――――この「眼」を持ったばかりの頃、
空は唯一「線」が見えない存在だった。
その時、空は「眼」の逃げ場になって、
ひと時の安心感をもたらしてくれた。
だからこそ、空にまで「線」が見えるようになったらと考えると、
耐えがたい不安に襲われた。
まさか、それが現実になるとは
「な…あ……」
ひどく現実感のない光景
しばし、茫然としてしまう。
視ているモノの非現実的さと裏腹に、頬を撫でる風がこの光景が真実であることを否応なしに自覚させる。
「落ち着け!今呆けてる場合じゃないだろ!」
自分に言い聞かせ、やるべきことを思い出そうとする。
徐々に、思考が正常に戻ってきた。。
あの化け物の正体はわからないけど、何か良くないモノな気がする。
ともかく、今は歌野を探さなくては。
まず、諏訪大社上社本宮に向かう。家が近かったこともあり、歌野はよく上社の本宮や前宮のあたりを遊び歩いていた。
向かいながら、道中にいたご近所さんに、歌野を見たか聞く。いずれも芳しい返事はもらえない。
どうやら、誰かの家に遊びに行ってるというのもないらしい。
住宅街を抜け、大通りに出ると、視界が拓けた。
多くの人が右往左往している。
結界の境界に目を向けると、人々が逃げるようにこちら側へ走りこんできている。
それはできの悪いパニック映画の様。酷く現実感が欠けた人の群れだった。
その群れの中に、見覚えのある顔を見つける。
歌野の担任の教師だ。歌野を見たなら覚えてるはずだ。
「先生、歌野を見ませんでしたか!?」
教諭の肩をつかみ、尋ねる。
「し、シラ…トリ…?イ…いタ…あ…あイツ…タスケ…バ、バケモノ…くって…」
「見たんですね!?ドコでですか!?」
教諭はかなり錯乱していたが、歌野の居場所を聞くと震えながら、前宮の方向を指さした。
それだけ、分かれば十分だ。
無秩序の合間を縫って、走る。走る。走る。
すれ違う人達の中に、歌野はいない。人々の混迷がどうしようもなく、不安を煽る。
前宮に近づけば近づくほど、ざわめきが大きくなっていく。
何か、とんでもなく嫌な予感がする。
前宮が見えてきた。
「歌野っ!どこだっ!?」
必死で呼びかけるも返事はない。
この辺りに歌野はいない。
だとすると…
――ヤメロ
ソコに近づくな
本能が警鐘を鳴らしている。
「くそっ!」
でも今更引き返せない。
今、引き返せばあいつと二度と会えなくなる。
そんな気がする―――
本能を理性で無理やり押さえつけ、境界へ駆ける。
半透明のベールを抜けると、むせるような鉄の匂い。
道路は所々、紅く染まっている。
危機感が加速度的に強くなっていく。
脳裏をよぎる嫌な光景を振り切り、歌野を探すために進む。
―――いない
―――いない
―――いない
いやな想像が膨らむのを止められない。
気づけば、境界線から随分離れている。
いろんな人とすれちがっていたのに、いつの間にか周りには誰もいない。
気づけば、建物や車が不自然な形で抉れている。
おかしい。こんな抉れ方ありえないはずなのに…
と、そこで、視界の片隅に、オカシナモノがうごめいているのが、視えた。
白い袋にグロテスクな口をつけたようなバケモノ。
青白い電灯に照らされていて、紅い化粧をしているのが分かる。
バケモノは道端で、ガツガツと何かを貪り食っている。
「な――――――」
呼吸が止まった。脳が思考を拒否するように、肺もその活動を拒絶した。
息ができない。
「―――――――」
理性がこの光景を受け入れることを拒んでいる。
…なんてことだろう。
そんな光景見ていないのに。
俺には、バケモノに生きたまま食べられる人々の姿がイメージできた。
道路を走って逃げる男性。
でも、ギロチンのような顎が足首から上を刈り取ってしまったり。
