艦娘恋物語   作:青色3号

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岸波の場合

沖波は知っている。いつも涼しげな岸波の瞳が、提督を見つめるとき潤むこと。沖波は気がついている。いつも落ち着いた岸波の声が、提督に話しかけるとき上ずること。その日、鎮守府本館を岸波と並んで歩いていたところで沖波たちは向こうから歩いてくる提督に気がつく。

 

 

「司令官」

 

「提督、こんにちは」

 

「沖波、岸波、ご苦労」

 

 

やはりだ。岸波の頬が少しだけ紅潮している。ちらりと横目でそのこと確かめて、沖波は提督が遠ざかったあと岸波に耳打ちする。

 

 

「岸ちゃんってさー、司令官のこと意識しているよね」

 

「えっ!?」

 

 

いつも落ち着いた岸波の姿からはちょっと想像できないくらい岸波は動揺した様子を見せて飛び上がりそうなほどに身体をびくつかせる。そんな岸波に沖波は伺うような視線向ける。

 

 

「告白とか、しないの?」

 

「そんな……」

 

 

もはや真っ赤になった顔を隠すこともできず岸波は口をぱくぱくさせるが、ふと寂しげな表情を見せてしずかに呟く。

 

 

「……私は、艦娘だもの。人間じゃないもの……ていとくには、ふさわしいお相手がきっと他にいるわ」

 

 

目を伏せ悲しげに微笑む岸波に沖波はかける言葉を持たなかった。

 

 

 

 

 

 

 

その直後岸波と別れたところで沖波は提督執務室を訪れる。扉のところからひょこっと顔を出すと、その様子に気がついた提督から声をかけられる。

 

 

「沖波か。入ってきなさい」

 

 

その声に吸い寄せられるようにして沖波は提督の客となる。机に向かって書類にペンを走らせる提督のことを沖波はしばし見つめていたが、やがて提督の方から沖波に声をかける。

 

 

「なにか、俺に用があったんじゃないのか?」

 

「え?えーっと……」

 

 

どう話を切り出していいものやら分からず沖波はもじもじと身を揺する。それでも辛抱強く沖波の言葉を待つ提督の視線に押されるように沖波は提督に問いかける。

 

 

「そのお……司令官は、駆逐艦娘について、どう思っているのかな、なんて……」

 

「ん?」

 

「そのお……例えば、岸ちゃんのこととか」

 

 

口に出した瞬間「しまった!」と沖波は身を跳ねさせる。今のはあまりにストレートすぎる問いかけだ。そんな沖波の動揺に気がついたかつかなかったか、提督は沖波のことをしばらく静かに見つめていたが、やがて机に視線を落としておだやかに沖波に囁きとも言える声で話しかける。

 

 

「沖波、お前は戦争が終わったら何をしたい?」

 

「え?えーっと……」

 

「答えられないよな。普通、お前くらいの年頃の娘はいろいろ未来への希望を持っているものなんだけどな」

 

 

話の行方が見えず不安げな表情になる沖波の顔は見ぬまま、提督は静かな言葉続ける。

 

 

「申し訳ないと思っているよ。訓練された軍人である俺たちが不甲斐なくて結果年端もいかぬ少女であるお前ら艦娘を戦場に送り込んで」

 

「そ、そんな。沖波たちは大丈夫です」

 

「そう言ってくれることもわかっていて、俺ら人間はお前らを戦いに送り込むんだ。そんな俺が、岸波に想いを寄せることが許されるわけはないだろう?」

 

 

その言葉に沖波ははっとする。提督も、岸波を想っている。それでもふたりはすれ違っていて、その距離を埋める手段が沖波にはわからなくて、沖波はそっと唇を噛む。

 

 

「ちょっと余計なことまで喋っちまったな……今の話は、他言無用でたのむぞ?」

 

 

こくんとひとつ小さく頷く。そうすることしか沖波にはできなかった。

 

 

 

 

 

