体内で今まで喰らってきた喰種達の声がする。身体をよこせ、何故私を殺した、何故目の前の人間を殺さないと。
俺の目の前にいるのは、どんな攻撃をしようと傷一つすら付けられない死神。俺の様子を伺っているのか、目の前にいる死神は動かない。動こうとしない。
このまま戦えば俺は、間違いなく駆逐されてしまう。それだけは嫌だ。だからといって目の前の人間を殺すのも嫌だ。喰らうのも嫌だ。そんなことをしてしまえば。俺はもう、母が生涯愛した人間を愛せなくなる気がした。そんなことをしてしまえば、俺の愛している彼女の前に立てなくなる気がした。
けど、もういいのかもしれない。精一杯戦った結果がこの力の差。今死ねれば、俺の愛した人達には手が及ばないだろう。だから俺はここで死ぬべきなんだと。そんな諦めた想い。
『本当にいいのか』
走馬灯が駆け巡る中で声がした。
誰だか知らないがもういいんだ。生きるのに疲れてしまった。身体は血だらけでこんな死に際になって、何故こんなに必死になってもがいているのかも分からなくなってしまった。
『お前の帰りを待つ者がいるのに、お前は本当にここで死んでしまうのか』
もういいじゃないか。この死神を相手にどうしろと。
『お前が死神に勝てない理由。それは、喰種のくせに人間であろうとしてるからじゃないのか』
うるさい。黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!
『そうやって死んで逃げるのか。愛する人間を残して』
ああそうだ。俺を愛してくれるあいつを残して俺は先に逝く。死神を相手にここまで生きようと頑張ったんだ。あいつも許してくれる。
『本当にそう思っているのなら愚か者だな、お前は』
じゃあどうしろって言うんだよ!俺は精一杯戦ったんだ!まだ制御しきれない赫者になって、相手の間合いを把握して攻撃をした。それでも、目の前のあいつはそれをことごとく捩じ伏せた。出来る事は全部やった。
『いいや、お前はまだ何もかもを出し切れちゃいない』
……何を根拠にそんなことが言える。お前に俺の何が分かるってんだ!!
『分かるさ。何故なら、俺は。お前だからだ』
何を言ってるんだ。俺はここにいる。巫山戯るのも大概にしろ。
『巫山戯てなんかないさ。お前が人間としての比企谷八幡ならば、俺は喰種としての比企谷八幡だからだ』
何を言ってる。俺は俺だ。お前なんか知らない。
『お前が見て見ぬふりをして逃げ続けたからだろう。俺はずっとここにいたぞ』
そうかもしれない。人間と喰種の間に生まれ、半喰種として誕生してから俺は人間として今までを過ごしてきた。何故なら俺の大好きだった母親が、人間を愛していたから。そんな姿を見ているうちに、それが当たり前なんだと思うようになった。喰種なんていないんだと幼い頃の俺は見て見ぬふりをした。
半喰種は二種類存在する。喰種の臓器を埋め込まれて人間から半喰種になった人工型と、人間と喰種で種を交わして生まれた天然型。
天然型の半喰種は人工型の半喰種や純粋な喰種と違って何故か人間の食べ物を摂取しても吐き気を催さない。それが余計に俺は人間なんだと思い込んで逃げ続けた理由なのかもしれない。
しかし、高校卒業を間近に控えた二月。用事があって東京にいた俺は、俺と同じ天然型の半喰種のエトと出会った。今思えば、そこから俺は喰種としての自分を少しだけ受け入れたのかもしれない。だからこそ総武の奴らを巻き込むまいと行方を眩ませた。しかしそれでも足りない。目の前の死神を超えるには。
『俺を受け入れろ。そうすれば、お前の中に蔓延る喰種共は俺が黙らせてやる』
お前を受け入れれば、俺は赫者を制御できて有馬貴将に勝てるのか。
『それは分からない。奴の実力は未だ底が見えていない。だが、お前が俺を受け入れれば、もしかしたら一矢報いることは出来るかもしれないぞ』
だが、お前を受け入れてしまったら。俺は、もう人を愛せなくなってしまうんじゃないか。それだけが心の中で不安が広がっている。
『俺を受け入れたからってお前は変わるのか? 違うだろう。お前はお前だ。いつかお前がカネキを拾ってあんていくに連れていった時。芳村さんがカネキに言っていた言葉をお前も聞いただろう。人の世界を知り、喰種の世界を知っている君は、両方の世界に居場所が持てる存在なんだと。それはお前も一緒じゃないのか』
ああ、そんなことも言っていたかもしれない。
『お前は何故戦っている? 戦う理由はなんだ。思い出せ』
俺の戦う理由……。それは……守るためだ。俺を愛してくれる人を。俺を仲間と言ってくれる喰種を。
『誰も失いたくないのなら、醜くても足掻け。最後まで。愛する人を守るために。その結果、相手が致命傷を負ってしまったなら、それは相手の落ち度だ。こちらは守るために戦っているのだから。避けられなかった相手が悪い、それだけだろう?』
そうだ。俺は守りたい。アイツらを。雪ノ下を!
