「MA-04X ザクレロ」。
一年戦争中に開発されたジオン公国軍の宇宙戦用MAです。
戦争終結後ジオンへ進駐した地球連邦軍に接収されて以来、迷機と言う位置付けでした。
この「ザクレロ」は本当に迷機だったのでしょうか? 今回は「ザクレロ」の秘密を紐解いて行きます。
宇宙世紀0070年、地球連邦軍との対決が現実味を帯びてくるとジオン公国軍は様々な新兵器の開発をスタートしました。
開戦すれば地球連邦宇宙軍との艦隊決戦は避けられないと考えていたジオン公国軍上層部は、艦隊決戦に先立ち敵艦隊を襲撃する新兵器の開発を0071年、MIP社に指示しました。
当初要求された性能は以下の通りでした。
・ミノフスキー粒子下における有視界戦闘能力があること。
・高速で敵防宙網を突破できるだけの推進力。
・マゼラン級戦艦を撃沈ないし戦闘継続困難な損傷を負わせられるだけの攻撃力。
・1~2名乗りであること。
MIP社の開発チームは既存の突撃艇をモデルに高速突撃艇として本機の開発を始めます。
0071年の年末頃には試作一号機が完成。
当初は一般によく知られる「ザクレロ」の姿とは異なり、機体下部にある大型スラスターは無く黄色い本体部分のみでしたが、「ザクレロ」特有の「複眼」はこの頃から既に装備されていました。
この複眼はカメラアイやセンサーの集合体であり、広範囲を索敵可能でした。一説では死角は機体後部の一部分のみだったとも言われています。
武装は4連装ミサイルランチャー2基と機体正面に132mm対艦ライフルを改装した132mm対艦連装砲を内蔵していました。
しかし、ここにきて軍から仕様の追加要求が届きます。
追加要求は2つ。
・ビーム兵器を搭載すること。
・近接戦闘用兵装を搭載すること。
この要求に開発チームは悩まされる事になります。
当時のビーム兵器はメガ粒子砲しかなく、その殆どが艦艇用の大型な物でした。
MIP社は以前からメガ粒子砲の小型化の研究開発を進めてはいましたが「ザクレロ」に搭載するには未だ大型でした。
「ザクレロ」の開発は暗礁に乗り上げることとなります。
同時にMIP社はジオン軍次期新型機動兵器のトライアルに向け「MIP-X1」の開発を進めていました。「ザクレロ」の開発資金や人員が「MIP-X1」に回され、開発は更に遅れることとなります。
0074年、ようやく「ザクレロ」の開発に光が見えます。
ジオン公国の名家、ヨッフム家が開発資金の援助を申し出たのです。余談ではありますが「ザクレロ」の機体名称は開発資金を提供したヨッフム家によって付けられたとも言われています。
充分な開発資金を得たことにより「ザクレロ」の開発は再び軌道に乗ります。
しかし、MIP社が開発を進めていた小型メガ粒子砲は未だに試作の域を出ておらずとても「ザクレロ」に搭載できる代物ではありませんでした。
そこで、ラインメタル社が開発した拡散メガ粒子砲を搭載することになります。
0075年11月。当初の予定から大幅に遅れて「ザクレロ」は完成します。
拡散メガ粒子砲を搭載する為に機体に内蔵されていたメインスラスターを除去。代わりに機体下部に大型スラスター2基を取り付け必要な推進力を確保しました。
両翼にはヒートナタを装備し近接戦闘能力を獲得します。
コックピットはパイロットとガンナーの2名が乗り込む複座式を採用。
口を模した機首のマーキングも既に描かれていました。
完成した「ザクレロ」でしたがジオン軍は既に
「ザクレロ」は軍による最終テストを前にして形式番号「MA-04X」が与えられます。通常、形式番号は採用が決定してから与えられるものです。
これは、MIP社とジオン技術本部の間で密談があったとも、開発資金を援助したヨッフム家に配慮したためとも言われています。
こうして0076年1月に「ザクレロ」は軍による最終テストを受ける運びとなりますが、ここで「待った」がかかります。本機の性能に総帥府が疑問を持ったからです。
「ザクレロ」は再びその性能を検証され、結果最終テストを目前にして不採用が決定されます。
理由は高速突入時の姿勢制御能力と攻撃力不足でした。
「ザクレロ」のテスト前に実施されたジオン軍次期新型機動兵器のトライアルにてMIP社が開発した「MIP-X1」はAMBAC(能動的質量移動による自動姿勢制御)による高い姿勢制御能力を持っていました。
軍上層部は「ザクレロ」にも同様の性能を期待していましたが本機にはAMBAC用のアーム等はなく姿勢制御は機体背面のバーニアで行っていました。また、このバーニアだけでは高速突入中に細かな姿勢制御が出来ませんでした。
「ザクレロ」が搭載した拡散メガ粒子砲も問題がありました。この時搭載していた初期の拡散メガ粒子砲は射程距離が短かったのです。
この事から軍は「ザクレロ」を小型艦艇と同程度の能力しか持たないと判断し不採用となったのです。
本機の開発は打ち切られる事となりますがMIP社では先行量産も行われており、約30機前後が既に生産されていました。
その後「ザクレロ」は、ジオン技術本部に引き取られ各種兵装や装備のテスト機として活躍することとなります。
「ザクレロ」の殆どは実戦に投入されることはなく。ア・バオア・クー攻防戦にて数機が投入されたという記録が残されています。
また、ホワイトベース隊の航海日誌には本機と思われる機体と遭遇。RX-78-2「ガンダム」と交戦したと記録されていますが、ジオン側に出撃記録は残されておらず未だに謎に包まれています。
「ザクレロ」は戦後、連邦軍に接収されるとその独創的なフォルムと機体ごとに異なる装備も相まって開発コンセプトの解らない「迷機」と見なされました。
不採用に終わった「ザクレロ」ですがその開発データやコンセプトは後の「ビグロ」へと引き継がれ大成功を納めることになります。
「迷機」と呼ばれた「ザクレロ」は