孤高の喰種   作:湊眞 弥生

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3 鬼のお面

 夜の公園で、スーツのジャケットを脱いで汗水を垂らしながら懸命にスコップで土を掘り返す男がいた。

 ワイシャツの上から見ても分かる程の筋骨隆々のガタイの良さ、綺麗に切り揃えられた髪。彼の名前は亜門鋼太朗。CCGに所属するアカデミーを卒業してからさほど経っていないまだまだひよっこの一等捜査官。

 そんな彼がなぜ夜の公園で汗水を垂らしてスコップで土を掘り返していたのか。その理由は一つだった。

 

 

「見つけた……! 696番のマスク……! やはり723番は喰種だ……!」

 

 

*****

 

 

 大学の講義が午前中で終わり、今日は何をしようかと考えながら大学の敷地内のベンチに座って珈琲を飲みながら読書をする。文章に目を滑らせていると雪という文字が目に映る。雪という文字を見て、最近は意外とバタバタしていてアイツに電話を暫くしていなかった事を思い出した。

 そうと決まれば早いもので、アイツも多分今の時間は講義中では無いだろうと信じて番号を呼び出すと、ワンコールで繋がった。

 

 

「久しぶりに電話をしてきたかと思えば、昼間からどうしたのかしら? 比企谷くん」

 

「いやァ……今日の講義が終わって暇で読書してた時に雪って文字を見てな。んで最近電話してねぇなって思い出したから掛けたんだが……今都合悪かったか?」

 

「悪かったら電話に出てないわ。それで、元気にやっているの? 怪我などはしてない?」

 

「してないしピンピンしてる。俺の生命力はゴキブリ並だからな」

 

「そう……。気持ち悪いわね、死んで頂戴」

 

「お前なぁ……俺、一応まだお前の彼氏なんだけど……」

 

「高校を卒業してから、私や由比ヶ浜さんにさえ顔を見せに来ない彼氏なんて死んで当然ではないかしら?」

 

 

 いちいち痛いところを突いてきやがる上に毒が凄いのなんの。しかしこれが雪ノ下雪乃であり、俺の愛している女なのだから、俺も中々の変態なんじゃなかろうかと思う。

 

 

「しかも、大学生になってから、貴方の高校生の頃に仲の良かった彼等にさえ会っていないんじゃないの?」

 

「……まあな。あれから総武に通ってたヤツらの誰とも会ってないな」

 

「全く……。呆れた男だわ。姉さんも比企谷くんが卒業してから会ってないそうだし、貴方のこと心配していたわよ」

 

「雪ノ下さんが? 馬鹿言うな、あの人の場合は玩具がいなくなったからつまんないとか、そんな所だろ」

 

「ふふっ、そうかもしれないわね」

 

 

 くすくすと電話越しに雪ノ下の笑い声が聴こえる。その様子が今でも目に浮かぶようだった。出来ることなら会って抱き締めたいのだが、俺は喰種であり雪ノ下は人間。

 俺が雪ノ下の傍にいれば、それだけアイツを危険な目に合わせてしまうかもしれない。俺の愛する女が俺を庇って喰種対策法に引っかかるのではないかと一度気になりだしたら、俺にはそんなこと我慢ならなかった。だからこそ、大学も東京の上井大学までわざわざ受験して、誰にも通う大学を告げずに上京したのだから。

 

 

「……それにしても、私たちがあの学校を卒業してからもう二年が経つのね……。早いものだわ……」

 

「……あぁ、そうだな」

 

「比企谷くん……貴方に会いたいわ。会って思いっきり抱き締めて、その温もりを感じたい……」

 

「……そのうち……そのうち顔出す。そん時は……連絡する」

 

「えぇ、待ってるわ。……お願いだから死なないで頂戴ね。貴方が死んでしまったら……私は……」

 

「死なねぇよ……。お前も弱くなったな」

 

「誰のせいか教えてあげてもいいのよ? 一晩きっちり使ってね」

 

「勘弁してくれ……。それは俺が死ぬ」

 

「冗談よ。それじゃあ、私そろそろ行かなければならないところがあるからもう切るわ」

 

「おう、気をつけてな」

 

「そっちこそ、気をつけて」

 

 

 携帯から通話が切れた音が耳に鳴り響いた。

 久々に聴いた雪ノ下の声は相変わらず凛としていて、とても透き通るような声だった。

 

