次元オバケのカメラマン(または宇宙漂流していたらポケモンの惑星に辿り着いた話) 作:乃響じゅん。
話しているうちに、村長のいる離れ島が見えてきた。本島から少し離れてはいるものの、潮が引いている時は歩いて渡ることができる。立ち入る時間帯が限られていることが、なおさら島の神秘性を高めているように感じる。
浜辺から伸びる白い道が島まで伸びている。道は広く、まるで自分たちに開かれているようだ。
離れ島に砂浜はほとんど無く、岩の階段を上ると、すぐに木々の中に入っていくことになる。中の空気は外とは打って変わってひんやりと涼しく、風が吹き抜けると心地良い。
「ああ、いい風だなぁ」
オルフェは全身を広げて、空気を味わう。
「空気が外と全然違うね。まるで別の次元にいるみたいだ」
「ははは。でも、それもあながち間違いじゃないぜ」
そうなのか、と聞くと、彼はうん、と頷いた。
「この場所はやっぱり特別だから」
この島に立ち入ると、とても静かな気持ちになる。冷たい空気は、厳かながらもどこか包み込むような優しさを持ち合わせていた。私たちの声はしゃらしゃらと鳴る葉っぱの音にかき消されて消えていく。それに合わせて私たちは喋るのを止め、自然と前を向いた。離れ島のちょうど中心に、一本の大木が伸びている。大樹の麓にはたくさんの陽が降り注いで、気が付けば引き寄せられていく。そうして進んでいくうちに、植物が綺麗に刈り取られた広間に辿り着く。
「村長、来たよ」
気さくにオルフェは呼びかける。ご無沙汰してます、と私は頭を下げる。
「よく来たね。今日もいい天気だ」
背高のっぽの黄色い生き物……デンリュウという種族の男が、かがんだ姿勢から起き上がり、こちらに向いた。手に持った沢山の雑草を見るに、草むしりをしていたようだ。彼が、島にいくつかある村の一つを治めている村長である。揉め事や特別な出来事があった際に取り仕切る役目を負っているが、普段はこの島の手入れをして過ごしているという。自分には彼らの年齢のほどは見た目では分からないのだが、彼に限ってはオルフェや他の島民に聞いても歳のほどは分からないのだとか。一つ言えるのは、彼は根っからの祭好きであるということだ。ただ、この島の祭は少々野蛮なニュアンスを含んでおり、私としてはあまりいい気はしていない。
「さて、二人とも。祭までの最後の稽古だ。頑張ろう」
村長は短い腕を伸ばして高く掲げる。ガッツポーズのつもりなのだろうか。オルフェもつられて拳を天に突き上げた。
「どっちからやる?」
全身を逸らせて準備運動をしながら、村長は尋ねた。はいっ、はいっ、と横から大きな声が聞こえる。唐突に静寂を破られ、思わず心臓が跳ね上がってしまう。村長はゆっくりと頷くと、広場の中央までゆっくりと歩いていき、振り向いた。
「そしたらオルフェ。全力で来なさい。遠慮はいらないよ」
と、優しく微笑む村長の瞳は、閃光のような輝きを放っていた。
触発されるように、オルフェが弾丸のような速度で飛び掛かる。
オルフェと村長が頭と頭でぶつかり合い、ばちっ、という破裂音と共に閃光が飛び散る。その光景が目の奥に焼き付いたかと思うと、次の瞬間には残像となった。次に見えたのは、こちらへ吹き飛ばされるオルフェの姿。顔の横をふっと掠め、耳元で風が起こる。くっそ、と呟いた声が聞こえた。彼の姿を確認しようと顔を向けたが、既に黄色い姿はそこには無い。またしても、村長の胸元へと突撃していた。村長はひらりと身を翻し、弾丸と化したオルフェの攻撃をかわした。勢い余って、オルフェは地面に転がる。
この島の住民たちは大抵、バトルと称して己の力をぶつけ合うことを好んでいる。デンリュウもピカチュウも、電撃を操ることに長けており、ぶつかり合う二人の周囲のあちこちで文字通りの火花が散っている。その度に驚き、身体がびくっとしてしまう。私には、彼らのバトルと喧嘩との違いが良く分からない。暴力ごとには変わりがないような気がしてしまうのだ。ましてや、これを自分もやらなければならないと思うと、猶更である。
「だぁぁぁぁ~、ダメだ、当たらねえ。村長ってばずるいよ」
気が付くと、オルフェは息を切らして倒れていた。
「いやぁ、上出来、上出来」
対して、けらけらと笑う村長は全く疲れている様子を見せない。オルフェの攻撃は打撃も電撃も全ていなされてしまっていたようだ。
「では、次はナガレさん、やりますよ」
にやりと笑う顔が見えた。やれやれ、諦めるしかない。私は立ち上がり、足取りの重さを隠しながら歩く。
