二人の箱持ち捜査官からなんとか逃れてから俺はリョーコさんを抱えてあんていくに逃げ込んだ。
店内に入ると業務をしていた小間さんと芳村さんが迎えてくれたが俺の腕の中にいるリョーコさんを見て表情が険しいものに変わる。リョーコさんの怪我の具合を軽く見てから芳村さんが二階の部屋に案内をする。
リョーコさんをソファに寝かすと芳村さんはすぐに俺を部屋から追い出したが、芳村さんの方が適切な処置が出来るだろうから当然の判断だろう。
その後は俺は芳村さんに言われたものを取ってくるぐらいの手伝いしか出来なかったが、それでもリョーコさんを救えるならと使いっ走りを引き受けた。
まだ手伝いがあるかもしれないと部屋の前で立っていると、暫くしてから扉が開き芳村さんが出てくる。
「ひとまず笛口さんは無事だ。比企谷くんのおかげでね。ありがとう」
「いえ、リョーコさんが無事なら良かったです」
「とりあえずこの後のことは明日、落ち着いて話そう。トーカちゃんも試験が終わるから明日からまた来るはずだ」
「俺は皆と少し仲がいいくらいの……あんていくに通っているただの客ですが……いいんですか?」
「もちろん。比企谷くんはもうとっくにあんていくの仲間だよ」
「……ありがとうございます。とりあえず、今日は帰ります」
部屋を出てから下の階に降りると、今帰ってきたであろうカネキとヒナミが雨でずぶ濡れになった身体で此方を見ていた。それから業務をしていた小間さんも心配そうな瞳でこちらを見ている。それだけリョーコさんのことが心配なのだろうという事が窺えたのでそれに応えた。
「とりあえず……リョーコさんは無事です」
「それなら良かった。カネキくん、ヒナミちゃんもだけど、体を拭いといで。そのままじゃ風邪を引いてしまうよ」
「はい、そうさせてもらいます……さ、行こうヒナミちゃん」
ヒナミを連れてカネキは二階に上がる。小間さんは平常を装って業務をしているが心配しているからか、そわそわしたような様子だった。
「じゃあ……俺帰るんで……また明日来ます」
「オーケー、じゃあまた明日。比企谷くん」
「……はい」
明日の話し合い…昨日起こったことは正直に話した方がいいだろう。あんていくの皆に迷惑をかけない為にも。
握り拳を作って思わず力むと、手のひらが少し切れたのか、一雫ほどの血がアスファルトの地面に流れ落ちる。
その翌日の午後四時頃。あんていくには霧嶋を除くあんていくのメンバーが集められていた。
「この後のことを話すために今日は皆に集まってもらった。笛口さんの事とか、この後の事とかをね」
「とりあえず、昨日の状況をまず当事者の俺が話します」
そして、少しずつ昨日のことを語り出す。俺が来た時点でリョーコさんがボロボロだったこと。捜査官が四人は確認できたこと。そのうちクインケを持っていたのは二人であったこと。そして……俺の隻眼がバレたこと。
「比企谷くんの隻眼が相手に伝わってしまったか……」
「まあ……今まで捜査官にバレるのは避けたかったんで、見ても顔を隠して接敵しなかったんですけど……昨日はパーカーじゃなかったのと、顔を隠せるものが鞄に入ってたこれしかなかったもんで……」
そう言って鞄から取り出したのは昨日付けていた鬼のお面。昨日の戦闘では傷付けられずに済んだのでなんとかなったが、耐久性は相変わらず弱い。
「それでも、比企谷が介入していなかったら笛口さんは確実にやられていたから……仕方ないだろう」
「そうよ、だからあまり自分を責めないで。私たちは気にしていないから」
ポツリ、と四方さんがそんな言葉を洩らし、入見さんが俺を慰める。
「問題なのはこの後の事だろう? 比企谷くんが相手にどう伝わったかだ」
「そうね……隻眼である喰種が現れて、尚且つ軽くあしらわれた、と思ってるんでしょうし」
小間さんはこの後のことを見据えて話し、入見さんもそれに頷く。
そう、問題はこの後だ。俺が間に合っていなければ20区に配置された白鳩は変わらずだっただろうが、俺が介入した事によりそれがまた分からなくなったのだ。入見さんや小間さん達が話しているのを黙って聞いていた芳村さんがゆっくり口を開いた。
「比企谷くん、昨日使った赫子は鱗赫であって
「そうですね。リョーコさんを守りつつ相手を致命傷に至らしめないよう相手をするのは鱗赫じゃないと出来なかったんで……。羽赫を使った戦闘は先手必勝、短期決戦。この二つが揃って初めて有効的に使える赫子なんで……」
鱗赫は再生能力に優れていて手数や攻撃力も十分な赫子だ。羽赫は攻撃のバリエーションも広く、遠距離も近距離もできるので攻撃にかなり特化した赫子。その代わりにRc細胞を放出し続けるという性質上、消耗が激しいので長い戦闘は不向き。そのため鱗赫も持っている俺が羽赫を使う機会はとても限られる。
