「20区はほんと平和だな」
土曜日の夕方。俺は暇を持て余していたため暇つぶしに新宿まで出てきて歩いていた。それなら勉強すれば?とかバイトないの?と言われそうだが、勉強はやれる所まではもう終わらせてあるしバイトもしていない。完全にやることが無い状態。
ではなんで駅前を歩いていたかというのは、誰か知り合いがいれば良し、いなくても本屋に行ってラノベの新刊を探せればと思っての行動だった。知り合いと遭遇出来ればいいなんて、高校生の頃の自分からは想像もつかないだろう。
そもそも休日に外に出歩いているのが珍しいくらいだ。しかし20区には何かと気にかけている奴らがいるので、見かけた時に護衛でも出来ればと思っての行動ではあるのだが。
そうやってなんとなく歩きながら西口から東口に出て散策していると、左目に眼帯を付けた知り合いが駅前で携帯で時間を気にしながら立っていた。
絶賛暇を持て余していた俺からすればこれも何かの縁だろうと思う。まさかここでカネキと会うなんて。例え20区といえど休日でしかもあんていくと関係ないところで遭遇するのだからどんな確率だろう。
「よう、カネキ」
「比企谷先輩、何処か出掛けてたんですか?」
「いいや、暇つぶしに何かあればと思ってぶらついてただけだ。そういうお前は?」
「えーと、トーカちゃんとマスクを作りに行くことになってて待ち合わせしてるんですけど……」
「ああ、マスクか。んで、その肝心の霧嶋が来ないって所か」
「はい……あはは……」
頬を掻きながらカネキは困ったように苦笑いを浮かべた。霧嶋は元々どうでもいいやつとは出掛けたりしないし、芳村さんにマスクの店まで案内してあげてと言われたから仕方なく待ち合わせたってとこか。
マスク、と言われて思い出したことがある。俺は今までCCGと交戦したことがないのでマスクを持っていない。
そもそも普段顔を隠さなきゃならない場合は、パーカーのフードを目深く被るし、いざとなれば赫者化して顔を隠せばいいわけで、必要性を感じなかったのだ。赫者化は本当に最終手段だから逃走するのに使ったことはないけど。
「よし、暇だし俺もマスク持ってねーから付き合うわ」
「いいんですか?」
「ま、後はお前の護衛みたいなもんだ。お前、まだ戦い方分からねえんだろ?」
「あははは…」
喰種になりたてで喰種の戦い方のたの字も分からなそうなカネキが心配という意味でそう伝えると、カネキは苦笑いを浮かべた。笑って誤魔化そうとしても無駄だからね。今度扱いてやるとしよう。
そう心に誓った時、後ろから若い女の子の驚くような声が掛かる。
「ひ、比企谷さん!? なんでここに」
「お、やっと来たか霧嶋。たまたまカネキを見かけたから待ってたんだよ」
「えっ……えっと、比企谷さんも行くんですか?」
「そのつもりだったが……何か都合でも悪かったか?」
「いや、別にそんなことはないですけど……」
霧嶋董香。清巳高等学校の普通科に通う現役の女子高生で、あんていくの看板娘。
霧嶋と初めて会ったのは今から一年前にあんていくで俺が客として来た時だった。
何回かあんていくに通ううちにすっかり懐かれてしまって、今では尊敬の念を抱かれているようにも見える。俺は特に何かをした覚えは全くないから懐かれる理由が分からないけど。…あれ?それで言ったら一色もそうじゃね?とか思い出したが、そもそもあいつは俺を使い心地のいい駒みたいなものと思ってるだろうしやっぱり違うなと勝手に一人で納得する。
「あれだろ? マスクってあそこだろ? 行くぞ」
「あ、待って比企谷さん! おいクソモヤシ! テメェも早く来い」
「あ、うん」
俺が先頭で歩き、その後ろを霧嶋とカネキが着いてくる。
にしてもこの二人、仲悪いのか?って思う程に空気がギスギスしている。こちらの居心地も悪いったらありゃしない。
「そういえば比企谷さん」
「なんだ?」
「今、20区に白鳩が二人来てるの知ってます?」
「いや、知らん。なに? ついに来ちゃった?」
「ヨモさんがたまたま見つけたって」
「ああ、なるほど」
20区にいたという二人の白鳩。
20区はあんていくが喰場の管理をしているおかげで他と比べると平和な区だが、そこに二人の捜査官が来たとなれば誰かを追ってきたのだろう。
あんていくには結構通っているから分かったことだが、最近は笛口親子があんていくにちょくちょく出入りをしている。それを察するにその捜査官は笛口親子を追ってきたのだろう。
俺はまだ出くわしてないからなんとも言えないが、リョーコさんとヒナミは人殺しをしない喰種だ。だからそんな大した捜査官ではないだろうと勝手に推測を立てる。
しかし、念には念をという言葉もある。しばらくはあの二人の護衛を陰ながらしておこう。
俺がそう考えているその後ろでは霧嶋とカネキが何やら話をしている。
「ねえ、トーカちゃん」
「……なに?」
「比企谷先輩ってその……やっぱり強いの?」
