境界線上の二天流   作:武智破

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"武蔵"さんと主人公を差別化するために自動人形のほうに"をつけています。


第2話 青空教室

 

 

 

「やあ"武蔵"さん。こんな朝っぱらから掃除かい? 精が出るねぇ」

 

「おはようございます酒井様。──以上」

 

 

 デッキブラシが人の手も借りずに一人掃き掃除していた光景は見る人が見れば絶叫を上げるであろう。そんなホラー染みた中央前艦の展望台デッキから一行を見守る者がいた。

 

 この航空都市艦"武蔵"の全権限を担う自動人形──"武蔵"。そしてその後ろから話しかけた中年の男は酒井・忠次といった。

 

 

「何かご用ですか? ないようですなら、教導院に戻って職務をしたほうがよろしいかと。何分、書類が溜まりに溜まっているはずですので。──以上」

 

「……手厳しいなあ」

 

「私は事実を申し上げているだけです。──以上」

 

 

 『反論出来ねえ……』と愚痴りながら頭を掻く酒井に"武蔵"は一つ確認事項を告げる。

 

 

「確かこれから三河に行かれる予定では? ──以上」

 

「うんそうなんだけど、まだまだ時間はあるからちょっくら見学だよ。……おうおう今日日も派手にやってんねえ真喜子くんのクラスは」

 

「Jud. 教導院を創設して以来の濃いお方達ですので。──以上」

 

 

 遠くのほうで光弾の幕が交差する。

 そんな戦局のある一点をじーっと凝視する"武蔵"。それに気づいた酒井は茶化すように。

 

 

育て親(・・・)としてはやっぱりあいつが気になるかい?」

 

「Jud. ……何か問題でも? ──以上」

 

「い、いや、別にどうこう言うつもりはないから。ね? ね?」

 

 

 『なんか文句あんのか』の言いたげな"武蔵"の態度に酒井は冷や汗をかきながらたじろいだ。

 この自動人形は宮本・武蔵のことになると見境がなくなる。感情がないはずの自動人形に感情が芽生えてるのでは?と囁かれるほどだ。

 

 

(しかし……あの日からもう十八年かあ……)

 

 

 思い出すのは武蔵という赤子を預かった夏のある日。あの日から"武蔵"のキャラが変わったなあと酒井は遠い昔のことを思い耽った。

 

 

『"武蔵"様。"多摩"より報告。現在、梅組一行は多摩市中内で戦闘したまま"品川"方面に向かっております。──以上』

 

「Jud. 多摩"はそのまま武蔵様の撮影をしなさい。鈴様のこともお忘れことなく。"品川"は撮影準備を。撮り忘れのないように勤めなさい。──以上」

 

「Jud. ──以上」

 

(親バカだなあ……)

 

 

 ──今の"武蔵"を見た感想がそれしか出てこなかった。

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

 

「あいた──っ!?」

 

「ほら! アデーレがリタイアしたわよ! お次は誰?」

 

 

 大型槍を持って突撃してきたアデーレをぶっ飛ばしてオリオトライは先を急ぐ。アデーレは屋根で大の字でノビている途中だ。

 

 そんな金髪少女を見て叫んだのは今回の陣頭指揮を担当するトゥーサン・ネシンバラという眼鏡の少年だ。

 

 

「ぐっ! ハッサン君は少しでも先生の速度を遅らせるんだ! その間にイトケン君とネンジ君はアデーレ君の救助を!」

 

 

 言われ、オリオトライの前に現れたのは頭にターバンに巻いた褐色の少年だ。

 その手には大盛りのカレー。涎を誘うスパイスが特徴の中辛カレーだが、これで一体何をする気なのかとオリオトライは身構えた。

 

 

「カレーはいかがですカ!」

 

「あとで貰う……わっ!」

 

 

 宣伝しただけでハッサンは襟を軸に回転投げされ吹き飛んだ。

 その後方、アデーレとハッサンの救助に入る怪しげな二人組が入ってきた。

 

 

「"多摩"の皆様方おはようございます! 本日もいい晴天の空ですね! おっと、怪しい者ではありません。淫靡なインキュバスの精霊、伊藤・健児と申します! 朝から少々騒がしい事かと思いますが、何卒ご理解の方をよろしくお願いいたします!」

 

