孤高の喰種   作:湊眞 弥生

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7 行方

「クソっ……腕がくっつかねぇ……」

 

 

 有馬貴将に斬り落とされた右腕を再生させようとしてもその兆しが訪れない。皮だけが無駄にくっついて肉と骨は繋がらず治癒力が行き届いていない。まさにぶら下がっているだけに等しい右腕だった。

 傷が出来ていればそこから血は流れ出ていくし、それは戦闘中でも関係ない。そして血が足りなくなれば瀕死にもなるし再生だって出来やしない。だからこそ治癒力が発揮できていないのだ。

 有馬貴将との戦闘を振り返ってみれば、俺ばかりが攻撃を貰って有馬貴将には傷一つすら付けられなかった。思い返す必要もないほどの完敗。それなのに有馬貴将はあれで本気ではなく、俺が死なない程度に手加減をしているというのだから本当に人間なのか疑いたくなってくる。

 

 

「血を流しすぎたのか……。肉……誰でもいい……」

 

 

 肉を食って回復しなければと思っていても身体は言うことを聞かず、その場でへたれこむ。立ち上がる気力すらない程に。

 対峙している時は奴に一矢酬いる為に気力で立っていて、その有馬貴将が立ち去って安堵した途端に全身に力が入らなくなった。そこまでの死闘には見えないかもしれないが、有馬貴将と向き合うと喰種達は自分の死を覚悟する。それ程に有馬貴将の圧力は凄みがある。

 建物の壁に寄りかかり、貫かれた腹も治そうと試みるがそれもダメで未だに俺の身体からは血が流れ続けている。

 

 

「こん……な……ところでっ……死ねるかっ……」

 

 

 血を流しすぎたのと、慣れない赫者によって全身の力は入らずその場で倒れ込む。

 既に赫子は消滅していて、悪魔のマスクの右目から赤黒い目が見えているだけの死に損ないにしか見えない喰種。

 残った左腕と力の入らない両足で路地をまるで芋虫のように這いずり回る。

 今の身体の調子だと後一回くらいなら赫子で攻撃は出来るだろうという力しか残されていない。

 肉が食いたいという欲求で支配されているが、路地から出ることは出来ない。もしこんな状態で路地から出てしまえば、人々は喰種の死に損ないがいると大騒ぎしてあっという間に白鳩の手によって駆逐されてしまうだけ。それだけは避けなければならない。

 とはいっても、喰種の狩場である路地なんかにわざわざ入ってくる人間もいない。

 

 

「俺……い、ま……なに、を…………」

 

 

 人殺しはしないと決めているのに頭の中は人間でもいいから食わせろと叫び続ける。嫌だ、人間は食いたくない!人殺しは嫌だ。

 

 

「い、やだ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だァァァァァァ!!」

 

 

 嫌だと叫んでも更に血を流しすぎて力は出なくて、さっきまでは出せたかもしれない赫子も血の流しすぎでもう出てこない。本当に死ぬ一方手前だった。

 意識も朦朧としてきた中で、路地で誰かが歩いてくる靴の音が鳴り響く。

 その足音はこちらに近寄ってきていて、やがて目の前まで来ると音が止まる。

 

 

「なーんか死に損ないが倒れてるけど……見覚えがあるんだよねぇ…………」

 

 

 若い女性の声が上から聞こえた気がした。身体はもう言うことを聞いてくれず顔を上げることもできない。

 もう誰でもいい、助けて欲しい。

 

 

「た、す……け…………」

 

「……ふーん、誰かと思ったら……今日は非番なんだけど……まぁいいか」

 

 

 身体を持ち上げられた気がしたが顔を確認することも出来ない。それぐらいに俺は弱り果てていた。

 誰だか知らないが助けてくれた事に感謝を述べたいのに、口も開かず声ももう出ない。どうなるかは分からないが、もし生きていたら、その時は起きた時に考えるとしよう。今は……寝ててもいいだろう。

