艦娘恋物語   作:青色3号

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GrafZeppelinの場合

珈琲の香りが鼻腔をくすぐり、提督は仕事の手を止めて顔を上げた。サイフォン式のコーヒーメーカーから珈琲を簡素なマグカップに注ぐグラーフ・ツェッペリンと目が合った。

 

 

「鼻がいいな。見ての通り、珈琲が入ったぞ。飲むか?」

 

「ああ、いただこう」

 

 

手を机の上に置き自分を待つ提督のところにグラーフ・ツェッペリンは歩み寄り、マグカップを机の上に置く。カップを持ち上げ立ち上る香りをひと嗅ぎ楽しみ、提督は珈琲を口に運ぶ。

 

 

「美味いな、相変わらずだ」

 

「そうだろう」

 

 

微笑み提督の賛辞を受け止め、グラーフ・ツェッペリンは自分の分の珈琲を淹れに戸棚に戻る。その背中に向けて提督が話しかける。

 

 

「グラーフもよく執務室に立ち寄ってくれるな」

 

「ああ、ここには上質の珈琲豆がしかもタダであるからな」

 

「豆の他にも、お目当てがあるんじゃないのか?」

 

「さあ?」

 

 

俺が目当てなんだろう?との言外の問いをグラーフ・ツェッペリンははぐらかす。実際、提督が第一の目当てなのは事実である。そのことをある時は匂わせある時は慎重に隠しながらグラーフ・ツェッペリンは提督との距離を詰めようと日々努力していた。

 

 

「俺も、少しは期待してもいいのかな?」

 

「期待するのは勝手だが裏切られても責任は取れんぞ?」

 

 

肩をすくめてそんな台詞を口にする。今日は、ちょっと突き放す日。たわいもない恋の駆け引き。そんなグラーフ・ツェッペリンの仕草に、言葉に、提督はこれも肩をすくめて応じる。穏やかな午後の執務室の時間、こんな時間がグラーフ・ツェッペリンは好きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督執務室を後にし、グラーフ・ツェッペリンは鎮守府本館の廊下を歩く。後ろから母国語で声をかけられる。

 

 

「グラーフ」

 

「ビスマルクか」

 

 

声の方角に振り向き足を止める。追いついたビスマルクが意味ありげな微笑みを浮かべグラーフ・ツェッペリンに問う。

 

 

「今日もまた提督のところに行っていたの?」

 

「またとはなんだ、まるで私が毎日Admiralのところに通っているみたいに」

 

「毎日じゃない」

 

「うぐ」

 

 

言われて初めてグラーフ・ツェッペリンは執務室に日参していたことを自覚する。少し控えようか、などとそんなことを考える。ここらへんで少し距離を置いてみるのもいいかもしれない。しかし、毎日見ていた提督の顔を一日とはいえ見ないでもいられるものだろうか……そんなことをぐるぐると考えるグラーフ・ツェッペリンに向かいビスマルクはくすりと笑いかける。

 

 

「やれやれ、ドイツの誇る本格大型空母も女性の姿に生まれ変わったら形無しね」

 

「し、失礼な!私は、第三帝国の誇る通商破壊作戦用の航空母艦……」

 

「そして今はひとりの恋する女性」

 

 

ビスマルクの一言にグラーフ・ツェッペリンの顔が朱に染まる。そんな乙女丸出しのグラーフ・ツェッペリンをこれ以上からかうのも気の毒と思ったかビスマルクは話を切り上げる。

 

 

「なんにせよ、貴女のことは応援しているわ。それじゃあね」

 

 

手をひらひらと振ってその場を離れるビスマルクをグラーフ・ツェッペリンは声なく見送る。しばしその背中を見送って、グラーフは両手でパン!と自分の頬をはたくとぶんぶんと左右に首を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、結局足を運んだ提督執務室でいつも通りに珈琲を淹れながらグラーフ・ツェッペリンは物思いに沈む。

 

 

正直、執務室には通い続けたい。ふたりっきりの時間を作るためにも手管を尽くして秘書艦の赤城が執務室にいないスケジュールを掴むことまでやったのだ。しかし、例えば、そう例えば提督は自分が執務室詣でを辞めると言ったらどんな反応をするだろうか。もしかして、引き留めてくれるのではないだろうか。

 

 

「Admiral」

 

「ん?」

 

