翌朝――――。
カヲール二世は朝食をとっていたところだった。焼き肉用の鉄板を用意し、肉を焼き始める。朝食にしては随分脂っこい食事である。
「チッ。これはスーパーの安い豚肉じゃないか…。竹原のクソ野郎、高級ラム肉も仕入れとけとあれ程言ったのにクソ野郎………」
と、少し機嫌が悪いのか、浮かない顔で肉を焼いている。そして肉用のタレを小皿に入れる。その時、カヲール二世は表情を硬くした。
理由はタレがシュワーと炭酸のような音を立てたからだ。実際にそれは炭酸だった。
「てめっ、これ思いっきりコーラじゃん!」
カヲール二世は思いっきり怒鳴る。誰が一体こんなタレの瓶にコーラを入れたのか―――?無論、大体の想像は出来るが…。
「竹原め、後でぶっ殺す」
そう言いつつ、カヲール二世はコーラをタレ代わりにして肉を頬張る。
そして二切れ目の肉を口に入れようとしたその時、ドアをノックする音が聞こえる。それに気付いたカヲール二世は「入れ」と投げやりな口調で言う。
「失礼します」
入室してきたのは第三国家騎士の木下優子だった。それもかなり堅苦しい表情だ。
「何だ?何かあったのか?」
「いいえ、耳に入れて欲しいことがあります。」
「?…何だ?」
優子は昨日起きた闘いについて全て話した。また、ここ最近起きている連続殺人についても。
それを全て聞き終えたカヲール二世はホゥと少し関心な表情で応えた。
「フン。面白い情報だね。あの王都一の問題児がA級吸血鬼の力を凌駕するほどの力を持っているとはね……。」
「…あまり驚かれないのですね…」
「いや、驚いてはいるさ。ただ、薄々感づいていることでもあった。」
王都一の問題児というのは吉井明久のことだ。彼が問題を起こさない日など恐らくないくらいにカヲール二世を含めた王都の住人が彼の問題児っ振りに振り回されている。とても迷惑な話だ。
「確かに成績は最悪だ。学校からもその報告は受けているし、筆記試験の答えを見ても酷いものだ。解答欄に下ネタしか筆記しねぇクソガキだよ。」
と、直接関わっているわけでもないにも関わらず、カヲール二世は愚痴のように語る。そんな姿を見る優子も、「はぁ、そうですか…」と頷くしかなかった。しかし、その気持ちも分からない訳ではない。
「ただ、アイツの模擬戦闘を見たとき、少し動きにぎこちなさがあった。その攻撃を見えているにも拘らず、反応できないフリを装い、そのまま敗者を演じる……。そこんところが、どうも気に食わなかったけどね」
優子もそれは同感だった。昨日の模擬戦闘の授業でも、どうも動きにぎこちなさがあった。あの時も優子の攻撃を完全に見切り、その上でわざと敗者を装ったに違いない。
「成程、清水が報告してきた十六件目の事件もあのバカが犯人というのであれば、納得出来る面はある。だが、問題はそこじゃないな……。」
すると、急にカヲール二世の表情が険しいものへと変わる。それを見た優子が不安そうに、
「…何かほかに問題が…?」
「問題大アリだ。むしろこっちの方が問題だね。」
優子は息を飲んだ。カヲール二世にとっては吉井明久が相当の実力の持ち主というのは些細な問題らしい。それよりも問題視する点がどうやらあるらしい。
「昨夜の件にしろ、此処一週間の事件にしろ、全て吸血鬼が関与している。それもこの王都内でだ。」
「はい。この王都内に吸血鬼が侵入してくるということは吸血鬼は私達を今、この時でも滅ぼすことが出来る…。」
優子は言う。
つまり、フミヅキは世界の中でも有力な騎士が最も集まる地で、そこに吸血鬼が簡単に侵入できるということは吸血鬼は人間を簡単に滅ぼせるだけの力があって今回のような事件を起こせる、そう優子は考えた。
