やあ特異点。
君がこの手紙を見ているということは、このオレの正体に気付いたってことだ。
おめでとう。
拍手喝采だ。
素晴らしい。
しかしだ。
けれどだ。
間に合わなかった。
オレの目的は達した。
何故ならオレはファーさんの降臨を成した。
だからこそこの手紙を残した。
だからこそ君はここを見つけられた。
おめでとう、そしてさようなら。
君達はここでゲームオーバーだ。
飛び出す。
全力で駆け出した。
今なら間に合うかもしれないと。
しかし、ああしかし。
間に合わなかった―――――
「―――――やあ特異点。遅かったな」
そこには、漆黒の8枚羽を背負った男――ベリアルがいた。
ベリアルという男が現れたのは数年ほど前だ。
狡知、劣悪、邪悪とも呼ばれていた。
ヴィランとしての活動は慎ましく――というのもおかしいが――あまり大っぴらな活動は行わなかった。
しかし、他のヴィランの活動を支援したり、逆に足を引っ張ったりと何かと場を引っ掻き回すような行動ばかりをとっていた。
更に言えば、ヒーローを助けるような行動をとったことすらあった。
個性は不明。
常に自身の能力を隠し、誰にも知られたことはない。
顔を知っている人間も少ないという。
いや、もしかしたら知っているのかもしれないが、それがベリアルだと気付かれていないだけなのかもしれない―――――
「――とまあ、オレの情報は以上なわけだ。ふぅん、中々調べたねぇ」
パラパラと資料を漁るベリアル、狡知、劣悪、邪悪。
そしてその資料を一瞬で焼き切った。
まるで個性を使ったかのよう。
「とはいえ、
がちゃりとドアを開き、出ていくベリアル。
否。
その顔は変質していく。
まるで別人のそれである。
そしてその姿も小さく、小さくなっていく。
「おや、君は」
「すみません、迷ってしまいました」
ベリアル――否、
黒羽司は転生者である。
無個性だと言われた彼はその時点で存在している世界のことに気付き、同時に絶望した。
なんと無個性だ。
世界に置いて役に立たない、一般人のポジションだ。
もちろん例外はいるが、それは主人公、ひいてはオールマイトだけだ。
自分には全く関係のない話であった。
と思っていたところで、思わぬ誤算があった。
なんと、心の中に誰かが語り掛けてきたのだ。
それも彼の中で知っていた声である。
『―――――やあ、オレの依り代になりそうな少年』
そう、ベリアルである。
狡知と呼ばれていた彼を、ベリアルを、彼は知っていた。
ある物語の悪役として。
ある天才の部下として。
そして――自分を犯していく悪性の何かとして。
『おや。その様子だと気付いてたみたいだねぇ。いいねぇ、滾る』
ゴクリ、と唾を飲む。
そうだ、わかっていた。
この存在が自分を食い潰してくのだと。
なのに、いや、けれど彼はベリアルと取引をした。
『ははっ!オレと取引?その度胸いいねぇ、達する!』
ベリアルは笑う。
いや嗤う。
彼の取引は単純明快だった。
『力が欲しい……その代わり―――――』
―――――ルシファーを、呼ぶ。
「はぁ……」
黒羽司はため息を吐いた。
準備は着々と進行している。
それこそ、誰にも知られることもなく。
逆に誰か察しろと思ったくらいである。
いや、そんなことされたら困るのだが。
「ねえねえねえねえ!司君はどこ行くの!?」
「え、あ、うん。雄英だよ」
「やっぱりー!」
だよねーという声を聞きながら、はははと力なく笑う黒羽司。
そう、今はもう中学3年生。
受験シーズンだ。
とはいえ勉強自体は終わっている。
定期テストでは常にほぼ満点を維持している彼の内申点はかなり高い。
それに実践でも裏技を知っている彼はほぼ入学が確定していると言ってもいい。
「はぁ……」
故に、彼は気が抜けているのである。
原作キャラのいない学校でゆったりと遊びながら受験を受ける。
本当にこれでいいんだろうかと思うほど簡単だった。
『おいおい少年、そんな気概で大丈夫か?』
脳裏にざわめく声。
わかっていると返すが、その声はねっとりと返答する。
『いいぜ、そう来なくちゃな。焦らされてばかりじゃ飽きちまうからな』
じゃあ邪魔するな、とだけ言うと、その声はすぐに消えていく。
笑い声だけは忘れずにだが。
笑い声が消えると同時にばったりと机に倒れ込む。
ベリアルと話すと疲れるのだ。
精神的に。
それがただの疲労なのか、それともベリアルからの侵食なのか。
その辺りはよくわからない。
だが、いつかきっと自分は消えてなくなるだろう。
そんな確信が自身の中にある黒羽司であった。
一瞬だった。
彼を見た時、恐ろしく感じた。
まるでこの世のものとは思えないようなものを見たような恐怖。
展開されたのは2枚羽。
その色は漆黒。
否、漆黒の中に少しだけ混じる赤い筋のような羽が少し。
それがまるで血で染まったかのように見えた。
そして瞬間。
何かが宙を舞った。
するとそれだけで周りにあった機械がはじけ飛んだ。
凄い。
というよりも恐ろしかった。
何故かそんな印象を抱いてしまった。
「―――――って感じだったんだけど!ど!」