「あまり危険な存在だと思われたくなかったんで鱗赫四本で対処してたんですけど、咄嗟に自分の身を守るってことで五本目出しちゃったんで……相手にはまだ余力があるとは見られてると思います」
「二種持ちというのもバレていたら危なかっただろうね。とはいえ、比企谷くん……特等捜査官が出てくるのは覚悟しておいた方がいい」
「……やっぱりそうですか」
特等捜査官。喰種捜査官の階級で一番上。つまり、現場で喰種と戦闘する捜査官の中では一番強い人ということになる。
それだけ、俺は危ない橋を渡ってしまったと芳村さんには見えているのだろう。
「でも笛口さんを助けられたのは不幸中の幸いだよ。暫くの間、笛口さんはあんていくで匿うつもりだ」
「いや……リョーコさんは俺が守ります」
「比企谷くん一人では辛くないかい? 何かアテがあると?」
「まァ……あるにはあります。……あんまり頼りたくない相手ではあるんですけどね」
一人だけ、いや正確には一組織だけアテがある。その組織は俺を欲しているし、俺が困っていると知ったら力を貸してくれるだろう。匿う代わりに条件を付けられそうではあるが。
しかしこれもリョーコさんとヒナミを守るためと思えば安い代価と言えるだろう。それにあの組織はあんていくとは比較できないほどに大きくなってきているし、なによりもあいつが居る。
「リョーコさんが回復したら俺は笛口親子を連れて20区を出ます。皆さんに迷惑はかけられないんで……」
「決意は……固いようだね」
俺の表情を見て芳村さんも頷く。それに連動するように部屋にいる皆が一斉に俺の方を見る。芳村さん、四方さん、小間さんに入見さん。そして、カネキ。
「もう少しの間だけ、世話になります」
「何か困ったことがあったらいつでも言ってくれ比企谷くん。この魔猿がいつでも力を貸そう!」
「小間くんだけじゃなく、私もね」
小間さんも入見さんもそうだが、本当にあんていくの人達はいい人が揃っている。これなら、カネキの事は何も心配せず出ていける。
この後、芳村さんは下の階に降りて霧嶋を連れてきてから今起こった話し合いの結果を話した。霧嶋があんていくの皆が居ればなんとかなると強く反発したが、俺が迷惑をかけたくないと話すと何処か寂しそうにしながらも分かってくれた。こうしてあんていくでの今後についての話し合いは終わった。
リョーコさんは一命を取り留めたばかりで寝たまま目を覚ましていない。ヒナミも母親のリョーコさんの傍で一緒に寝ている。今日はもうやることが無くない。ひとまず家に帰るためにあんていくを出ようと階段を降りて扉に手を掛ける。そのまま出ていこうとしたところで後ろから芳村さんに待ったと声を掛けられ振り返った。
「比企谷くん、君に渡す物があった」
「渡す物……?」
「これだよ」
そう言って取り出したのは、一つのマスク。
広げると、鬼のお面にも似ているようで似ていない真っ黒なフルフェイスのマスク。両目の部分はくり抜かれて俺の隻眼が分かるように作られたそのマスクは物語とかに出てくる悪魔に似ているような形状をしていた。
「……なんですか? このマスク」
「今朝、ウタくんが君のはすぐにインスピレーションが湧いたからすぐに出来たと言って持ってきたんだよ。カネキくんのをまだ仕上げてないからと帰ってしまったけどね」
「ああ……ありがとうございます。じゃあ、今度こそ帰ります」
「うん、またおいで。いつでも歓迎するよ」
ついド忘れしていたが、マスクの採寸をしたんだった。リョーコさんの事が心配で頭からすっかり抜けていた。にしたって趣味悪いマスクだこと。別に構いやしないけど。
マスクを受け取って今度こそあんていくを出てしばらく歩くと、数人が俺を付けていることに気づく。その様子を見るからに人気がない所に行くのを待っているようにも見えた。俺は付けてきているのは白鳩だと当たりをつけて路地に入ってから貰ったばかりの趣味の悪いフルフェイスのマスクを付けてから振り返って隠れているであろう人物に向かって叫ぶ。
「おい、俺の事つけてるのは分かってんだ。出てきたらどうだ?」
「……バレたか。それなら仕方ない」
さあ、その顔を見せてみろ。どんな特等捜査官が来たんだと振り返ると、そこに立っていた人物は。
「……待機」
「……おいおい、冗談キツイぞ。いくら特等の顔を知らん俺でも知ってるぜ、お前の事は……。なんでここにいるんだよ」
そこには絶望的すぎる人物が立っていた。
「……少し、興味があったから会いに来た。新たに発見された…隻眼の喰種に」
「CCGの死神……有馬貴将……こりゃ、本気出さないと死にそうだな……」
会ってしまったが最後。その喰種は必ず命を落とすとまで言われ、恐れられている無敗の捜査官。有馬貴将がアタッシュケースを持って悠然とそこに立っていた。