しかし、カヲール二世は、「違う、そういうことじゃない。」そう言って首を振って見せる。
「一体どういうことですか?」
そう優子が訊くと、
「いいか?過去のフミヅキだったら吸血鬼に簡単に滅ぼされてもおかしくはない。だが、2000年代に入ってからは私が『試験召喚システム』を開発したことで吸血鬼を凌駕できるほどの力は得ているんだ。それに、王都には吸血鬼の侵入を防ぐために複雑な術式を組み込んだ結界が張られている。そう簡単にこの王都は滅びはしないよ。」
「なら、何故今回の事件では吸血鬼はこの王都に簡単に侵入できたのでしょうか?」
その質問にカヲール二世は大きく溜め息をついた。カヲール二世がたどり着いたその答えはとても厄介なものだった。
「恐らくこの王都内に裏切り者がいるか、もしくはフミヅキに恨みを持つ誰かが吸血鬼の侵入を許したのかもしれないな…。」
「そんな……!」
優子は驚愕の表情を浮かべる。
だとすれば、最近起きている連続殺人はただの殺人事件ではなくなる。
何故ならそれは吸血鬼と人間、この両者を戦争に導こうとする裏切り者がいるのだから。
悪魔でもカヲール二世が考えた仮定に過ぎない。しかし、この考えが間違っていると断定することも出来ない。
「ほんと、最悪だよ」
カヲール二世はそんなことを呟いて、もう一度大きく溜め息をついた。
☆
午前八時三十二分、文月学園―――。
普段なら朝のHRが始まっている時間なのだが、担任である西村がどうやら出張でいないらしい。その為、他の教師が代わりをするはずなのだが―――。
「しかし、鉄人がいないとなると今日は一日平和に過ごせそうだな。」
雄二は机に寝そべりながら言う。雄二の言葉に近くに居た秀吉とムッツリーニが、
「少なくとも鬼の補習はなさそうじゃな。」
「…安堵」
などと言う。
だが、それはそれとして雄二の隣の席の明久も何故か居ない。
「この馬鹿は珍しく欠席か?」
「いや、遅刻ではないかの?」
明久は成績が悪く、遅刻は多々あるものの、欠席は一度もない。恐らく遅刻と考えるのが妥当ではあるのだろうが…。
その時、雄二はクラスの異変に気づく。クラスの女子が異様にざわついていたからだ。別に女子の話に興味はまったくないが、何となくこの騒ぎを理由を確認することにした。
「おい、島田。これは何の騒ぎだ?」
「ああ、何かねあそこにこの学園の制服を着た長身の男子があそこにいるでしょ?転入生らしいんだけど」
美波は廊下側を指さして言う。それを見た雄二が「ああ、ホントだ」と頷く。
「で、あの男子結構イケメンだとかで皆騒いでるのよね…。」
美波が少し呆れるように言った。そんな美波を見た雄二が、「お前は興味ないのか?」と訊くが、美波は首を横に振り、「全く興味ないわ」と言う。
そこで雄二は美波をからかう様に、
「まあ、お前は明久一筋だもんな。一途だねぇ~」
などと言う。
そんな風に言われた美波は顔を真っ赤にして、
「イヤ、べ、別にそういう訳じゃないんだけど!」
と怒鳴ってくる。
雄二はその反応を少し楽しみながら「あー、はいはい。分かった分かった」と頷いとく。そんな雄二の表情に美波は納得いかない様子だったが、これ以上の談義は無用に思えた。
雄二は頭のキレも中々の物だが、こうして人をからかうことにも長けている。そのせいもあり、口喧嘩に強い女子なども雄二に対しては屈服してしまう。本人曰はく、それはどれだけ相手を上手く陥れるのが上手いか?という頭脳戦らしいのだが。
そして、その転入生は少しずつ雄二たちの教室に近づいてくる。
だが、雄二はその転入生が何故か気に入らなかった。初対面なので特に憎むような点は無い筈だ。しかし、あの男を何故か許せないと心が自分に訴えかけていた。
(…………初対面…なのか?)
