「よこせ」
■■が、相棒の■■へ、静かにそう告げた。
威圧感を撒き散らす■■へ、ボールが上がる。
ボールを見据えながら助走を始めた。
美しいフォームで飛び、体を解放する。
轟音が響いて、ボールは遠くへ弾き飛ばされた。
そのプレーによって、劣勢に立たされていたチームの空気が変わる。
敵のチーム…それだけでなく、■■のチームの考えが、一致する。
___さすが、エース。
影山が抜けたからといっても、北川第一が弱くなった訳ではない。
影山が居たから強いのではなく、強い所に影山が居たということだ。
あれからサーブをキッカリ返され、開いていた点差も逆転されてしまった。
そして24-21の雪ヶ丘チームが劣勢。
崖っぷちに立たされた雪ヶ丘チームには、暗い雰囲気が漂っていた。
そんな中、北川第一のサーブ。
「あぁ…北川のサーブかぁ…」
「もう駄目かぁ…」
観客席の間にも、そんな空気が広がって居た。
そんな空気の中、不安になった一年生、森が日山の顔をコッソリ伺う。
___静かだった。
思わず肩を跳ね上げ、バッと前を向く。
酷く静か。
この崖っぷちになっても、その顔には一切の動揺も焦りも浮かんでいなかった。
ただ前を見据え、凪いだ瞳を、サーバーに向けていた。
北川からサーブが放たれる。
日山は即座に反応し、正面へ移動すると、綺麗なAパスを上げる。
その優しいボールに、泉がトスを上げる体制を取る。
そして、レフト側に居る日向へトスを上げようとする。
「泉」
日山が声を掛けた。
顔を向けた泉と、日山の目が合う。
___ゾクリ。
泉は悪寒を感じた。
その落ち着いた双眸、しかしどうしようもなく熱が籠った瞳に、貫かれた。
「よこせ」
静かに、呟く。
泉の頭から、選択肢が消えた。
日山に上げる以外、無し…と。
「当夜!」
泉が叫んで、トスを上げる。
ただ、高くトスを上げるだけ。
泉には、当夜に合わせる技術など無い。
しかし、それでも、最大限、丁寧に。
(このボール。打ち切ってこそ___)
バックアタックが、炸裂する。
三枚のブロックを吹き飛ばし、ボールは遠くへ飛んでいく。
ボールがバウンドし、空気…否、
___エース。
その言葉が、全員の脳裏に浮かぶ。
「スゲェ…」
ベンチ組の後ろ。
最後列に居た影山が、そう呟いた。
チーム全員からボールを託されるその姿を、眩しそうに眺めていた。
(チーム全体からの信頼か、羨ましい…
何気なく浮かんだその考えに、影山は憮然とする。
今までの試合で感じていた不快感は、
(そうか、俺は…羨ましかったのか)
日山が、チームに囲まれる光景を、目を細くしながら、影山は眺めた。
その視線に気付いた日山は、影山のその表情に嬉しそうに笑った。
それに気付いた日向が、疑問符を浮かべる。
「当夜?何笑ってんだ?」
「いんや?王様が、
「んん??」
さらに疑問符を浮かべる日向に、意味深な笑みを向けて、ポジションに帰る。
暫く眉を顰めていた日向だが、切り替えて前を向いた。
サーブは関向になる。
アンダーで打ち込んだボールは、ネットに引っ掛かる。
関向の股間がヒュッと寒くなるが、何とか向こう側に落ち、ネットインになる。
ホッと息を着いた関向と、苛ついた様な顔をした金田一が飛び込む。
「叩け翔陽!」
「クソッ!」
辛うじて上げたが、ネット付近に浮かんだボールを見て、日山はそう叫び、金田一が悪態を吐く。
翔んだ日向が全力で叩くが、リベロに拾われる。
しかし、そのボールは雪ヶ丘へ戻って来た。
「チャンスだ」
日山が優しいレシーブで上に上げ、泉に託す。
泉は先程と同じく、日山へ上げるために、名前を呼ぶ。
「当夜!」
「おう」
泉の叫びとは真逆の、静かな返事を返した日山は、助走に入る。
アタックラインギリギリまで踏み込んだ当夜は、自身の出来る最高のパフォーマンスで、ジャンプする。
そして全力でボールを打ち込んだ。
轟音を響かせ、ボールは飛んでいく。
誰もが、また日山が点を取ったと考えたが、追っている者が居た。
国見だ。
全員に疲労が溜まっているこの終盤に、国見が全力で走る。
それに一番驚いたのは影山だ。
(いつも本気で取り組んで無かったのに…いや、
確かに国見は、
しかし、何時だって
(俺は何も見てなかったのか…)
それに影山の肩が重くなる。
俺は何を見てたんだ?と。
ボールに追い付いた国見は、自陣のコートへ飛ばす。
「繋げぇ!」
国見の叫びに、誰もが驚いた顔をするが、北川のチームは頭を切り替え、ボールに向かう。
二段トスで上げ、スパイクが放たれる。
それに日向がブロックで食い付くが、お返しとばかりに、ボールが弾かれた。
日山が即座に反応し、タイブして上げる。
そんな状況で上げたにも関わらず、フワリと完璧なAの位置に向かうボールに、バレーに関わる者全てが震えた。
ボールの下に位置取った泉が構える。
上げるのは、日向の待つレフト側。
ボールを触り、上げる。
___ライトへ向かうボール。
(スッポ抜けた!)