村長がこれほど熱を入れて村の若者を鍛え上げるのには理由があった。明後日に開かれる祭では、島全体の住民が集まって大バトル大会が開かれる。島にはもう一つ村があるが、その住民のほとんどが一同に会するのであるのだから、相当な規模である。そのバトル大会の参加者として、自動的に自分も名を連ねることになってしまっているのだ。
「どうもナガレさんは優しいところがあるようだね。バトルでも相手を傷付けるのがいやだと見える」
以前、徹底的にやり込められた記憶が蘇る。攻撃せよと言われても、相手を傷付けることをためらっているうちに電気を纏ったパンチを数発もらってしまったのだ。そして今回の稽古でも手を出すことが出来ないうちに尾で足払いを喰らい、転んでしまったのであった。
村長との組手が全く形にならず、諦めてオルフェと交代した。小さな体で縦横無尽に飛び回り、まだ立ち上がれるその体力は凄まじいものを感じる。自分にはないものだ。
休憩がてら、島の奥を散歩して回ることにする。
大木の裏側には、離れ小島のもう一つの神秘が存在する。大木の裏側に隠れた、小さな池である。
池の水は暗く、空の色を反射しているようにも、透明にも見える。かと言って、塗りつぶされたような色合いでもない。景色の一部として見るとそこに水が張っていないように感じられ、底を覗き込もうとすると途端に見えなくなる、不思議な池である。この池は、この村で亡くなった者の亡骸を沈めているのだという。この池を通じて死者は「つぎの次元」に行けるのだ、とオルフェは言っていた。そして、また帰ってくることが出来るとも。
池の水をじっと見つめる。奥を見透かそうとすると、途端に池は扉を閉ざしてしまう。それでも、私は池を見つめる。この地に来るまでに失ったものも、沢山ある。離れ離れになってしまった人たちも、この池を抜ければ安らかに眠ることができるのだろうか。目を閉じて、大事な人を思い出す。どうすることもできなかった過去に思いを馳せて、一人問いかける。この時間が、自分にとっての慰めであった。
ふと、ポケットに忍ばせていたものを取り出した。デジカメである。私にとって大切な時間が切り取られている、思い出の品だ。完全にバッテリーが切れているのか、故障しているのかは分からないが、どのボタンを押しても起動はしない。きっとあまりにも長い時間が経ってしまったのだろう。使えないのにも関わらずこうして持ち歩いているのは、ただお守り代わりにするためだった。
この池に来ると、デジカメを沈める想像が脳裏をよぎる。死者を沈めて弔うのであれば、このデジカメを沈めることで、過去の自分の思いも浮かばれるかもしれないと思った。だが、どうしてもできない。もう恐らく戻ることのできない故郷をまだ諦められないでいる自分に、力なく苦笑するしかなかった。
「……る」
ふいに、地面を揺るがすような声が響いた。反射的に、顔を上げる。
巨大な頭と茶色の瞳が、こちらを覗き込む。私は思わず、目を見開いた。島の中心の大木は、ドダイトスという背中に木の生えた亀のような種族が、長年かけて成長した姿だと聞いている。言葉だけでは想像できなかったが、いざ目の前にすると、それがどういうものなのかが分かったような気がする。とにかく、大きい。今の地鳴りのようなものも、この島の主のものと言うのなら納得である。
「悪い客が、来る」
今度ははっきりと彼の言葉が聞こえた。あっけに取られているうちに、彼は目をつぶり、また島と同化してしまった。しばらく待ってみたものの、もう一度巨木の本体が目覚めることはなかった。すっかり自問自答を繰り返す気分ではなくなり、そろそろ広間に戻ることにする。
悪い客が来る。胸の中で、彼の言葉をもう一度繰り返した。予言めいた響きだと思った。何の事かは分からないが、ただ確実に何かが起こる。そういう説得力を持った言葉だった。
「はい! もっと素早く! そこで電撃! スキを突く!」
広間に戻ると、村長の大声が聞こえた。集中しているのか、オルフェは全くの無言だ。白熱しているなぁ、と眺める。ふと、カメラを取り出し、シャッターを切るポーズを取ってみる。黄色い竜と黄色いネズミが、電撃を飛ばし合いながら組手を行っている。自分の故郷では、絶対に見ることのできない光景だ。
「あれ?」
ふと声に出して呟いた。デジカメの液晶が白く光ったかと思うと、目の前の景色が画面の中にぱっと映し出された。ちゃんと起動している。なぜ今になって電源が入ったのかは分からないが、とりあえず一枚。
カシャリ。わざとらしい音が鳴り、目の前の景色が切り取られる。村長とオルフェが電撃をぶつけ合う光景。この星の生き生きとした活動が記録された。