不意に雄二の中で疑問が生まれる。脳の中に在る記憶があの男と会ったことがあると訴えかけてくるのだ。
すると、同時に男は雄二を蔑むように笑みを浮かべる。まるで雄二の真意を見透かすかのように。瞬間、頭が破裂するかのような頭痛が起きる。それと共に忘れかけていた記憶が呼び戻される。
(…オレは…アイツに会ったことがある…アイツは…)
「………高城…雅春…(たかしろ・まさはる)」
雄二は口を開く。それは決して会ってはいけない、此処に居てはいけない存在だった。
「皆、逃げろォーーーーーーーーッッ!!」
雄二は声を上げる。それを見た、美波は、
「坂本、アンタ何を言って――――。」
だが、遅かった。男は低い声で「遅い」と言う。
「………斬れ、『雷切』(らいきり)―――――。」
すると男は雷光を纏った日本刀を召喚する。それと共に刀から発する電撃が生徒達を襲う。
「ぐぁあああああああああああああああああああああッッ」
「キャアアアアアアアアアアアアァアアアアアアッッ」
生徒達の悲鳴が校舎中に響き渡る。しかし、生徒たちの肉と骨は電撃により斬り裂かれる。
「さて、終わりにしよう。」
男の持つ雷光の刃は先程よりも一層強く輝こうとしている。しかし、そこで―――。
「やらせるかよッ!」
雄二はメリケンサックを召喚し、刃向う。
「ああ、坂本君ですか―――。そんなお粗末な武器で僕は殺せませんよ。」
「知るかッ!テメーの好き勝手にさせるかッ!」
すると、高城は持っていた日本刀を雄二の方に放り投げた。
「……お前、一体何を…。」
「それは君に返そう。《君》の武器でしょう?」
雄二はその刀を手に取る。
そう、この刀こそ坂本雄二を国家騎士として成り立たせていた武器だった。『雷切』という刀は戦国時代の武将、立花道雪が雷を切ったことで知られる刀である。
しかし、その武器は六年前、この男、高城雅春との戦いで奪われてしまった。雄二はまだその頃は年齢的に幼くはあったものの、国家騎士という位を得ている国の代表とも言える騎士だ。そんな彼を高城は簡単に負かし、そして雄二の『雷切』を奪ったのである。
しかし、刀はこうして再び雄二の下へ戻ってきた。―――ということは雄二は再び国家騎士としての力を取り戻したことになる。
「今度こそ、お前の首を掻っ切ってやるよ。」
「フ…。それは面白い。是非やって欲しいものです。」
すると、高城は別の武器を召喚した。気圧されるほどの殺気だった剣だった。剣の分類としては魔剣クラスに区分けされるだろう。
その名も『怒り』(グラム)。人々の間では「魔剣グラム」と呼ぶ者もいる。この剣は「ニーベルンゲンの歌」の主人公とされるジークフリートが持つ『竜殺しの剣』(バルムンク)もモデルともされているらしい。
「……行くぞ、『雷切』―――。」
「さて、やりますか……。『怒り』(グラム)」
二つの刃が交える瞬間だった。
*****
明久は一時間遅れて登校してきた。昨夜、彼はある吸血鬼との戦いであまり眠れなかったのである。そして起きてみれば、既に一時限目の授業が始まっている時間だった。このままサボって休もうかとも思ったが、運良く、西村が出張に出かけて居ないというのを思い出して、結局、学校に行くことにしたのだ。
通学路である商店街をいつものように通っていく。だが、どうも町の人々の様子がおかしかった。普段のように賑わっているのではなく、何か不安に駆られてざわついているという感じだった。
しかし、明久は特に気にすることもなく、歩いていく。まぁ、こんなこともあるだろうと、適当に受け流したのである。
だが、少しずつ学校に近づくと共に明久は異変に気付いた。学校周辺の住宅街には人の気配がしなかったからだ。よく見ると、ドアが開けっぱなしなど、何かに恐れて飛び逃げたような痕跡があった。
「………?」
その理由は少し立ち止まって考えるが、よく分からない。何か事件でもあったのだろうか―――?
しかし、考えても分からないものは分からないので、取りあえず学校に行くことにする。
学校の校門に入り、そのまま昇降口へ向かう。そこで、妙な匂いを感じた。錆びた鉄の匂いだ。
「これは…血…なのか?」
明久は少し青ざめたような表情をする。すると、廊下の床は鮮血に塗れていた。生徒達が倒れ、うめき声を上げていた。
中には死んでいる者も居るだろう―――。
「一体、どうなっているんだ?」
明久は血相を変えて学校中を走り回る。