「皆の者、少し世話になるぞ!」

 

 

 見た目は不審者ながら紳士的な淫魔とゆるキャラのような見た目だが硬派な朱色のスライムが横になっている二人の元へ駆け寄る。

 

 

「やあネンジ君! 今日もネバネバツヤツヤで元気そうだね!」

 

「うむ。今回は人助けだな! 早速アデーレとハッサンのところへ──」

 

 

グチャリ

 

 

「「あ」」

 

 

 後ろから遅れてきた喜美に踏まれネンジの身体?は無惨に飛び散った。

 

 

「フフフごめんねネンジ! 本気で悪いって思ってるわ! ええそうよッ! 私はいつだって本気よッ!」

 

 

 謝罪と呼んでいいのか分からない態度の喜美にすぐ後ろを走っていたボリュームのある銀の髪を持つ第五特務 ネイト・ミトツダイラが叫んだ。

 

 

「喜美っ! 貴女、謝る時はもう少し誠意を持って謝りなさい! あんな心のこもってないような謝罪では──」

 

「あら! ネイトったらアデーレが武蔵にわんわんプレイして貰ったからってご機嫌ナナメなのかしら? 心配ないわ! お願いすればアンタも今から駄犬プレイでチョメチョメ出来ちゃうわよ!」

 

「な、なな何を言ってますの!? そ、そんな卑猥な真似、だだ誰がするもんですか……

 

「語尾が聞こえないわよ──! ふふっ、さてはエロい妄想に耽ってたんでしょ? やっぱりアンタってムッツリ系騎士なのね!」

 

「なんですってぇ! あ、こら待ちなさい!」

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

 

「さあ、次は誰!?」

 

 

 オリオトライが走ってるのはメジャー企業の建物が立ち並ぶ企業区画だ。これが意味するのは"多摩"と"品川"と境域が近いということ。事務所があるのは"品川"の貨物エリアだが、そこに最速でたどり着くには平面状の貨物倉庫の屋根を走るだろう。

 

 "品川"に入られたら追跡が難しい、ここで勝負を決めるべきだという皆の思いは一緒だった。だから──。

 

 

「自分が行くで御座るよ……!」

 

 

 点蔵は忍者だ。悪路での走破訓練を得意とし、壁も走ることが出来る。この高低差が激しい場所には最適な人物と言える。

 ……ついでに手柄を立てて『犬臭いパシり忍者』というイメージを払拭……なんて考えていたりなかったり。

 

 

戦種(スタイル)近接忍術師(ニンジャフォーサー)が点蔵──参る!」

 

 

 低い姿勢でオリオトライの懐目掛けて突っ込む。だが、オリオトライを見透かしていたのか、反転し背中の長剣を鞘ごと叩き込まんと振り下ろした。

 奇襲は失敗──そんな折、点蔵が天に向かって吠えた。

 

 

「今で御座るよウッキー殿!」

 

「応ッ!」

 

 

 空より高速の物体が飛来した。

 その正体が壁上から飛び降りたウルキアガだと気づいたのは長剣がウルキアガの顔を通過するところだった。ここで振り下ろす腕を止めても別の動きをしても、オリオトライはウルキアガの巨体を止める手立てはない。

 

 

「ぐぬっ……!?」

 

 

 ──にも関わらず、鋭い打撃がウルキアガの顔面を直撃した。

 

 その理由を点蔵は見た。鞘の留め具を外してリーチを伸ばすことで迎撃を可能にしたのだ。そして噛んだ鞘のベルトを首を捻って納刀させると勢いを止めることなく点蔵に打ち込んだ。

 

 

「(それも想定済で御座るよ……!) ……ノリ殿!」

 

 

 点蔵の忍術によって隠れていた少年──ノリキがファイティングポーズのままこちらに詰め寄ってくる。

 

 

「なるほど! 三重の奇襲ってわけね! 」

 

「分かってるなら、言わなくていい……!」

 

 

 長剣は点蔵が受け止めているが下手な動きをすればすぐに点蔵が動く。だが、こうしてる間にもノリキは距離を詰めてくる。

 奇襲に次ぐ奇襲。こちらに隙を与えない戦法なのだろう。今までにはやり口にオリオトライは称賛せざるをえなかった。

 

 

(やるじゃないの……! でもまだまだね……!)

