次元オバケのカメラマン(または宇宙漂流していたらポケモンの惑星に辿り着いた話)   作:乃響じゅん。

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3:ラブリー?

「ナガレ~、そろそろ帰ろうぜ」

 

 顔を上げると、オルフェの姿がそこにあった。今日の稽古は終わりらしい。

 

「何見てるの? 前言ってたやつ?」

「あぁ。これね」

 

 私はデジカメを少し高く掲げた。二人のバトルの様子を収めた後、データを確認している時に気付いたのは、昔の写真が全て消えてしまっていたことだ。メモリがやられてしまったのかもしれない。どうして消えてしまったのか、復元する方法がないか、色々試しているうちに結構な時間が経ってしまっていたようだ。

 

「デジカメ。壊れてるって思ったけど、回復したみたいだ。丁度さっき一枚撮ったところなんだけど、見るかい」

 

 画面を操作し、オルフェに見せる。二人の電撃がぶつかりあう瞬間が、画像として写し出される。おおぉ、と興奮した声を上げてはしゃいだ。後ろで村長も、感心したように画面を見つめている。

 

「すごい! これおれと村長? どうなってるんだこれ」

「こうやって使えば、写真を撮ることが出来るんだ。やってみるかい」

 

 私はオルフェにカメラを持たせた。自分には片手で持てるサイズでも、彼にとっては両手でしっかりと掴まなければいけない。少しだけ起動の手助けをしてやり、シャッターさえ押せば撮影できる状態にする。

 

「すげえ」

 

 画面の中と外の様子を見比べて、あちこちを見渡す。シャッターボタンを指で示して、ここを押すよう指示する。彼は短い指を何とか届かせると、音と共に画面が白く光り、風景が切り取られた。驚いたように、また声を上げるオルフェ。

 

「面白いなこれ」

 

 画面越しに風景を見つめながら、歩き出す。ふいに振り返ると、こちらに向かってカメラを構えた。しばらくすると、画面を確認し、納得した様子で戻ってくる。

 

「見てみて」

 

 カメラを手渡された。画面を見ると、大木をバックに、小さな自分と村長が並んだ姿が写っている。特にポーズも何も取っていない、自然体の二人がそこにいた。

 

「どう?」

「うん。上手く撮れてる」

 

 後でズームのやり方とか教えてやろう。そんなことを思いながら、オルフェにまたカメラを手渡す。すっかり気に入ってしまったようで、あちこちを回ってはシャッターを切っている。これはしばらく手放しそうにないな、と苦笑した。

 

「楽しそうですね」

 

 私は村長に話しかけてみた。

 

「オルフェって、いつも元気が有り余っているみたいだ」

 

 村長はゆっくりと頷く。

 

「小さいころから、あの子はいつも無邪気だね。大変なこともあったけど、いつだって彼は素直な心を忘れない。あの子のいいところだよ。それに、君が来てから彼はより楽しそうになった」

「そうなんですか」

「そうだとも」

 

 満足そうな瞳が、こちらに向けられる。少し照れくさくて、目をそらす。

 

「僕はまだ、この島に来てから助けられてばかりです」

 

 気が付けば遠くへ走って行ってしまうオルフェの姿を見ていると、微笑ましい気持ちが沸き上がる。そうやってはしゃぐオルフェにも、悲しみや苦しみがあったのだろうか。

 

「そういえば、村長さん」

 

 ふと思い出し、話を変えた。

 

「さっき池の方に行ってたら、声が聞こえたんです」

 

 もしかすると、大事なことかもしれない。彼に話すのが得策だろう。

 

「その声は、何と?」

「『悪い客が来る』。そう言っていました」

 

 緩んでいた村長の顔が、急に引き締まったような気がした。すっと立ち上がると、私にも立ち上がるように促した。

 

「ありがとう。君は大事な伝言をしてくれた。君たちもそろそろ帰るといい。私もこれから本島に行くから、一緒に行こう」

 

 理由は説明されなかったが、彼にとってこの言葉はとても重要な意味を持っていたようだ。深刻そうな表情を見ていると、これ以上何かを聞けるような雰囲気ではないと悟り、黙って後を付いていく。早足で島の出口へと歩いていく村長の姿に気付き、オルフェもカメラから目を離す。

 

「オルフェ。今日はもう帰りなさい。帰り道で誰か見かけたら、『悪い客が来る』ことを伝えてくれ」

「えー、この時期に来るの? やだなぁ」

 

 嫌悪感たっぷりにオルフェは言う。

 

「ナガレさんが聞いてくれたそうだ。お礼はちゃんと言うんだよ」

 

 二人が振り返り、自分の顔を見つめる。状況が飲み込めず、きょとんとしてしまう。すぐに村長は振り返り、島を出て行こうと歩みを進める。

 オルフェは足を止め、自分を待ってくれている。近づくとカメラを差し出し、自分に返してくれた。ありがとう、と伝えると、どういたしまして、と返ってくる。その表情は笑ってはいるが、どことなく覇気がなかった。やはり予言のような言葉のことが気がかりなのだろう。

