事件現場―――。
そこでは未だ清水達が調査を行っていた。調査は素人ながらも真撰組の隊士たちも手伝ってくれ、一番犯人と疑わしい上級騎士以上の騎士達の事情聴取などを行ったりしたが、事件の手掛かりとなる物は一向に掴めず、手詰まりの状態となった。
「トシ…。」
「んだよ、近藤さん」
近藤と土方も徹夜で作業していたせいか目の下にクマが見える。
「いや、言い難いんだけど…」
「んだよ、さっさと言え」
土方が溜め息交じりに言うと、近藤は、
「う…うんこ漏らしちゃった…」
と青ざめたような表情で言う。
「…………」
土方は無言で近藤を見つめた。普段なら「ハァッ!?」と怒鳴りたいところだったが、何せ徹夜で体力が酷く消耗している。「はァ」と大きく溜め息をつき、そして大きく息を吸う。そして確かに排泄物らしき異臭が鼻に漂うのを感じた。
「山崎、例の物を持って来い」
と静かに命令する。その声はとても冷たく、また視線も冷たいものだったので山崎はぶるっと肩を震わせながらも、その例の物を持ってきて、土方に手渡した。
「そうそう。これがエネルギー供給ってヤツだよ」
土方は吸っていたタバコをプッと吐き捨て山崎に命令した例の物、マヨネーズの蓋を開ける。
「いただきます」
そう言い、凄まじい勢いで吸っていく。
「清水さん、清水さん」
「何、沖田。」
「うちのところの局長と副長がおかしくなりました」
「自分たちで解決しなさい」
と清水はあしらう様にして言った。
実際、真撰組の馬鹿達に付き合っている暇はなかった。清水の頭の中は混乱状態に陥っていた。
取り調べた上級騎士、国家騎士共にちゃんとしたアリバイがあり、証言してくれる人が居る。そもそもこの事件現場は王都から特に離れており、また廃置となっている。そもそも此処をうろつくものは少ないだろう。だが、それは他の騎士達にも言えることである。
そう考えると、やはり上級騎士を厳重に調べた方が良いのかもしれないが、これ以上は何も出なさそうである。
三十人の羅刹、三人組の吸血鬼。これを全て滅ぼす力を持つ騎士は上級騎士クラス以上としか考えられないが、犯人が上級騎士、または国家騎士という考え方に少し固執してしまっているような気もしてきた。
「さて、どうしますか…」
困惑するものの、清水は事件解決の一歩を踏み出すために再び捜査に手を回すことにする。
☆
夜が更けたころ、一人のサングラスをかけた金髪のオールバックの男が暗い町中を歩いていく。男は空、建物、地面あちこちを見回す。その眼光は血のように赤く輝いている。そのことから恐らく吸血鬼だと見てとれる。
「へぇ…。此処が王都フミヅキか…」
男は興味深そうにその街並みを眺めている。昼間みたいに人が賑わっているわけでもないが、この場に初めて来る男にとってはそんなことは関係なかった。新鮮…というのが素直な感想だった。
「さて…と、仕事しますか…。」
町並みに興味を持ちながらも、自分が遊びにやって来たわけではないことを思い出す。
男は女王から言い渡された任務を頭の中で思い出す。一つは王とで変若水を販売し、吸血鬼化した人間、即ち羅刹を増やすことである。
そして、もう一つは二日前に起きたB級吸血鬼三人組を殺害した犯人を速やかに抹殺するというのが彼の任務だった。
「……面倒くせぇな……」
男は溜め息をつきながらボーッと町を歩いていた。
正直、彼はこの任務にはあまり乗り気ではない。むしろ気怠いというのが本音である。そもそも人間を吸血鬼にしたところで所詮は紛い物だ。吸血鬼本来の力を発揮するのは不可能なのだ。
しかし、そんなやる気のない彼だが、三人組の吸血鬼を殺したという犯人に関しては少し興味があった。その犯人は恐らく中々の手練れだろうと踏んでいた。B級戦士と言うと吸血鬼界ではかなり実力を持つ者たちなのだ。そんな彼らを殺せるソイツは滅多に会えない強敵だ、と少し心が躍るようなものがあった。
彼はそういう思考を持つせいか、強者にはかなりの興味があり、例えそれが吸血鬼でも人間でも、闘って強敵となった場合はその相手を称賛し、弱者には一切目を傾けない、そんな性格をしている。
「フン。どれほどの実力なのか、楽しみだ」
