1939年2月2日、遠坂萌陸軍中将率いる南アジア攻略部隊はインドシナ半島へ上陸。
南アジア攻略部隊は遠坂中将の指揮の下、4日でフランス軍を壊滅させ、タイ軍と合流。
その後も快進撃を続け、インパール作戦を成功させ、アーメダバードまで迫った。
イギリス軍はアーメダバードに最終防衛ライン«アーメダーライン»を引いた。
1939年2月15日
イギリス領インド帝国 アーメダバード
大日本帝国陸軍vsイギリス陸軍
快進撃を続け、アーメダバードまで進撃してきた私たちはイギリス軍インド方面軍の最終防衛ラインであるアーメダーラインでイギリス陸軍と衝突した。
戦力はこんな感じ。
大日本帝国陸軍
戦車
·チハ 500両
·重戦車ニジ 700両
歩兵 15個師団
狙撃兵 12個師団
工兵 6個師団
砲兵 4個師団
イギリス陸軍
戦車 700両
歩兵 60個師団
「戦車部隊、前へ! 砲撃用意! 目標、イギリス陸軍。撃てっ!」
ドカーン!!
その頃、アーメダバードでは···
イギリス軍の将校視点
私はアーメダバード防衛の為の作戦を考えていた。
そんなとき、机に置いてあった電話がなった。
「はい。」
「司令官、緊急の報告があります!」
「どうした?」
「トルコ軍がイランに侵攻を開始しました! すでにイラン軍は戦線を突破され、首都であるテヘラン近郊にまで、トルコ軍が迫っています。イランは早々に首都テヘランを放棄し、バムに首都を移転しました。」
「何だと!? すぐに部隊をイランに向かわせろ!」
「了解!」
この2日後、イギリス軍はイランの救援のために、軍隊を中東に展開させた。
しかし、これはアーメダーラインの部隊も引き抜いたため、日本軍に戦線を突破され、イラン戦線のイギリス軍は取り残される形となった。この頃、ヨーロッパではギリシャが自由協定に加盟。日・希・土による三ヵ国連合軍が完成し、スエズ運河へ進撃。
エル=アラメインを最終防衛ラインとしていたイギリス軍アフリカ方面軍は完全にドイツ軍との戦いしか想定しておらず、背後から襲われる形となったイギリス軍アフリカ方面軍は瓦解。
後退しようとするが、リビア王国が自由協定に加盟し、イギリス軍を前方からも攻撃。
さらに、ギリシャ軍の北からの攻撃、エチオピア軍による南からの攻撃により、イギリス軍アフリカ方面軍は袋叩きにされることとなった。これにより、イギリス軍アフリカ方面軍は全滅し、イギリス本土に籠る形となった。
さらに、ドイツ軍による英本土への爆撃により、ロンドンは火の海となった。