此処、フミヅキ学園はアメリカの学校みたく,飛び級制度があり,そこに通う生徒の年齢は様々だった。
また、この学園は王都の中でも特に優秀な生徒が通う学校であり、相当な実力がなければ入学など出来ない。さらには入学できても、この学校は卒業するのにも大変苦労するという厳しい教育課程となっている。海外の学校ではよく見られる傾向だが、日本では中々ない教育制度である。
その筈なのだが……。
「吉井君、今のは聞かなかったことにするのでもう一度、質問します」
教壇の上に立つ教師がうんざりとした表情で溜め息をついた。
今の授業は日本史。黒板にはビッシリと内容が書き詰められ、その内容を必死にノートに書き写す生徒の姿が多数見られる。
「1485年に山城国で起きた一揆を何て言いますか?」
教師は真剣な表情で明久に問う。
「おっぱいを揉むために立ち上がった男たちの一揆」
「そんな一揆はありません」
「いえ、あります」
「ありません」
「いえ、あります。僕が今想像しました。」
「それは想像しただけであって、現実に起きた一揆ではありません。性的欲求不満から生まれる発言としか思えません。いい加減夢から抜け出してください。」
教師は再び溜め息をつく。先程よりも深い溜め息だ。この学校の生徒は優秀な生徒だけが集められる学校なのだが、目の前の生徒、吉井明久は優秀というには大分かけ離れている気がした。
そして周りの男子生徒は「成程、それは大事な一揆だ」、「おっぱいを揉むか」と幸せそうに鼻血を垂らしながら言う。思春期の男子らしい反応ではあるが。
そしてその中でも最も鼻血を噴きだしたのは……。
「ムッツリーニィイイィイイィイイィイイッッ」
明久はその少年の名を呼んだ。その少年の鼻血は服にもべっとり付いている。まるで殺人現場と見間違えてしまいそうなほどのものだった。
「明久、オレの……夢は…託し…」
「何言っている!?僕らの夢はまだ始まったばかりじゃないか!ムッツリーニッ!」
ムッツリーニと呼ばれた少年は特に何かをやり遂げたわけでもないのだが、全てをやり遂げた、思い残すことは何もない、とでも言いたげな満足そうな表情で目を閉じた。
そんなアホみたいな彼達のやり取りを見た教師は他の人物にこの問いの答えを要求しようと考える。そこで指名されたのは…。
「島田さん。では、答えを言ってください」
「…ぇえっ!?ウチ……じゃない…私ですかっ?」
と、女子生徒を指名するが、彼女の口からは「あ」の一言すら聞こえない。ただ時計の針が動く音しか聞こえない。
そこで、教師は他の生徒を指名しようとするが、男子生徒は皆、明久の一言で興奮している。授業が集中できる状況ではなかった。女子生徒は真面目に受けようとする態度が見られるが、男子の騒ぎを落ち着かせようと必死に止めようとしているせいか、やはり授業どころではなさそうだ。
そんな生徒たちの姿を見た教師は、「静かにしなさいッ」と怒鳴る。
しかし、このクラスの悪いせいなのか、一度騒ぎ出すと誰にも騒ぎが止められないというのが難点だった。
そして、そのまま授業の終わりを迎えるのだった。
☆
フミヅキの王族直属部隊で『真撰組』という部隊がこのフミヅキには存在していた。
真撰組と言うと、江戸時代の幕末の武士を想像させる者が多いかもしれない。だが、実際に彼らはその『新撰組』と全く関係がないわけじゃなく、関係はしっかりとあった。
いわゆる江戸時代幕末の新撰組は今で言うところの『初代真撰組』と呼んでいる。現代の真撰組は、十五代目で初代の子孫が受け継いで今の代まで渡ってきてる。
真撰組は吸血鬼の殲滅部隊の中でも特に強い戦闘力を持ち、その頂点に立つ近藤勲は次期国家騎士と期待されている上級騎士であった。
そんな真撰組の隊舎は清水が指揮する警察特務部隊と同じくフミヅキ内にある高層ビル群の中に立っている。
そして隊舎内では今、会議が行われていた。
実は此処最近、王都内で連続殺人事件が起きていた。真撰組も日々、安全の為に見回りをしているのだが、その事件はこの一週間だけでも十六件。かなりの数だ。
