孤高の喰種   作:湊眞 弥生

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10 監禁主の正体

 さほど広くない公園で母親に見守られながら遊ぶ子供がいる。

 子供はまだこの世の汚い所を見ていないからか、爛々と輝く瞳をしていて楽しそうに砂場で山を作っている。

 やがて山を作るのに飽きたのか子供は砂場を離れて草むらに入り込んでトカゲを捕まえようとしたりバッタ等の虫を触ってみたりと戯れている。

 

 

「お母さん! バッタ捕まえた!」

 

「ちゃんと草むらに帰してあげるのよ」

 

「分かってる!」

 

 

 捕まえたバッタを草むらに置いてバイバイと別れの言葉をかけてると、子供は公園の水場で手を洗ってから母親の元へ行く。

 もういいの?と聞く母親に、もう十分と答えた子供は母親と手を繋いで公園を後にする。

 

 

「楽しかった?」

 

「楽しかった!」

 

「お父さんももうそろそろ帰ってくるから急いで帰りましょ」

 

 

 母親と手を繋いでいる子供は大好きな母親と一緒にいれるのが嬉しいようで、常にニコニコしている。

 子供が母親にあれは何と訊きながらも帰路につく。

 

 

「お母さん、あっちからいい匂いするよ?」

 

 

 住宅街を歩いていると子供が美味しそうな匂いを嗅ぎつけたのか母親にそう言うと、母親は決まって否定する。

 

 

「そっちは危ないからダメよ。帰ったらご飯にするから、ね?」

 

「……うん! お母さんのご飯美味しいから好き!」

 

「ふふ、ありがとうね」

 

 

 匂いに釣られそうになった子供を宥めた母親は子供を撫で回す。撫でられた子供はきゃーっと嬉しそうな声をあげながら母親に連れられて少し早い速度で歩きながらもその路地から離れる。

 お腹が空いた子供は先程まで爛々と輝いていた瞳の右側が気づけば赤黒い目に変わっていて、それに気づいた母親が子供に眼帯を渡すと子供は右目に眼帯を付けていた。

 見た目は普通の親子でありながらも子供の赤黒い目がこの親子は喰種なのだと教えてくれていた。

 

 

「……夢か」

 

 

 その先はどうなったのか気になるところで目が覚めて監禁されていた事を思い出す。

 幼い頃の母親との記憶。今でもたまに夢に出てきて、あの頃はまだ純粋だった自分を見て子供だなと笑う。

 周りを見回すと、この部屋は随分使われてなかったのか所々に埃が積もっている。窓はなく、ジメッとした肌触りで地下の部屋特有の暗さもある。

 次に自分の手足に繋がれた鎖を見る。普段なら容易に抜け出せるはずなのに鎖をちぎれるほどの力も入らず赫子も出せない。

 傷はどうなったのか気になったが、右腕が完全に治っていたことから腹も治っていると推測できるし、適度な食事はさせてもらえてるみたいだが喰種特有の力が何故出せないのかだけが疑問だった。

 

 

「……あれから何日だ」

 

 

 監禁されたままであれから何日が経過したのか時間感覚が測れない。俺がここに連れてこられた理由は、有馬にやられて出血多量で死にかけた際に俺のところに近寄ってきた奴に命乞いをしたからだろう。

 そう考えればここは俺を拾って助けてくれた奴の隠れ家だろうと推測できる。けれど家主の顔は未だ見たことが無い。もしかしたら既に見たことがあるのかもしれないが、傷だらけの時の記憶はないから分からない。

 しばらく考え込んでいると遠くの方で扉の音がして、コツコツと階段を歩いて降りてくる音が地下に鳴り響く。

 足音はやがてこの部屋の前で止まると、鍵を開けてこの部屋に入ってきた。

 

 

「そろそろ目を覚ましてる頃かと思ったよ、比企谷くん」

 

 

 とても懐かしい声がした。顔を上げると、そこに立っていた人物は俺の恋人の雪ノ下雪乃の姉。雪ノ下陽乃だった。

 

 

「なんで貴方が……」

 

「それを言われたらこういうことになるけど」

 

 

 そう言って彼女が取り出したのは見た目は至って普通の一本の刀。

 

 

「喰種捜査官……ですか」

 

「あったり〜! よく分かったね?」

 

「簡単ですよ。日本は未だ銃刀法違反が存在するから一般人は銃刀のような武器は持てない。それならばその刀は普通の刀ではなくクインケ。クインケであるということはそれ即ち……って辺りの誰にでもわかる問題です」