そんなことを考えていた時、静寂した町中で男以外の足音が聞こえる。カツンと暗闇の中でも一際響く音だった。今、この場で町を歩いているのは男だけだった筈だが、この足音は男に向かって一歩ずつ一歩ずつ近づいてくる。
そして足音は段々凄まじい勢いでこちらに向かってくる。恐らく走っているのだろう。それもかなり速い。
「………ッッ!!」
すると、男の目の前には銀色の一閃が迫ってくる。その一閃は男の首筋を狙っている。だが、男は顔を傾けて、その一閃を躱した。
そしてまた、銀色の閃光が男に向けられる。男はそれを躱さず、そのまま腕を前に出して構えの態勢に入る。男はその銀色の閃光に向かって拳を入れていく。閃光と拳が触れ合った瞬間、閃光は破片となる。そう、この閃光は短刀の刃だったのだ。
「クソッ…」
短刀を壊されたその《少年》は舌打ちをする。
男はそんな相手の姿に少し驚いたのか目を丸くした。
「なんだ、ガキじゃねえか」
男はもう少し優秀そうな青年騎士とかその辺を想像していたのだが、相手は十七歳ほどの少年である。
「まぁ、良いか」
男はニヤリと笑みを浮かべる。何しろ、今の動きとその速さは尋常ではない。身体能力で勝る吸血鬼でもこれほどの動きを出来る者は中々居ない。男には久々に強敵に合えたという至福があった。
「しっかし、こんな夜中に闘ったら住人達が気付いちゃいそうだよなァ」
と、僅かに不安を募らせる。
元々、人間と吸血鬼は敵同士。此処で少し闘ったくらいでどうと言うことはないのだろうが、騒ぎを大きくするのは御免だった。と言うのも、吸血鬼、人間という集団的立場の意見ではなく、極めて個人的なもので、騒ぎを大きくして周りからの視線を浴びるのが嫌だというのが男の心情だ。
しかし、そんな心情を見透かすかのように、少年が、
「それは心配ないよ。此処一体には防音対策の結界をあらかじめ張っておいてある。爆発とかが起きない限りは気づかれる心配性はそんなにない。」
すると、男は目を細め上を見上げた。どうやら結界はビルよりも少し高いとこから張っているらしい。さらに万が一の為に人避けの対策もしているみたいだ。
「ハハッ。成程。そりゃ、こっちとしては有難い話だが、君にはデメリットにもなりそうだがね…。こう見えてオレはA級戦士だ。この前のB級騎士よりはそれなりに戦闘の心得はあるつもりなんだけど…。」
つまり、男が言いたいのはこういうことである。防音結界は確かにどんなに音を立てても他人には気づかれないだろうが、戦闘中に仮に仲間の助けを必要とする場合は明らかに邪魔なものでしかない。それなら結界を張らずに、多少の近所迷惑であっても音によって助けを得た方が良い。
しかし、少年がそれをしないのにも理由がある。この王都では自分の実力を知る者は誰一人として居ない。そもそも少年はその実力を誰かに明かそうなど少しも考えていないのだ。今までずっとそうして、影ながらもこの町を護った。そして、それはこれからも変わらない。そして誰にも気づかれずに過ごすにはやはりこう言った結界は必要不可欠となる。
いずれは本当の自分に誰かが気付くのかもしれないが……。
「ま、君がそう言うなら、こっちも存分に闘わせてもらおうか。」
男の頬を引きつりながら笑う。彼のその表情はまるで闘いというものを好んでいるように見える。
そして、男は地面を蹴って、前へ踏み出す。やはり、以前のB級の吸血鬼三人組とは比べ程にならないほどの威圧感、身体能力を持っているようだ。
しかし、少年はそんな男を見ても少しの焦燥も見せない。そして、禍々しい殺気を帯びた黒い剣を召喚する。
「………?」
すると男は怪訝そうな表情で少年を見た。
その理由は少年の武器の召喚にあった。何故なら彼はフミヅキを中心とした各国で扱われている『試験召喚システム』による武器の召喚をしていなかったからだ。
確かに召喚術というのはフミヅキが開発した試験召喚以外にも多数存在する。例えば陰陽師などが使用する式神も召喚術の一つで、自分の血を代用して何かを召喚するという方法もあれば、魔術などで召喚する方法など色々と存在するが、この時代においては試験召喚が一般的である。