今回開かれる会議はその対策とも言える会議だ。
「まあ、内容は分かったと思うが…。ま、そういうわけでだ。怪しいと思うやつは斬れ。オレが許可する。」
真撰組副長の土方十四郎は言う。
「マジですかい。土方さん。オレはどうも鼻が鈍いんで一般人も斬っちまいますぜ」
土方の言葉に沖田は物騒なことを言う。土方が勘弁してくれとため息をつき、
「おーい、皆。今の話はなかった方向で。だが、くれぐれも気は抜くなよ。話はこれだけだ、解散」
と、会議は終わる。
会議として隊士たちは集まったが、どうも土方の忠告のような形で終わった。
その理由としては犯人の所在、そして人物も上手く掴めておらず、手掛かりになる物がわかっていない。さらには十六件起きたその事件現場から採取した指紋などをDNA鑑定しても一致しない。敵は組織的に動いているのか…?そんな疑いも出てくる。そのため、対策と言えども、隊士たちには気を抜くな、気を付けろぐらいのことしか言えなかった。
隊士が全員会議室から出て行ったのを確認して土方は近藤に言う。
「近藤さん。この事件、アンタはどう思う?」
「オレは難しい話は苦手だが…。十六件か…。」
近藤は気難しそうな表情を浮かべた。
「近藤さん、オレ的にはこの薬も原因しているんじゃないかと思うんだ。」
土方は服に隠していた小瓶を取り出す。中には血液のように赤い液体が入っていた。
「トシ、これは……?」
「…『変若水』(おちみず)…と呼ばれているらしい。最近、これが王都の中で出回っている。そして、ここ最近起きてる連続殺人もこれが関係してる筈だ。」
「トシ、この薬は麻薬か何かか?」
「麻薬…とは少し異なっているかもしれねぇが…。ただ、これはまだ聞いた話で断定できる訳じゃないが…。飲んだ奴はまるで鬼のような姿になり、理性を失い、血を求めるために人を襲うらしい。関係ない一般人が襲われる理由としては立派な理由だと思うが…。」
そこで気難しそうな顔をする近藤が何かに思い至った表情を浮かべ、
「まさか、吸血鬼の策略か…?」
「いや、まだ可能性の話だ。だが、これを飲んだ奴は恐らく擬似的に吸血鬼になる筈だ。」
つまり、この事件がもし『変若水』によるものであるなら、それを多数の人間が飲むことが考えられる。それならここ最近起きている事件の数か所の現場から採取した指紋が一致しないのも納得は出来る。
ただ、それよりも問題なのが、これが吸血鬼による思惑なのかということだ。
もし、そうであるなら彼らは何を考えているのだろうか…?
吸血鬼は人間より数少ない。その数少ない吸血鬼を増やすために人間を吸血鬼化させたいのか、或いは王都であるフミヅキを陥落させたいのか…。いずれにせよ我々人間にとってデメリットになることは間違いないだろう。
☆
深夜零時を過ぎた頃。廃墟となった町で人々がうろついていた。
それも白銀の髪に真紅に輝く瞳は吸血鬼に酷似していた。
しかし、彼らは人間だ。ただ、『変若水』を飲んでしまったのだ。それを飲んだ彼らは理性を失い、血を求めていた。一般人の血を吸えないのなら、変若水を飲んだ者同士、殺し合い、血を求めるという始末。これは一般の吸血鬼にもあることなのだが、一般には吸血衝動と呼んでいる。吸血鬼特有の欲求と言っても良い。
そんな彼らの醜い争いを廃墟となったビルの上から楽しそうに眺める者が居た。
「…どうやら人間には変若水は毒のようだな」
リーゼント風な髪型をした長身の男が言う。瞳は血のように赤い。恐らく吸血鬼だ。
「我々の同胞を作る筈の結果がアレか…」
リーゼントの吸血鬼に応じるように胸元を顕わにした赤髪の女吸血鬼が言う。
「しかし、僕達にはどちらにしてもデメリットになることはない。」
髪をツンツンと立てたメガネ吸血鬼が言う。
そう、彼ら吸血鬼にはデメリットにはならないのだ。若変水を飲んだ人間が完全な吸血鬼にならずとも彼らは理性を失い血を求める。それにより一般人なども無差別に襲い、人の世に災厄を齎す。それは吸血鬼にとっては好都合なことであった。
「しかし、同胞を増やすことも必要不可欠と殿下は仰っていた。変若水ももう少し改良が必要だ。」
