孤高の喰種   作:湊眞 弥生

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8 出会い

 アタシが比企谷さんと初めて会ったのは、あの人があんていくに客として来た時だった。

 ボサボサに伸びっぱなしの髪に頂点は重力に逆らって立っているアホ毛。身長も至って平均的。目はこの世界の汚い所を見続けていたのではないかと例えてもおかしくない腐り具合で、喰種によく間違えられそうな目付き。パーカーで隠れていてよく見えないけど、人並み程度には鍛えられてそうな体格と言えなくもない。見ようによってはヒョロいと表現できなくもないかもだけど。匂いも普通の人間と変わらない。

 

 店長曰く、この間彼女かは分からないが茶髪の女性と一緒に来店していたらしい。アタシは初めて見た客だったから、その時は出勤日じゃなかったんだろう。

 本当に普通の人間。それがアタシから見た、比企谷さんの第一印象だった。

 アタシは喰種で、人間にバレないように生活を送らなければいけないのに、なんでこんな奴が普通に生活できるんだって世界を恨んだ程だ。

 

 そんな恨み籠った目で見たい気持ちを抑えて注文を取りに行くと、あんていくブレンドの珈琲だけを注文してきた。

 注文を受けて珈琲をカップに注いで持っていくと、彼のドロドロとした目は真っ直ぐにこちらを見ていた。まるで観察されているようでとても気持ち悪かった。

 アタシの事を見る客はよくいるし慣れたもの。アタシはそう思ってなかったけど、あんていくの看板娘として皆にも親しまれていたから。しかし、こんな観察するように見られたのは初めてで、人間のくせに生意気な目で見るなと思わず身体が震えそうになったのをよく覚えている。

 何を考えているかよく分からない目付きそのままに、彼は恐る恐る話しかけてきた。それがアタシと比企谷さんの交わす初めての会話だった。

 

 

「あの……ここにいる人たちってもしかしなくても皆喰種だったりします?」

 

 

 本当にビックリした。いくら他のお客さんに聞こえなかろうと、小さな声でそう問いかけてきた彼を思わず睨む。

 それが分かってどうして人間がこの店に来たのか不思議に思う。

 だからこそ、アタシも言い放つ。

 

 

「……それが分かってなんでこの店に来たの。アンタ人間でしょ?」

 

 

 答え次第では殺すと己の心に決めてまた睨む。お客さんにこんなことしちゃいけないけど、生きて返してはいけない。そんな直感がアタシに下されていた。

 

 幸いにも店内に人間のお客さんは目の前の男しかおらず、他は皆喰種だったからつい頭に血が上ってしまった。反省しなければと自分を戒めて冷静になる。

 

 問い掛けられてから改めてその目を見ると、今までにも色々な物事の本質を見抜いてきたのではというその冷たい眼差しに思わず吸い込まれそうだった。

 

 

「この間初めて連れとこの店に来た時、珈琲美味しかったし……」

 

「いくら美味しかろうと、ここにいる人達が喰種だって分かったら人間じゃ普通は近寄らないでしょ」

 

「普通はそうだろうな……まァ……俺が普通じゃないってことで納得してくれ」

 

 

 本当になんなんだと呆れる程に危機感が薄い人間を尻目においてアタシは業務に戻る。その日、その男と会話を交わすことはこれ以後無かった。

 

 それからもその男は度々店に来ては珈琲だけ飲んで帰っていく。その度に注文を取るのはアタシだった。

 そんな日々が続いたある日。外は沈みゆく赤い夕陽に照らされ、そろそろ夜の帳に街が包まれて喰種が活発になり始める時間に、店の扉についた鈴が鳴る。

 

 

「いらっしゃいませー……って、またアンタか」

 

「客に向かって第一声がそれはどうなんだよ……。店員として……」

 

 

 そろそろアタシも上がりの時間に差し掛かった頃に来店してきた客を挨拶で迎えると、またこの男かと分かって思わず愚痴に似た言葉が零れる。アタシの態度を見て、男は溜め息をつきながらアタシの態度に苦言を呈した。

 

 懲りずによく来るものだと思いながらも席に案内してカウンターに戻って、お客さんが使ったお皿やカップを洗う。その作業を行いながら先程来た男を見ると、メニュー表を見ながら唸っている。唸った所で、コイツは珈琲しか飲まないのに何をそんなに悩んでいるのか。

