一か月ぶりくらいです(汗)
成田空港―――。
そこはいつも通り多くの観光客、海外への出張、旅行、また海外から来る人々が空港内に群がっていた。
明久と優子はそこから空港の異変を感じ取ろうとしたが、その光景は誰もが想像する空港内の光景と同一なので目で見ただけでは異変を察知できないことが理解できる。
しかし、この場で異変がないと言えば、嘘になり、異変が起きたことは任務の受諾の際にちゃんと説明されていた。
「木下さん、異変が起きたようには到底思えないんだけど…。」
「それでも異変は起きてるのよ、隅々まで確認しないと…。ここは二手に別れて異変のある場所がないか確認するしかないわね。」
寧ろそれしか方法はなかった。
異変があると聞かされただけで具体的なことはよく分からない。情報の提供者であるカヲール二世も情報が不足しているとのことで、不足したものは各自で補うよう、指示された。
情報も手掛かりもないこの状況なら、一つ一つを丁寧に探す他ないだろう。
優子の提案に明久は肯定したように頷き、
「じゃあ、僕はこっち側を見るから」
そう言って、優子の元から離れる。
それを見た優子は少し安心した。正直、明久が自身の従者になったことに対して、まだ納得した訳ではなかった。
優子は今までの任務全てを一人で効率的にこなしていき、従者をあまり必要とはしていなかった。寧ろ、従者を配属させるという行為は優子にとって効率の悪いことだった。一人で何でも手際よくやるのが良策である。それが優子のモットーだ。
それを知らないカヲール二世ではない。知っていた筈だ。優子が従者の配属を好まないことを、一人で問題を解決することを好むことを。
そしてよりにも従者となった人間が王都で噂されるような問題児というのは一体どういうことなのだろう?
確かに実力はあるようだが、やはり優子にとっては足手纏いだ。
そして、そんな思考に囚われている自分に気づき、首をブンブンと振るい、気持ちを切り替える。今、目の前にはやらなければいけないことがある。今はそっちに気持ちを傾けるべきだ。
改めて、空港内の異変を察知する為に辺りを見回す。壁、床、天井。そして自身から見た上下左右、東西南北の方角全て。だが、何処を見ても人が賑わっている光景だけが目に入る。
そこで優子は視覚情報だけでは全てを察知できないと判断する。そこで自身の耳に特殊な結界を張る。雑音を遮断、異常な音だけを認識する結界。
だが、何も聞こえない。移動しながら何か音を聞き出そうとするが、沈黙したように、何もない。
そして、最後の手段として、嗅覚を強化する術を扱う。これにより、一時的にではあるが、獣並の嗅覚を得ることが出来る。
それにより、鼻孔に漂う匂いは錆びた鉄のようなものだった。だが、これは間違いなく鉄などではなく…。
「血の…匂い」
そう判断する。
優子はその匂いに従い、歩む方向を変える。
そして、その匂いに従い歩くこと約五分―――。優子はトイレの周辺に辿り着く。そこで妙な違和感を感じた。
何故か皆がトイレを避けるようにして歩いていることが視認で来た。優子はそれに気づき、わざとトイレに近づいてみる。すると、トイレに入られるのを嫌がるかのように「何か」が拒んだ。そして優子はそれが何であるかに気付く。
「人避けの結界ね…。」
道理で観光客たちがこの場を避けるようにして歩いているわけだ。恐らくこの中に何かがある。
優子はその結界の中に無理やり入りこむ。入り込む際に抵抗があったが、霊力の高い優子の体は結界に抗うだけの抗体がある。
「………ッ!」
すると、中はトイレの中ではなく巨大な倉庫の中のような場だった。恐らく人避けの結界に資格を誤魔化す幻術も仕込んでいたのだろう。
しかし、問題視するのはそこではない。そこには数人の死体が転がっていた。
「これ…は」
優子はその死体を見て何かに思い至った表情をする。
それはカヲール二世からもらった写真で、空港内で変若水を販売しているCランクの吸血鬼達の顔と一致していた。
「一体これは…。」
優子は困惑した表情を浮かべる。一体誰が殺したのか―――?