車に隠れ泣き崩れる女性。
でも、車のボディはバケモノにしてみれば紙より脆くて、それこそ数秒とかからずにぐちゃぐちゃにされてしまったり。
建物の中に閉じこもる人々
でも、壁を破ってきたバケモノに全員丸のみにされてしまったり。
とにかく、わかっていることは—————
自分がいるこの街は、とっくに地獄絵図と化しているということ。
「ぐ――――――」
無理矢理、吐き気を抑える。
今少しでも動けなくなれば、俺は簡単に肉の塊になってしまう。
「は―――ア。は、あ。」
止まっていた呼吸を再開させる。
すると、バケモノは俺に気づいたらしく、口を俺のほうに向けた。
ぽとり。と奴の口から何かこぼれた。
それは、小さく、かわいらしい靴をつけた、女の子の足だった。
その足は、どうしようもなく、妹のことを連想させた。
全身の血が沸騰する。
眼鏡を外す。
視える景色が一変する。景色に黒い「線」が走る。
世界中至る所がひび割れ、不安定になる。
ズキン。と頭が痛むが構わない。
あのバケモノにも黒い継ぎ接ぎが見える。
昔、「先生」が言ってた。
この「眼」は「直死の魔眼」。
俺が見ているのは、「死」そのものだと。
懐に手を入れる。
かつん、指先には鉄の手触り。
何たる僥倖。
道具は既にそろっている。
バケモノが此方に向かってくる。
鈍重な見た目に反し速い。
確実かつ迅速に、俺を喰らおうとバケモノが迫る。
その顎は固い金属さえ紙のように切り裂く。
人間が生き残れる道理はない。
白鳥志貴は何もできずに死ぬ。
だが、それは間違っている。
こんなコトくらいでは、殺されないし、死んでもやらない。
オレは、ヒトが死んだくらいではためらわない。
オレは、もっとひどいコトを、目の当たりにしているのだから―――
身をひねり、バケモノの脇を駆け、少し距離をとる。
その間に短刀を握る。
親の形見の飛び出しナイフのような短刀だ。
バケモノは今度は逃がさないといわんばかりに、顎を開き迫る。
―――なんて、無様。
奴にはそれしか能がないらしい。
跳躍して、奴の上顎から背中にかけて伸びる「線」を切り裂く。
着地した時には、バケモノの身体は跡形もなく消滅していた。
このバケモノは、完膚なきまでに死んだ。
だが、――――――
―――足りない。
こんなものでは足りない。
この程度の死では、到底釣り合わない。
殺さなければ、もっと、もっと、もっと―――
次の獲物を探すため、駆け出す。
仲間が殺されたことに気づいたのか、三匹が此方に向かってきた。
手始めに、こいつらから片付けよう。
三匹並ぶかのようにして此方へ向かってくる。
好都合だ。此方も奴らに向かって駆ける。
一匹目はすれ違いざまに脇に伸びる「線」をなぞってる。
二匹目は顎から尾まで伸びる「線」を裂いてやる。
三匹目は頭に浮かぶ「点」を突いてやった。
確認するまでもない。三匹とも死んだ。
自分でもほれぼれする。
あんまりにも、他愛なくて笑いがこみ上げそうになる。
だが、笑っている暇はない。
そんな暇があるなら、もっとコロさなくては。
それからは単純だった。
奴らを見つけては、斬り、裂き、刎ね、突き、穿ち、抉り、殺す。
観客がいないのが残念なほどだ。
もう十匹以上、ヤった。
この辺りには、もう奴らはいないらしい。
モット、モットと脳が叫んでいる。
慌てることはない。これだけ死んでいるんだ。奴らはまだまだいるはずだ。
辺りは宵闇に包まれているが、この「眼」があれば、見逃すことはない。
バケモノを探すため、彷徨い歩く。
しばらくすると、何か、耳障りな音が聞こえた。
わーん、わーん、というよく響く音。
なぜだか、酷く、癇に障る。
そんなことしても何も変わらない。変わらなかった。それは只の自己憐憫の産物だ。