 

 

 不敵に笑ったオリオトライが何かしてくるのかと点蔵は危惧した。すると突然、長剣に掛かっていた重みが消え、オリオトライが下がった。武器は頭上を越えて後ろへ流れていく。

 

 

(……武器を捨てたッ!? ……違う、これは──!)

 

 

 鞘尻がノリキの胸を抉る角度で迫ってくる。対し、ノリキはオリオトライに浴びせる筈の拳を仕方なく長剣に叩き込んだ。

 重い一撃を食らった長剣は"品川"方面、正確にはオリオトライの進行ルートの方へと飛ばされていった。

 

 

「……ちっ」

 

「……無念で御座るなあ。──後はお頼み申す。浅間殿ォ──!!」

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 

「──Jud.」

 

 

 浅間・智はいつでも射撃出来るように"片梅"を三つ折状態から展開し、弦のチューニングまでも済ませていた。

 だが、走りながらの射撃は不可能。止まれば逃げられる。そこで浅間は助けを求めた。

 

 

「ペルソナ君、足場をお願いします!」

 

 

 左肩を目を伏せた少女を乗せ、上半身裸、バケツ型ヘルメットを被った大男『ペルソナ君』が並んだ。

 浅間はペルソナ君が伸ばしてくれた右腕へと飛び乗り、地脈接続を開始する。

 

 

「──うちの神社経由で神奏術の術式を使用ッ! 浅間の神音借りを代演奉納で用います! ──ハナミ!」

 

 

 制服の襟元から出てきたのは微かに透けている巫女姿の走狗(マウス)だ。眠そうな表情で右手を振るうと浅間の眼前に表示枠(サインフレーム)が展開された。

 

 

「ハナミ、射撃物の停滞と外逸と障害の三種祓い。それと照準添付の合計四つの術式を通神祈願で!」

 

【うん 神音術式 四つだから 代演 四つ いける?】

 

 

 Jud.と小さく頷く。

 

 

「二代演として昼食と夕食に五穀を奉納! 一代演として二時間の神楽舞い! さらに一代演として二時間ハナミとお散歩とお話し! これで合計四代演! ──ハナミ、これでオッケーだったら加護頂戴ッ!」

 

【ん 許可出たよー 拍手!】

 

 

 拍手に合わせて構えていた矢に光が宿る。さらには左目の義眼が照準と同期し、追尾指定の照準がオリオトライを貫いた。

 

 

「"木葉"、会いました。──射って!」

 

 

 放たれた光の矢は鳥のような優美な動きでオリオトライを追跡した。対し、オリオトライは首を振り向かせて矢を一瞥すると長剣の柄に手をかけ、迎撃の姿勢を見せる。

 

 

「無駄ですッ回り込みます! さあ、大人しく射たれてくださいッ!」

 

 

 光はオリオトライ目掛けて飛行し、爆散。それを目にした全員が『威力高過ぎだろ』と思ったのは当然のことだった。

 

 

(やった! これは食後にアイス追加しましょう! 大丈夫。代演で体重は減りますからプラマイゼロです! ふふふ……ってあれ──!?」

 

 

 ピンピンしたまま爆走中のオリオトライに浅間は何故だと唸る。そんな中、後方より追いついてきたネシンバラの目が光った。

 

 

『髪だ! 僅かに抜いた長剣で髪を切って空中に撒き散らしたんだ! その髪に矢が当たったことで術式の効力を失ったんだよ!』

 

「うそぉ──!?」

 

 

 これで決まるかと思った浅間の射撃さえも無力。その事に一同は打ちひしがれるが、その中でも浅間の落胆っぷりは尋常じゃなかった。

 自分の弓術が叶わないのが悔しいのか再度弓を引き始める浅間の目はイッちゃっていた。

 

 

「もう一発、もう一発ぅ! 射たせてくださーい!」

 

「やばい! ズドン巫女の禁断症状だ! ペルソナ君そいつ下げてぇ!」

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

 

 オリオトライは"多摩"を抜け、"品川"へと続く空中回路を突っ走ってる。

 ここを渡れば貨物エリアだが、ここで仕留めれなかったら梅組の敗北はほぼ決定的となる。それを阻止するのは箒に跨がった有翼二人組だった。

 

 

「行くわよマルゴット!」

 