『さあ、反撃の時だ。目の前に立っている死神に目にものを見せてやれ』
俺は……こんな所じゃ終われない。終わってたまるか!!
自分の世界から開放されて顔を上げれば、白い死神がその冷めた瞳で俺を見ていた。
喰種としての自分を受け入れたからか、頭の中はすっきりしていて、今まで喰らってきた喰種達の声も聴こえなくなっていた。
「……目は覚めたか」
「……ああ。俺はもう迷わない。俺の帰りを待ってくれるヤツらの為に。こんな所じゃ死ねない!」
「……良い目だ。ようやく……少しは本気を出せそうだな」
そう言って目の前の死神は両手で持つ二本のクインケを構える。
それに応じるように俺も腰部から出ている鱗赫を伸ばすと、まるで羽赫とは別に細い翼が六枚生えているかのように見える程に形が変わっていた。喰種の自分を受け入れたからだろうか。
「こっからは……本気で行かせてもらうぞ、死神」
「……こい」
グッと力を貯めてから、それを一気に解放して有馬貴将に詰め寄る。
「……速いな」
そう呟いた奴は黒いランスで下からすくい上げるようにそれを振ってきた。その攻撃を細い翼のようにも見える鱗赫で防ぐと、二本ほど斬り飛ばされる。
前の俺ならそこで二撃目を恐れて引いたはずだが、今は違う。
そんな攻撃を今更気にしないかのように踏み込んでから有馬貴将の顎にいつの間にか傷が治っていた右腕を使って鋭い針を刺すようにアッパーを仕掛けると、有馬が白い方のレイピアで俺の肘から下の腕をぶった斬った。しかしそれも計算通り。
右腕が斬られ、肉と骨が剥き出しの腕でそのまま有馬貴将を叩きにいくと、頭を後ろに仰け反らして躱される。
これが駄目なら次の手だと言わんばかりに、躱した頭に向かって羽赫で左から斬りつけにいくとそれは黒いランスで俺の胴体を叩いて後ろに吹き飛ばされた。
吹き飛ばされながらも空中で体勢を整えながら、先程斬られた鱗赫を再生させてから壁に突き刺してそのまま垂直に立った。
「……中々いい動きになったな。デビル……」
「ちっ、こんなに仕掛けても掠りもしないお前に言われたくないな」
未だ涼しい顔でこちらを見据えるそいつに、今度はどう仕掛けてやろうか考えていると、有馬貴将は白いレイピアをこちらに向けた。何をするつもりだ?
「ナルカミ」
奴がそう呟くと、白いレイピアが開いてバズーカのように砲身を露わにして電撃をこちらに飛ばしてくる。
まだそんな攻撃が残ってんのかと驚きながらも羽赫を使って空中に逃げて腰から伸びた触手を有馬に目掛けて放つ。
鱗赫の連打を避けながらも有馬は黒いランスで叩いてそれを弾きながらナルカミと呼んだクインケでこちらに遠距離攻撃を仕掛けてくる。
鱗赫の攻撃を止めてから空中で漂うのをやめるように地面に降り立って雷撃を躱す。こちらも負けじと羽赫で電撃を飛ばすとそれを読まれていたかのように避けながらも、どうしても躱せないものだけ黒いランスを盾に形状変化させることで対処される。
「今だ!」
盾になって視界が塞がれた一瞬を付いて全速力で有馬貴将に詰め寄るも、俺のスピードに鱗赫が着いてこれないようで、仕方なく左こぶしで盾になったそれを殴りつけると、有馬は後ろによろめきながらバク転して着地をした。
「……今のはいい攻撃だったな」
「そりゃどうも。俺の身体に鱗赫が付いてこれたら赫子で攻撃したんだけどな。流石に殴った方が早かったわ。……上手く体勢立て直されちゃったけど」
黒いランスのクインケが傷ついた様子はない。やはり赫子じゃなきゃへし折ることは無理らしい。
そうしてまたお互いに睨み合うも、有馬は突然クインケをアタッシュケースに戻した。
「……何故クインケを仕舞った?」
仕舞う理由が分からず有馬貴将に問い詰める。
「言っただろう。お前に会いに来たと。お前の実力は知れた。これ以上の戦闘は…必要ない」
「無敗の捜査官のお前が、俺を見逃す理由にはならないんじゃねえのか?」
「…………詳しいことはエトに聞け」
「…………なんでお前の口からエトの名前が出てくるんだよ」
「…………さあな。隻眼の悪魔……デビル。……期待している」
最後に意味深な言葉を残して有馬貴将は部隊を連れて去っていった。その言葉の意味が分からず、俺は斬られた腕をくっつけようとしながらも戦闘していたその場で立ち尽くしていた。