「はァ……アンタ知らないの?比企谷さんは人殺しが嫌いだから中々戦わないけど、凄く強いよ。アタシなんか足元にも及ばないし……」
「トーカちゃんで勝てないって……。僕、凄い人と知り合ってたんだ……」
そんなに強いんだという尊敬の眼差しを比企谷に向ける金木。そんな真っ直ぐな眼差しをぶつけられると照れるからやめて。
そう話しているうちに例のマスクの店まで到着する。コンコンと霧嶋が店の扉の取手でノックして店内に入る。店の中は相変わらず壁にマスクが掛かってたり、ガラスケースに飾られたりと質素な作りをしている。
「ウタさーん? いますかー?」
「いねぇな、ウタさん」
「寝てんのかなァもう……」
「いや、寝る時間にはまだ早いだろ」
霧嶋の呼び掛けにも反応無し。ウタさんを探すために店内を回るが、相変わらず色々な種類のマスクが店内に飾られていた。
霧嶋と俺で店内を見ていると、カネキが突然叫び声を上げた。叫んだ方に振り返ってみれば、カネキがひっくり返っててウタさんが上から覗き込むように立っていた。
そんなウタさんの行動に霧嶋が思わず突っ込む。
「……何やってるんですか……ウタさん」
「…………ビックリさせようと思って……」
ビックリさせようと思って隠れるとかお茶目かよとツッコミを勝手に心の中でして、俺らはウタさんの作業台まで移動する。
作業台まで移動してから霧嶋がカネキにウタさんの紹介を始める。
「喰種のマスクを作ってくれる人でウタさん」
「カネキです、よ……よろしくお願いします……」
ウタさんの見た目に怯えているのかソワソワしながらカネキは自己紹介をする。
そんなに怯える必要ないと思うのだが、カネキは何処かビビりな所があるから仕方ないのかもしれない。
「きみが芳村さんが言ってたコか……比企谷さんは今日どうしたの?」
「あー、俺もマスク持ってないんで……丁度いい機会だし作ってもらおうかと」
「……うん、いいよ。カネキさんの後で寸法測るから……店の中で待ってて」
ウタさんに言われたので店内のマスクを眺めながらどんなマスクがあるのかを見て回る。
俺が店内を見て回っている間はカネキと霧嶋がウタさんと世間話を交えていた。恐らくはさっきの捜査官が来た云々の話であろう。
その後はウタさんがカネキに色々質問をして寸法を測っていた。
しばらく店内でマスクを見ながら待っているとウタさんから声が掛かったのでそちらに足を向ける。
「お待たせ……比企谷さん」
「いや、そんなに待ってないからいいですよ」
「いくつか質問。アレルギーはある?」
「いや、ないです。フルフェイスかハーフかは任せます」
「そう……そういえば、比企谷さんってカネキさんと同じ隻眼だったっけ……」
「そうですね。アイツと違って、赫眼の制御は出来るから別に隠してないですけど」
右目を赤黒くさせると、それを見たウタさんは何か思いついたのかメモを取っている。
その他にもあれこれと俺にも色々と質問をしながら顔の採寸をするが、マスク作りってこんな感じなんだな。作ったことがなかったので、いい経験だと思った。
「……比企谷さんのも、マスク出来上がったらあんていくに届けとけばいい?」
「はい、あんていくに取りに行くんでそれでお願いします」
採寸が終わり立ち上がると、ウタさんが後ろから声をかけてくる。
「カネキさんやトーカさんもそうだけど…何処か危なっかしいとこあるから……比企谷さんが守ってあげてね。あんていくにいれば大丈夫だとは思うけど……」
「はい、そん時は俺が守ります。んじゃ、これで」
店を出ると外はすっかり暗くなっていて、街灯があちこちと点灯していた。路地を歩きながらも俺たち三人は会話をしながら駅に向かって歩いていく。
「比企谷さん、マスク持ってなかったんですね」
「まあ…必要性を感じなかったからな。ほら……俺は人殺しとかしないから捜査官にも目をつけられたこと未だにないし」
人殺しは……絶対にしないと心に決めている。何故かと問われば、母がそうだったからとしか言えないが。
「あのー……ところで、あのマスクって何に使うんですか……?」
俺と霧嶋が話している後ろからカネキが恐る恐るマスクの用途の質問をしてくる。
その問に霧嶋が、はァ?と怒りの声を上げる。
「アンタ知らないで来てたの!?」
「まあまあ。芳村さんは霧嶋が説明してくれると思ったんだろ。マスクっつーのは、喰種捜査官から自分の顔を隠すために使うんだ」
霧嶋の代わりに俺がカネキに質問に答えると、頭の上でクエスチョンマークを浮かべている。この様子だと、なんで隠す必要があるのかイマイチ分かっていないらしい。
「なんで隠すためにマスク付けるんですか……?」
「馬ァ鹿、顔と正体が一致してたらヤバいでしょうが」
少しは頭使えよと愚痴を洩らす霧嶋を俺が宥め、カネキは苦笑いしている。こんな日もたまには悪くない。
願わくば、この平和が、いつまでも続けばいいんだがな……。