「え、あうん。そうなんだ」
それを当人に伝えてみた彼女――芦戸三奈は、その返答に拍子抜けした。
なんというか、個性から感じたものと、彼との差異を感じたのである。
誠実さと虚偽塗れの何か。
そんな感じだった。
「ふーんなんか不思議な感じだね、君!」
「よく言われるよ」
なんだかへにゃりといった感じに笑う彼。
ツカサ君という名前らしいことはわかった。
というか教えてもらった。
なんだかお人好しそうなオーラを感じたのであった。
「―――――というわけだったんだけど、どう思う!?」
「どうって……?」
よくわからない、と答えるしかなかった。
それはそうだ。
まだその司という人と話していないのだから、よくわからない。
緑谷出久はそう思った。
確かに特殊な個性のような気はする。
羽が生える個性はある、空間を斬り裂く個性もある。
しかし、両方を持ち合わせた個性は珍しい。
というかあり得ないのではないか、というのが緑谷出久の考えだった。
とはいえそれを当人にぶつけるわけにもいかず。
もやもやを抱えたまま、高校生活を送ることになるのだった。
「―――――ベリアル君、君が僕に連絡をくれるとはね」
「いや、何やら込み入った事情のようだね」
「安心した、というべきかね」
「ははは、もしかしたら……なんて考えたのさ」
「いやいや、こちらの話さ」
「じゃあまた連絡してくれたまえ」
「―――――やあ特異点。はじめまして」
初めて出会ったのはジョギングの途中。
驚いたのはその姿。
羽を纏ったようなその姿は神々しいものではなく、どこか禍々しいものだった。
片手にはリンゴ。
齧りついた跡の残るそれを、男はまるで手品のように消してしまった。
「は、はじめまして……」
初めて会う人だけど、緊張が止まらなかった。
緑谷出久はスッ……と両手を自然に構えていた。
まるでヴィランに会った時のように。
チリチリと、首の後ろが焼ける音がする。
違和感と焦燥感が止まらない。
このままにしておけないという思いが緑谷出久の中に生まれていた。
「……あの」
意を決して口を開く。
ボクが止める。
そのような感情が、彼の中に生まれていた。
しかし。
逆に、本当にそれでいいのかという気持ちも生まれていた。
何より出会ったばかりの相手にそんなことを口にするのか。
それでも、彼は口に出すことを決めたのだった。
「悪いな特異点。今日は時間切れだ」
だが、既に男は4枚羽を展開して宙に舞っていた。
ふわりと空中に身体を投げ、いなくなろうとしていた。
「あっ待って!」
緑谷出久は焦った。
このまま放っておくわけにはいかないと。
今自分に出せる全力を出して飛び出し、男に向かって行った。
「おっと。それは悪手だよ、特異点」
しかしそれは男の思い通りだった。
それを待っていたのだ。
誘っていたのだ。
だから緑谷出久は焦っていたのではない。
焦らされていたのだ。
混乱させられていたのだ。
緑谷出久が手を伸ばす前に、男は行動に出ていた。
するりと右手を伸ばし、緑谷出久の髪の毛を抜き取ったのだった。
「痛っ!」
「貰っていくよ」
そしてそのまま闇に紛れるように消えてしまったのである。
「はぁっ……」
緑谷出久は息を大きく吐いた。
それだけ緊張したのだ。
いや、させられたというのが正しいのだろうか。
そんなことを思いながら、緑谷出久は思考に耽る。
何故あの男はこんなことをしたのか。
何故あの男はこんな場所にいたのか。
何故あの男は……自分を狙ったのか。
男は自分のことを特異点と呼んだ。
特異点とは何か。
何を指しているのか。
「うーん……」
全て、この場では答えが出ないもののような気がした。
いつかオールマイトに相談してみよう。
もしかしたら何か知っているかもしれない。
そう思って、緑谷出久は男のことを思考から外した。
外してしまった。
「―――――セーフ、か?」
男――ベリアルを模っていた黒羽司はため息を吐く。
ある種の賭けだったのだ。
緑谷出久がベリアルに対して敵対行為、もしくは怪訝に思う程度に違和感を覚えてくれるかがだ。
それが見事に成功した。
そのおかげで、目的だった
ルシファーの降臨にまた一歩近づいたのである。
『いいねぇ。ますます昂ってきた。君は才能があるよ』
「……それはどうも」
自分の中から聞こえる声に投げやりに返答する。
それがいつも自分に対する賛辞だとは思えなかったからだ。
そうだ。
ベリアルはただひとつの目的に対してのみ真摯だ。
ルシファーの降臨に対してだけ。
それだけには用意ができるだけの期間を渡してくる。
ふんわりと笑う。
そんなところが、実は嫌いではなかった。
しかしそれを言うことはない。
何故なら、そんなことを言っても意味がないからだ。
「それで、あとは何が必要なんだ?」
『ん? そうだな……あとは適当な時間と適当な場所があれば大丈夫さ』
「ふーん」
『おおっと拍子抜けしたかい? だが安心しな。その時間と場所は案外近い』
それは何時で、何処なのか。
そんなことを聞かずとも、何となくわかっていた。
『―――――緑谷出久が完成した時さ』