孤独の王座   作:風神莉亜

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孤独の王座

 ──いつからだろう。

 

 勝てば勝つほどに肩が重くなる。

 鳴り響く応援が私の耳を容赦なく貫く。

 向けられるカメラから放たれるフラッシュが網膜を焼く。

 その全てが、私の心を削り取っていくようで。

 

「勝者、チャンピオン・ユウリ!!」

 

 私に破れた挑戦者が、悔しげに睨み付けてくる。

 私は堂々と胸を張って。王者にふさわしく見えるように歯を見せて笑う。そんな私に、挑戦者は悔しそうに、しかし仕方ないと言わんばかりに苦笑した。

 

 ──いつからだろう。

 

 きっと、この見知らぬ挑戦者はこう思っているんだろう。

 あの無敵のダンデを倒したチャンピオンだ。叶わなくても仕方ない。よくやった。善戦した。悔しいけれど、仕方ない。私は人の心を読める訳じゃ無いけれど、多分そんな感じ。

 

 ──いつから、だろう。

 

 膝をつく挑戦者に近付いて、手を差しのべる。その手が掴まれて、私達は笑顔を交わした。そして、私よりも随分高い位置にあるその頭が深く深く下げられた。

 

 

 ──一体、いつからなんだろう。こうして、当たり前のように勝者として相手を認めるような立場に甘んじてしまったのは。

 

 止めて欲しい。皆、皆、どうしてそんな諦めたように笑うのか。

 悔しいはずだ。こんな子供に手も足も出ずに負けているのだから。

 憎いくらいでいいはずだ。ここまで勝ち上がっても、結局残されるのは敗者という結末なのだから。

 

 一年目、二年目は苦しかった。

 私の実力は眉唾だと。ダンデに勝てたのは偶然だと。世間はまだまだ私を認めてはくれていなかった。それでも歯を食いしばって勝ち続けた。公式であろうと非公式であろうと、全力で迎え打って、そして勝ち続けた。

 

 三年、四年とそれを続けて、変化が出たのは五年目を過ぎた頃だった。

 それまで死にもの狂いで王者の私を狙い続けた挑戦者達の目が、変わっていた。

 

 負けて元々。目の前に立てるだけでも光栄。そんな、畏敬にも似た眼差しばかりが、私に向けられるようになった。

 

「……ダンデさん。貴方は、こんな場所に立っていたんですか?」

 

 

 彼は、私にチャンピオンの座を明け渡した後にガラルから姿を消していた。

 

 チャンピオンタイムは終わりを告げた。けれど、彼はそれをひとつの始まりだと大きく笑ってから、旅に出ていったのだ。

 私が勝った瞬間の、歯が砕け散りそうな程に悔しがっていたあの顔が、今でも忘れられない。それでも彼はそこから立ち上がって、行ってしまった。

 

 圧倒的な強者。私が彼を追いかけていた時、私の目に映る彼はいつだって笑顔だった。しかし、こうして同じ立場に立ってみて、果たしてあの笑顔は本当に見た目通りのものだったのかと疑問が生まれてしまう。

 勝つのが当たり前の無敗の王者。勝つことだけを望まれたガラルの英雄。聞こえはいいが、ああ、それのなんと残酷なことか。

 

「よう、お疲れさん」

「キバナさん。お疲れ様です」

「七度目の防衛か。無敗記録も更新中だな」

「チャンピオンですから。簡単にはゆずりませんよ」

 

 

 にっこり笑って言いながら、私はマントをなびかせながら控え室を後にする。

 キバナさんが何かを言ったような気がしたが、そのまま気付かない振りをして歩き続けた。

 

 ねぇ、キバナさん。貴方の目には私はどう映りますか。

 その燃える瞳で絶対王者に挑み続け、折れることなく牙を剥き続けた貴方には。

 

 きっと、このマントは私には似合っていないでしょう。私用に仕立てられたマントはサイズこそぴったりだ。身体も大きくなって、髪も長く腰まで伸びて。少しでも、威風堂々といられるように。