 そうして安心すると、俺は意識を手放した。

 

 

****

 

 

「クソモヤシ……アンタ、比企谷さん最近見てないの?」

 

「うん……、大学にも来てないみたい……。どうしたんだろう……」

 

 

 リョーコさんの一件から数日が経った。リョーコさんもすっかり回復して今はあんていくで匿われて生活している。

 この間、リョーコさん達が回復したら比企谷先輩が連れていくという約束だったんだけれど、肝心の比企谷先輩がここ数日の間あんていくに訪れることは無かった。

 

 

「比企谷さんに限って、白鳩に狩られた心配はないと思うけど……」

 

「もしかして……この間言ってた特等捜査官?にやられちゃったのかな……」

 

「バカな事言ってんじゃねェよ! 比企谷さんがやられるもんか!」

 

 

 ボクが思ったことを呟くと、トーカちゃんは顔を歪めて怒鳴る。その怒鳴られた拍子にボクの体が少しだけ震えた。こんなトーカちゃんは初めて見る顔で、それだけ尊敬していたのが伺える。

 

 

「比企谷くんなら心配いらないだろう」

 

「店長……でも!」

 

「今、四方くんもあんていくの手伝いをしながらも探してくれている。私たちに出来ることは、無事であることを祈るだけだ」

 

 

 お客さんに出す珈琲を淹れながら店長はトーカちゃんを宥める。

 ボクもボクで、大学に通う度に比企谷先輩が来ていないか確認はしている。けど、いつも見つからない。ヒデにも聞いているが、ココ最近は見かけていないとのこと。本当なら比企谷先輩の知り合いに聞くのが早いんだろうけど、あの人が大学で誰かといる所を見た事がないので手詰まりだった。

 比企谷先輩の知り合い……そうだ、これだ!

 

 

「あの、店長……」

 

「どうかしたかな、カネキくん」

 

「比企谷先輩の高校の頃のお知り合いって……この店に来たことないんですか?」

 

「比企谷くんの知り合い……。一度だけ、あるかもしれない」

 

「ホントですか!?」

 

「あれは、比企谷くんがまだ私たちと親しくなる前の時だから……比企谷くんが大学に入ったばかりの頃じゃなかったかな。同じ歳くらいの女性とこの店に来ていたよ」

 

 

 ビンゴ!もしその人を探せるならもしかしたら比企谷先輩が今何処にいるのかが分かるかもしれない。

 

 

「店長、その人ってどんな感じの人でしたか?」

 

「そうだね……肩ぐらいまで伸ばした茶髪で、少しウェーブした髪型だったかな。カネキくん、その人を探すつもりかな?」

 

「はい、もしかしたら比企谷先輩の居場所の手がかりになるんじゃないかって思って……」

 

「それなら……千葉県の海浜総合高校の辺りに行くといい」

 

「千葉県……?」

 

「ちょっとだけ聞こえた会話の中に、海浜総合高校を卒業して…というのが聞こえてきてたから、もしかするかもしれないよ」

 

 

 千葉県……思いがけず比企谷先輩の地元を知ってしまったかもしれない。けどこれは大きな一歩なのは確かだろうし、万が一が有り得るかもしれない。

 

 

「早速、次の土曜日に行ってみます」

 

「モヤシ、アタシも行く。あんただけじゃ比企谷さん探すの時間かかるでしょ」

 

「トーカちゃん……」

 

 

 それだけトーカちゃんも心配をしているのだろう。それに、トーカちゃんの言うことも一理ある。ボクだけで探していたら何日かかるか分からない。

 

 

「うん、一緒に行こう。海浜総合高校……最寄り駅は……海浜幕張?」

 

「それじゃ、土曜日に海浜幕張駅前に10時。遅れたらぶっ殺す」

 

 

 ……やっぱりトーカちゃん怖い。

 

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