艦娘恋物語   作:青色3号

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漣の場合

鎮守府本館の廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。

 

 

「ご主人様~♪」

 

 

提督が振り返ると綾波型駆逐艦九番艦・漣が手を振りながら笑顔でこちらに駆け寄ってくる。提督の目の前で立ち止まり一度膝に両手をついて呼吸を整え、顔をあげて満開の笑みを向けてくる漣の姿に提督の顔もついほころぶ。

 

 

「どうした、漣。なにか俺に用か?」

 

「いえ、そういうわけではないんですけれどご主人様の姿が見えたものでして」

 

 

笑顔のままそんな可愛らしいセリフを漣は口にする。微笑みを浮かべながら提督は漣のことを見つめていたが、ふと真面目な顔になって漣に問う。

 

 

「今更だがな。なんで漣は俺のことを『ご主人様』って呼ぶんだ?」

 

「愛ゆえでしょうかね、へへっ」

 

 

そのセリフを口にした瞬間漣の顔がほのかに朱に染まるのに提督は気がつかない。気がつかないまま提督は漣に向かいこんな言葉を口にする。

 

 

「あまり気軽にそういうことを言うなよ。本気にしちまうぞ」

 

 

眉を八の字にしてそれでも漣は笑ってみせる。本気にしたっていいのにな、と思う。それでもそれ以上言葉を継いで踏み込むことはできない。「本気ですよ」と告げる勇気はない。

 

 

軽く手を上げ提督はその場を離れる。提督の心には今日も踏み込めないまま、漣は提督の背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦寮の部屋に戻ってベッドの上でごろごろ漫画を読んでいると、ルームメイトの朧が戻ってきた。

 

 

「ただいま~」

 

「おきゃーり、おぼろん」

 

 

顔だけを向けて漣は朧を労う。部屋の中に入ってきながら朧は漣に少しばかり唐突に切り出す。

 

 

「さっき、提督と喋っているところ見たわよ」

 

「さっき?ああ、廊下でご主人様と少しお話しましたネ」

 

「子犬みたいに提督に駆け寄っていくのが、なんか可愛かった」

 

 

漣の顔が赤くなる。そんな漣に向けていた微笑みを真顔に変えて朧は問う。

 

 

「提督に、想いは伝えないの?」

 

「……そのうち」

 

「そのうちって、いつ?」

 

 

顔を朧から逸らして漫画に向ける。漫画の中身は頭に入ってこない。

 

 

「もう、提督を好きになってずいぶん経つでしょう?」

 

「…………」

 

「いつまでもこのままじゃ、何も変わらないよ?」

 

「………………」

 

 

朧が自分を気遣ってくれているのはわかる。朧の心配するような表情も見えるようだ。それでも、いや、それだからこそ勇気を持てない自分を追及されているようで漣は険しく眉を寄せる。

 

 

「……おぼろんには、わかりませんよ」

 

「え?」

 

「好きな人もいないおぼろんには、漣の気持ちなんてわかりませんよ!」

 

 

顔を勢いよく朧に向けて言い放つ。朧の顔色が変わる。漣と同じく険しい顔になって、朧は漣に言い捨てる。

 

 

「ええ、ええ!どうせお子ちゃまの朧にはわかりませんよ!」

 

 

言葉をそれだけ叩きつけて朧は部屋を飛び出る。部屋のドアに勢いよく音を立てさせながら。ドアをしばらく睨みつけ、漣は漫画に視線を戻す。内容はまったく頭に入ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局漫画を読み続ける気にもなれず漣も部屋を後にした。岸壁を歩きながらふと足元に向けていた視線を上げるとこちらに近づいてくるのは提督その人。

 

 

「漣」

 

「ご主人様」

 

「どうした?珍しく浮かない顔をしているな」

 

 

変なところで鋭いな、と漣は自分の想い人を見上げる。少しだけ逡巡したのち、漣は素直になることに決める。

 

 

「ちょっと、おぼろんとケンカをしてしまいまして」

 

「珍しい」

 

 

ご主人様が原因ですけれどね、とはやっぱり言い出せないまま。言い出せないまま目をまた足元に伏せる漣に提督は穏やかな声をかける。

 

 

