次元オバケのカメラマン(または宇宙漂流していたらポケモンの惑星に辿り着いた話) 作:乃響じゅん。
「すまない。恐かっただろうに」
オルフェの背中に乗ったままのパネマをそっと下ろし、オルフェの身動きが取れるようにする。
「この子の方が、よっぽどだと思うぜ」
「そうかもしれないな」
慣れない力を使ったせいか、心臓の高鳴りが収まらない。
「ナガレも手から血のにおいがする。まさか、怪我したのか」
「俺の血じゃないよ。あいつにやられた子を助ける為には仕方がなく、ね。一時は危なかったけど、もう無事さ」
血まみれになった手のひらをまじまじと見つめて、ぎゅっと握った。
「ところで、そっちは何があったんだ」
私はオルフェに聞いてみると、ゆっくりと状況を思い出して説明してくれた。
「最後の勝負の前くらいからかな。この子の姿が見えなくなって、ちょっと気になったんだ。ナガレも全然戻ってこないし。それで探しに行ったら、あいつがパネマを殴って攫っていったんだ。街の方から来た警察の人と、昨日会議中に見張りやってたあの人が凄い怪我してて。救護の人呼んで、慌てて追いかけてたらいつのまにかこんなところまで来ちゃってた」
一通り喋り終えると、何か不都合なことを思い出したように動きが止まり、不安そうな表情を浮かべた。
「最後の試合、すっぽかしちゃった。ヤバいよ、どうしようナガレ」
声が震えて、ズボンを滅茶苦茶に引っ張る。電気が漏れて彼が触れた部分が痺れる。さっきまでとはまるで別人のように狼狽する姿がちぐはぐで、思わず笑ってしまった。
「大丈夫だよ。オルフェ、君は自分が本当にやりたいと思ったことをやったんだ。胸張っていいんだよ」
さあ、皆のところへ戻ろう。そう言いかけた時、頬に大粒の雫が落ちた。気が付けば、風は更に強くなっている。周囲の木々は大きく揺れ、これからの天気を伝えている。空はいつの間にか、途轍もなく狭くなっていた。
悪い客が、来る。
「ナガレ、まずい、嵐だ。思ったより早かったみたい。今すぐ戻ろう」
オルフェが言葉を言い切るのを待たず、大量の雨水が周囲を襲う。バタバタバタと、地面や葉を打ち付ける音が響き渡る。
悪い客とは、普段はこういった嵐のことを指す言葉だ。だが、種田という男も、この島の住民にとって悪い客であったことは疑いようがない。ドダイトスは彼を予言していなかったのだろうか。ドダイトスの予言を聞いた時を細かく思い出す。
「そうか、そういうことだったのか」
私はこの時、予言の全てを理解した。ドダイトスの予言は、二回あったのだ。
最初の一回を聞き取れず、私は地鳴りか何かかと思った。あれこそが、一つ目の予言だった。ドダイトスは、種田のことも、この嵐のことも予言していたのだ。
思わず目を閉じ、顔を擦るが、とめどなく打ち付ける水滴は容赦ない。目を開けているのが困難だ。足元を見下ろすと、既に水たまりがそこかしこに出来ている。手にこびり付いていた血を流し落とすと、パネマの身体を抱きかかえた。
「戻るのは危険だ。地面がぬかるんでいて、足を滑らせかねない。下手したらあいつの二の舞になる。どこか雨宿り出来るところを探そう」
「それなら、もう少し上だ。ちょっと開けた場所に、でっかい木がある。そこまで行こう」
オルフェの提案に頷き、目的地を目指す。雨は相変わらず強く打ち付けているものの、風は少しずつ弱まっている。台風の目に入りつつあるのかもしれない。徐々に雨も弱まっている。今のうちにと、目的地へと急ぐ。
「ここだ。この木の下なら、雨を凌げる」
大きく傘のように枝葉の広がった大樹を差し、オルフェは言った。これなら、確かに大丈夫そうだ。大樹の幹に寄りかかり、腰を下す。脇にはパネマを抱えて。
「オルフェ、こっちに来な。身体が冷えるといけない」
「ええっ、でも」
「いいから」
私はもう片方の腕でオルフェを引き寄せ、脚の上に座らせた。じんわりと、二人の温度が伝わってくる。人間よりも体温は高いようだ。
「パネマが、近い。凄くドキドキするんだけど」
「そんなこと、言ってる場合じゃないだろう」
私は呆れた。呑気なものだ。
「なぁ、オルフェ。この子に見覚えはあるか」
しばしの沈黙のあと、私はデジカメを取り出して、ピチューの映った写真を見せた。ただ何となく、同じ種族だからという理由で、それ以上のものではなかった。もし知っていたら儲けもの、くらいの気持ちで聞いたつもりだった。だが、オルフェは目を見開いて私の方を振り返った。
「何で、こいつが」
「いつの間にか、この子が写っている写真が取られていた。この子が、俺をオルフェとあの男のところまで連れて行ってくれたんだ」
私はありのままを説明した。告げると、オルフェの身体が、震え出した。
「こいつさ、俺の死んだ兄貴なんだ。俺も兄貴もまだピチューだった頃に、嵐で折れた枝が突き刺さって死んじゃった。兄貴、いつも俺がそそっかしいって心配そうにしてたんだ。そっか、俺、まだ心配かけてたのか」
オルフェは肩を揺らした。私の胸に顔を押し付け、服をぎゅっと握っていた。嗚咽はやがて、堰を切ったような泣き声へと変わった。私は二人を強く抱きしめた。
やがて、再び雨足は強くなり、夜は更けていった。