午前の八時を過ぎた頃…。
十七件目の殺人事件が起きた。清水美春率いる王族特務警務部隊は現場調査を行っていた。
現場を発見したのは八十近い老夫婦だ。ただ、彼らは発見しただけで目撃をしたわけではなかった。そもそもこの現場周辺は廃墟となったビルに囲まれているため人もそこまで通らない。何か事件の手掛かりとなるヒントが欲しいところではあるが、自力で調べるほかなさそうだ。
その現場はただただ不思議としか言いようがなかった。吸血鬼と思われる三人組の死体、そして約三十人にも及ぶ一般人の死体。
それの奇妙さを表す点としては仮にこの三十人の人間が三人組の吸血鬼に挑んだところで、三十人の人間がその吸血鬼三人組に勝てる保証はない。かと言って吸血鬼が高々三十人の人間と闘って戦死するとも思えない。さらに言うのであれば、吸血鬼の傷口は刃傷によるものだ。約三十人にも及ぶ人間側の被害者はバッド、鉄の棒のような鈍器は手にしていたものの、鋭い刃物を持った者はいない様だった。
つまり、三十人の人間と三人組吸血鬼との間で争いが起きたのではなく、この両者を排除した第三者がいるのではないか…というのが清水の考えだが、仮にその両者を消せる人物が居たとして、どうやって消すことが出来たのか…?それを出来る者は相当な戦力を持つ騎士だ。そんな騎士に該当するのは上級騎士以上の者達である。
「さて…。面倒なことになりましたね」
清水は深い溜め息をつく。一週間内でこの王都周辺で起こる殺人事件は十七件。尋常な数ではない。そして、このままでは十八件目が起こる可能性も大いに考えられるだろう…と清水は思った。
「おーおー。スゲェことになってんなァ」
すると隣から呑気そうな声が漏れてくる。清水が驚いて見上げると…。
「な、何故、真撰組が此処に…?」
するとすぐ傍に居た真撰組副長の土方が、
「別に。ただ少し気になることがあって来ただけだ。別にお前らには用はねぇよ。」
と、冷たく言う。
その発言にムッとした清水が、
「この現場は我々の仕事です。帰って頂きたいのですが…」
と邪魔者を追い出すように言うが、奥の方から土方の発言を申し訳なさそうに謝る男が現れる。
真撰組局長の近藤勲だ。
「いやァ~。清水君。トシの生意気な発言には謝るけど我々も捜査に協力させていただけないだろうか…?」
清水はしかめっ面をする。
理由の一つとしては真撰組は国から吸血鬼殲滅を主とする部隊だ。事件がらみのことは清水の王族特務警務部隊に任せればそれで済む話なのだ。わざわざ真撰組が首を突っ込む話ではない。
もう一つの理由は近藤の体臭がクサいことだ。発酵した生ごみよりも酷い匂いだった。
「清水さ~ん、観念したらどうです?じゃないとこんな恥ずかしい写真がばら撒かれますよ~?」
真撰組一番組組長の沖田が清水をからかう様に懐から写真を取り出した。その写真の中身には二人の少女が写っており、一人は清水本人、もう一人は清水の知り合いと思われる少女である。写真の中身の清水はその少女の胸にむしゃぶりつくような態勢をとっている。それも商店街のど真ん中でだ。
「そ…それを何処で…?」
「オレは面白いモノは何でも額縁の中に収めたくてねぇ。あ、無論、清水さん以外の人の恥ずかしい写真もありますよ?」
「お~き~た~」
清水の声が低くなる。
「その写真を渡せぇーーーーーーーッ」
清水は沖田からその写真を無理矢理奪おうとするが…。
「おっと、写真落としちまった。」
そう言い、沖田は写真をばら撒いた。すると、先程まで調査していた部下も、何だ何だと集まってくる。
清水の顔が血の気が引いたように青ざめる。
「おいおい、隊長ってこういう趣味なのか。」
「これってレズ…よね」
「フム…。百合か…。悪くはない」
と、隊員達がその写真を一枚一枚丁寧に見ていた。清水はそんな様子を悔しそうに見ていたが、気を取り戻して再び取調べに戻ろうとする。
「まあ、いつかあの男は葬っておくのでいいです。それよりも何故、貴方がた真撰組が取調べを?」
