八話
日向と日山の家から、一山越えて30分。
宮城県立烏野高校。
そこへ無事合格した三人は、これからのバレー生活へと胸を踊らせていた。
授業が終わり、今日から部活が始まる日の放課後、三組の扉を壊す勢いで開いた男が居た。
「当夜!部活行こう!」
大声で叫んだ男…日向へと注目が集まる。
呼ばれた本人の日山は、教科書を鞄へしまっている最中で硬直している。
そして小さく息を吐くと、日向へ近づいていく。
それと同時に日山にも注目が集まる。
そして、日向の前に立つと、結構な力で頭のツボを押した。
「ぐぅわぁぁぁあ!!ゲリツボ押したなぁ!?」
日向が痛みに悶える。
それを見た日山は小さく笑い、声を掛けた。
「声がデカイんだよお前は。んな叫ばなくても部活には行くっつーの」
「うぅ…早くバレーしたくて…」
正論パンチに日向の元から小さかった体が、さらに縮まる。
ションボリしている日向へ、小さくチョップすると、面白そうに笑みを浮かべた。
「何言ってんだよ、これからはバレー尽くしだ。そう急がなくても…ツエェ奴らは沢山居る」
日山の体から威圧感の様なモノが撒き散らされ、それにあてられたのか教室は静寂に包まれる。
それに気づいたのか、日山はハッとすると、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「あー、俺先生に用があってな。それ終わってから行くから先に行ってろ」
「分かった。早く来いよー!」
まるで風の様に走り去った日向。
日山が危ねぇと声を掛けるよりも早く、その姿は小さくなっていった。
ったくと悪態をついた日山は、扉から一番近い席の生徒へ向き直る。
そこには女子が座っており、急に注目されたため、小さく肩を上げた。
「うちのバカが大きな声出してゴメンな?」
「う、ううん。気にしてないよ」
「そうか。ワリィな」
少しだけ頬を染めて、彼女はそう言った。
気を使わせたと思った日山は二度の謝罪をし、荷物を取りに席へ向かう。
妙に注目されている現状に居心地が悪い日山は、少し早足で教室を出た。
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部活動の勧誘が盛んに行われている廊下。
そこで数人の生徒が話し合っていた。
「澤村、これ今の所の入部届」
「…少ないなぁ…昔はもっと多かったハズなのに」
「こっから増えるって、大地」
「清子さん今日も美しいっす!」
「…」
「ガン無視興奮するっす!」
清水が三枚の入部届を、澤村へ渡す。
その際、清水の美貌故か、多少の注目があった。
受け取った澤村は残念そうに、そう呟いた。
それに菅原が苦笑いを浮かべながら励まし、田中が清水へ声を掛け、思いっきり無視されたのに興奮している。
澤村が受け取った三枚を捲っていき、とある名前を見て硬直する。
「コイツってもしかして…!?」
「「「?」」」
澤村の声には、驚愕と興奮、そして歓喜が含まれていた。
その声に三人は?を浮かべ、紙を覗きこんだ。
その時、人混みの中を駆けていく影があった。
言わずもがな日向である。
天性のスピードで、人の隙間を縫って走る。
その姿に、バスケのユニホームを着た大柄な男子生徒が、宝石を見つけたような表情を浮かべた。
「むっ!そこの!早くもジャージの元気なキミ!もう部活は決まって___「バレー部!」___てるの…」
立ち塞がる男の横を、速度を落とすこと無くするりと抜け、目的地に向かって走る。
後ろでは抜かれたことに対してショックを受けた表情を浮かべる男子生徒が居た。
(来た、来た!烏野!これからいっぱい練習して、いっぱい試合して、そんでテッペンに行くんだ!)
その誓いを胸に、日向は第二体育館へ飛び込んだ。
___ドッ!
耳に入った音に反応し、顔を上げれば、影山がサーブを放った音だった。
強いドライブのかかったボールは、エンドラインの隅に突き刺さり、試合であればノータッチエースを叩き出せる程のサーブ。
そのサーブに日向がおぉっ!と感銘の声を上げると、その声に気付いた影山が日向へ目を向ける。
「日向か、先に始めてるぜ」
「今のサーブすっげぇなぁ!」
「日山にいろいろ教えて貰ってるからな」
この数ヵ月間、影山は二人の所属するチームへ通い、さらにスキルアップしていた。
特にサーブに関して、影山は負けたくない人が居るため熱心に取り組んでいた。
「先輩達は来てないの?」
「俺が最初だった。これから来るだろ」
「そっか、そしたら俺も___」
「いやー北川第一のセッターがうちにねぇ」
「「!」」
日向も練習に混ざろうとしたところで、入り口から声が聞こえた。
そちらへ目を向ければ、真っ黒なジャージを着た男子生徒が三人居た。
三年主将・澤村、三年・菅原、二年・田中。
「でもゼッテー生意気っすよソイツ!」
「またお前…誰彼構わず威嚇すんの止めろよ?」
「し、しないっすよそんなこと!」
「ちわす!」
「おーす」
影山が挨拶をすると、澤村は優しく返事をし、田中は眉間にシワを寄せ、見下ろすように睨み付けた。
(二、三年かな?)