 

もどかしい気持ちを抱えながら沖波は執務室を後にし鎮守府本館の廊下を歩く。と、角を曲がったところで向こうから先ほどまでの話題の主である岸波が近づいてくる。

 

 

「沖姉え、どこに行ってたの?」

 

「あ、ちょっと……」

 

 

立ち止まり岸波が近づくにまかせて沖波は岸波に問いかける。

 

 

「岸ちゃん。本当にいいの?」

 

「え?なんのお話?」

 

「司令官とのこと……このまま、諦めちゃうの?」

 

 

沖波の突然とも言える問いかけに岸波は一瞬驚いたような顔を見せるが、沖波から目を逸らし寂しげな呟き漏らす。

 

 

「さっきも言ったでしょう?私は、艦娘。いくら提督のことを想っていても、提督に相応しい相手では……」

 

 

言いかけた岸波の言葉が止まる。その目が大きく見開かれる。愕然とした表情を見せる岸波の視線の先を追って振り向いた沖波が目にしたのはちょうど角を曲がってきたところの提督その人の姿。

 

 

一部始終をきかれたことを悟り岸波は無言で身を翻す。そのまま、必死にその場を駆け去る。その背中を沖波は追いかけようとするが、一歩駆け出したところで足を止め提督の方を振り向く。

 

 

「……追いかけないんですか?」

 

 

その問いかけに提督は苦しげな表情浮かべ目を逸らす。

 

 

「言っただろう?俺は、岸波の想いに応えられるような立場では……」

 

「そんなのおかしいよ!」

 

 

甲高い声を沖波はあげる。その声に、提督はゆっくりと沖波に視線を向ける。

 

 

「申し訳ないと思うなら、謝れば済む話じゃない!申し訳ないと思うなら、司令官が岸ちゃんを守ってあげればいいじゃない!お互い想い合っているふたりがなんでお互いに遠慮してすれ違うの!?そんなの、おかしいよ!」

 

 

眼鏡の奥の瞳が涙で滲む。そのことを沖波はもどかしく思う。沖波の言葉か、涙か、どちらが彼を動かしたか、提督は表情を引き締めると走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

いつもの間にこんなところまで走ってきたのか、と岸波はようやく足を止める。埠頭の先端の向こうはもう海、どのみちこれ以上は進めない。

 

 

「……知られちゃったな……」

 

 

胸に秘めたまま葬り去るつもりの想いだった。報われないと、わかっていた。だって、自分は人に非ざる艦娘。この道はあのひととは交わらない——

 

 

「岸波」

 

 

その声に想念を破られる。恐る恐る、声の方角を振り向く。ああ、こちらに近づいてくるのは今しがた心を占めていた提督その人。

 

 

提督が自分の一歩手前で足を止めた時岸波は深々と提督に向かい頭を下げる。

 

 

「提督、申し訳ございません」

 

 

頭を上げ、それでも提督の顔は直視できぬまま岸波は片手を胸に当てて謝罪の言葉を続ける。

 

 

「人に非ざる身でありながら身分無相応の想いを抱いてしまって。提督、どうかさきほどのことは忘れて——」

 

 

岸波の言葉は続かなかった。提督の抱擁が終わらせた。きつく、きつく提督に抱きしめられながら岸波は喘ぐような小声出す。

 

 

「提督、ダメです。私は、人間じゃない——」

 

「人の為に戦うお前らは、人よりも人らしい」

 

 

その言葉に岸波のもがきが止まる。提督の言葉の続きが岸波の耳に囁きかけられる。

 

 

「例え、岸波が人じゃなくてもなんであっても——-俺のとなりに、いてほしい」

 

 

岸波の瞳が見開かれる。その瞳に、涙満ちる。許されないはずだった想い、今許されたと知って、岸波は提督の胸に縋りつく。

 

 

 

ふたりの想いが交差する。そのまま、強く結び合う。

 

 

 

 

 

 

 

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