艦娘恋物語   作:青色3号

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春風の場合

控えめなノックの音のあと、桜色の袴姿の少女が提督執務室に姿を現した。

 

 

「司令官様、書類をお持ちいたしました」

 

 

おっとりとした声、古風な袴姿にゆるく巻いた髪。神風型駆逐艦三番艦・春風。その春風から机越しに書類封筒を受け取りながら提督は思わず疑問の声をあげる。

 

 

「書類?」

 

「本館の前を歩いていたら、通信科の人から司令官様に渡してくれと頼まれまして……」

 

「書類くらい自分で持って来いよ……けしからんな」

 

 

眉を寄せる提督の前で春風は大袈裟に頭を下げる。

 

 

「申し訳ありません。差し出がましいことを」

 

「ああ、いやいや春風が謝ることじゃない」

 

 

慌て気味に椅子から腰を浮かせて提督は春風に手を振る。ほっとしたような表情で春風が顔をあげる。実のところ、春風にしてみれば書類を届けるお使いを押し付けられたのは嬉しい。だって、提督のところに行く口実ができたから。

 

 

「司令官様、春風に他にご用はありませんでしょうか?」

 

「ん?いや、特にないな。この時間は自由時間のはずだろう?ゆっくりしていてくれ」

 

 

椅子に腰を戻して微笑む提督の前で春風は自分も微笑みを返しながらも我知らず少し残念そうに眉を寄せる。それでもそれ以上執務室に居続ける口実も浮かばないまま春風はぺこりとお辞儀をして執務室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

別段することもなく部屋に戻ると、姉妹艦の朝風が先に和室の寮部屋に戻っていた。会話の流れで春風は先ほどまでのことを朝風に口にする。

 

 

「それでなにもなしに帰ってきたっていうわけ?」

 

 

腰に手を当て立った姿勢で朝風は座布団の上に正座する春風を見下ろしながら言い放つ。膝に手を載せて身を縮こませる春風に朝風は言葉降らす。

 

 

「春風は売り込みが足りないわよ。せっかく秘書艦もいなかったんでしょ?ふたりきりの時間をもっと活用しなくちゃ」

 

「でも……」

 

「でも?」

 

 

腕を組んで腰を畳に下ろし春風と相対する格好になった朝風の目は見れぬまま、赤くなる顔を伏せて春風は呟く。

 

 

「司令官様とふたりっきりになると何をお話すればいいのか分からなくて……思っていることを伝えてしまってははしたない、とか……」

 

 

額に手を当て朝風は大袈裟にため息をつく。春風がますます身を小さくする。おとなしくて控えめな妹艦、その恋の行方を案じて朝風は腕を組み唇を尖らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな会話があってしばらく、朝風は鎮守府本館の廊下を歩く。なにやらぶつぶつと呟きながら。呟きの内容は頼りない妹艦とはっきりしない提督への愚痴である。

 

 

「まったく、司令官も少しは甲斐性を見せたらいいのよ……春風に任せておいたらいつまでも進展しないんだから……だいたい春風も……」

 

「何をブツブツ呟いているんだ?」

 

 

考えに沈んでいたから目の前に提督が近づくまでその存在に気づかなかった。危ないところで正面衝突を避け、朝風は提督を見上げる。

 

 

「なにか、悩み事か?」

 

 

ええ貴方が原因でね、と朝風は口に出さずに返答する。もっとも口に出さないので提督にはその返答は届かない。眉を谷にして朝風は提督のことを見上げていたが、やがてきっぱりと提督に問う。

 

 

「司令官、春風のことをどう思っているの?」

 

「何?」

 

 

いきなりのその質問に提督は面食らったような顔を見せるが、すぐに表情を引き締めると顎に手を当て首を捻り考えるような声を出す。

 

 

「うーん……春風はどうにも引っ込み思案なところがあるからなあ……俺としては朝風くらいはっきりとしてくれた方が……」

 

 

言いかけた提督の言葉が止まる。顎から手を外し、目を見開いて提督は朝風の向こうに視線を向ける。釣られるように振り向いた朝風が目にしたのは今しがた角を曲がってきたところだろう春風の立ち尽くす姿。

 

 

しばしの沈黙の後春風は無理に作った微笑み浮かべる。

 

 

「あ、申し訳ございません。立ち聞きするつもりはなかったのですが……」

 

 

それ以上言葉も続かず、問いたいことはあるのに言葉にできず、春風は振り向いてふたりに背を向けその場を歩み去る。きゅっと閉じた瞼に涙が滲んだ。走り出さないようにするのが精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

本館中庭のベンチに腰を下ろし春風はぼうっと青空を見上げる。空虚な心持て余しながら、春風は空を舞うとんびを見つめる。

 

 

どさり、と隣に大柄な誰かが腰を下ろす音と気配がする。目線をぼんやりとそちらに向けると隣に座ったのは提督その人。

 

 

「司令官様……」

 

「すまんな、春風。さっきはデリカシーに欠けることを言って」

 

「いいえ、司令官様の正直な気持ちですから」

 

 

正直な気持ち、それが悲しい。自分も朝風くらいはっきりとした性格だったら違う展開もあったのだろうか。そんなことを思いながら春風は目を伏せ震える小声で呟く。

 

 

「司令官様が……朝風さんをお慕いいたしているのなら……」

 

「俺が朝風を好きだという話じゃなく」

 

 

春風の言葉を途中で遮り、腕をベンチの背もたれに広げとんびを見上げながら提督は告げる。

 

 

「俺の好きな春風に、朝風くらいはっきりと気持ちを伝えてほしい、という話だ」

 

 

春の風が中庭を吹き抜ける。春風が顔を上げ、提督の横顔見つめ目を見開く。その驚いた視線頬のあたりに受けながら提督は言葉続ける。

 

 

「まあ、そうは言っても控えめなのが春風だからな。俺はそんなところも……」

 

「司令官様」

 

 

身を小さく縮め腕を膝に突っ張り、腕のあいだに顔を隠すようにして俯きながら春風は小さな声で、でもはっきりと告げる。

 

 

「春風は、司令官様をお慕い申し上げております」

 

 

鼓動が、うるさい。心臓が身を突き抜けてしまいそうだ。それでも春風は言葉続ける。

 

 

「私は、司令官様が好きです」

 

 

しばし、春の風の吹く音だけが中庭に満ちる。提督が、片手を傍らの春風に伸ばす。そのままその小さな肩を引き寄せて提督は春風を抱き寄せる。

 

 

 

提督の体温を半身に感じながら春風はそっと目を閉じる。提督に身を任せ、春風は己の心臓の音に耳を澄ませる。提督の鼓動も、伝わってくる。ふたりの鼓動が、重なって響く。

 

 

 

とんびが、身を寄せ合うふたりの上空で円を描く。

 

 

 

 

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