 

「それもそうか。さて、本題に入ろうか比企谷くん。君は今Rc抑制剤が効いているということを覚えた状態で話を聞いて欲しいんだけど」

 

 

 そう言って彼女は胸ポケットから一本の注射器を取り出した。

 Rc抑制剤。それを打ち込まれた者のRc細胞の活動を抑制するもの。それは主に捕まえた喰種に打ち込むが、人間にも打つケースは存在する。

 ここでRc細胞について説明する。Rc細胞、正式名称は「RedChild細胞」で、その形状が身体を丸めた胎児に似ていることから由来しているそうだ。人間の体内には微量ながらこれが存在しており、喰種は人肉の摂取によってこれを赫包に蓄積する。その構造上、同族である喰種の体内にはそれが多く保有されている為、共喰いを行うことでより大量に摂取でき赫者化の推進が見込めるが、人肉に比べて遥かに味が劣ることからこれを実際に行う喰種は少ない。

 喰種が人間よりも遥かに高い数値でRc細胞を持つことから、検査結果によっては例え人間であろうとも喰種と判定されてしまうケースはあるらしい。何故そんなケースが起こりうるかといえば、それは喰種特有の赫子が理由の一つにあるだろう。

 喰種は赫子を使う際に赫包に溜め込まれたRc細胞を消費することで赫子を発現させる。そのRc細胞が高ければ高いほど強力な赫子にもなり得ることから、例え人間であろうとも検査結果によっては駆逐しなければならないのだろう。

 とはいってもそれは稀にしか起きないレアケースだから普通なら起こらない。

 

 閑話休題。

 

 俺は今の状況を考える。俺が赫子を出せない理由と鎖を引きちぎるほどの力が出せない理由もRc抑制剤が効いていて喰種の特性が無効化されているからだと分かった。そして目の前にはRc抑制剤とクインケを持った雪ノ下陽乃。

 

 

「断ることは……出来なさそうですね」

 

「よろしい。比企谷くんが冷静で助かるよ」

 

「自分の命を散らしたくないだけですよ」

 

「私も捜査官だからさ。比企谷くんをこうして匿ってるとバレただけで喰種対策法に引っかかって処罰対象だから結構慎重なんだよ?」

 

 

 雪ノ下さんの表情は変わらず笑顔を貼り付けた仮面を被っているように見えるが、今の話を聞く限りではそうでは無いらしい。

 

 

「とりあえず……話だけでも聞きますよ。それに乗るかどうかは別とさせて頂きたいと思いますけど……」

 

「比企谷くんは必ず乗ってくれるよ、この話。だって、雪乃ちゃんも関わってくる話だからね」

 

「なんで雪ノ下の名前が出てくるんですか、ここで」

 

「だって、雪ノ下家に関する話だもの。雪ノ下建設が近々月山グループと提携を結ぶことになってるんだけど、どうも月山グループが怪しく感じるのよね」

 

 

 月山グループ。それは日本において唯ならぬ権力を有している程の大企業。しかし喰種の俺はその実態を少なからず知っている。月山グループは全員が喰種であるということを。

 確信はないようだが雪ノ下さんは月山グループは喰種なのではないかと疑っているらしい。だがその情報を何処から掴んだのだろうか。

 月山グループと雪ノ下家が関係を持てば起こりうる未来の一つとして、雪ノ下雪乃が月山習の毒牙にかかる可能性もある。

 

 

「そういう事ですか……。そうやって雪乃を出汁にして脅すの良くないっすよ」

 

「悪いとは思ってるよ。私は雪ノ下建設を継ぐこともなくこうして喰種捜査官になっちゃったからあれなんだけど、少なからずお母さんとお父さんにはお世話になったしその両親が危険な目に遭うのも忍びないじゃない? 比企谷くん、お願いできるかな」

 

「いいですけど、高くつきますよ。この貸しは」

 

「もちろん。比企谷くんも何かあれば私が動ける範囲でなら頼っていいから。頼んだよ」

 

 

 全く、この人は本当に人使いが荒い。けれど、それ以上に雪乃に毒牙のかかる可能性は無視できない問題だ。あの美食家のことだ。雪ノ下の存在に気づけば必ずアイツはやってくるだろう。

 

 

「めんどくせぇことしてくれるな。……あの野郎」

 

 

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