次元オバケのカメラマン(または宇宙漂流していたらポケモンの惑星に辿り着いた話) 作:乃響じゅん。
祭の当日。
朝一番から会場は賑わい、とりわけバトル会場の周囲には銘々色とりどりの衣装を身に纏っている。頭に花飾りを付けている者、ふわりとした真っ赤な布を腰に巻いている者、それぞれが思い思いの形で周囲を彩っていた。この日の為に沢山用意された祝いの料理も、あっという間に数が半分になっていた。作った人たちも呆れながら苦笑している。
この島の人たちにとっては、自身に宿るありあまる超常の力を発揮する最大の機会なのだ。スポーツ、或いはダンスのようなものなのだろう。騒がしさに紛れているうち、自分も楽しくならずにはいられない。
高台にデンリュウの村長と隣村の村長(あれは確か、キュウコンという種族だっただろうか)が上ると、促されるようにして後から一人のピカチュウ……パネマが隣に並んだ。
「みなの者。今日はお集まり頂きまして、ありがとうございます」
「皆もご存じの通り、もし今日のバトルで最後まで勝ち残った者が未婚の男性の若者だった場合は、私の三番目の娘、パネマと結婚することを許します」
彼女が畏まった様子で頭を下げると、周囲から興奮に湧く声が上がる。めっちゃかわいいじゃん。あの子とケッコンとかサイコーだね。野性的な呟きもちらほらと聞かれる。楽しそうな会話のする方を見やると、あまり品の良い奴らではなさそうだ。姿を見たことはないが、彼女を知らないと言うことはこの村の者だろうか。自分が勝負に勝てる気は全くしていないが、彼らにはあの子を渡したくないな、と思った。
少し潤んだ瞳が、周囲をゆっくりと見渡している。村長の娘にふさわしい、毅然とした立ち居振る舞いだ。一体何を思って、彼女はあの場に立っているのだろう。親に生涯を共にする相手を決められると言うのは、あの子の気持ちに沿ったものなのだろうか。そんなことを考えてしまうのは、よその惑星の全く別の文化からモノを見ているからなのかもしれない。
二人の村長の説明が終わり、いよいよ宴もたけなわ、バトル大会本番の始まりである。
「それでは、第一戦を始めます。オルフェ対ジョアン。前へ」
審判はデンリュウの村長が務めるようだ。張り上げた声に従って、オルフェと、ジョアンと名乗るリングマが踊り場へと上がる。二足で歩く熊のような生物はこの星の住人にしてはかなり大柄な種族のようで、彼の背丈は自分よりも高い。オルフェからすれば、もはや巨大な戦艦のようなものだろう。一見、まるで勝ち目がないように見える。
オルフェは至ってのびのびとした様子で舞台の中央へと歩き、パネマの方を見やった。そろそろ始まると言うのに、相手を見もしないでそんなに悠長にしていていいのだろうか。胸の内に焦燥感が募る。
「それでは、始めっ」
掛け声と共に、ばちっ、という音が周囲に響いた。
オルフェの身体が電撃を纏った弾丸となり、リングマの腹を直撃したのだ。
なんという威力だろう。
熊の巨体が吹き飛んで、舞台から転げ落ちたではないか。
「勝負あり。オルフェの勝ち」
村長が叫ぶと、周囲から大歓声が上がる。気が付けば、私も声を上げて手を叩いていた。あいつ、こんなに強かったんだな。村長と手合わせしているところしか見たことがなかったが、ピカチュウの小さな身体に秘められた力がどれほどのものだったのか、初めて目の当たりにした気がした。思わず笑いが止まらない。
舞台の上で倒れ込んでいたオルフェは身体を起こし、頭を痛そうにさすりながら会場に手を振った。
「お疲れ」
用意された水を貰い、戻って来たオルフェに駆け寄った。水を手渡すと、彼は一気に飲み干した。
「あー緊張した。どうだった? ナガレも見てくれてた?」
「見てたよ。凄いじゃないか。あんなに大きい相手を一発で倒してしまうなんて」
傍から見ていたら緊張している素振りなんて全くなかったんだけどな。オルフェの背中をばしっと一発叩いてやった。
「そうだろそうだろ。まだまだ始まったばかりじゃん。負けてらんないぜ」
「次も頑張れよ」
「おう。ナガレもな」