 

「池を眺めていたら、ふいに『悪い客が来る』ってあの大木の主が喋ったんだ。あれは一体、なんだったんだろう」

 

 歩きながら、オルフェに尋ねてみる。

 

「そっか、言ってなかったっけ」

 

 オルフェは言う。話を聞いていると、どうやら私の聞いた声は本当に予言の類のものらしい。ドダイトスは危機が訪れるのを察知すると、島の誰か一人にだけ、予言を伝えるそうだ。その内容は決まって、『悪い客が来る』なのだという。一緒にいる時間の長い村長が聞くことが多いが、予言のタイミングによっては別の誰かが伝言役となる。伝言役となった者は他の島民や村長に伝え、村長が島全体に予言があったことを広める。

 

 悪い客の正体は、大抵の場合は嵐だ。七日後か十日後か、はたまた三十日後か。明日すぐに来る、などとという事はほぼないものの、とにかくドダイトスが喋った時は近いうちに大きな嵐が来る。彼らにとって、ある種の天気予報という認識のようだ。その予言を受け、島の住民は家を補強したり、仕事で使う道具を整理したり、食料を蓄えたり、雨風に備えるのだ。

 

 

 

 

 帰り道、とん、とん、と小さな太鼓を打ち付ける音が聞こえた。その音はゆっくりとこちらに近付いて来る。やがて派手な装飾に身を包んだ一団の姿が見えた。隣村のお偉いさんかな、とオルフェが話した。この村で祭を開く以上、住んでいる場所が遠い人は泊りがけで移動することもある。前々日の日中とは少し早い気もするが、上の立場の者ならば当日の打合せということもあるのだろう。

 彼らもまた、装飾など無くとも様々な姿をしており、背の高いものから足で踏みつけてしまいそうなほど小さなものまで、多種多様であった。そのうちの一人に、私とオルフェは視線を釘付けにされた。

 

 オルフェと同じ、ピカチュウである。

 

 そのピカチュウはオルフェより少し小柄で、ギザギザの尻尾の先が僅かに二股に分かれていた。毛並みはオルフェと違って艶があり、朱いスカーフのようなものを巻いていた。布には黄色い刺繍が施されており、端には小さな宝石が数珠状に連なっていた。他の者たちと区別をつけるかのような高貴な装いと、少し潤んだような瞳が印象的であった。

 すれ違う僅かな時間の殆どを、そのピカチュウはオルフェに視線を向けることに使っていたことに、私は気付いた。様々な姿を持つ者達が暮らすコミュニティの中で、同じ種族に出会うことが珍しいのかもしれない。

 

「あ、あのっ」

 

 オルフェが声を上げる。

 

「『悪い客が来る』って。だから、気を付けて」

 

 なにっ、そうなのか。オルフェはそのピカチュウに向けて言ったつもりだったのだろうが、大きく反応したのは周りの者たちだった。ある者は空を見上げ、ある者は小さな声で話し合った。概ね不安げな様子であったが、そのピカチュウに動揺した様子は無かった。ただ何かを伝えようとして口を開こうとしたが、別の者の声に遮られてしまった。

 

「ありがとうな、ボウズ。祭はどうなるか分からないけど、お前の活躍を楽しみにしてるぜ」

 

 軽い挨拶を交わし、その一団は通り過ぎて行った。しばらくの間、オルフェはその一団の行く先をじっと見つめ、歩き出そうとはしなかった。

 

「……なぁ」

 

 最後の一人が見えなくなりそうな頃、オルフェは口を開いた。

 

「あの子、すげぇ可愛かったな」

 

 一瞬何の事か分からなかったが、さっきのピカチュウのことなのだと思い至る。

 そして、微動だにせず立ち尽くすオルフェの姿を思い出す。なるほど、そういうことか。その結論に思い至った時、私は大笑いしそうになるのを懸命にこらえた。オルフェは今も、彼女と目が合ったあの一瞬を何度も繰り返しているに違いない。そして、これから悶々とすることだろう。私の想像を悟られないよう、できるだけとぼけたような返事を選ぶ。

 

「あの子……女の子だったのか」

 

 あのピカチュウが女性であることに気付かなかったのは事実である。

 

「ええっ!? そりゃないよ、ナガレ」

「残念ながら、その辺りの見分けはまだ全然つかないのが実情でね」

 

 私は肩をすくめた。

 帰りの道中、私はひたすらオルフェからたった一度見ただけの女性の美しさを力説された。ひたすら夢中になる彼を見るのは、やっぱり面白い。もしものことがあれば一肌脱いでもいいかもしれないな、などとぼんやり考えているうちに、太陽が沈んでいく。今日という一日が終わる。

 

 

 

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