メガネ吸血鬼の言葉にリーゼント吸血鬼と女吸血鬼も頷く。
吸血鬼は人間が六十億人いるこの世界に対し、その半分である三十億人にも満たない。
また、身体能力面では吸血鬼の方が優勢ではある。しかし、試験召喚システムの開発に伴い、人間の力も上昇してきた。
つまり、今の段階では数の面でも力の面でも吸血鬼は圧倒的とまでは言わないがやや不利な状況に立たされている。
しかし、逆に言えば、吸血鬼は試験召喚システム開発前までは圧倒的なまでの力を誇っていた。彼らに対抗できるのは位の高い聖職者、陰陽師、巫女、または後世にまで名を残した英雄くらいのものだった。
今でもその圧倒的な力は顕在している。ただ、人間の力が圧倒的に上昇してきたために、吸血鬼の持つ力の「圧倒的」というものが薄れているだけだ。彼らが人間側の脅威的な試験召喚システムを上回るだけの力を得る可能性は極めて高いのだ。
「さて、じゃあ今日のところはこれくらいにして、女王様に変若水の結果を報告しようぜ」
リーゼント吸血鬼が立ち上がって言う。女吸血鬼もメガネ吸血鬼も、そうだな、と頷き、その場を立ち去ろうとする。
しかし、後ろを向いたその時異変が起きた。
「ぐ…ぁアアアアアアアアァアアアアアアアアアアッッ」
変若水を飲んだ人間が悲鳴を上げていた。
見ると、その人間は斬り伏せられていた。斬ったのは十七歳くらいの少年だった。
少年は約三十人くらいいるその理性を失った人間を容赦なく斬り裂いていった。
そして、僅か三分ほどで三十人居た彼らは倒れていった。
「誰だ?お前…。どうやら人間らしいが…。」
リーゼント吸血鬼はその少年を睨みつけた。しかし、少年は冷静な声で応じた。
「成程…。この変若水とやらを販売していたのは君達か…。」
「まあ、日本でそれを配ったのは僕達だが、その薬は他の国でも仲間が販売している。」
メガネ吸血鬼は少年を蔑むような瞳で言った。
「…へぇ。」
少年は微笑する。しかし、その笑みから僅かながらであるが、殺気が漏れる。
それに気付いた女吸血鬼は、
「おいおい。まさかアタシ達と闘る気かい?言っとくけど、アタシ達はこう見えて階級は高いんだよ。階級はB級よ。」
そう、吸血鬼にも王都フミヅキの兵士同様に階級が存在した。
上からA、B、C、D、Eの五階級の内B級とは二番目に強い存在だった。
実はこの階級は吸血鬼の一般兵の階級であり、吸血鬼の王族は一般兵のA階級も軽く凌駕してしまうほどの力を持っていた。
「でも、そんなのはやってみなきゃ分からないよ。」
すると少年は黒い剣を召喚した。禍々しいほどの殺気を込めた剣だ。とても濃い息が詰まるほどの闘気を生み出している。
「ハッ。ならやるしかねぇな。死んでも後悔するなよ、餓鬼ッ!」
リーゼントの吸血鬼が吠え、飛び出す。それと共に他の二人の吸血鬼も少年に向かって飛ぶ。
しかし、少年には少しも恐怖、不安、焦燥はなかった。
構える剣の刃先を三人の吸血鬼に向け、少年も前へと踏み出した。
「馬鹿な……っ」
それが吸血鬼三人組の第一声だった。三人組の吸血鬼は三人で包囲して少年を攻撃したが、少年はそれを物ともせず、三人を斬っていった。
メガネ吸血鬼と女吸血鬼は既に息をしていない。恐らく死んだのだろう。
リーゼント吸血鬼だけが辛うじてまだ息をすることが出来た。だが、その息、呼吸とも言える物がとても荒い。酸素を上手く吸い込めていない気がする。それは目の前の少年に対する恐怖から生まれるものだった。
「お…前…、上級騎士…もしくは国家騎士か…?」
少年はその質問に首を振り否定した。
「僕はチンカス級の下級騎士だ。国家騎士とかそんな大層なものじゃない。」
リーゼント吸血鬼は嘘だ、と心の中で叫んだ。吸血鬼のB級兵士はフミヅキの上級騎士レベル以上に相当する。それが下級騎士、それも子供に負けたとあらば、それは相当な恥である。これ程の屈辱的な思いをリーゼント吸血鬼は経験したことがなかった。
「じゃあ、さようなら」
少年は容赦なく弱り切ったリーゼント吸血鬼を斬り捨てた。
更けていた夜が光と共に明けていった。