知火は工場地帯のコンビナートの放つ明かりに目を奪われる。

 

 

「きれい、ですね……」

 

「艦娘と言えどもここまで湾の奥にはなかなか来ないだろう?」

 

「ええ……工場の光が、こんなにきれいだとは知りませんでした」

 

 

光の乱舞するコンビナートに向けていた視線を少し伏せ、不知火は静かな声を出す。

 

 

「この景色も……かつて、恋人と?」

 

「いや、不知火と見るのが初めて」

 

 

その言葉に顔を上げ不知火は提督の横顔見上げる。不知火の視線を受けながら提督は続ける。

 

 

「不知火とだけの景色が、欲しかったんだ」

 

 

提督の言葉に胸が高鳴る。その高鳴りの正体を、もう不知火はわかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮の鎮守府、埠頭の上。不知火は海に向かって立つ。いつも通りの光景に目を凝らしながら、新鮮な想いを不知火は噛みしめる。

 

 

コンクリを踏む足音が聞こえる。不知火は振り向く。白い制服に身を包み、こちらに向かってくる提督の姿が目に映る。

 

 

不知火の傍らに立ち、海に視線を向けながら提督は不知火に声を向ける。

 

 

「不知火、昨日は夜遅くつきあってくれてありがとうな」

 

「いえ、こちらこそ……」

 

 

庇うように胸に両手をあて、目を伏せながら不知火はそれだけようやく応える。そんな不知火の隣で提督は更に言葉続ける。

 

 

「不知火には、まだまだ見せたいものがあるんだ。またつきあってもらえるかな?」

 

「はい。でも……」

 

 

一度言葉を切り喉を鳴らし、不知火は一大決心の元言葉紡ぐ。

 

 

「……無理に、新しいこところに連れて行ってくれなくてもいいんです。司令がいてくれれば、どこでもいいんです」

 

 

夕暮の海に目を向けて、見慣れた光景に視線を凝らし、不知火は言葉奏でる。

 

 

「この見慣れた景色だって……司令の隣で見られれば、特別なんです」

 

 

不知火に顔を向け提督が目を見開く。提督の視線が自分に注がれるのを感じながら不知火は提督の続く言葉待つ。言葉の代わりに提督は不知火の薄い肩を抱く。そのまま、自分の方に引き寄せる。

 

 

 

 

 

提督の体温感じながら不知火は想う。これから、ふたりだけの景色を増やしていければいいと。ふたりだけの時間を、重ねていけたら素敵だなと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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