「ちょっと、そこに座らないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海に向かって岸壁にふたり腰を下ろす。海風が頬に心地よい。波音と海風に身を任せながら提督は漣の隣でしばらく静かに口を閉じていたが、やがて漣に言葉向ける。

 

 

「悪いと思っているなら、早く謝ったほうがいいぞ」

 

「漣は、別に自分が悪いんだなんて……」

 

「思っているんだろ?」

 

 

目を閉じ、ふと微笑みを顔に浮かべて提督は付け足す。

 

 

「でなきゃ、あんなに落ち込んだ顔はしない」

 

 

ほんと変なところで鋭いなと漣は唇を噛む。漣から無理に反応を引き出そうとすることもなく提督は言葉継ぐ。

 

 

「昔、カノジョと口ゲンカしてな」

 

「衝撃の告白キタコレ!ご主人様、カノジョさんいたんですか?」

 

「昔、な。そのときの口ゲンカがもとで別れちまった」

 

 

昔の話でよかったと胸を撫でおろす自分を少しだけ浅ましく感じる。漣の内心の動揺にまでは流石に気がつけないまま提督は続ける。

 

 

「もし、素直に謝れていたらどうだったんだろうな、と。別れずに済んだのかもしれないな」

 

 

顔を伏せ、海風に消え入りそうな小さな声で漣は問う。

 

 

「……今でも、そのカノジョさんのことは好きですか?」

 

「ん?……ん、いや。正直こんな話するまで忘れてた」

 

 

岸壁から腰を上げ、提督は話を打ち切る。

 

 

「まあ何にせよ、人間素直になれた方がいいってこった。朧に謝るなら早めにな……あまり、風に当たりすぎるなよ。風邪引くぞ」

 

 

その言葉を残し、提督はその場を去る。提督が遠ざかる気配を感じながら漣は水平線を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晴れぬ気持ちを抱えて朧は鎮守府本館の中庭を歩く。ふと、向こうから近づいてくる人影に気づく。

 

 

「漣」

 

「おぼろん、探しましたよ」

 

 

朧がなにか言う前に、漣は勢いよく頭を下げる。

 

 

「さっきは、ごめんなさい!言い過ぎました!」

 

 

思いがけない漣の素直な態度に面食らいながら漣はそれでも返事を返す。

 

 

「ああ、ううん……朧も、ムキになりすぎたから……」

 

「やっぱり、ご主人様の言う通りですね。素直になると、すっきりする」

 

 

顔をあげて笑みを見せながら漣はそんな言葉を口にする。まだ面食らった表情を浮かべたままの朧に背を向けると漣は歩き去りながら背中越しに朧に声を向ける。

 

 

「さて、もうひとり素直にならなければならない相手がいますね」

 

「え?」

 

 

手を後ろ手に組み顔だけを朧に振り向かせ、漣は微笑み浮かべた。

 

 

「おぼろんが言ったんじゃないですか、いつまでもこのままじゃ、何も変わらないって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

波が、埠頭を洗う。海風が、髪を撫でていく。少し早まったかもしれないと弱気になる心を押さえつけ、漣は海に顔を向け想い人を待つ。やがて、その人の声が背中越しに漣に届く。

 

 

「漣、どうしたんだ?こんなところに呼び出して」

 

 

その声に振り向き、提督が近づくのを待つ。提督が自分の一歩手前で立ち止まると、漣は一度大きく深呼吸して提督に告げる。

 

 

「ご主人様、好きです」

 

「え?」

 

「本気です」

 

 

さあ、と一陣の風が吹き抜ける。漣のふたつに分けた桃色の髪が大きく靡く。その漣を見つめたまま提督は目を見開いて言葉を失ったままだったが、微笑み浮かべると漣に告げる。

 

 

「さっき、カノジョと別れた話をしただろう?」

 

「はい」

 

「それも今思うと悪いことばかりじゃないな……お陰で、漣に出会えた」

 

 

その言葉を合図に提督は漣に一歩近づく。そのまま、漣を胸に収める。提督の腕の中で、漣は自分の素直な想いが届いたことを知る。

 

 

 

 

 

 

海風が、ふたりの身体を洗う。漣を暖めるために、抱きしめる。

 

 

 

 

 

 

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