だが、少年の召喚方法は特殊だった。手の甲に血痕のようなものが浮かび出し、その血痕から剣が召喚してくるという特殊な召喚法だった。
「君は一体……」
だが、男が何かを言おうとする前に少年は動き出す。男も少年が動くと共に動き出す。
少年は勢いよく剣を振り、男もギュッと握り締めた拳を容赦することなく、少年に向けて放っていく。
拳と剣が触れた瞬間、轟音が響き渡る。
「………ッッ…!」
少年は少し気圧されたような表情をする。理由は男の拳がその辺の剣や刀よりも頑丈であり、その拳を剣で受け止める物の、その頑丈さが少年の手首にまで振動し、衝撃が走り込む。
少年は一端距離を置いて再び男に刃向う。そして、フェイントで男の目を惑わせて瞬間的に後ろに回りこむ。そして剣を振るう。しかし、背後を狙うとはいえ、男は少年の攻撃にすぐに反応し、再び拳で迎撃する。
「………ん…?」
今度は男の方が僅かではあるが驚いたような顔をする。鋼のように硬い拳が少年の刃により、衝撃が走る。しかし、男はそれを少しも焦りも恐怖も悔やんだりはしない。むしろ、最高だ、と吠えるように、声を荒げて笑い出す。
少年と男は互いに剣と拳を素早く向け、常人の目では追い切れない速さで闘いを繰り広げる。少年は男の攻撃を素早く躱し刃を一撃、二撃、と入れていく。
しかし、男の体はとても硬く、刃傷を負わすことが中々出来ない。
しかし、それは男の方も同じで拳が思うようには当たらなかった。少年は拳をいとも簡単に躱してしまうからだ。
そんな凄まじい闘いっぷりに、少年が防音対策として張った結界が二人の闘いの振動に衝撃を受けたのか、皹が入り、揺らぎ始める。
「………おっと…」
「くそ、結界が…」
結界が不安定になったところで、少年と男はピタリと攻撃をやめる。
結界が揺らいだ状態では戦闘の轟音が恐らく町中に響き渡る可能性が極めて高い。二人にとってそれはデメリットであった。
男は下手に騒ぎを大きくするのを嫌い、少年もまた、自分の正体が気付かれないままやり過ごすには此処で戦闘を止めるのが良策と考えた。
「フム。まだ、暫くこの闘いを楽しみたいところだが、此処までのようだね。」
「そうだね…」
少年は男の言葉に頷いた。
「僕の名は月光院正宗(げっこういん・まさむね)。君の名乗りを訊こう」
少年は一瞬、自分の名を言うべきか言わないべきか迷う。だが、自分でも何故か無意識に名乗ってしまう。
「………吉井…明久」
男はそれを訊いて満足げに頷いた。
「では、吉井明久くん。その内また会いに来るよ。」
男は手を振り去って行った。
少年は去って行くその男の姿をずっと眺めていた。
*****
何故、彼が―――――?それが木下優子の正直な疑問であった。
優子は少年と男との戦いを気配を消して建物の影から一部始終を見ていた。確かに防音対策の結界や人避けなどさまざまな策が施されていたが、優子は高い霊力、また巫女の扱う占術に優れ、そういった障害物を無視できる。そのため、二人の戦闘はしっかりと目に焼きつくされる。
少年の動き、反応速度、敏捷性など全てが常人とはかけ離れていた。
優子も国家騎士という優秀な戦士な為に動きは目で追うことは出来たが、いざ自分が闘った場合はどうなのか―――?そう自問したとき、自分には恐らくあんな闘いは出来ないだろう、と思った。
そんな少年の実力も実力だが、問題は少年の『正体』だ。少年は間違いなく王都一の問題児、吉井明久だ。しかし、彼は誰もが知るひ弱な下級騎士で、成績も最悪だ。
だが、その戦闘を見る限りでは実力は国家騎士と同格と言っても良い。
だが、あの闘いの実力が本物ならば、彼は今まで実力を隠してたということになる。
それだけではない。
一昨日起きた十七件目の事件の犯人は未だ不明だ。B級の吸血鬼三人、そして約三十人にも及ぶ羅刹を殺せるのは恐らく強力な騎士、つまり上級騎士以上が犯人と考えられた。
しかし、取り調べではどの騎士にもアリバイがしっかりとあった。では誰が犯人なのか…?事件の調査はそこで手詰まりな状態になる。
だが、彼のあの実力であれば、それも可能なのではないか…?
優子はそんなことを考え、溜め息をついた。
「……一体どうなっているのよ……?」
優子は静寂した夜の町中で一人呟いた。