アークナイツ:兎と狐の二重奏   作:モン◯ナ中毒者

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 投稿ペースが上がるどころか下がってしまいました。申し訳ございません。


第三話 初陣

 ***

 

「きゃあ!」

 

「おん?」

 

「一体何が……?」

 

 何者かが爆弾でシャッターを破ったであろう事は分かったが、それでも思わず呟いてしまう。ここにいるのはロドスだけのはずなのに……。

 

「アーミヤさんマズいです!この施設内に侵入してきた奴らがいます!」

 

 辺りを警戒していたはずの前衛オペレーターの一人が向こうから駆け寄って来て、何事かと思って通路に出てきた私にまくし立てる。

 

「なっ……!ウルサスに気付かれたんですか?!」

 

「いいえ、あの装備は……」

 

 前衛オペレーターの後を追うようにガシャガシャと喧しい足音が迫って来たかと思えば、一人の人が通路の角から姿を現した。

 素肌が見えないように着込まれた白いローブに灰色の仮面。両手に大きなボウガンを携え、二の腕の部分にはDNAの二重螺旋にも似た赤いシンボルマークの腕章。

 

「ウルサスの兵士のものではありません!」

 

 仮面の人はこちらの姿を見るや否やボウガンを構え、躊躇うこと無くその引き金を引き絞った。

 

「ちょっと失礼!」

 

「うわわわっ!」

 

 発射された矢を避けると同時、後ろからドタっと人が転ぶ音と共にソマリさんの悲鳴が聞こえて来た。

 

「あ、ありがとうございます、ドクター!」

 

 振り返るとソマリさんとドクターが床に転がっていて、近くの壁には人差し指程の太さの大きな矢が突き刺さっていた。どうやら、いつの間にか通路の方まで出てきていたドクターがソマリさんを転ばせて矢が直撃するのを防いだらしい。

 

「はぁ……はぁ……あぁ畜生。ロクに、ゲホッ……歩けもしねぇのか、はぁ……このポンコツは……。」

 

「えぇ?!ちょ、大丈夫ですかドクター?!」

 

 壁にぐったりと寄り掛かりながらドクターが呻いた。ストレッチャーから通路まで移動してソマリさんを転ばせただけでこの有様では、自力で歩く事すら難しいだろう。早くここから脱出しないと……。

 

「重装オペレーターは前へ、ドクターを守ってください!前衛オペレーター、戦闘の準備を!」

 

「了解!」

 

 オペレーター達の打てば響くような応答を聞きながら私の思考は混乱に陥っていた。

 

(あのシンボルマークは……レユニオン・ムーブメント?どうして?!)

 

「クソッ!こいつらの狙いはドクターか?!」

 

(いえ……ドクターの存在は誰も知らないはず……)

 

 重装オペレーター達の隙間からは通路の壁から時折顔を出してはボウガンを撃ってくるレユニオンの姿が見えた。何故彼らがこんなところに……?

 

「急ぎケルシー先生に通信を!」

 

「了解です!」

 

 こうしている間にもレユニオン側の増援は続々と集まって来ているようで、飛んでくる矢の数も徐々に増えてきた。

 オペレーターは少しの間通信機に向かって盛んに喋りかけていたが、やがて舌打ちを一つして報告してきた。

 

「ダメです、ノイズが酷く通信出来ません!」

 

「……ジャミングですか。」

 

(これもレユニオンの仕業?それともウルサス政府が私達の動きに気付いて……?)

 

「どうしますか?」

 

「今回の作戦指揮はケルシー先生にお任せしています。でも通信出来ないとなると……。」

 

 どうしたらいい?どうすればいい?これまで数え切れない程の戦闘を経験して来たはずなのにどうすればいいのかまるでわからない。考えが纏まらない。ドクターが目の前でぐったりしているだけで心が落ち着かない。早く何とかしなければと思えば思う程焦りは強くなっていく。

 

 ドクターなら。

 

 ふと脳裏をよぎった誰かの言葉が私の胸を締め付ける。

 だってドクターはもう、何も覚えていないから。

 幼い私を尻尾にじゃれつかせたままぬるくなったコーヒーをちびちび飲んでいた事や、ケルシー先生に「医者のくせに自分の身体もロクに管理出来ないのか君は。」と説教されて、でも毎回適当に聞き流すだけだった事。いくつもの戦場を一緒に渡り歩き、たくさんのことを私に教えてくれた事。

 忘れてしまったのだ。ドクターにはもう頼れない。

 だが頭では分かっていても、心がそれを否定する。

 まだ、全部忘れてしまったと決まった訳じゃない、取り戻せないと決まった訳じゃない。まだ話していない事、試していない方法なんていくらでもあるだろう。まだ、終わった訳じゃない。

 

 今はまだ、諦めるときではない。

 

