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ドクターは臆病な指揮官だった。味方に損害が出るのを極端に嫌っていて、味方に有利な状況下でなければまともに敵と戦う事すらしなかった。敵の情報を丁寧に調べ上げ、餌をちらつかせておびき出し、用意周到に張り巡らせた罠に嵌めて味方に有利な状況を作り出し、罠に気付いた敵が逃げ出す前に一気に倒す。そんな戦い方をする人だった。
そんなドクターを知っている私だから、そこに着いた時点でドクターのやろうとしている事が手に取るように分かった。
「アーミヤさん、ここが……」
「はい、ここがドクターとの待ち合わせ場所です。」
良かった。記憶を失っていても、ドクターはドクターのままだ。
「皆さん、ドクターが来る前に準備を済ませておきましょう。」
「了解です。」
「まず前衛オペレーターの皆さんは……」
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壁の向こう側に溜まっていたレユニオンをズルズルと引っ張りながら後退すること7、8分。少し早いが、集合場所まであと少しという所まで来た。このままでは少し早く集合場所に着いてしまうが、かと言って今更どうこうする事も出来ないので、向こう側の準備が整っている事を願うしかない。
……ていうかあっち側の指揮、ロクに説明もせずにアーミヤにぶん投げちゃったけど大丈夫かな……?
「あと少しです!」
「医療オペレーターは先行して待機、重装オペレーターはそのまま後退。」
「分かりました!」
「そこの君、悪いが俺を担いでくれ。」
「え?いや、担げと言われても……。」
ソマリも一緒に下がらせる為に適当な重装オペレーターに運んでもらおうと思ったのだが、何故か目線を逸らされた。
「あ、あのぅ……ドクター……。」
「担ぐのが嫌なら
何か言いたげなソマリの声を黙殺し、嫌がるオペレーターに無理矢理抱き抱えてもらう。戦闘服のゴワゴワした生地が素肌に擦れて少し痛いが、運んでもらっている立場上贅沢は言えないのでそこは我慢だ。
「ドクター!奴らが……!」
「おっ、もう喰いついたか。早いな。」
医療オペレーター達を下げたのが見えたのか、レユニオン側にも動きが起こる。
「奴らの仲間が逃げ出したぞ!」
「追いかけろ!感染者の怒りを思い知らせてやれ!」
どうやらこちらが本気で撤退し始めたと
願ってもない。これでわざわざ背中を押す手間が省けた。
「入ります!」
「俺の合図があるまでそのまま後退しろ。」
アーミヤとの待ち合わせ場所は、この施設の職員の休憩場所か何かだろうか、5階あたりまでが吹き抜けになった広い円状のスペースだった。前方には、辺りにあったテーブルを積み上げて作られた何かがあり、左右にもテーブルだのイスだのが乱雑に積み上げられている。
「よし、止まれ!」
俺の合図で重装オペレーター達が後退を止めて反転し、レユニオンと正対する。
「殺せ!殺せ!」
「八つ裂きにしろ!」
やたら物騒なセリフを叫びながら、こちら目掛けて突っ込んでくるレユニオン。即席のガバガバトラップではあったが、自分の目論見が成功しつつあるのを感じながら、俺は彼女の名前を呼んだ。
「アーミヤ!!」
***
「皆さん!出番です!」
また、ドクターに名前を呼んでもらえるなんて。そう思いながら、私は先行して待機していたオペレーター達に号令をかける。
「な、なんだコイツら?!一体どこから……。」
「テーブルの影に隠れていたんだ!」
「囲まれたぞ?!」
両サイドに積み上げたテーブルの影に隠れていた前衛オペレーター達が、待っていたと言わんばかりにレユニオンに襲い掛かり、これもテーブルで作った即席の足場の上から、術師オペレーターと狙撃オペレーターが攻撃を放つ。