 洗い物が一段落した所で声がかかったのでメニューを取りに行く。

 

 

「……注文は?」

 

「俺に対しての態度……もういいけど……」

 

 

 慣れたものだと言わんばかりのそれについイラついてアタシもムキになった。

 

 

「さっさとして。アタシはアンタと一緒に居たくないの」

 

「そりゃ見れば分かるけど……エスプレッソで」

 

「かしこまりました、少々お待ちください」

 

 

 ムキになってしまう所がまだまだ子供だと自分で分かっているつもりでもつい態度に出てしまうのはアタシの悪い癖。それを中々治せないのだから余計にタチが悪い。

 注文されたものをカップに注いで席に持ってくと、男はまたアタシに話しかけてくる。

 

 

「そういや……知り合ってんのにお前の名前知らないんだけど」

 

「名札ついてんだから見ろよ」

 

「いや、霧嶋ってのは分かる。下の名前は?」

 

「知ってどうすんの?」

 

「どうもしない。ただの自己満足だが……」

 

「なら教えない。教える義理もないし」

 

「嫌われたもんだな……ほんと」

 

 

 ヤレヤレとまた溜め息を吐くその態度を見て、余計に教えてやるもんかと心に決めた。

 ふと気になって時計を見れば、アタシはもう上がる時間になっていた。

 

 

「じゃあアタシ上がりだから……後はあの男の人に注文して」

 

「はいはい、お疲れさん」

 

 

 帰宅するためにすっかり暗くなった道を歩く。アタシが歩いてる道に転々と存在する店は既に店じまいの準備に取り掛かっている。

 あの男と邂逅してからというもの、あんていくに出勤する度にあの男の顔を思い出して心がざわつく。恋とかそういう類では決してなくて、ただムカつくというだけ。

 あの全てを見透かすようなドロドロとした目で見られると、まるで自分の心が素っ裸に剥かれたみたいな嫌な気持ちになる。これもただの思い込みかもしれないけれど、そんな気持ちにさせられてしまう。

 

 

「……あァー!もう!なんでアイツのことなんか……」

 

 

 考えてるだけでイライラして頭を掻き毟る。

 何処にもぶつけようのない苛ついた頭で考えてみると、あの男が本当に普通の人間なのか怪しく思えた。

 あんていくに来てもいつも頼むのは珈琲だけ。前に連れと来たとは言っていたが、それ以来誰かと来た所を一度も見たことはなくていつも一人。そうやって考えていると本当はあいつも喰種なんじゃないかって思えてきて仕方ない。

 

 

「……なんて、考えすぎか」

 

 

 馬鹿馬鹿しいと捨て置いて、月に照らされた夜の帳の中を歩いて帰宅する。

 鞄を机に置いてベッドにダイブ。枕に顔を埋めていると、疲れが溜まっていたのか眠気が襲ってきた。

 制服のままで寝ると皺が寄ってしまう。それは避けた方がいいだろうとベッドから立ち上がると家のベルが鳴った。

 こんな時間になんだよと扉を開けると、そこにはあの忌々しい男が立っていた。

 

 

「はァ……アンタ……本当にストーカーかよ……」

 

「待て待て、俺はただ……」

 

「問答無用。ぶっ殺す」

 

 

 何故アタシの家を知っているとかそういうのを考える余裕も最早なく、赫眼を発現させて肩部から赫子を露出して棘を発射させた。

 これで死んだだろう。最近はまだ食事してなかったし今日はこいつでいいかと前を見れば、触手みたいなものがアタシが発射させたであろう棘を防いでいた。

 

 

「あっぶねェ……。いきなり何すんだよ」

 

「アンタ……喰種だったの」

 

「俺……以前お前に人間か訊かれた時に肯定してないはずだけど……」

 

 

 すっかり眠気で苛ついた頭で必死に思い返してみれば、確かに肯定はしていなかったかもしれない。ただ、自分は普通ではないと。

 それに。

 

 

「アンタの目……なんで片方だけ……」

 

 

 相手の赫子が視界から退くと、そこには右目だけ赤黒く染まった目でこちらを見る男がいた。

 なんで片方だけなのか気になって不思議に思うと。

 

 

「あァー……俺がハーフだから、と言えば信じてもらえたりする?」

 

 

 ハーフ。何処の国との?と思ったりしたが、この場合はそうでは無い。恐らく、人間と喰種のハーフ。

 

