孤高の喰種   作:湊眞 弥生

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13 弟

 エトに連れられて11区に足を運ぶと、連れてこられた目の前には壁が剥げてコンクリート剥き出しの灰色が見えている廃墟が建っていた。

 連れてこられた廃墟の中に入ればあちこちに染み付いている血痕は今にも生臭さも感じてきそうな程に飛び散っていて、ここまで血が染み付いた状態になるのに一体何人もの人や喰種が死んできたのだろうか。

 

 

「少し生臭いかもしれないけどごめんね。組織を運営するのには食糧の人間が欠かせないから」

 

「まあ仕方ないだろ。いくら喰種がしばらく食わなくたって平気だろうと食わなきゃ俺たち喰種も例外なく死ぬからな」

 

「何もせず平穏な暮らしなら一ヶ月は持つだろうけどね。うちの活動の内容的にも戦闘とかは頻繁に起こるからそこまではもたない」

 

 

 人間だって無限にいる訳じゃない。人間を狩り過ぎれば喰種を恐れて人はその区から遠ざかる。遠ざかれば当然食糧も手に入らないしそのうちここら一帯はゴーストタウンになる。

 

 

「純粋な喰種は大変だな。人肉しか食えないんだから」

 

「その分私と比企谷くんは半喰種だからその心配もいらないしね」

 

 

 エトの後ろを歩きながら世間話を語り合っていると開けた場所に出ていて、その奥にはタタラを含む幹部と思わしき喰種が何人かいた。

 

 

「タタラさん、連れてきたよ。比企谷くん入ってくれるって」

 

「ま、一時的にな。止むに止まれぬ事情があるもんで」

 

「そうか。少し待ってろ」

 

 

 俺とエトとタタラの三人だけで話をしたいのかタタラは他の幹部に部屋の外に出るように命じる。それに従って幹部共が部屋から出ていって部屋には三人だけの空間が出来上がった。

 

 

「それで、王になる決心はついたのか?」

 

「いいや出来てない。それに俺は有馬に負けたから王にはなれねえよ」

 

「未だ、王の望みの物は手に入らないか」

 

「戦ってみたがあれは相当な化け物じゃないと倒せないだろ。だからこそ俺とエトは確信した。いないなら育てればいい、ってな」

 

「……リゼ持ちの事か。信用できるのか?」

 

「なにかきっかけがあればって所だな。今はまだ喰種になったばかりでこの世界の事を知らないお坊ちゃんだから、まあこれからどうなるかって所だろ」

 

 

 これは正直賭けだ。もし何かきっかけ一つで化けるならアイツは嘉納の最高傑作になるのだろうし、化けられなかったらそれまで。喰種として平穏に暮らせばいい。そうなった時はまあ俺が頑張るか別の喰種を作るのかって所だろう。

 

 

「比企谷、とりあえずお前にアヤトの班を任せる」

 

「はいよ。そのアヤトってのが誰かは知らんけど」

 

「呼んでくるから待っていろ」

 

 

 そう言ってタタラはアヤトという奴を呼びに部屋を出ていって、部屋の中にはエトと俺だけが残されていた。

 

 

「とりあえず比企谷くんは表向きは幹部扱いだけど、いざとなった時は王として働いてもらうよ」

 

「へいへい。こき使われるってことね」

 

「とは言っても当分は普通の活動だから安心していいよ。君が王として働く時は白鳩が派手に動いた時だけさ」

 

「一時的に預かっているだけとはいえ、俺なんかが王になるって……俺より強いやつ絶対いるだろ……」

 

「有馬と殺り合って逃げ帰れるのは私の知る中じゃ私と君、それからタタラさんも逃げれるかな? それぐらいだから仕方ないさ」

 

 

 エトと話を繰り広げていると、タタラが戻ってきてその後ろにはまだ中学生か高校生になったばかりぐらいに若い喰種がいた。

 

 

「で、そいつがアヤトってやつか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 

 よく顔を見ると、そこはかとなく霧嶋に似ている顔付きだった。霧嶋に兄弟がいるという話は聞いたことが無いが、俺が知らないだけなのだろうか。

 タタラにはもう行っていいと言われたので部屋を出てアヤトと呼ばれる若い喰種の後ろを歩いていく。

 どうしてもその雰囲気や容姿が霧嶋と重なって見えるのが気になって思わず問い掛ける。

 

 

「お前、上か下に姉妹とかいたりするか?」

 

「平和ボケしたクソ姉貴が一人な。それがなんだよ」

 

「いや、どうも似てたから確認が取りたかっただけだ。気にするな」

 

 

 言葉遣いや髪の毛の色や猜疑心の強さから目付きの悪さなんかも見れば見るほど知り合ったばかりの頃の姉にそっくりだった。

 タタラに押し付けられたとはいえ彼女の弟なら面倒を見るのも吝かではないのでよろしくと手を伸ばせば、アヤトは俺の手を叩いて振り払う。

 

 

「俺はまだテメェの事を認めたわけじゃねぇ。馴れ馴れしくすんな」

 

「姉弟揃って性格尖ってんのな……」

 

 

 ヤレヤレと溜め息をつくと、アヤトは舌打ちをしてこちらに振り返った。

 

 

「そもそも、なんでテメェみたいな半端野郎が俺の上に付くんだよ」

 

「半端野郎かどうか……試してみるか?」

 

 

 右眼を黒くさせて指の関節をパキパキ鳴らす。

 そもそも説明をちゃんとしていればここまで尖ることはないだろう。タタラの奴に押し付けられた理由もなんとなく分かる気がして溜め息すら出ない。

 

 

「いいぜ、テメェが俺の上に立てるのかどうか試してやるよ」

 

「……何様のつもりか知らないが。お前の思い上がった鼻へし折ってやるからさっさと来いよ、アヤト」

 

 

 なんだか霧嶋……ここはトーカと呼ぶべきか。トーカと知り合ったばかりの時もこんな感じだったなと思い出しながらアヤトに向き直る。相手が誰であろうと突っかかってくる様は姉のアイツにそっくりで、本当に姉弟なんだなと改めて実感する。

 

 

「今更後悔してもおせぇからな」

 

 

 アヤトは両目を黒くさせながら背中から羽赫を出して掃射する。それを全て躱しながら懐に走り込んで腹に一撃入れる。

 腹に容赦なく放った俺の拳はアヤトに見事に突き刺さって思わず痰と血を吐き出していた。

 

 

「ほら、こんなもんじゃないだろ。教育し直してやるからもっと本気で来いよ」

 

 

 初めてトーカと組み手をした時のような懐かしさを思い出しながら俺は未だこちらを睨み付けてくるアヤトを見下ろした。


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