次元オバケのカメラマン(または宇宙漂流していたらポケモンの惑星に辿り着いた話) 作:乃響じゅん。
どれほどの時間、ピチューの姿を追い続けただろうか。気が付けば砂浜は見えなくなり、坂を上り、山道へと入っていった。太陽も沈み、今度は月が煌々と周囲を照らす。満月に近いのは有難かった。目さえ慣れれば、周囲の様子ははっきりと見える。
「待てっ、その子を離せっ」
叫ぶ声が聞こえた。それがオルフェのものだと、すぐに分かった。咄嗟に顔を上げ、声のする方へ近付く。
オルフェは、写真の男と思しき、細長い二足歩行の生物と対峙していた。
「うるせえ! 何を喋ってるんだか分かんねんだよ。これ以上近付くんじゃねえ!!」
男は怒鳴った。目を凝らし、状況を把握できた瞬間、戦慄が走る。
片方の手でピカチュウを脇に抱え、もう片方の手で彼女の頭に銃口を突きつけている。パネマが人質に取られている。
「オルフェ」
私はしゃがみ、ピカチュウの身体に目線を近付けて小声で呼びかけた。彼は驚いて振り返る。
「ナガレ、どうしてここに」
「あいつを止めに来た。人質に取られてるあの子はパネマか」
「うん。でも気を失ってるみたいだ。助けなきゃ」
「そうだな。絶対助けるぞ。隙は必ず作る。だからまずは、俺と交代だ」
「分かった。……頼む」
オルフェが真っ直ぐ私を見つめる。私は頷いた。
そして立ち上がり、大きく息を吸い込んだ。
「大丈夫ですか!」
私は故郷の言語で彼に語りかけた。男ははっとした様子を見せ、こちらを見た。
「あんた……俺の言葉が分かるのか」
「ええ、分かります。あなたも、地球人ですね」
彼は泣きそうな声でぶつぶつと言葉にならない何かを呟いた。声が途切れた頃合いを見計らって、声色に緊張が滲み出ないよう、なるべく優しく、柔らかい口調で次の言葉を投げかける。
「私とあなたは恐らく同じ国の出身でしょう、名前をお伺いしても、よろしいですか」
「種田だ」
「種田さん、ああ、やっぱりそうなんですね」
「あんたの名前……聞いてもいいか」
私は地球で暮らしていた時の名前を告げた。
「そっか、良い名前だな……本当に、言葉が通じるってのは久し振りだ。いいなあ、会話が出来るっていうのは」
彼は心底嬉しそうに言った。
彼の境遇について、私は得心した。私がこの星の住民と難なく言語コミュニケーションを図ることが出来るのは、脱出ポッドに搭載された自動言語学習装置のおかげである。周囲の知的生命体の言語を拾いデータ化し、冷凍睡眠中の搭乗者に睡眠学習を行うというもので、これさえあれば使用者はポッドから出た瞬間から原住民と同じ言葉で意思疎通を図れるというものである。
ただ、この機能自体はまだ新しく、古い宇宙船などには搭載されていないものも多い。彼がこの星に漂着した際に乗っていた船には、この機能が付いていなかった、ということだ。
「私も、故郷の言葉で話すのは久し振りです」
「本当に嬉しいよ。こんなケダモノだらけの星に一人で来てさ、寂しかったんだよ。俺は。ずっと。人間みたいなやつなんていやしない。きいきいぎゃあぎゃあ、奴らの声を聞いてるだけで気が狂いそうだった」
同情を求めるような口調で、彼は語る。
「……そうですね。種田さんの苦労、お察しします」
「ケダモノのくせして、まるで人間みたいな街で暮らしてやがる。こんな野蛮な連中をのさばらせて見ろ、いずれ俺たち人間まで見境なく殺すに違いない」
「彼らの文明レベルが低いのでしたら、きっと地球にさえ届きませんよ」
彼を落ち着かせる為に話を合わせようとしたが、同意しかねる部分が多すぎる。気が付けば、右の拳をぎゅっと握りしめていた。だが、焦ってはいけない。彼の手には、まだパネマがいる。咄嗟に右手を後ろに隠した。
「違いないな」
ははは、と彼は笑った。
「種田さんは、どうしてこの島へ?」