 

「……俺もそろそろ行くか。今日はあんていくで珈琲でも飲むか……」

 

 

 開いたままだった本に栞を挟んでから鞄にしまって俺は大学の敷地を出た。大学の敷地を出てから暫く歩いていると空が曇り始めて急に雨が降り出す。

 

 

「勘弁してくれ……。今日降るなんて思ってなかったから傘なんて持ってきてないぞ……」

 

 

 愚痴を零しながら喫茶店あんていくに向かって走り出す。少しでも雨で濡れるのを嫌うように。

 走り始めて数分。あんていくのすぐ傍に立ち並ぶ商店街の近くに来た所で周囲が少しザワついてるのに気づいて思わず立ち止まる。

 立ち止まって周囲の人の話している会話を聴く為に耳をすませた。

 

 

「まさか、あんな可愛い親子が喰種だなんてなぁ」

 

「ほんとに人間そっくりだったなー、マジでビックリしたわ」

 

 

 可愛い親子……喰種……。

 嫌な予感がして走り出す。走り出してから気づいたが、俺はウタさんが作ってくれるマスクをまだ持っていない。だがそれも無理はない。採寸をしたのはついこの間の事だから。

 このまま向かえば、捜査官に俺の顔を見られるのは必然のこと。しかも最悪なことに今日はパーカーを着ていないのでその場しのぎの顔隠しも出来ない。

 

 走りながらも何かないかと鞄を漁る。鞄を漁っているとプラスチックの何かが手に当たった。それを少し乱暴に鞄から引っ張り出すと、そこにはお祭りの屋台で売っていそうな、戦闘したら耐久性が心配になるような二本の角が付いたよくあるような鬼のお面。屋台のお面という事もあり目の部分は両方とも空いていて、赫眼を発現させれば捜査官に自分が隻眼であることがバレるのが分かりきっていた。

 最近祭りに行った記憶はないし、屋台で買い物をした記憶もない。恐らくずっとこの鞄に入っていたのだろう。何故こんなのが鞄に入っているのかはよく分からないが、今は時間が無い。

 

 

「迷ってる時間はねぇか……! 頼む、間に合ってくれ……!」

 

 

 間に合えと祈りつつ、その鬼のお面をつけて走ると、血だらけで座り込んだリョーコさんに二人の男がいたのを確認する。

 リョーコさんの前に立っているその男二人は手にクインケと呼ばれる対喰種用の武器を持っていた。状況を見るからに白髪でヒョロヒョロな身体の捜査官が今からリョーコさんのトドメを刺そうとする場面だった。

 

 

「せめてもの情けだ、辞世の句でも聞いてやろうか?」

 

「その必要はねぇな」

 

 

 後ろからジャンプして捜査官を飛び越えリョーコさんの前に着地する。捜査官の男二人は頭上からいきなり現れた俺に対してすぐに警戒心と敵意を剥き出しにして此方を睨み付けた。

 

 

「局内のリストにない顔だな」

 

「そりゃそうだろうな。捜査官の前に立つのはこれが初めてだからな」

 

「ふん、喰種(クズ)が一匹増えようと状況は変わらんさ。お前たちはここで死ぬのだからな」

 

 

 今までは箱持ちの捜査官を見かければすぐにその場から離れて接敵しないように心掛けていたので、俺の事を知っているのは喰種のみ。だからこそ目の前にいる捜査官が俺の事を知らないのは必然のことだ。

 

 

「やれるものならやってみろよ、人間風情が」

 

 

 軽い挑発をしてから赫眼を発現させて様子見で腰部から鱗赫を4本だけ露出させる。目の前の捜査官は見ればまだ若いし20区を探索するぐらいだからこれで十分だろう。

 俺が赫眼で右目だけ赤黒くさせたのを見て、白髪の男は表情が変わる。

 

 

「見たことの無い隻眼の喰種……亜門くん」

 

「はい」

 

「どうやら私たちはとんでもない大物を釣り上げたかもしれないぞ」

 

「みたいですね。とんでもない威圧感を感じます……真戸さん」

 

 

 相手の二人もクインケを持ち直し、此方に向き直る。相手も様子見をしているのかかかってくる気配がない。

 

 

「どうした? 来ないのか? こっちはわざわざ待ってやってるんだ。少しは退屈しのぎになってくれよ」

 