 

 ***

 

 

 ドクターを落ち着かせている間にもレユニオンの数はどんどん増えているようで、重装オペレーターの盾に矢が当たっては弾かれる音が延々と通路に響いていた。どうやらケルシー先生とも連絡が取れないらしく、何の進展もないまま時間だけが過ぎて行く。

 

「……ドクター、」

 

「ゴホ……ん?どうした?」

 

 左手で胸を押さえたままドクターがアーミヤの顔を見上げる。まだ肩で息をしているにも関わらず、ドクターの瞳は不自然な程に凪いでいた。

 

「私達の指揮を、お願いします……。」

 

「……はい?」

 

「そ、そんな!?」

 

 ドクターが思わずと言った様子で聞き返し、私は驚きのあまり声を荒らげてしまう。

 

「危険過ぎます!ドクターはまだ意識が戻ったばかりなんですよ?!それにドクターは…」

 

「まだッ!」

 

 叩きつけるようなアーミヤの叫びに、私だけではなく周りのオペレーター達もビクっと動きを止め、あるいは顔をこちらに向ける。

 

「まだ、全て忘れてしまったと決まった訳じゃありません。」

 

 アーミヤの縋るような瞳を見てわかった。彼女もドクターが記憶を失った事は理解しているのだろう。理解はしているが、認めたくないのだ。だってそれを認めると言うことは、過去のドクターを諦めるということだから。

 

「確かに、記憶は失ってしまったかもしれません。でも試してみたいんです。」

 

 認めたくない、諦めたくないから、過去のドクターの欠片だけでも何か無いか必死に探しているのだ。

 

「ドクターはかつて私達と共に戦った……、仲間なんですから。」

 

 でも、これじゃきっと。

 

 

 ***

 

 

「ドクター自身もまだ信じれないかもしれませんが、私は信じます。」

 

 果たして彼女は気付いているだろうか。

 

『あなたならきっと、勝利をもたらしてくれる。』

 

 今まさに、3年前と同じ道を歩もうとしていることに。

 

 

 ***

 

 

「クソっ!どうしてウルサス人でもない連中が邪魔を……!」

 

「そんなことどうでもいいだろ!奴らは敵だ!殺せ!」

 

「お前らなんかに我々の仕事の邪魔はさせん!」

 

 白いロープをかぶった敵が3人、片手に剣を携えてこちらに突撃してくる。彼らは戦意こそ旺盛だが、まるで素人の様なその動きを見切るのは容易く、正規の訓練を受けて来た我々の脅威にはなり得ない。

 

「甘いっ!!」

 

 3人が剣を振り上げようと腕を持ち上げ、胴体の守りがガラ空きになる。そんな隙を見逃す私ではなく、3人同時にガラ空きとなった胴体目掛けて思い切り鞭を振り抜いた。

 鞭の当たった衝撃が防刃ベストに守られた身体の内部、内臓を破壊していく感触と共に、3人の敵は声にならない呻めきと共に吹っ飛び地面に転がった。

 

「ふぅ……。状況は?」

 

 アーミヤのE1小隊が施設内に侵入しドクターを連れて戻ってくるまでの間、施設の西側出口を確保し続けるのが我々E2小隊の任務だった。

 残りの二個小隊と一個予備隊はウルサス側に気取られないようにそれぞれ別の場所に潜伏しており、scoutのチームのメンバーは偵察の為に別行動を取っている。

 

「無理です教官、練度はともかく数が違い過ぎます!押し返せません!」

 

「こいつら、一体どこから湧いて来るんだ?!キリがないぞ!」

 

 勿論戦闘になる事を予測していなかった訳では無いが、なるとしたらドクターを奪還した後、ウルサスの追撃によってだと考えていた。だが蓋を開けてみれば、突然仮面に白ローブ姿のレユニオンに襲撃されたかと思えばジャミングによって各所との通信が途切れる始末。おまけに途切れる直前のscoutの通信によれば、チェルノボーグのあちこちでレユニオンとウルサスの憲兵団が接触、戦闘を開始したらしい。

 

「教官、ここにこれだけの敵がいるとなると、E1小隊は……」

 

「あぁ、マズいことになっているかもしれん。」

 

 西側出口は我々がいたからレユニオンの侵入を阻めているものの、残りの三方はどうかわからない。守衛くらいはいただろうが、ここにいたのと同じ規模なら二個分隊程度、人数にして20〜30人程度しかいなかったはずだ。ウルサス憲兵の実力を疑う訳ではないが、いかんせんこの数だ。突破されて、施設内への侵入を許していると考えるべきだろう。

 となると、施設内で作戦行動中のE1小隊がレユニオンと接触し、拘束されている可能性も大いにある。一度捕まってしまえば、逃げ場の限られた施設内で包囲され、ジリ貧になってしまうだろう。そうなる前になんとかしてE1小隊を施設から脱出させなければならない。