私は話題を変える。
「あまりにしつこく絡んでくる奴がいたもんだからよ、一匹殺っちまった。そしたら奴らの仲間、俺を追ってくるじゃねえか。だから足が付かねえように、海を渡って来たってワケ。この星はすげえぞ、背中に人を乗せて運ぶ船みたいな生き物がいるんだ。街の連中と違って、ちょっと小突いたらすぐ言うこと聞いてくれるいい子だったぜ。あんたも探して捕まえてみな。分かり易い青い身体してるから、見たら分かる」
「へえ、凄いですね」
種田は私に気を許したのか、饒舌になっていた。
「そうだ、あの脱出ポッド、あんたのだろ。すげえな、色々俺の乗ってたやつとは大違いだ。悪いけど銃借りてるぜ。何かあった時の為に、自分の身を守れるようにしときたかったんだ」
それで、自分の姿を見られたから、何の罪もないベベウを撃ったのか。私は思わず目を見開いた。いけない。すぐに思い直し、心を落ち着かせる。出来るだけ多くの情報を引き出さなければ。
「ところで、どうしてその黄色いのを?」
パネマを人質に取るまでの経緯を聞くことにした。案の定、彼はぺらぺらと自慢げに、あるいは言い訳がましく自分の行いを話し始めた。
「ああ、ちょっと隠れる場所を探そうと思ってた時に見られちまってな。三匹いたんだが、うち二匹はマトがデケぇから上手く撃ってやったんだが、こいつには当てられなくてな。弾を切らしちまった。応援呼ばれてもマズいから、殴ってやったんだよ。そしたら気ぃ失ったもんで、目が醒めてもアレだしここまで連れて来たんだ。そうだ、ちょっとこいつの首シメるの手伝ってくれねえか」
私としては、もう我慢の限界だった。言葉が通じないからこの惑星の住民と分かり合うことができず、拒絶していたのだと思いたかった。だが、話を聞けば聞くほどに、嫌な予感は核心に変わっていった。言葉が通じようが通じまいが、この男には関係がなかったのだ。
多様性を受け入れそれぞれの得手不得手を活かしあいながら生きる、誇りある彼らをケダモノと呼び、さらにはその命まで奪おうとする。そのくせ、生々しい感触と苦労を味わうようなことには尻込みする小心者。それがこの男の本性だったのだ。
強い風が、びゅうと吹いた。これ以上、この男と話すことはない。種田の後ろに、小さな影が待機しているのが見えた。種田に気付かれずに背後に回り込むことに成功したようだ。
「オルフェ、今だっ!」
私は叫んだ。
種田が振り返るよりも早く、オルフェは弾丸のごとき速度で電撃を纏ったタックルを食らわせる。がはっ、と情けない声が漏れる。すかさず私も駆け寄り、脇に抱えたパネマを強引に奪い返す。だが勢い余って後ろに放り投げてしまった。
「大丈夫、やっちまえ、ナガレっ」
オルフェが叫ぶ声で迷いが消え去る。固く握った右の拳を振りかぶり、容赦なく種田の顔に叩きつけてやった。
鈍い音がした。
拳が砕けるかと思った。痛くて涙が出そうだ。それでも、最後まで殴り抜ける。
種田の身体は頭から地面に落ち、僅かな距離を擦った。
「ぐっ、痛っ、ってぇ……てめぇ……」
種田は起き上がろうとするが上手くバランスが取れず、二度、土に這いつくばった。やっとの思いで起き上がったものの、足取りはおぼつかない。
「そうか……てめぇもグルだったって、わけか。許さねえ、お前、ぜってえ許さねえからな……」
こちらを睨みつけるものの、その足はフラフラと横に身体を運んでいく。
これ以上は、こちらから何もする必要がなかった。千鳥足は種田の身体を山道の端へと運んでいき、
「なっ」
という声と共に、ついには崖に近い急斜面を転がり落ちていく羽目になった。断末魔の叫びが、彼がもう助からないことを端的に示していた。
ふと我に返り、背後を振り返る。私が誤って投げ飛ばしてしまったパネマの身体は、オルフェが身を呈して緩衝材となってくれたようだ。