ふわふわとつかみどころのない人だった。だから提督はその人を掴もうと今日も彼女に手を伸ばす。
「愛宕、確かお前水曜日は公休日だったな」
「ええそうよ、よく覚えているわね~」
ふんわりとした笑顔を執務室で広げ秘書艦の愛宕は提督の隣の机から返事する。提督の机に直角にしつらえた提督のそれより一回りこぶりな机から愛宕は提督の横顔見つめる。愛宕の視線を頬のあたりに感じながら提督はさりげなく愛宕に向かい言葉続ける。
「実は俺もその日公休日なんだ。よかったら一緒に……」
「あら残念。その日は高雄と予定入れちゃった」
いつもそうだ。こうやって、するりと逃げられる。愛宕の微笑みに呼応するように顔に苦笑浮かべ提督は言葉を切る。しばらくペンの走る音が重なったのち、提督は愛宕にまた声を向ける。
「愛宕、そろそろ休憩に入ったらどうだ」
「あら、もうそんな時間?」
言いながら愛宕は提督執務室にあつらえられた柱時計に目を向ける。時刻を確認してひとつ頷くと愛宕は「それじゃ遠慮なく~」と椅子から腰を上げた。
甘味処・間宮でなにか甘味でも口に入れようかな、などと考えながら愛宕は鎮守府本館の廊下を歩く。と、廊下の角からこちらをうかがい手招きする青葉の姿が目に映る。
「愛宕さん、こっち、こっちへ」
青葉の方へ足を進め彼女の一歩手前で愛宕は両手を広げる。
「ぱんぱかぱ~ん!」
「それ、挨拶なんですか?」
微妙な表情を青葉は見せるがすぐに怪しげな笑みを広げると愛宕に向かい耳打ちする。
「いいブツが、手に入りやしたぜ」
「あら~、楽しみね~」
微かに頬を染める愛宕に青葉は茶封筒を手渡す。ちょっと辺りの人影をうかがってから誰も通りがからないと分かるとそっと愛宕は封筒から中身を取り出す。
それは、提督を撮った写真。本人に気づかれぬよう、彼の姿を切り取った写真。
幸せそうにその写真をうっとりと見つめる愛宕のことを無言で青葉は窺っていたが、やがておずおずと愛宕に向かい声をかける。
「そんなに司令官が好きなのに、なんで距離を取るんですか?司令官だってどうやら愛宕さんのことを……」
「それは、許されないことだから」
碧い瞳を微かに揺らして、寂しげな微笑を唇に浮かべてそんな言葉を口にする愛宕の姿に青葉は言葉を失う。その青葉の見つめる前で愛宕は更に言葉継ぐ。
「私は、艦娘だから、人じゃないから……提督は、人間の女性と幸せになるべきだから」
人に似て人非ざる存在、艦娘。その出自故に提督と壁を作る愛宕。悲しいな、と思いながらも青葉は愛宕に向かいかける言葉を持たなかった。
鎮守府本館の中庭、そよ風の心地よいこの季節。時間も中途半端なこともあって愛宕はベンチを独占する。顔に笑み浮かべながら愛宕は先ほど青葉から手に入れた提督の写真を見つめる。
さぁ、と一陣の風が吹き愛宕の手から写真を奪う。吹き流された写真を目で一瞬追って、愛宕は慌ててベンチから立ち上がり悪戯な風に攫われた写真を追う。
愛宕の脚が止まる。その表情が凍り付く。愛宕の視線の先で、地面に落ちた写真を拾い上げたのは提督その人。
いぶかしげに自分の写った写真を見つめたのち、提督は写真の飛んできた方角を見やる。そこに立ち尽くすのは、全身を硬直させた愛宕その人。
「愛宕、この写真は……」
びくり、と愛宕が身を震わせる。その愛宕に向かい手にした写真を差し出し提督は言葉続ける。
「……お前の、か?」
提督に駆け寄り写真を奪い去り、その勢いで愛宕は身体を半回転させ提督に背中向ける。肩を震わせながら震える声を愛宕は絞り出す。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
嗚咽を堪えるように身を小さくすぼめ愛宕は呟き漏らす。
「艦娘の私が、人ではない私が……許されない感情を、抱いてしまって……」
返事の代わりに愛宕に手を伸ばす。その腕を掴み、振り向かせる。
涙を湛えた碧い瞳が見開かれる。その瞳の奥に、提督は愛宕の隠された本心を知る。
―――愛宕の唇を柔らかな感覚が満たした。唇を奪われたのだと、分かるまで一瞬の間があった。
さあ、とまた風が吹き抜ける。愛宕の豊かな金髪が、そよぐ。
唇を覆う感触に身を任せる。ひっそりと目を閉じる。抱き寄せられ、提督の胸に収まりながら愛宕はうわごとのようにつぶやく。
「なぜ……私は……私は……」
「人であるとか、違うとか、どうでもいい」
愛宕を強く抱きしめ直しその耳元に提督は力強く囁く。
「俺が好きになったのは、愛宕という艦娘だ……愛宕という、存在だ」
ああ、許されるというのか。この人に想いを向けることが、この人に想いを向けられることが。身動きできぬほど強くかき抱かれながら愛宕は提督の言葉に酔う。涙が一粒、愛宕の頬を伝う。提督の言葉を噛みしめながら愛宕は提督にただ身を委ねる。
柔らかな風がまた吹いた。ふたりを撫でて、吹き抜けた。
了