「急ぐと危ないよ! ガッちゃん!」

 

 

 箒を翻してそのまま落下。重力に従って落ちていく二人は空中で手を繋ぎ合い、六枚翼を広げて黒と金の花を咲かせた。

 

 

遠隔魔術師(マギノ・ガンナー)の白と黒ッ!」

 

「堕天と墜天とアンサンブル!」

 

 

 翼で受けた空気を圧縮して後ろへとぶちまける。それを連続して行うことで空中跳躍とも言える大規模な加速を可能にした。

 二人はオリオトライの直上に位置すると箒の穂先で狙いをつけると術式を展開した。

 

 

「術式主体の連中が追いついてきたわけ? 皆の術式展開の時間稼ぎに出てきたってことかしら?」

 

「そういうこと。授業中だから白嬢(ヴァイスフローレン)黒嬢(シュバルツフローレン)も使わないでおいたげる!」

 

 

 財布から出した硬貨を術式に載せ、マルゴットは狙いを定めた。

 

 

「──Herrlich(ヘルリッヒ)!!」

 

 

 箒から放たれた無数の弾丸がオリオトライを中心とした半径五メートル内に着弾した。しかしどれも命中にはいたらず、ただ周囲を煙まみれにしただけだ。

 そのことに肩を落としたオリオトライは二人を諌めた。

 

 

「どうしたの! 狙いが甘いわよ?」

 

「ええそうね、でもいいの。──私達の役割は終わったから」

 

(役割……?  ──っ!)

 

 

 細身の刀身が白煙を切り裂いて現れたのを見逃さなかったオリオトライは背の長剣をすばやく抜いて防いだ。

 そして二戟目。先程より重い一撃に彼女は身を翻すことで衝撃を分散。コンテナ上に退いて態勢を整えようとする。

 

 

「──はあっ!」

 

 

 さらに追撃。足場にしていた金属製のコンテナがいとも簡単に両断された。こんな芸当が出来る人間は梅組に一人しかいない。 

 

 

「……やっぱり防がれたか。あー、惜しかったなあ」

 

「ここで真打登場ってわけ……ねっ!」

 

 

 負けずと押し返す。

 武蔵の手に握られているのはIZUMO製の大刀"金重"。その切れ味は一級品ものでトーリ曰く『これで切ったステーキは最高!』とのこと。

 

 

(なるほど……先回りしてきたってわけね)

 

 

 "多摩"での戦闘中に武蔵の姿を確認出来なかったのはスタート地点の"奥多摩"から"武蔵野"経由で"品川"まで移動していたからだった。 

 これまでの戦闘は少しでも時間を稼ぎ、オリオトライの体力を削るための布石でしかなかったのだ。

 

 

(随分回りくどいこと考えるわねぇ……)

 

 

 とは言うものの、オリオトライの口角は上がっていた。去年と比べて全てが段違いに上がってる。確かな成長に教員として嬉しさを隠しきれなかった。

 

 

『武蔵君! 事務所まであと少ししかない! ここで仕留めてくれ!』

 

「Jud. 任せてくれ。──さあ、決闘()ろうか、先生」

 

「しょうがないわねぇ……」

 

 

 両腕を突くような型をとる武蔵。これにはさすがのオリオトライも身構えた。

 相手は武蔵最強との声も挙がる宮本・武蔵。彼の担任を務めてるだけあって生徒の実力を見誤るほどの目は持ち合わせていない。

 

 何せ、武蔵は()()()()()()()()()。宮本・武蔵が二刀を使う、それが意味することはそんなに複雑なことではない。

 

 ならばやることは一つ。オリオトライは身を低く下げ、猫科の動物のような姿勢をとって──。

 

 

「それじゃ、バーイ!」

 

「……は?」

 

 

 ──反転して一目散に逃げた。呆気にとられている武蔵にオリオトライは首だけ振り向かせてるといたずらっ子染みた笑顔のまま。

 

 

「悪いわね! 君とまともに戦ってたらこっちの身が持たないっつーの! 逃げることも立派な作戦なのよ!」

 

「……はあ!? そりゃあねえって! おい待て!」

 

 

 静止の声も無視し、オリオトライは駆ける。

 目指すは品川暫定居住区。その間、武蔵の決闘の誘いは止まることなかった。

 

 


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