そうだった。この戦いには自分も参加するのである。オルフェの鮮やかな戦いぶりにすっかり忘れそうになっていた。
「とにかく、やれるだけやってみるよ」
「応援してるぜ! ナガレは三つくらい後だろ。そろそろ準備しとかないとな。それじゃまた後で」
解放された笑顔で去っていくオルフェとは対照的に、私の心は縛り付けられるような思いだった。
後に続く闘いを見ていたが、彼らにとって体格差はそれほど大きいものではないらしく、己の持つ超常の力を以て小さい者が大きい者に互角の闘いを演じることは珍しいことではなかった。
「それでは、次の試合を始めます。ナガレ、ナダ、前へ」
やがて自分の名前が呼ばれる。ナダと呼ばれた相手は、クチートという種族だった。
背丈は低く、オルフェより二回りほど大きい程度。クリーム色をした人形のような姿は、攻撃をためらわせる。
何とかしてあまり相手を痛めつけずに勝つ方法はないだろうか。あらかじめ聞いた話によると、場外に押し出すか戦闘不能にさせるかギブアップを宣言させることが出来れば勝ちらしい。場外くらいなら相手が小さければ持ち上げて投げ飛ばすくらいは出来るかもしれない。
「始めっ」
上手く立ち回る算段を練っているうちに、開戦の合図が叫ばれる。
持ち上げて場外へ投げ飛ばそうとクチートの方へ近付いたが、その瞬間彼女の頭の房がこちらを向き、牙を向いた。
それから一体何をされたのか、皆目見当もつかなかった。
牙で噛まれた後は、ただ途轍もない騒がしさでじゃれつかれただけのように感じた。その中に攻撃を織り交ぜていたのであろう。全身が右へ左へと揺さぶられ、気が付けば場外へ吹っ飛んでいた。
「勝者、ナダ」
目が回る。やっぱり、体格差なんてあったものではない。
自分の試合も終わり、残りは観戦に徹することができた。
オルフェは相変わらず素早い身のこなしで終始相手を圧倒し続け、勝ち星を増やしていた。周囲では優勝候補の一人と囁かれ始めている。
そういえば、デジカメを持ってきてなかったな。折角電源が入ったのだから、彼らの闘いの様子を記録しておくのも良いかもしれない。そろそろ夕方も近い時間になっており、撮影の機会は残り少ないかもしれないが、ないよりはマシだろう。
脱出ポッドの家は祭の会場からそれほど遠くはない。今から戻れば歩いて帰っても次のオルフェの試合には間に合うはずだ。
自宅周辺まで来ると、流石に誰もいない。先ほどまでの喧噪との落差で、周囲がひどく静かに感じる。既に祭が終わった後のような寂しさがあった。
「あれ」
デジカメが、家の階段前に落ちている。
普段は寝る前にポッドの決まった位置に置いている。祭の準備に疲れてポケットの中に入れたまま眠ってしまい、朝出掛ける時に落ちたのだろうか。いや、確かに昨晩は定位置に置いた記憶がある。
祭の雰囲気に飲まれて興奮した村の子どもが勝手に入り込んで、私物を漁ったか。あり得なくはない話だ。昨日、風景を切り取る不思議な機械は色んな人におもちゃにされた。恐らくそうだろうな、と溜息をつきながら、カメラの電源を入れる。写真の履歴を見れば分かることだ。
だが、取られた写真を見て、私は驚愕した。
ピチューという、ピカチュウの幼い時の姿が写っている。彼はの表情は途轍もなく焦った様子で、何処かを指さしていた。まるで、この写真に何かしらのメッセージを込めているように。
他にも何かが写っているのかもしれないと思い、ボタンを操作して一つ前に戻す。
写っていたのは、同じ風景と、私と同じ地球人の男だった。
まさか、自分以外にも。撮影された時間と時計機能の現在時刻の差は約十五分。殆ど入れ違いのようなものだった。だが、先ほどのピチューの少年の焦りようは一体何だ。二つの画像を交互に見比べてみる。そのうち、一つの事実に気付く。
写真の男が手にしているものは、銃だ。
嫌な予感がして、ポッドの中に駆け戻った。今まで使う必要が無かったが、ポッドの中には護身用の銃が一丁備え付けられている。まさか。まさか。手の震えを抑えながら、収納されている場所を確認する。
「やっぱり……無い」
全身から、冷たい汗が吹き出した。