と、そこで、残った理性が、これは子供の泣き声だと認識した。
途端、思考が正常に戻る。
そうだった。こんなところまで来たのは、歌野のためだ。
それなのに、バケモノに夢中になってしまうなんて、どうかしている。
そうだ、今すべきことは歌野を探すこと。
だけど、泣いてる子を放っておくわけにはいかない―――
泣き声のしたほうへ走る。
意外と近い、すぐに声の主を見つけられた。
小さな泣いている男の子に、歌野と同じくらいの歳の女の子が駆け寄っている。
しかし、間が悪い。
彼女らを五匹のバケモノが取り囲もうとしている。
間に合うかどうか微妙だ――――
「ち――――」
跳躍し、此方に背中をさらしているバケモノの背を切る。
間髪入れず、今切ったバケモノを踏み場にし、再び跳躍。
少女たちを飛び越え、空中に浮かぶバケモノの腹を斬る。
地面を見ると、着地時を狙ったのか、もう一体バケモノが大口を開けて待ち構えている。
だが、甘い。
食われる間際、奴の頭をつかみ、無理矢理体勢を変え、バケモノの背中にある「点」を突く。
あと、二匹。
着地し、次の獲物を見定める。
マズイ。奴らは俺ではなく、少女たちを狙っている。
バケモノが少女に左右から迫る。
ここからだと、一匹片付けている間にもう一匹が彼女らを食い殺してしまう。
だが、それではダメだ。俺はコロしたいんじゃなくて、助けたいんだから。
ならば、方法は一つ。
二匹同時に始末する―――
バケモノに向かって駆ける。
駆けつつ、左手のバケモノに短刀を投擲。狙いは奴の腹にある「点」。
投擲後、即座に右手のバケモノに向かって、跳躍。
奴の背にある「点」を蹴り穿つ。
ありがたいことに二匹とも間を開けずに消滅してくれた。
そうして、俺は着地し―――
そのまま立ち上がれなくなった。
「ぐ―――――」
酷く息苦しい。
体中が悲鳴を上げている。
当然だろう。
これだけ無茶をしたんだ。体にガタが来てもおかしくないだろう。
だが、もっと耐え難いのは、
気が狂いそうになるほどの頭痛。
視界が明滅し、頭が割れそうだ。
まるで、脳髄にナイフを刺しこまれたよう。
「だ、大丈夫ですか!?」
少女が、駆け寄ってくるが、返事をすることもできない。
そこで、女の子がおびえた様子で、どこかへ目をやった。
無理矢理顔を上げ、その視線の先を見ると―――
バケモノの群れが此方へ向かってきていた。
―――まずい
ナイフはまだ地面に転がっている。
初動が遅れる。
その上、さっきは奴らが少女たちに意識を向けていたから奇襲が成功したが、今度は違う。
よしんば、俺が奴らを片付けられても、その間に彼女たちは食われるだろう。
―――まずい
ナイフに手を伸ばす。
自分でも笑えそうになるほど緩慢な動き、回復まであとしばらくかかる。
少女が俺に肩を貸そうとするが、足がもつれてに倒れこんでしまう。
逃げろと伝えようとするも、口からこぼれ出るのは、ヒュー、ヒューという息遣いのみ。
―――まずい
ようやく、身体に力が戻ってくる。が、まだ立ちあがれない。
これでは、迎撃できない。四つん這いになりナイフを握る。
バケモノが迫る。
バケモノは、本当に弾丸のように俺をめがけて、飛んできて―――目の前で、吹き飛んだ。
「ノープロブレム!この私が来たからには、ね!あなたたちは私の後ろに隠れていて!」
気が付けば、鞭を持った少女が俺たちを背に闘っている。
なぜだか、とても、とてもよく知っているような声。
見上げると、誰か、いつも傍にいる少女の様に見えた。
―――その少女こそ歌野だった。
「う、歌野!?」
「お兄ちゃん!?何でここに!?」
思わず、声を上げてしまう。だが、それは間違いだった。
歌野が俺のほうへ目を向ける。
向けてしまう。
命のやり取りをしている最中に、その行為は致命的な隙だ。