がむしゃらに突っ込んでくるレユニオンを、前衛オペレーターの剣と槍が斬り伏せ、突き倒す。重装オペレーターの頭上を飛び越したアーツと矢が、取り囲まれたレユニオンのど真ん中に突き刺さる。
「おい止まれ!囲まれている!」
「無理だ!味方がどんどん入ってきて……!」
「密集し過ぎだ!味方が邪魔で敵の術師が狙えないぞ!」
レユニオンにも状況を理解している者が少しはいるようだが、ドクターが作り出した人の流れは簡単には止まらない。
ドクター達が撤退し始めたと勘違いしたレユニオンは、追撃の勢いそのままに私達の作った包囲網の中に飛び込んできたのだ。先頭集団が三方から囲まれて叩かれているとは気付かずに後続が押し寄せてくる為、レユニオンは逃げるに逃げられない状況に陥っている。
さらにドクターは、敢えて密集させたレユニオン同士で私達後衛への射線を塞ぎ、逆に私達には高台という有利なポジションから一方的な火力投射を行わせることで、レユニオンとの数的不利を埋め合わせようとしている。
加えて、彼我の疲労度の差も大きい。後退するドクター達への一方的な追撃とはいえ戦闘状態が続いていたレユニオンと、敵地のど真ん中とはいえ一息つくことのできた私達とでは、蓄積された疲労度に差が生まれる。そしてその差は、レユニオン全体の戦闘力、士気の低下に繋がる。
「はぁ……はぁ……クソッ!後退しろ!体制を立て直すぞ!」
「ぎゃああああああっ!お、俺!俺の腕がぁあああ!」
「固まるな!狙い撃ちにされ……ガフッ!?」
ドクターの蒔いた種が徐々に、そして一斉に芽吹く。数の不利を埋め合わせ、ひっくり返していく。
「……っし!行ける!行けるぞ!」
「立て直させるな!このまま押し切るぞ!」
戦場が、覆る。
***
途中で合流した、ドクターの指示で待機していたという先鋒オペレーター達と共に私が戦場に着いた時には、戦闘の勝敗は半ば決していたようだった。
通路の向こうから、大量のレユニオンが我先にと逃げ出してくるところにばったり遭遇したのだ。ちょうど私達がレユニオンの退路を塞ぐ格好だ。
「教官!これは一体……!」
「考えるのは後にしろ!今はこいつらを片付けるのが先だ!」
吹き飛ばしたレユニオン達が壁に叩き付けられているのを尻目に、部下の1人に早口で告げた。
***
早く脱出しないと西側出口を任せた部隊が持たない。その一心で鞭を振るい続けてどのくらい経っただろう。レユニオンの最後の1人が味方に切られて動かなくなったその時、それはアーミヤと共に近づいてきた。
「ドーベルマンさん!来てくれたんですね!」
「アーミヤ、緊急事態だ。私の小隊もレユニオンから攻撃を受けた。」
「……そうですか。そちらにもレユニオンが……。」
「あぁ。そちらも同様だろうと推察し、急行して来たというわけだ。」
(もっとも、そんな必要があったようには見えんが……。)
レユニオン連中のあの様子からして、E0小隊は私達が来なくともレユニオンを撃滅し、脱出することが出来ただろう。もっと言えば、先鋒オペレーター達で退路を塞いで全滅させなくても、レユニオンの撃退には成功していたようにも感じる。
違和感。そう、違和感だ。無駄とも取れる手順を踏んでまでレユニオンを全滅させた作戦に、私はほんの少しの違和感を覚えていた。
「……急いで隊列を立て直せ!ボヤっとするな!」
「はっ!」
違和感を思考の隅に追いやると、周りのオペレーター達に命令を下す。のんびりしている暇など無いのだ。
「アーミヤ、これ以上巻き込まれる前に急いでチェルノボーグを離れるぞ。」
「分かりました。ドクターの救出にも成功しましたし、計画通り撤退しましょう。」
アーミヤの後ろでは、見慣れないクランタが落ちている剣を拾って観察していた。戦闘服のオペレーターだらけの空間でただ1人、手術衣姿の彼女は周りから酷く浮いて見えた。
「……彼女が……Dr.レーナか?」
「はい、そうです。」