「調子に乗るな、喰種(クズ)の分際で!」

 

 

 また軽く挑発をすると、若い男の方が甲赫のクインケを振り下ろしてくる。

 それを赫子二本で受け止めたが、甲赫を使っている割には軽い。やはりこんなものか。

 それを弾き返してから、腰から露出させた触手で若い方の捜査官が手に持っている甲赫のクインケを叩きに行こうとすると、その後ろから蛇腹が伸びてきて俺の赫子を切り裂かれる。

 切り裂かれた赫子を再生させてから、鱗赫でいつでも弾くことが出来るように体勢を整えたところで、白髪の捜査官がゆっくり口を開いた。

 

 

「喰種にこんなことを尋ねるのはあれだが、一つ聞かせてほしい」

 

「……なんだ?」

 

「お前は隻眼の梟と面識はあるか?」

 

「ある、と言ったら?」

 

「そうか……。ならば見逃すわけにはいかない……な!」

 

 

 手に持っていた鱗赫のクインケで俺の横からその蛇腹で斬りかかってくる。

 それをしゃがんで躱すと上から若い方の捜査官が甲赫のクインケで俺を叩き潰そうとしていたので、それを受け止めてから上に弾き返す。

 

 

「貴様…何故まともな攻撃をしてこない? 私たちを舐めているのか?」

 

 

 先程からのやり取りで相手は俺の戦い方を察したようだった。

 俺は例え白鳩であろうと人殺しはしないと自分に誓っている。故に致命傷が入るような攻撃はしない。だからこそ武器だけを狙って無力化を測る。それが俺のやり方。

 強いて言うなら、捜査官を相手にするのは初めてだから手探り状態で戦っている。そこにつけいられる隙があるかもしれないぐらいだが。

 

 

「はっ、勘違いするな。俺は人殺しはしねぇ主義なんだよ。……例え白鳩だろうとな」

 

「まるで俺は人間だとでも言うつもりかね?」

 

「だとしたら?」

 

 

 俺がそう答えると、ガリガリの捜査官は右目を見開いて叫ぶ。

 

 

「くだらないなァ! 喰種(クズ)はどう足掻いたところで人間にはなれないというのに!」

 

「勝手に言ってろ。俺はこのやり方を変えるつもりはない。お前らと遊ぶのはもう終わりだ……ここらで撤退させてもらう」

 

「逃がすと思ったか、喰種(クズ)め!」

 

 

 しなる蛇腹を上から叩き込もうと上から振られるが、先程切り裂かれたのを加味して鱗赫を三本を一つの太いロープのように束ねてから受け止める。

 相手の棘が付いたしなるクインケに赫子の鱗をガリガリと削られる。前で鱗赫を対応している後ろから大振りの甲赫を振られていることに気配で察知する。それに対しては新たに腰部から鱗赫を出すことで対応。残りの余った赫子でぐったりと倒れているリョーコさんを優しく持ち上げた。

 撤退する準備が整った所で撤退するために鱗赫で捜査官の二人の足を払って転ばせる。

 相手が転んだ隙にリョーコさんを赫子で抱えたままジャンプして俺は近くの建物の屋上から屋上へと素早く移動してあんていくを目指し撤退した。

 

 一方、比企谷が撤退したその場で捜査官の二人は先程の戦闘での振り返っていた。

 

 

「真戸さん……笛口親子共々、逃がしてしまいましたね……」

 

 

 クインケをアタッシュケースに戻して、そそくさと傘を拾い上げてから二人は支局に向かって歩き出す。

 

 

「戦ってみて分かった事だが、奴はかなりの大物だ。生きていただけでも幸いだよ、亜門くん」

 

「そんなにヤバいやつには見えませんでしたが……」

 

「最後の一瞬、奴は鱗赫を新たに発現させた。それを見るに、だいぶ手加減されていたようだ。レートはそうだな……少なくとも推定S+はある」

 

「俺がもっと強ければ……」

 

「仕方ないさ。何せ奴は隻眼だったからな。やれやれ、とんだ大物を釣り上げてしまった。この事は帰ってきっちり本局に報告だ。鬼の面を付けた隻眼の喰種が現れた、とね」

 

 

 しとしと雨が降る中でやる事は山積みだと呟いてから、二人はその場を離れた。

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