だが、その時背後でとてつもない殺気を放たれているのを感じた。
「……ッッ!」
優子はそれに反応し、すぐさま妖刀『鬼切』を召喚し、構える。
「良い反応だね。」
現れたのは長身で金髪オールバックのサングラスをかけた男だった。
「アナタ、誰?」
「オレは月光院政宗だ。」
その男からは優子が今まで感じたことのないようなゾクリとした寒気が背中に走る。
「貴方がこの吸血鬼達を殺したの?」
優子は分からなかった。この殺された吸血鬼と目の前の吸血鬼はおそらく殺気からして階級が異なるのが予想できるが、階級が違うとはいえ、同族である筈だ。同族を殺す理由が分からない。
「何、こうして騒ぎを起こせば、再び吉井君と戦えると思ったのさ。今度こそ彼を殺すために、その戦いを楽しむために。まあ、僕の結界に真っ先に気づいたのは君みたいだが…。」
彼にとって戦というのは快楽そのものだった。他人からそれが狂気と呼ばれようとも、この気持ちは変わらない。それが『戦乱の世』を生き抜いた彼が得た物である。
政宗と名乗る吸血鬼は腕を前に構え、腰をやや低くする。戦闘態勢に入ったのだ。
「まあ、良い。まずは君から殺そう。」
そして、地面を強く蹴り上げ、加速した。同時に優子も前方へと踏み出す。
政宗は拳を、優子は刀を振り出す。そして互いの拳と刃が強烈な振動を巻き起こす。
「……ッ!?」
優子は息をのんだ。拳の威力そのものにも驚いたが、何よりも妖刀を弾くほどの拳の硬さに驚いた。
「ああ、俺の能力は硬化だ。そんじょそこらの刀じゃ簡単にへし折れるが…。その刀は妖気を帯びてるな…。」
政宗は感嘆したように言う。どうやら徐々に戦闘という名の快楽に落ちつつあるらしい。
そこで四方八方から千本のような攻撃が来る。優子はそれを全て刀で弾き落とすが、政宗はどうやら、それが狙いだったかのようにニヤリと悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「爆ぜよ…。」
弾き落とした千本には一本一本火薬のような物が仕込まれていた。そしてそれに触れた優子は爆破の対象となる。
「ぐ……っ」
優子はその場から身を引こうと体を後退させるが、遅かった。
「ありゃ、こんなもんか…」
政宗は落胆するように言う。久々に強敵に合えたかと思えば、こんなにもあっけなく倒れてしまうのかと、そう思った。
だが、背後からゾクリとさせるような殺気が込み上げているのに気づく。
「…『紅千本』(べにせんぼん)…っ!」
無数の紅い妖気を帯びた千本が政宗を狙って放たれる。だが、政宗の硬い体はその千本を抵抗することなく弾いてしまう。
「…『紅閃牙』(べにせんが)…!」
そして、今度は高速のような突き攻撃で刃向うが、それも容易く防いでしまう。
「狙いは良い…が、殺人というレベルには至らないな…。」
残念だ…。そういって先程まで快楽的であった彼の顔は失望へと変わる。
しかし…。
「…『鬼紅鋭爪』(きぐえいそう)…!」
刀を鬼の巨大な爪に具現化させ、その爪が政宗の硬い体を抉った。
「な…に…?」
政宗は呆けたような声を出す。自分の胸元を見ると、鮮血が溢れ出ている。
「ハハハ。そうだ、そうだっ!戦いというのはこうでなくてはならない。」
政宗は顔を上げて、声を高らかに笑う。
そして、かれの体から闘気が噴きだす。それは傷を付けられた憎悪、それと共に戦いを求める欲求からなるものだ。
そして体は少しずつ宝石のような色を帯びていく。いや、実際に宝石化していた。体中から鮮やかな色が映し出される。
「これは…一体…」
優子は眉を顰める。政宗の体に何が起きているのか?