「影山だな?」
「オス」
「よく来たなぁ」
「おお…去年より育ってる」
「最初が肝心っすよスガさん!一年坊主に三年生の威厳ってやつをガッ!と行ったってください!」
(なんか怖いなあの人)
「田中!その顔やめろ!」
(背は影山の方が少しデカイ。だけど…なんかデカイな!高校生!俺も高校生だけど…来たんだなぁ烏野)
田中が何やら菅原へと助言しているが、それを流して菅原は影山へ話しかける。
日向はその後ろ姿を見て、憧れが現実に成ったことを理解し、嬉しそうにニヤニヤと笑みを堪えられず、変な顔となる。
「身長いくつだ?」
「180です」
「「「おぉ…!」」」
(よーし、俺も挨拶を)「ちわす!」
「あ゛?…あっ!お前!チビの一番!」
「え!?」
「あーっ!」
「はい!雪ヶ丘で一番だった日向翔陽です!おなしゃす!」
「この日向って…お前か…!」
日向の挨拶に田中が威嚇を持って返すが、あの激闘でのチームのキャプテンを勤めた日向を即座に思いだし、驚愕の声を上げる。
その言葉に澤村と菅原は驚き、入部届の日向の紙をマジマジと見つめる。
そして、もう一枚の日山の名前が書かれた紙を見て、大きな期待を持って呟く。
「もしかして…この日山って…」
「日山は俺です」
「「「!」」」
「ちわす」
後ろからの声に降り向けば、靴を履き替えている日山が居た。
その姿を見た三人は、何度目かの驚愕を受ける。
そして暫くの呆けて居たが、澤村が並んだ三人を見て、思わずと言った感じでポツリと溢す。
「いやぁ…ちょっとビックリしたな…そうか、お前ら全員烏野かぁ!」
「「?」」
「俺達、去年のお前らの試合見てたんだよ」
「チビなのにスゲー上手くて印象に残ってたんだよ」
「! アザース!」
「バネも凄かったよなぁ」
「あんま育ってねぇーなぁ?」
「フグッ」
菅原の頭には、大接戦のあの試合の記憶が浮かんでくる。
その中で飛び抜けていた三人に視線を向け、嬉しそうに笑みを浮かべる。
田中は日向へ向けて手をピッとかざし、ニヤニヤと身長を弄る。
それに日向は顔を盛大に歪めた。
「でも、コイツは強いっすよ」
「! 影山ぁぁぁあ!」
「うわ!くっつくなボゲェ!」
小さいからなんだ。
日向は強い。
それを身を持って知っている影山は、当然と言わんばかりに告げた。
その言葉に感極まった日向は影山へ抱きつく。
それに鬱陶しそうな顔を浮かべた影山は、代名詞とでも言うべき台詞を吐く。
その隣で日山は、誰よりも感動していた。
(影山が日向の事を強いって…
負けん気が強い影山が、素直に強いと認めた。
それに思わず日山は天を仰ぐ。
そこへ澤村が口を開いた。
「うし!んじゃあちょっと聞いてくれ」
「「「?」」」
「___烏野は、数年前まで県内ではトップを争うチームだった。一度だけだが全国へも行った。でも、今は良くて県のベスト8。特別弱くも、強くもない。他校からの呼び名は___」
___堕ちた強豪“飛べない烏”
名将と呼び声が高い鵜飼監督が引退してから、烏野は衰退の道を辿っていた。
今では入部生徒に四苦八苦する部活である。
そんな部活を支え、何時までも志を忘れなかった澤村の言葉は、
「烏野が“春高”で全国出た事はよく覚えてるよ。近所の高校の…たまにすれ違う高校生が、東京のでっかい体育館で全国の猛者と戦ってる。鳥肌が立ったよ___もう一度、あそこへ行く」
___バサリと烏が飛び立った。
二度と堕ちたなんて言わせるものか。
俺達は古豪で満足しない。
___強豪“烏野”
その名をもう一度取り戻す。
「これはただの目標だ。お前らだって全国を目指してるのは、その目を見れば分かる。けど、聞いてほしかった。そして___この目標を叶えるために、力を貸してくれ」
「「「アス!」」」
言われるまでも無い。
このチームで、高みへ登るために、烏野へ来たのだから。
日山の心は、嬉しさに震える。
その瞳に映るのは、これから戦う事になる強敵達。
___今一度、日山の闘争心が燃え上がった。