泉の顔がサァっと青くなる。
泉の手からスッポ抜けたボールが、弧を描いて飛んでいく。
誰もがミスったと思った。
___日向が居る。
(なっ!?)
(なんで
先程までレフトでトスを待って居た日向が、既にライトで翔んで居た。
金田一が食らい付こうと飛ぶが、日向のアタックの方が早い。
ボールは地面へと突き刺さった。
ンゲェと変な声を上げながら、転がる勢いを上手く殺して起き上がる。
その日向が見たのは、旗を掲げる審判だった。
「あ…うと…」
呆然としながら日向が呟く。
白熱した試合の最後は、奇しくも
それを見た日山は、腰に手を当て、見上げながら深く息を吐いた。
その瞳は、変わらずに落ち着いていて___
「結果は収束するのかねぇ」
苦笑い気味に、そう呟いた。
「あー!アウトかぁー!決まったとおもったのに!」
「惜しかったなぁ雪ヶ丘」
「俺、一瞬でも行けると思っちゃったよ」
「この試合見てた全員が考えたと思う」
田中、澤村、菅原、清水の順にそう言う。
清水の言う様に、この試合を見ていた全員は、雪ヶ丘が勝つと、一瞬でも思った。
そうさせるほどの力が、日向と日山に合った。
「翔陽、整列」
「…あぁ」
日山が声を掛ける。
俯いた日向は、悔しげに返事をする。
泉と関向、一年のメンバーは掛ける声が見つからず、オロオロする。
それにパンパンと手を叩いた日山が、背中を押す。
「後悔も反省も、今じゃ無く後からだ。試合は礼で始まり礼で終わる。キチンとしろよ」
日山の言葉に、雪ヶ丘チームは、エンドラインに並ぶ。
【ありがとうございましたー!】
声が響いて、雪ヶ丘チーム対北川第一の試合は、終わった。
たった一時間、されど濃密な時間は、全員の脳裏に刻まれた。
日山の母親と父親が所属するバレーボールチーム。
日向と日山は、隣のスペースに小学生バレーの高さに調節して貰ったネットで練習をしていた。
砂場で練習を始めて一週間。
久しぶりのしっかりした地面での練習に、日向のテンションは上がる。
「おっほー!地面だぁ!」
「変な感想だねぇ日向ちゃん」
日向の言葉に、日山の母親:日山凜が笑う。
名前の様に、綺麗で、背が170cmと女性にしては高く、カッコいいと言う言葉が似合う人だ。
「ずっと砂場で練習してたんでしょ?良くやるわねぇ」
「それが良い練習になるんですぅ」
母親の呆れた様な言葉に、日山が拗ねた様に言う。
日山は日向に向き直り、指導を開始する。
「翔陽、飛ぶときは足に込める力の位置を意識しろ」
「位置?」
「飛ぶときは、拇子球…親指の付け根だな。ここに力を乗せる様に飛んでみろ」
「分かった!」
日山の言葉に頷いた日向は、助走を始める。
習った跳ぶ為のフォームを取り、作った力を拇子球に集める。
___ドンッ!
日向が
それに凜が呆然として、日山が楽しそうに笑う。
「うおぉぉお!」
「上出来だ。だだ助走の時___」
日向が興奮した様に歓声を上げる。
日山は直ぐに改善点を上げていく。
その二人の姿に、恐ろしそうに、凜が呟いた。
「どうなるのよ、この二人」
ヒロイン誰にする?
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オリヒロ
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清水清子
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田中冴子