次元オバケのカメラマン(または宇宙漂流していたらポケモンの惑星に辿り着いた話) 作:乃響じゅん。
ナガレさんはまだ、死体の近くにいた。わたしが彼を放って行ったから、はぐれないように待っていたのかもしれない。
「あ、ベベウ。戻ってきたのかい」
「うん。水もらえる?」
分かった、と言って、ナガレさんは水筒を取り出し、水を汲んでくれた。私は受け取ると、ぐいと飲み干す。自分でも想像していなかったほど、水はあっという間に体内に吸収されていく。火照った体が冷えて、頭がはっきりしてくる。更にもう一杯求め、またぐいと器を傾ける。一杯目ほどではないが、やはり喉を流れる速度が早い。
「ふう」
わたしは近くの切り株に腰を下ろした。静かな時間が流れていく。空はよく晴れている。水の冷たさが全身に巡るのを感じながら、目を閉じる。
「パネマさんって、どんな人?」
気が付くと、質問が口を突いて出ていた。
「どんな人、か。うーん、難しいなあ」
ナガレさんは少し困ったような表情を浮かべて考え込んだ。彼女がこの村に来てから、まだ数日しか経っていないのだ。よく知らなくても無理はない。だが、彼は自分の見た中で、しっかりと自分の意見を述べてきた。
「器量のいい子だね。はきはきとしていて、料理も漁も、オルフェの一家のやり方によく馴染んでいる。流石は隣村の村長の娘、と言ったところかな。そういう教育を、前々から受けていたんじゃないかな」
「ふうん」
自分から聞いておきながら、何だか素っ気ない返事をしてしまった。だけど、やっぱりそうなんだ。木を切ることにしかおおよそ興味を持って来なかった自分とは、まるで違う。彼女はきっと、何でもそつなくこなせてしまうのだろう。
「料理、ねえ」
わたしは呟いた。
「やっぱり凄いんだ、あの子」
「そうだね。でも、やっぱり気を張っているのは間違いないよ。無理していなければいいけどね」
「そうだね」
何故だか、胸の奥で、心が定まらない感覚を覚えた。どうして、自分はあの子みたいに頑張れないのだろう。そして、なぜほとんど会ったこともない子と自分を比べようとしているのだろう。わたしは、ナガレさんの言葉の中に何を期待していたのだろう。
「あ、そうだ」
不意に、ナガレさんは言った。
「近場でいいんだけど、どこかに穴を掘れないかな」
余りに突拍子もない発言に、目を白黒させた。意図がまるで読めず、わけを聞く言葉すら頭から飛んでしまっていた。しばらくの沈黙の後、ナガレさんはわたしの戸惑いに気付いたようだった。
「ああ、ごめん。この人を埋めて弔ってあげたいんだ。君はどこかに穴だけ掘ってくれれば、あとは俺がやるよ」
どこかぎこちない様子で、彼は話す。
「それはいいけど……弔うつもりなら、池に沈めなくていいの?」
「いいんだ。腐敗も進み始めているし、長い距離は運べない。それに」
彼はそれをじっと見つめる。
「きっと彼も、それを望んでいるだろうから」
言葉の意味をまるで噛み砕けないまま、ナガレさんの言うことだから、という理由だけで、わたしは動いた。
ホタチにまとわせる水流を調整し、地面の柔らかい部分をえぐる。地面に穴を開けるのは想像の何十倍も重労働だった。ナガレさんもどこからか手頃な木の板を持ってきて、土をひたすら掻き出した。二人で会話をする余裕も無くなり、夢中になってしばらく経った頃、ようやく死体がすっぽりと収まる程度の空間を作ることができた。
ナガレさんは死体を抱き上げ、そっと穴の中に寝かせてやった。その所作は、村長にしか扱えないような神聖な道具を操るというより、赤ん坊を撫でるような優しい動きだった。
「さあ、あとは土を被せよう」
そう言って、最後の作業を終わらせた。掘った土を、また戻す。生き物一つを地面の中に残したまま。
死んだものの亡骸は離れ小島の池に沈めるのが当たり前だったわたしにとって、こんなところに埋めるのははたしてどうなのだろう、という疑問はあった。だけど、ナガレさんはこれでいいのだ、と言った。それだけが、わたしの心を躊躇いから引き剥がした。すべてが終わる頃にはあまりにも周りは元通りで、ただ掘った跡だけが雑草もなくきれいになっているだけだった。いずれ、ここに亡骸を埋めたことすら分からなくなってしまうのだろう。
ナガレさんは穴を掘るのに使った板を土に差し込んだ。そして、両方の手を合わせて目を閉じた。なんとなく、わたしもそれに合わせた。きっと、これはナガレさんの故郷の弔い方なのだ、と思った。
「あっ」
私は思わず、小さく声を漏らした。
「どうしたんだい」
ナガレさんは振り返る。
なぜ彼が、この死体を埋めたいと言ったのか。そして、そのわけを詳しく話さなかったのか。その理由に気づいてしまった。
この死体は、この人は、あいつだ。私の肩を貫いた、ナガレさんと故郷が同じだという、あの人なんだ。
「ううん、なんでもない」
私は首を振った。ナガレさんは、わたしに嫌なことを思い出させないようにするために、本当のことを言わないでいてくれたんだ。
「そろそろ暗くなりそうだね。帰ろうか?」
空を見て、ナガレさんは言う。
「うん。帰ろう」
私は頷く。
立ち上がり、ナガレさんの後ろを歩きながら、敵わないなあ、と思った。ナガレさんの背中は大きくて、私の背丈では見上げることしかできなかった。いつか追いつくことができるだろうか、そんなことをぼんやりと考えながら、沈んでいく太陽を眺めた。
「ねえ、街にはいつ行くの」
帰り際に、私はナガレさんに聞いた。
「明後日だよ。オルフェ、家の様子が一段落しそうで、ようやく準備が整いそうだってさ」
「そうなんだ」
ナガレさんとこうしてゆっくり喋っていられるのも、あと少し。そう考えた瞬間、何を話せばいいのか分からなくなった。一度島を離れたら、次に戻って来るのはいつになるのだろう。
「あのさ」
いつの間にか、足は止まっていた。ナガレさんの顔を見上げるのが苦しい。それでも見上げると、振り返って真っ直ぐに見つめ返すナガレさんの顔があった。
「絶対に、帰ってきてね。無事で、帰ってきてね」
顔が熱くなった。これが本当に言うべきことだったのか分からず、自信が持てない。だけど、そんなわたしの不安を吹き飛ばすような笑顔で、ナガレさんは答えた。
「うん。必ず帰ってくる。必ずだ」
本当に、敵わないなあ。わたしは無意識のうちにナガレさんと同じ笑顔を浮かべて、少しでも追いつこうとしていた。
いつかナガレさんみたいになれたらいいな。旅から帰ってきたら、少しでも大きくなった自分を見せることができたらいいな。
「明後日は見送りにいく。だから、元気でね」
そう言って、お互いに手を振って別れた。こんなやり取りができるのも、あと少し。名残惜しくなって、夕日を背に歩いていくナガレさんの背中を、いつもよりもずっとずっと長く、眺めていた。
<終>