 

「第1分隊、私と共に来い!E1小隊を連れ戻しに行く!」

 

「了解!」

 

「残りはこのまま脱出口を守れ!E1小隊が戻るまで一人も通すな!」

 

「了解ですっ!」

 

 ただでさえ押され気味だった所から更に一個分隊を引き抜くのだ。防衛線が崩壊するのは時間の問題だろう。

 

 早く迎えに行かなくては。

 

 

 ***

 

 

 突然のアーミヤの言葉に呆けていたドクターは、少しして辺りに視線を走らせると、軽く溜息を吐きながら左手を差し出した。

 

「え?ドクター?」

 

「お前ら正規ルートで入って来た訳じゃ……ケホッ……ないんだろ?だったらここの案内図か見取り図くらいあるだろ。それちょっと貸して。」

 

「え、あ、はい!」

 

 事前に配られていた中枢施設の見取り図を取り出す。渡されたそれを20秒ほど眺めると、ドクターは顔を上げてアーミヤに言った。

 

「よし、下がるぞアーミヤ。」

 

 今度はこちらが呆ける番だった。私はてっきりドクターが物凄い采配をして、目の前にいるレユニオンを蹴散らしてくれると思っていたのに。下がるって、つまり逃げるってことじゃ……?

 

「皆さん、ドクターの指示に従ってください。」

 

「アーミヤさん?!いや、しかし……」

 

 オペレーターの多くが訝しげな態度をとる中、アーミヤだけはドクターのことを信頼している様だった。オペレーターの一人がアーミヤに喰ってかかるが、彼女は命令を撤回しようとしない。

 渋々といった様子で皆が従う素振りを見せるのを確認して、ドクターは指揮を取り始める。

 

「前衛オペレーターは見取り図のここ、丸っこい所に先行して左右に分かれて展開して隠れていろ。狙撃オペレーターと術師オペレーターは正面のこの辺りに隠れて。テーブルとか、足場になりそうなものがあったら近くに運んで置いてくれたら尚良い。10分後には敵が来るはずだからそのつもりで。」

 

「了解。」

 

「……分かりました。」

 

 どうやら逃げる訳では無いらしいが、何をしようとしているのかさっぱりわからない。これじゃ無駄に戦力を分散させているだけじゃない。

 

「先鋒オペレーターはこっちの通路辺りで潜伏してて。12、3分も待てばいい頃合いになるから、こっちの通路のここまで来て出てくる敵を倒して。大変だと思うけどよろしく。」

 

「了解です……」

 

 ドクターの指示通りに皆が動きだす。まだ納得はしていない様子だったけど大丈夫かな。

 

「ドクター、私は……?」

 

「アーミヤは先行してあっち側の指揮を頼むわ。俺らは後からのんびり行くからさ。」

 

「……分かりました。また後で、ドクター。」

 

「あぁ、また後で。」

 

 本当はドクターの側から離れたくないのだろうが、ドクター自身に頼まれては断る訳にもいかないらしい。少し悲しげな表情を浮かべながら、術師オペレーターたちと共に先行していった。

 

「よーし、重装オペレーターはレユニオンを引き離さないように気をつけながらゆっくり後退しろ。負傷したら下がって医療オペレーターに治療してもらえ。」

 

「了解しました。」

 

 やっぱりドクターが何をしたいのかさっぱりわからない。返してもらった見取り図と睨めっこしながら首を傾げていると、足元のドクターに呼ばれた。

 

「あー、えと、ソマリ?だっけ?」

 

「はい?なんですか?」

 

「ごめん、肩貸して……」

 

 あ、そういえばドクター、歩けないんだっけ。

 

「分かりました。」

 

「……すまん。」

 

「いえ……よいしょっと……!」

 

 ドクターの左腕を肩に回して立たせると、そのまま重装オペレーターの後退に合わせて進んでいく。

 

「なんでコイツは戦わずに、無駄に戦力散らした上で後退してるのか、って思ってるだろ。」

 

 不意にドクターが話しかけてきた。しかも図星。どう答えようかと考えてるうちにも、ドクターは私の返事を待たずに話し続ける。

 

「俺だって不安なんだよ。記憶は吹っ飛んでるし寝起きでぶっつけ本番だし、皆俺のことを信用してくれてる訳でもない。失敗する要素なんて幾らでもある。」

 

 けどまぁ、と続けるドクターの横顔をチラッと見て、そして息を詰まらせる。冷たく凍りついたような青い瞳の下で、その口元は。

 

「見てろって。一人も逃すつもりはねぇからさ。」

 

 

 

 ニヤリと、何かを酷く嘲笑っている様に見えたから。

 本当に、この人が……

 

 

 

 ***

 

 

 


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