「なるほど、彼女が……。私の事は知らないかもしれんが、アーミヤの事はわかるだろう。安全の為に……」
「あ、あの……ドーベルマンさん。今のドクターは状況が芳しくなくて……。」
「どういうことだ?」
「簡単に言うと、ドクターは……記憶喪失なんです。」
「なに?記憶喪失だと?」
アーミヤの後ろでは、医療オペレーターに渡された服に着替えようとしたのか、その場で手術衣を脱ぎ始めたドクターを医療オペレーターが慌てて止めている所だった。
周りにいた男性オペレーターは咄嗟に背を向けるか目を塞ぐかして見てしまわないようにしている。当のドクターは何故止められたのかわかっていないようで、こてんと首を傾げていた。
「……どうやらそのようだな。」
「……はい。」
事前に聞いていたドクターの人となりとは激しくズレた様子を見てそう呟く。
男性オペレーター達に、良いと言われるまで後ろを向いているように(ロドス本艦の上甲板100周の脅迫付きで)指示してから、アーミヤに再び向き直る。
「しかし困ったな。そんな状況で指揮権をあのドクターに委ねようとしているのか……。」
「ドクターは指揮官としての能力は失っていません。」
アーミヤのその言葉で、頭の隅に追いやっていた違和感が舞い戻ってきた。士気だけはやたら高かった筈のレユニオンの、作戦も何もなく逃げ出してきたあの様子。部隊が各個撃破されるリスクを背負ってまで敵の殲滅に執着していたあの指揮。
「……先の戦闘を指揮していたのはアーミヤではなく……。」
「ドクターです。少なくとも先程の戦闘でそれは確認出来ました。」
「……わかった。アーミヤ、お前を信じよう。」
さっきのあの様子を見る限りでは、ドクターが記憶を失っているのは確かなようだ。もしかしたら人格ごとがらりと変わっているのかもしれない。
だが。
(人という物はそう簡単には変わらないようだぞ、ケルシー。)
***
過去にドクターが指揮した戦闘では、敵味方共におびただしい数の戦死者が出ていた。
その理由は、彼女が何か目的でもない限り敵を1人として生きて帰そうとしなかったから。そして、いかなる状況からでもそれを可能にした彼女の卓越した指揮能力と、いかなる手段をも用いる度胸……いや、狂気があったからだ。
あまり人のことは言えないが、最初から彼女の中にそういう危うい面があったのは確かだし、私も警戒していた。テレジアはあまり気にしていなかったようだが。
だが……。
……いつからだったろう。彼女の危うい面が表に出て来たのは。戦闘でも、その他の事でも彼女に頼る事が増えていったのは。
彼女が、追い詰められていったのは。
私が、もう少し。
彼女を助けてやっていたら、今とは違う未来が訪れていたのかもしれないな。
テレジア。
***
どうにかドクターを着替えさせた後、私達は急いでE1小隊が守っている西側出口に向かった。もう少しで出口というところまで来た時、部隊の中からは次々と安堵の声が漏れ聞こえた。
私も思わずため息を漏らしてから、ドーベルマン先生に怒られると思って咄嗟に口を塞いだが、いつもの怒声は何故か飛んでこなかった。はてどうしてしまったのだろうと周りを見渡して気付いた。安堵するどころか、むしろ厳しい表情を浮かべている人が3人いることに。
1人はアーミヤ。もう1人はドーベルマン先生。最後の1人は、時折り耳をぴくぴくさせているドクター。
「外に出るぞ!」
嬉しそうな誰かの声で、はっと顔を上げる。重厚な防爆扉を通り抜けたその先には。
「……え?」
施設内で倒したレユニオンをさらに上回る数のレユニオンの群れと、それを必死に食い止めるE1小隊。あちらこちらから空に向かって伸びる黒煙。
そしてそのさらに上から重くのし掛かる、どんよりとした鉛色の雲だった。
「おぉ、これはまた……。」
そんな呟きと一緒に、誰かの口笛が聞こえた気がした。