 

「そんなこと有り得んの?」

 

「じゃなかったら俺の存在はなんだって話だろ。つか、お前歳下だったのな。ほれ」

 

 

 そう言って男が渡してきたのは私の学生証。どうしてコイツがと思えば、アタシが口に出すまでもなく、答え始めた。

 

 

「いや……あの後帰ろうと店を出たらこれが階段のとこに落ちてたし、届けてやろうかと」

 

 

 それを聞いて、どんだけ律儀なんだコイツと思ってしまった。店の階段に落ちていたのなら、あんていくの店員に渡すだけで良かっただろうに。

 そんなことよりも、聞き捨てならない事を耳にした気がした。

 

 

「……アンタ、今なんて?」

 

「あ? いや、お前俺より歳下なんだなと」

 

 

 それはつまり、アタシより歳上であるということ。幾つなのか気になって思わず訊く。

 

 

「……いくつ?」

 

「……今年で19になるか。上井大学の一年。そういうお前は、清巳高校の普通科一年……つまり俺の三個下だな」

 

「……こんだけ歳離れてたら普通気づかない?」

 

「生憎とお前が働いてる時の制服しか見てないからな。高校の制服見てりゃ分かってただろうよ」

 

「アタシが店を出てく時に気づかない?」

 

「あの時は本読んでたし見てねぇな」

 

 

 コイツもコイツだが、アタシもアタシってところか。お互いに気づかないなんてどれだけ阿呆だったんだろうと。お互いに十代なら歳が三つも違えば普通は分かるというのに。それだけお互いがお互いに興味なかった証拠なのかもしれないが。

 

 

「……ありがとう、ございます」

 

「ま、終わったことだ、気にすんな」

 

 

 相手が歳上だと知って、言葉遣いも丁寧なものにする。目上の相手と会話する時の基本。

 そうやって会話を交わしていくうちに頭もすっかり落ち着いていて、赫眼と赫子を引っ込めれば、相手も赫子を引っ込めて右目の赤黒い目を普通の白い目に戻した。

 

 

「あ、あの……名前は?」

 

「俺? そういや言ってなかったか?……比企谷八幡だ」

 

 

 お互いに知り合ってから暫く経つが、名前を知らなかったことに気づく。相手はアタシの名前をあんていくの制服に書いてあるネームプレートで苗字だけ知っていたが、学生証を拾ったということだからもう下の名前まで知られてしまっているだろう。

 

 それから。彼があんていくに来る度に会話を交わしていくうちに他の皆も比企谷さんと打ち解けて、今ではすっかりあんていくの常連の喰種になっている。

 一度だけ実力が知りたくて、あんていくの地下で軽く撃ち合ってみれば結果はアタシの惨敗。軽く捻られたという表現が正しいかもしれない。

 なんでそんなに強いのか問いかければ比企谷さんは

 

 

「守りたい人がいるから、って言えばいいのか……。俺の母親は人間が好きだった。その生き方を見て、俺の母親はとても強い人なんだって。だから、俺も人間を愛して守りたい存在が出来れば強くなれるんじゃないかと信じて、今がある。まぁ……あんていくで過ごしてりゃお前もそのうち分かるようになるさ」

 

 

 それを聞いて以来、アタシは比企谷さんが実はとても凄い人なんだと尊敬するようになった。人間性でも、喰種としても。

 アタシがカッとなって相手に噛み付こうとする度に止めてくれたり、街中で会えば、嫌だと言いつつも買い物に付き合ってくれたりとお節介を焼いてくれる。

 第一印象の時とは違って、今では捻くれ者だけどお節介焼きの優しい人という印象に変わっていた。

 

 これが、アタシと比企谷さんの出会いの始まり。

 そんな比企谷さんが行方不明だと知って、今こそ今までの恩を返せると思ってついクソモヤシに一緒に行くと言ってしまった。

 

 

「トーカちゃん、遅いよ……」

 

「うっさい。ちゃんと来たでしょうが。さっさと比企谷さん探しに行くよ。確か……海浜総合高校だっけ?」

 

「う、うん。調べてきたから僕が案内するよ」

 

「よろしく」

 

 

 少しでも居場所の手掛かりが見つかればいいなと思いつつ、ナヨナヨしたコイツの後ろを歩いて駅を後にした。

 

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