「ああ、それは…」
近藤が口を開いたその時――――――。
「あの、その話、私も聞かせて欲しいんだけど…。」
奥から一人の少女が現れる。
「木下さん―――?」
清水はその少女がこの現場に居ることに戸惑いながらも真撰組がわざわざ取り調べる理由を聞くことにする。
☆
下級騎士とはフミヅキ兵士の中でも最も低い位の階級である。しかし、フミヅキの法律には上位の騎士クラスに昇り詰めても、怪我、病や法律に違反、そういった理由で降格する者が居る。
しかし、これはかなり多くあるケースで、酷い場合、国家騎士にまで昇格して、一気に下級騎士に落ちるという最悪の事態も過去の例にただ一人だけ存在する。
彼の名は坂本雄二。現在は下級騎士として学校仲間と遊び呆ける毎日だが、六、七年前、まだ年齢的に幼くはあったが、彼は国家騎士の階級に至っていた。それも六番目の第六国家騎士だ。まだ十歳くらいの少年であり、フミヅキの中でも最年少の国家騎士だった。
誰もが彼のことを天才と呼び、何時しか『神童』とまで呼ばれるようになった。
しかし、ある日を切っ掛けに彼は下級騎士まで降格した。一つは自分が所有していた召喚武器が敵に奪われたこと。二つ目の理由としてはある男との戦いで大怪我を負い国家騎士として復帰するのは難しいということ。
普通に成人した騎士であるならば傷が言えればどんなに降格しても上級か落ちても中級騎士くらいなのだが、雄二の場合まだ子供だった。復帰すると言っても上級騎士なんて位はあまりにも高すぎた。彼は幼いながらにして国家騎士になったことでフミヅキの良い部分もより知ることが出来た。しかし、同時に悪しき部分もより知ることとなった。
それを案じたカヲール二世が雄二を下級騎士として身も心も少年として再びその人生を歩むよう勧めた。雄二もそれを別に拒もうとしなかった。
ただいずれまたあの階級に昇り詰めるという野望のようなものはあった。
とは言え、今のこの生活も気に入ってはいた。この悪友たちと馬鹿みたいに騒ぐのも悪くはない、と感じていた。
ただ一つだけ気がかりなことがあった。
自分にとって一番の悪友である少年、吉井明久―――。
彼は雄二にとって掛け替えのない悪友である。彼はいつも先陣を切って問題ばかり起こしている。自分も彼と一緒になり問題を起こすことも多々あるのであまり人のことは言えないのだが、腹立たしい面もある。
しかし、それが人生の中で幸福と思えることもあった。
しかし、明久の瞳は雄二や他の生徒達には一切向いていなかった。無論、教師でもない。何処か遠くを見ていた。
彼が何を思い何を感じ、また何があったのかもよくは知らない。
ただ、それだけが気がかりだった。
******
フミヅキ学園、二年Fクラスの朝のHRは最近の連続殺人事件についてだった。
HRの担当は担任である西村だ。
「え~。皆も分かっている通り今週に入って殺人事件が既に十六件起きているのは承知済みだろう。しかし、今日の夜中ぐらいにまた殺人事件が起きた。死体の中には吸血鬼も居たらしい。王都は吸血鬼の侵入を防ぐために防御用の結界が張られているが、吸血鬼はこの王都内に侵入していた。皆も何時襲われるか分からない。日々安全をとるよう心掛けるように。では、今日の日程について……。」
教室内はざわつき始める。恐らく不安、恐怖から生まれるものだろう。しかし、生徒達がそういった負の感情を持つのは当然と言えば当然である。
生徒は騎士の階級としても下級騎士だ。下級騎士は吸血鬼相手に全く対抗できない。吸血鬼相手に傷一つ付けられる存在ではないのだ。それどころか吸血鬼と面と向かい合ったら瞬殺されるだろう。
「フム。吸血鬼がすぐそこに居ると思うと不安じゃな。」
「…同感…」
明久のクラスメイトである秀吉は不安そうな表情を浮かべて言った。その秀吉の意見に同じクラスメイトであるムッツリーニが頷いた。
「吸血鬼…吸血鬼か」
「どうした?明久?」