 ダンデさんから奪い取ったこの王座に、ふさわしくいられるように。見た目だけなら、きっと取り繕えていられてる。

 

 けれど貴方は、私にその牙を剥いてはくれない。

 少しでも気を抜けば首筋を食いちぎらんばかりの殺気を、私には向けてくれない。

 

 どうして、どうして、どうして──

 

 

 

 

 

 

 

 今日もまた、私は勝ちを追い続ける。

 今の私には立場があるから、昔のように自由気ままに、好きな時にバトルすることは出来ないけれど。

 

「ユウリ、準備は出来てっか? もうすぐ出番だぜ」

「勿論。でも、相手が知らされてないのは……」

「俺様からは何にも言えねぇ。ま、今日のエキシビションはちょっとしたサプライズ込みだしな」

「サプライズ……」

「ひとつ言えるとすりゃあ、気を抜いてたら痛い目見るぜ」

「私は、誰が相手でも気は抜きません」

「……だろうな」

 

 とん、背中を押されて、スタジアムへと出る。瞬間、歓声が私の耳をつんざいた。

 既にサプライズだという相手はそこで私を待っていた。全身を大きな布で隠し、顔もフードで隠れている。

 一体誰なんだろう、と遠目からその顔を覗き込み、その中から見えた目と目が合った瞬間

 

 

 ──血液が、沸騰した。

 

 

「どうしたチャンピオン! どこか浮かない顔をしているな!」

 

 

 

 

 

 ──────。

 

 

 

 

 

「う、そ」

 

「残念ながら嘘では無い! なかなかガラルには顔を出せなかったが、だからと言って引退した訳ではない!! 会場の皆、この俺を覚えているか!!!」

 

 大きなその声は、静まり返っていた訳でもないのにスタジアムに大きく轟いた。

 忘れない。忘れられる訳がない。

 きっと皆、待っていた。彼がこの地に帰ってくることを。

 そして、自覚した。私は、彼が帰ってくるのを、心の底から待っていた。

 

 身体を覆う布を剥ぎ取り、同時に彼の相棒が姿を現す。

 空に投げ捨てたその布を炎で消し飛ばし、その手が相棒の爪と同じ形を取り空を突いた。

 

「今宵の俺は挑戦者だ! かつての君が俺を殺さんばかりに食らい付いてきたように!! 俺は君を全力で燃やし尽くす!!!」

 

 スタジアムが、彼に呑まれていた。誰も彼を止められない。故に、その後の行動も。

 

「む。しかしこれでは今一つその覚悟が伝わらんな」

 

 彼の姿は、旅立つ前となんら変わりない。その立ち姿も、見た目も、チャンピオンだった頃と何一つと言って良いほどに。

 しかし、それもこの瞬間までだった。

 

 会場中が悲鳴を上げた。私が声を上げる暇も無かった。

 それだけ、何でもないことのように、彼はその長髪を片手で纏めてざっくりと切り落としてしまったのだ。

 

 パラパラとその髪が風に乗って散っていく。

 

「俺が髪を伸ばし始めたのはチャンピオンになってからだ。髭もそうだが……こっちは勘弁して欲しい。ここで剃るわけにもいかない……。まぁ、とにかく」

 

 言いながら、彼は相棒を一度手持ちに納める。

 そして、改めてその切れ長の瞳で私を射抜く。

 

「このエキシビションは、俺からの挑戦状だ。受けてくれるよな?」

 

 彼は笑う。

 変わらない。あぁ、本当に変わらない。

 

 その目に貫かれると身体がざわつくんだ。

 全身の毛が逆立って。

 胸が痛いほどに高鳴って。

 全身が燃えるように熱くなるんだ。

 

 そう。私が求めていたのは──

 

 

 

 

 

「さぁ、この俺に見せてくれ!! 君だけのチャンピオンタイムを!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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