なんて、間抜け。
妹を探しにここまで来たのに、バケモノに夢中になり、挙句の果てに当の妹の足を引っ張っている。
その決定的な間隙を見逃さず。一匹のバケモノが歌野を喰らおうと迫る。
「しまっ―――」
バケモノの顎が迫る。これほど近ければ、鞭など役に立たないだろう。
歌野は死ぬ。他ならぬ、俺のせいで―――
だが、そうはさせない。
四年前、「兄妹」と言ってくれたあの日から、俺は歌野の兄なんだ。
兄は妹を守ってやらなちゃいけない。
四肢に力を籠め、獣のように跳ねる。
その勢いのまま、眼前のバケモノの首を掻き切った。
それで終わり。力を使い果たし、その場に倒れこむ。
「このっ――――」
乾いた破裂音が響き、直後に静寂が広がる。
残りのバケモノを、歌野が片付けたらしい。
俺は今の無理が祟ったらしく、しばらくは動けそうにない。目も開けていられない。
なんて、無様。結局、妹に助けられている。
こんなんじゃ兄失格かもしれない。
「お兄ちゃん、大丈夫!?目を開けて!」
気が付けば、歌野が俺の身体を抱き起こしている。
いつになく焦った声、どうやら、随分心配をかけたらしい。
「ああ、大丈夫。歌野こそ怪我はないか?」
そう答えつつ、眼鏡をかける。
視界が正常になり、頭痛もましになった。
「私は平気。…ねぇ、そこのあなた。この人は私が運ぶわ。その怪我している子をお願い。安全な場所があるから一緒に来て!」
俺の言葉に答えると、歌野は矢継ぎ早に指示を出し、俺を抱きかかえてしまう。
「ちょっと待て、歌野。おろしてくれ、俺は大丈夫だって―――」
「いいからつかまっててお兄ちゃん。話はあとで聞くから!」
取り付く島もない。不思議なことに歌野は俺を抱えても、重くもなんともなさそうだ。
「わ、私も大丈夫です」
声に目を向けると、先ほどの少女が怪我をした男の子をおぶっていた。
「グッド!じゃあついてきて!」
歌野が走り出す。どうやらしばらくこのままでいなきゃダメらしい。
唐突に、激しい睡魔が訪れる。
そういえば、今何時だったかと腕時計を見ると、とっくに日付は変わっていた。
随分長い間、街を彷徨っていたらしい。
瞼が落ちて来る。
起きてなきゃ駄目だ、また奴らが現れるかもしれないのに、眠っていていいはずがない。
そう理性が叫ぶも、こうしていると妙に安心感を覚え、とても瞼を開けてられない。
瞼が閉じられる直前、ふと、夜空を見上げる。
ああ、どうして気が付かなかったんだろう。
こんやはこんなにも つきが、きれい――――だ―――――
志貴君
途中歌野がもう死んでると無意識に思っちゃってブチ切れ、通り魔に。で四年ぶりなのに脳の負担とか考えずに何時間も眼鏡外してたのでダウン。挙句の果てには、妹にお姫様抱っこされてそのまま寝ちゃう。最後の方は余裕なさ過ぎて歌野が何で戦ってるとかも考えられない。ワカラナイマン。
歌野の先生
歌野の担任であり、昔、志貴君のクラスも受け持った人。歌野に助けられたことを伝えようとするも、錯乱してて伝わらず。先生、哀しい(ポロロン)
少女
皆お分かりのあの子。志貴君の眼に見とれちゃったらしい。巻き込まれ系主人公。怪我してる男の子を助けるために囮になろうとしたり、おんぶしようとする聖人。特別な力もないのに人を救おうとするある意味真の勇者。
男の子
脚を怪我して泣いてた子。志貴君のアクロバティックな動きに気を取られ泣き止む。うたのんや志貴君見てヒーローってホントにいるんだすっげーて興奮してたらしい。
うたのん
実は超余裕ない状態で戦ってる。そもそも普通の小学生がいきなり化け物と戦ったり地獄絵図見たりして平静を保てるはずもない。それでも、最善を尽くしてるすごい女の子。さすがにブラザーと遭遇するのは超びっくりしたらしい。