「私も、執務室通いが続いたのでな。ちょっと、図々しいかなと思って……しばらくは、来るのを控えようかなとも思うのだが」

 

 

珈琲をマグカップに注ぎながらごくりとグラーフ・ツェッペリンは唾を呑み込む。しかし、書類に目を落としながら提督が放った返事はグラーフ・ツェッペリンの期待したものではなかった。

 

 

「そうだな、俺も少しの間控えてもらえるとありがたい」

 

 

ぐらり、と大柄な身体が揺れた。危うくマグカップを取り落としそうになった。受けた衝撃に震える声をなんとかグラーフ・ツェッペリンは絞り出す。

 

 

「そ、そうだな……ちょっと、日参しすぎた」

 

 

マグカップを提督の机の上に置く。手が震えているのを気取られないといいと思う。なにか気の利いた返しをしようとして、そんなものは思いつかないままグラーフ・ツェッペリンは立ち尽くす。

 

 

「じゃあ、Admiral。私は今日はこれで……」

 

 

それだけ言うのがやっとだった。走って逃げ出したくなるのを意志の力で抑え込み提督に背を向けゆっくりと執務室を後にする。瞼が、震えていた。視界がぼんやり、霞んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

埠頭に立ち海を見つめる。失恋の、思い上がりの代償の傷を癒すのに他に適当な場所が思いつかなかった。波の音を聞きながらグラーフ・ツェッペリンはひとり思いに沈む。そう、自分は思い上がっていた。

 

 

 

提督も自分を憎からず想っていると思い込んで、浅はかな恋の駆け引きに終始した。素直に想いをぶつければまだ結果も違ったかもしれないものを、そんな勇気も持てないまま自分の想いをはぐらかした。そのことを悔いてももう遅い。結局、提督は自分のことなど見ていなかった。

 

 

「グラーフ」

 

 

思いに沈んでいたところをいきなり背中から声をかけられグラーフ・ツェッペリンはびくりと大きく身体を震わせる。聞き間違いようのないその声、提督その人の声。

 

 

振り向いて間違いなく提督の姿をそこに認める。逃げ出したくても、目の前は海。艤装を装着していたならと埒もないことを考える。怯えた瞳を震わせるグラーフ・ツェッペリンに提督は歩み寄りながら困った顔を見せる。

 

 

「あの後ビスマルクが所用で執務室に来てな……グラーフはいないのか、と聞かれたのでさっきの一部始終を話したらドヤされた」

 

 

話の行く末が見えなくてグラーフ・ツェッペリンは首を傾げる。濡れた瞳を自分に向けるグラーフ・ツェッペリンの一歩手前で提督は立ち止まり話を続ける。

 

 

「説明不足だ、ってな。まあ、確かに『来ない方が助かる』なんてそれだけ言ったんじゃ意味不明だよな」

 

 

苦笑を広げ提督はグラーフ・ツェッペリンに種明かしをする。

 

 

「あれだよ……好きな女が毎日仕事場に現れたら、流石に仕事に差し支えるんだよ」

 

 

腰に手を当てそんな言葉を口にする提督の言っている意味が一瞬グラーフ・ツェッペリンには分からなかった。分かった瞬間、熱いものがグラーフ・ツェッペリンの胸に満ちた。

 

 

「どうしても『今日は何時ごろ来るかな』なんて考えちまってな。まあだいたい来る時間は決まっているんだがそのあたりになるとソワソワし始めたり……」

 

 

提督の言葉は続かなかった。グラーフ・ツェッペリンの抱擁が、終わらせた。力いっぱい提督に抱きつきながらグラーフ・ツェッペリンはしゃくりあげる。

 

 

「わ、私は……!私が、Admiralの邪魔をしているのだとばかり……!」

 

 

突然のグラーフ・ツェッペリンの行動に提督は驚いて目を見開くが、すぐに優しい表情浮かべる。グラーフ・ツェッペリンを抱きしめ返し、その耳元に提督は囁く。

 

 

「すまなかった……仕事なんて、どうでもいいよな。これからも、俺の隣にいてくれ、グラーフ」

 

 

返事を言葉にできず提督の胸の中で何度も頷く。その胸元に、縋りつく。海風がふたりを祝福するように駆け抜ける。波の音が、ふたりの鼓動に重なる。

 

 

 

 

 

 

恋人たちが埠頭に立つ。素直な想い、重ねあいながら―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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