排球   作:虚体無名

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「よこせ」

■■が、相棒の■■へ、静かにそう告げた。
威圧感を撒き散らす■■へ、ボールが上がる。
ボールを見据えながら助走を始めた。
美しいフォームで飛び、体を解放する。
轟音が響いて、ボールは遠くへ弾き飛ばされた。
そのプレーによって、劣勢に立たされていたチームの空気が変わる。

敵のチーム…それだけでなく、■■のチームの考えが、一致する。

___さすが、エース。



五話

 

影山が抜けたからといっても、北川第一が弱くなった訳ではない。

影山が居たから強いのではなく、強い所に影山が居たということだ。

 

あれからサーブをキッカリ返され、開いていた点差も逆転されてしまった。

そして24-21の雪ヶ丘チームが劣勢。

崖っぷちに立たされた雪ヶ丘チームには、暗い雰囲気が漂っていた。

そんな中、北川第一のサーブ。

 

「あぁ…北川のサーブかぁ…」

「もう駄目かぁ…」

 

観客席の間にも、そんな空気が広がって居た。

そんな空気の中、不安になった一年生、森が日山の顔をコッソリ伺う。

 

___静かだった。

 

思わず肩を跳ね上げ、バッと前を向く。

酷く静か。

この崖っぷちになっても、その顔には一切の動揺も焦りも浮かんでいなかった。

ただ前を見据え、凪いだ瞳を、サーバーに向けていた。

 

北川からサーブが放たれる。

日山は即座に反応し、正面へ移動すると、綺麗なAパスを上げる。

その優しいボールに、泉がトスを上げる体制を取る。

そして、レフト側に居る日向へトスを上げようとする。

 

「泉」

 

日山が声を掛けた。

顔を向けた泉と、日山の目が合う。

 

___ゾクリ。

 

泉は悪寒を感じた。

その落ち着いた双眸、しかしどうしようもなく熱が籠った瞳に、貫かれた。

 

「よこせ」

 

静かに、呟く。

泉の頭から、選択肢が消えた。

日山に上げる以外、無し…と。

 

「当夜!」

 

泉が叫んで、トスを上げる。

ただ、高くトスを上げるだけ。

泉には、当夜に合わせる技術など無い。

しかし、それでも、最大限、丁寧に。

 

(このボール。打ち切ってこそ___)

 

バックアタックが、炸裂する。

三枚のブロックを吹き飛ばし、ボールは遠くへ飛んでいく。

ボールがバウンドし、空気…否、()()が、変わる。

 

___エース。

 

その言葉が、全員の脳裏に浮かぶ。

 

「スゲェ…」

 

ベンチ組の後ろ。

最後列に居た影山が、そう呟いた。

チーム全員からボールを託されるその姿を、眩しそうに眺めていた。

 

(チーム全体からの信頼か、羨ましい…()()()()?)

 

何気なく浮かんだその考えに、影山は憮然とする。

今までの試合で感じていた不快感は、()()だったと気付いた。

 

(そうか、俺は…羨ましかったのか)

 

日山が、チームに囲まれる光景を、目を細くしながら、影山は眺めた。

 

その視線に気付いた日山は、影山のその表情に嬉しそうに笑った。

それに気付いた日向が、疑問符を浮かべる。

 

「当夜?何笑ってんだ?」

「いんや?王様が、()を知る第一歩を踏み出したと思ってな」

「んん??」

 

さらに疑問符を浮かべる日向に、意味深な笑みを向けて、ポジションに帰る。

暫く眉を顰めていた日向だが、切り替えて前を向いた。

 

サーブは関向になる。

アンダーで打ち込んだボールは、ネットに引っ掛かる。

関向の股間がヒュッと寒くなるが、何とか向こう側に落ち、ネットインになる。

ホッと息を着いた関向と、苛ついた様な顔をした金田一が飛び込む。

 

「叩け翔陽!」

「クソッ!」

 

辛うじて上げたが、ネット付近に浮かんだボールを見て、日山はそう叫び、金田一が悪態を吐く。

翔んだ日向が全力で叩くが、リベロに拾われる。

しかし、そのボールは雪ヶ丘へ戻って来た。

 

「チャンスだ」

 

日山が優しいレシーブで上に上げ、泉に託す。

泉は先程と同じく、日山へ上げるために、名前を呼ぶ。

 

「当夜!」

「おう」

 

泉の叫びとは真逆の、静かな返事を返した日山は、助走に入る。

アタックラインギリギリまで踏み込んだ当夜は、自身の出来る最高のパフォーマンスで、ジャンプする。

そして全力でボールを打ち込んだ。

轟音を響かせ、ボールは飛んでいく。

誰もが、また日山が点を取ったと考えたが、追っている者が居た。

国見だ。

全員に疲労が溜まっているこの終盤に、国見が全力で走る。

それに一番驚いたのは影山だ。

 