明久がとても神妙そうな顔をしていたので雄二が気に掛ける。何かを深く考えているような顔だった。周りが不安という空気の中、彼だけがそんな表情を見せなかった。ただただ冷静に何かを考えている感じだ。
「いや、流石の吸血鬼もウンコ投げつけたら降参するかな…と思って」
「死ね、クソ野郎」
雄二は毒舌を吐く。明久を少しでも案じた自分がアホらしく思えた。
「雄二、そう怒るでない。明久の精神年齢は五歳で止まっておるのじゃ。気を使うのじゃ」
「いや、ちょっ…待って」
流石の明久もそんなもので吸血鬼を降参させることが出来るなんて思っていない。ましてや自分が子ども扱いされるような気遣いなど不要なものだ。
「にしても、十七件か。どうなってんだろうな」
「じゃな。」
「コクリ」
「うん」
雄二の言葉に明久、ムッツリーニ、秀吉が首を縦に振り頷く。
しかし、この時雄二は妙な違和感を覚えていた。いくら深刻な事件とはいえまだフミヅキ学園の生徒はまだ被害が出たという訳でもないので深くかかわっている訳でもない。その為、秀吉、ムッツリーニはすこし他人事のような表情を見せた。
しかし、明久は違った。何か真相を心得ているにも拘らず、雄二たちの話に合わせているような…そんな雰囲気を漂わせていた。悪魔でもこれは雄二の勘であり事実と決まったわけではないが、何か違和感を感じさせるものがそこにあった。
「明久は何か事件について知ってるのか?」
「へ?何を」
明久は呆けたような顔をする。
雄二的にはそれが呆けた振りにも見えた。雄二は少しだけ目を細め、
「イヤ、別に。ただ聞いただけだ」
と冗談のように笑い飛ばした。
「まったく変なこと聞くなよ…。」
と明久も笑った。
だがやはりこの悪友は自分達には一切視線は向けていない。何処か違う、何かを見ていると雄二は思った。
☆
事件現場調査の方では近藤や土方が清水に事件現場調査の同行したい理由を述べる。
それに、第三国家騎士である木下優子も同行する。
「いや、これはオレの個人的な見解かもしれないが、今回の事件にはこの薬が関わっていると思ってな。」
土方は服の中から赤い液体の入った小瓶を出した。
「…?何ですかこれは…」
「…変若水(おちみず)…。これを飲んだ者は強靱な力を得る代わりに理性を失い、無差別に人を襲いだす。」
「無差別に…?」
優子は眉を顰めた。
「ああ。これを飲んだ奴は皆、吸血鬼と酷似した姿になる。いわゆる擬似吸血鬼と言ってもいい。これを使って吸血鬼側は同胞を増やそうとしていたみたいだ。吸血鬼はこれを飲んだ者を『羅刹』(らせつ)と呼ぶらしいが…。」
「羅刹…それってインドでは『速疾鬼』(ラーク・シャサ)よね?」
優子の質問に土方が難しそうな顔をして、
「名前の由来まではオレも知らないが…。」
「しかし、ならばこの三十人の人間の死体は羅刹…ということですか?」
「ああ、で、恐らく三人組の吸血鬼はこの薬を販売していた犯人その物だろうな。」
成程…。と清水は頷いた。吸血鬼の死体が何故こんなフミヅキに在るのかが理解できなかったが、変若水で人間を吸血鬼化させようとしていたのであるならば、納得出来ない話でもない。
その上、これまで起きた十六件の事件も羅刹によるものであれば凶器から採取した指紋が一致しない理由も頷ける。この薬を飲んだ者はこの現場だけでも三十人、それ以外に飲んだ者が居ると見てもおかしくはない。
「でも、この死体の傷跡見て思ったんだけど…少し変じゃないかな…。」
優子は神妙そうな顔をして言う。
「ええ。私もそれは思っていました。吸血鬼側も人間側の死体にもほぼ同じような刃傷が見られる。これは第三者が傷つけたものと見て良いのではないかと思います。」
清水の思考に優子、そして土方も頷く。
しかし、もし、仮に第三者が居るのであれば一体誰が…?そういう話になる。
三十人も及ぶ羅刹に三人の吸血鬼を殺した人物は間違いなく上級騎士以上の実力を持つものだ。
清水は即急に事件の真相となる物を見つけるために調査を再び開始する。