そして、足の先から頭の上まで宝石化したところで、彼は優子に問う。
「君はこの世で最も硬いものは何だと思う?」
そこで優子は一つの答えに至る。
「もしかして…金剛石…?」
「…正解だ。そして、今の僕もその金剛石で成り立っている。」
優子は有り得ないと思った。先程もやっとのことで傷を付けられたというのに、この世で最も硬い宝石を身に纏っては、傷など簡単につけられるものではない。
「さあ、はじめ…」
はじめようか、と言い終える前に政宗は姿をけし、優子の背後へと回りこんだ。
「ようか…!」
金剛石を纏った拳が真っ直ぐ優子を狙った。優子はそれを何とか鬼切の刃で受け止めてみせるが、拳圧も先程より重たい。
「…ラァ…ッッ!」
「ぐ…っ」
政宗は思いっきり力を入れ、優子はそれに耐えられず、吹っ飛んだ。
そして、吹っ飛んで空中で受け身の取れない優子を政宗は見逃さず。攻撃を繰り出す。優子の腹部を思いっきり拳を入れる。
「が……っァ…」
優子は拳を受け、その拳圧により勢いよく地面に落下。その振動で体中が痛んでいる。
また、腹部を勢いよく殴られたせいで内臓も酷くダメージを受けている。それも金剛石を纏った拳だ。優子は国家騎士であり、鍛えられているため、ダメージはこの程度で済んでいるが、常人がこの攻撃に耐えられる可能性は極めた低い。
「ゲホッ…ゴホッ」
咳と共に血が吐き出される。
そんな間にも政宗はジリジリとこちらに向かい、歩む。
此処までの力の差を思い知ったのは初めてだった。今までどんなことにも負けはなかったから、この負けが本当に悔しい。そう思う反面、これで終わりだという諦めもあった。
「非力だな。」
憐れむようにして政宗は言う。優子は反論の言葉が思い浮かばなかった。
非力…。確かにそうかもしれない。いくら国家騎士と呼ばれてはいても、強敵に太刀打ちできないようでは、ただの力の無い少女と何も変わらない。
政宗は優子の目の前まで来ると、足を止めた。金剛石を纏った腕を掲げる。そして掲げた腕は刃のように形を変えた。
「久々の強敵と思って期待はしたけど、この程度で戦意喪失するようではとてもじゃないが戦士とは言い難い。戦士とは戦いを求めなければいけないのに」
そうして、政宗はその刃上に変形した腕を優子に向けて振り落す。
瞬間、優子には様々な思いが駆け巡った。
大分前のことだろうが、カヲール二世はこう言った。人は失敗という名の経験を生かし、前へと踏み出すことが出来るのだと。
だが、優子にはその言葉の意味がよく分からなかった。失敗をしたことのない彼女には、失敗という悔しさも何も知らなかった。そもそも失敗すること自体がおかしいと考えていた。
物事は全て成功させなければならない。いや、成功するのが当たり前と考えいていた。だって、そうでなければ、物事は成立しない。失敗から生まれるものなど何もないではないか。
だが、優子のそんな思考をカヲール二世は嘆いた。
『お前は悲しいよ…。』
何故、彼女がこんなことを言ったのか?不思議で仕方なかった。自分の考えは一つも間違ってはないではないか。
だが、今、死を直前にしてようやく分かったような気がする。失敗を知らない者が、初めて、その失敗に気付いた時、どうしようもない絶望感が生まれる。
政宗の拳が徐々に迫る。優子の体に触れるまで数秒という時間もないだろう。
――――終わる。
だが、そのとき絶望が希望へと転換する出来事が起きた。
「…燃やせ、『炎を身に宿す堕天使』(イフリータ)」