(いつも本気で取り組んで無かったのに…いや、()()()()は違う…)

 

確かに国見は、()()を出す事はほとんど無い。

しかし、何時だって()()だった。

 

(俺は何も見てなかったのか…)

 

それに影山の肩が重くなる。

俺は何を見てたんだ?と。

 

ボールに追い付いた国見は、自陣のコートへ飛ばす。

 

「繋げぇ!」

 

国見の叫びに、誰もが驚いた顔をするが、北川のチームは頭を切り替え、ボールに向かう。

二段トスで上げ、スパイクが放たれる。

それに日向がブロックで食い付くが、お返しとばかりに、ボールが弾かれた。

日山が即座に反応し、タイブして上げる。

そんな状況で上げたにも関わらず、フワリと完璧なAの位置に向かうボールに、バレーに関わる者全てが震えた。

 

ボールの下に位置取った泉が構える。

上げるのは、日向の待つレフト側。

ボールを触り、上げる。

 

___ライトへ向かうボール。

 

(スッポ抜けた!)

 

泉の顔がサァっと青くなる。

泉の手からスッポ抜けたボールが、弧を描いて飛んでいく。

誰もがミスったと思った。

 

___日向が居る。

 

(なっ!?)

(なんで(そこ)に居る!?)

 

先程までレフトでトスを待って居た日向が、既にライトで翔んで居た。

金田一が食らい付こうと飛ぶが、日向のアタックの方が早い。

ボールは地面へと突き刺さった。

 

ンゲェと変な声を上げながら、転がる勢いを上手く殺して起き上がる。

その日向が見たのは、旗を掲げる審判だった。

 

「あ…うと…」

 

呆然としながら日向が呟く。

白熱した試合の最後は、奇しくも()()と同じ終わり方だった。

それを見た日山は、腰に手を当て、見上げながら深く息を吐いた。

その瞳は、変わらずに落ち着いていて___

 

「結果は収束するのかねぇ」

 

苦笑い気味に、そう呟いた。

 

「あー!アウトかぁー!決まったとおもったのに!」

「惜しかったなぁ雪ヶ丘」

「俺、一瞬でも行けると思っちゃったよ」

「この試合見てた全員が考えたと思う」

 

田中、澤村、菅原、清水の順にそう言う。

清水の言う様に、この試合を見ていた全員は、雪ヶ丘が勝つと、一瞬でも思った。

そうさせるほどの力が、日向と日山に合った。

 

「翔陽、整列」

「…あぁ」

 

日山が声を掛ける。

俯いた日向は、悔しげに返事をする。

泉と関向、一年のメンバーは掛ける声が見つからず、オロオロする。

それにパンパンと手を叩いた日山が、背中を押す。

 

「後悔も反省も、今じゃ無く後からだ。試合は礼で始まり礼で終わる。キチンとしろよ」

 

日山の言葉に、雪ヶ丘チームは、エンドラインに並ぶ。

 

【ありがとうございましたー!】

 

声が響いて、雪ヶ丘チーム対北川第一の試合は、終わった。

たった一時間、されど濃密な時間は、全員の脳裏に刻まれた。

 





日山の母親と父親が所属するバレーボールチーム。
日向と日山は、隣のスペースに小学生バレーの高さに調節して貰ったネットで練習をしていた。

砂場で練習を始めて一週間。
久しぶりのしっかりした地面での練習に、日向のテンションは上がる。

「おっほー!地面だぁ!」
「変な感想だねぇ日向ちゃん」

日向の言葉に、日山の母親:日山凜が笑う。
名前の様に、綺麗で、背が170cmと女性にしては高く、カッコいいと言う言葉が似合う人だ。

「ずっと砂場で練習してたんでしょ?良くやるわねぇ」
「それが良い練習になるんですぅ」

母親の呆れた様な言葉に、日山が拗ねた様に言う。
日山は日向に向き直り、指導を開始する。

「翔陽、飛ぶときは足に込める力の位置を意識しろ」
「位置?」
「飛ぶときは、拇子球…親指の付け根だな。ここに力を乗せる様に飛んでみろ」
「分かった!」

日山の言葉に頷いた日向は、助走を始める。
習った跳ぶ為のフォームを取り、作った力を拇子球に集める。

___ドンッ!

日向が()()
それに凜が呆然として、日山が楽しそうに笑う。

「うおぉぉお!」
「上出来だ。だだ助走の時___」

日向が興奮した様に歓声を上げる。
日山は直ぐに改善点を上げていく。

その二人の姿に、恐ろしそうに、凜が呟いた。

「どうなるのよ、この二人」

ヒロイン誰にする?

  • オリヒロ
  • 清水清子
  • 田中冴子

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