艦娘恋物語   作:青色3号

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朧の場合

艦隊が鎮守府に帰投する。黒煙を艤装の煙突から吐きながら。桟橋から岸壁に上がり、主力の翔鶴と瑞鶴から少し離れて朧は建物の方角へと足を進める。向こうからこの鎮守府の最高司令官たる提督がこちらに近づいてくるのが見える。

 

 

翔鶴と瑞鶴に少しばかり声をかけてから提督は足を進め朧にも声をかける。

 

 

「朧、ご苦労」

 

「ありがとうございます。第五航空戦隊ただいま帰還しました」

 

 

戦場の空気を持って帰ってきたかのようにまだ触れれば切れそうな気配を纏う朧の姿、その瞳は強い光を湛え射るかのように提督を見据える。兵器の存在感を存分に示す朧に、しかし提督は動じることなく労いの言葉をかける。

 

 

「朧たちの護衛のお陰で艦隊も損害なしだ。よく頑張ってくれた」

 

 

朧の顔がほころぶ。想い人に暖かい言葉をかけてもらった喜びに、好きな人に認めてもらえた嬉しさに、思わず笑みが浮かぶ。その朧にひとつ頷くと提督はその場を離れ、朧のあとから艦隊を追う秋雲に近づいてゆく。顔を振り向かせ朧は提督のその背中をずっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

シャワーを浴びて汗と潮と粉塵を落とし朧は鎮守府本館の廊下を歩く。今回の作戦の反省会が会議室でまもなく開かれる。その会場へと足を進める朧の視界に、向こうから歩いてくる提督の姿が映る。

 

 

「提督、お疲れ様です」

 

「今から反省会か」

 

「はい」

 

 

微笑みをこちらに向ける朧の顔をじっと見つめる。もう、その瞳には先ほどまで宿っていた鋭い光はない。彼女を包む空気は普通の少女のそれで、柔らかな色に満ちている。

 

 

「……やはり艤装を外すとお前らは雰囲気が変わるな」

 

「そうですか?」

 

 

艤装は、艦娘たちの心身に大きな影響を与える。

 

 

人ならざる身とはいえ本質的には普通の少女に変わらない彼女たちを決戦兵器に変えるのは、艤装である。艤装を装着することで艦娘たちは人間離れした膂力を身につけるだけでなく、その精神にも大きな影響を受ける。

 

 

恐怖心の減衰、闘争心の大幅な増幅。感情の鈍麻とそれとは矛盾するかのようなアドレナリン噴出。ひとりの少女を兵器に変える、それが艤装という装置である。

 

 

その艤装を外し頼りなくも見えるひとりの少女に戻った朧に提督は更に声を向ける。

 

 

「雰囲気がだいぶ丸くなる。こうして見ると、やはりお前らも普通の女の子なんだと思うよ」

 

「…………」

 

 

提督の言葉に朧は顔を伏せる。その表情の変化に提督が何か言おうとするより前に朧が小さな声を出す。

 

 

「鎮守府でも、艤装を纏ったままでいるわけにはいかないでしょうかね」

 

 

朧の聞いただけでは意味の通らないその言葉に提督は首を傾げる。疑問をそのまま口に上らせ提督は朧に問いかける。

 

 

「その必要もないだろう。鎮守府で武装する意味がない」

 

「そう、ですよね……」

 

 

顔を伏せたまま朧は残念そうな小さな声を出す。やはり朧の意図が分からない。しかしどう疑問を伝えればいいのかもわからない。そんな提督に微笑みと敬礼ひとつ捧げ、朧はその場を離れていく。その小さな背中を目で追いながら提督は今しがたの会話を反芻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日、開発工廠から自転車で鎮守府本館に戻る途中、提督は建物の陰に朧の姿を認める。

 

 

「かーにーさん、かーにーさん、どこいくのー。どこいくのー」

 

 

しゃがみこんでリズムに乗せて歌うように呟く朧の足元に赤い小さなカニが左右にうごめいている。朧の横顔に浮かぶ表情は穏やかで、やはり年頃の少女のそれだ。自転車を止めて提督は朧に近づき驚かせないようそっと朧に声をかける。

 

 

「朧」

 

「あ、提督」

 

 

敬礼を捧げる朧を提督は片手で制し、気楽にするよう促す。朧の一歩前で朧と足元のカニに交互に目をやり提督は朧に話しかける。

 

 

「やはり、こうして見ると朧も普通の女の子だな」

 

「え?」

 

 

「この間変なことを言っていたな……『鎮守府内でも艤装を纏っていたい』とかなんとか。だけど、普段は戦いから離れていてもいいんじゃないか?なにも好き好んで武装している必要もない」

 

 

カニの方に目線を落としていたから朧の表情が強張るのには気がつかなかった。気づかないまま提督は言葉継ぐ。

 

 

「鎮守府にいる時くらい、普通の女の子として……」

 

「だって!」

 

 

朧の叫びが提督の言葉を切った。思いもかけぬその大声に驚いて少し身を引く提督の前で、朧は身を折るようにして叫ぶ。

 

 

「普通の女の子じゃ、ダメなんだもの!艦娘じゃなきゃ、提督に必要としてもらえないもの!兵器でいなきゃ、私は提督には———」

 

 

涙交じりのその声を、提督の抱擁が終わらせた。抱きしめられている、そのことに気がつくのに一瞬の時が必要だった。苦しいくらい強くかき抱かれ、朧は濡れた瞳を見開く。その耳元に提督が唇を寄せて囁きかける。

 

 

「そんなこと、誰が言った?」

 

 

朧を抱きしめる腕の力を強くして提督は朧に言葉続ける。

 

 

「ひとりの女の子の朧が、俺には必要なんだ……朧じゃなきゃ、ダメなんだ。いつか伝えようと思っていた。それが今日とは思わなかったけれど……」

 

 

心臓が激しく高鳴る。ふたりの鼓動が重なり合う。提督の腕の中で朧は、身を提督に任せたまま震える声を絞り出す。

 

 

「……兵器じゃなくて、いいの?普段の朧のままで、いいんですか?朧、艤装がなければ何もできない……」

 

「なにもできないなんてことはない。俺の傍にいられる」

 

 

提督の言葉が胸を満たす。満たされて、もう何も言葉にすることができない。だから、言葉の代わりに提督を抱きしめ返す。ぎゅっと、ぎゅっと抱きしめ返す。

 

 

 

 

 

赤いカニがその小さな身体をふたりの足元で揺らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

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