いや、ほんとすみません。はい。言い訳はなしです。来年こそがんばります。たぶん
――――激しい雨に混じって断末魔が聞こえた。
左後方からの砲撃音を確認。体を思い切り前に倒しながら前進、どうにか回避成功。砲弾が首元の間近を通過していく風圧で髪が乱れるが気にしている暇はない。時間差を置いて後方から追撃を行うような動きを感知した。
――――回避不可。衝撃を和らげるために思い切り前に跳躍する。
首を狙ったのか、前傾になりながら跳んだことで背中を掠めるような形で攻撃を受けた。衝撃とともに体が大きく前方へと吹き飛ばされる。飛ばされた方向には敵艦がいないことは確認している。大型砲ではなかったことと直撃を受けたわけではないため損傷は軽微。戦闘は続行。牽制として後方を振り向きながら一発のみ主砲で砲撃を行う。
――――命中。どうやらすでにある程度のダメージを受けていたらしく、砲弾の命中した駆逐艦は怨嗟の声を上げながら海の底へと沈んでいった。
敵艦、残り二体。二体ならば逃げられる。こちらが駆逐艦であるのに大して相手はどちらもこちらよりも遅いことがわかっている重巡洋艦と人型をした謎の深海棲艦だ。
戦闘を開始してからいまだこちらを見続けるだけの謎の深海棲艦が空母であったとしても、この悪天候の最中で艦載機を飛ばすことは非常に難しいだろう。背後に意識を向けながら、即座にこの場を離れる。燃料が尽きてしまえばそこが自分の墓場だ。
こちらの戦力は自分だけ。同じ艦隊の艦娘たちはすでに鎮守府へと撤退している。予想の出来なかったこととはいえ、哨戒任務を行うだけのために戦力は過剰に必要ないとして駆逐艦と軽巡洋艦のみの編成になっていたことが災いした。
まず旗艦の軽巡洋艦が大破した。
上空には爆撃機や索敵機は見当たらず、水中へと常にとばしているソナーにも反応はなかった。もっといえば、常に確認している電探にも一切の反応はなかったのだ。わけがわからなかった。旗艦は辛うじて大破で止まってはいたが、それこそいつ沈んでしまってもおかしくはないような負傷具合だった。
提督に謎の攻撃により旗艦が大破したことで哨戒任務を中止して一旦帰投する旨を説明し、鎮守府へと帰投していた最中の事だった。
今度は魚雷の反応を感知した。その数は数えきれるようなものではなかった。幸い一部の魚雷同士の間にはどうにか通り抜けられるような隙間があったため、即座に回避行動に移って全速で鎮守府へ向かった。
それでも間に合わなかったのだ。いや、正確に言えば、すべて相手の掌の上だったのだろう。
初めの攻撃は旗艦に甚大な被害を負わせることで、またはあわよくば轟沈させることで撤退させるための一手。次の魚雷の配置に穴があったのはその方向に一時的であっても進路を固定するため。何層にもわたる波状攻撃を行いながら同じ方向に穴を開ければ、必然的にそちらに向かうことでしか回避することはできなくなる。
そしてそれを抜けた先で深海棲艦の艦隊と出くわした。重巡洋艦が一体、軽巡洋艦が二体、駆逐艦が二体、そしていままでに行ってきた任務、閲覧してきた資料の中で一度も目にしたことのない人型の謎の深海棲艦が一体。
旗艦の損傷などからして、勝ち目がないことは明白だった。そもそも誰かが大破しているような状況下では撤退以外の選択肢はない。即座に進路を変更し、迂回する形で海面を蹴った。
そこからはただただ追いかけっこが続いた。途中で艦隊の面々が疲弊し始めたのが表情に出ていた。そこで自分が殿を務めることで他の面々を逃すことを提案した。当然ながら危険だとして却下された。実際のところ旗艦が負傷したことで艦隊全体の進行速度が落ち、敵艦隊を振り切ることができないというのが真実だった。
だからこそ、旗艦が自分が囮になるなどと言いださないようにこの手しかみんなで生き残る道はないのだとそう説明した。
この頃にはすでに土砂降りの雨が降っていた。
提案は受け入れられた。彼女らは何度もこちらを振り返りながらも、そのとき出せる最高速度で去っていった。最後に自分は幸運艦なのだから生き残るくらいは難しいことではないと言ったのがいまだに尾を引いているらしかった。
そうして自分と深海棲艦は向き合うこととなり、戦闘を行っていまこうしてどうにか逃げようとしているのだ。
が、やはり無理だったらしい。
いまでこそどうにかギリギリで振り切れる速度を維持できているが、深海棲艦に援軍が来ているようだ。内訳はわからないが、それでも今後逃げ続けていれば疲弊しきった自分よりも速くなるだろう個体が何体かいるのはわかる。
それでも相当長い時間は稼げたはずだ。みんなはきっともう鎮守府にたどり着いているだろう。そして援軍も鎮守府を出発し、そろそろこの海域へと着くはずだ。だから、そう、大丈夫。きっとなんとかなる。何せ自分は――――
そうして、意識が暗転した。
――――目が覚めた。
目が覚めたことはわかったが視界が黒一色に染まっている。瞼は開いているはずだ。
おそらくは寝ぼけているのだろうと寝起き特有のぼんやりとした思考回路で考えて一度目を閉じる。なんだか全身が暖かくて心地よく、どこかでかいだことのある香りがする。二度寝をしたい気分だ。
そのまま意識が暗転しそうになり、そして先ほどまで見ていた夢を思い出した。なぜなのかはわからないが夢の中で見たものだけははっきりと覚えている。
海の怪物。亡き艦の怨念。――――深海棲艦。様々な通説を立てられているそれはいつ、どこから、どうやって発生したのかも定かではない謎の生命体。わかっているのは艦娘のように燃料を原動としていること。自然に発生したとは思えないような武装をした異形、または艤装を持った女性の形をとること。そしてなぜか人類を目の敵としているかのように積極的に襲撃してくること程度だ。
夢の中の自分はそれに追われながらどこかへと向かおうとして……追われて?
どうして海にしか存在しないはずの深海棲艦が人間である自分を追っていた? 夢だからそんなこともあるといってしまえばそれまでだが、気になる。自分には艦娘になりたい願望でもあったのだろうか。それとも女の子になりたかった……?
カット、カットだ。この思考はまずい気がする。
そんなことよりも今はこの暖かな感触を長く味わう方が優先だ。そう思って目の前のなにかを強く抱きしめ引き寄せる。
「ん……、そんなにきつく抱きしめられると、少しきついよ……」
「………………ぇ?」
いまどこから声が聞こえた? この聞き覚えのある声は誰のものだ?
目を開く。目の前は黒一色で……いや、違う。明かりがあるのか少し色があることがわかる。これは、ベージュ色だろうか。
考えてみれば頭を撫でられているような感覚もあるような……?
ゆっくり、ゆっくりと視線を上に上げていく。まず目に入ったのは白い首元。鎖骨が見えることで扇情的な雰囲気すら漂っているような気がする。
次に黒く艶やかないくつもの線……髪だ。それが首元を見る自分の視界にいくつも入り込んできて、扇情的な雰囲気を出すのに一役買っているように思う。
そしてそこからさらに視線を上に上げればほっそりとした輪郭と同時に顎が見え、唇が見えた。潤った、魅惑的なそれに吸い寄せられるように近づこうとしたところで何を思ったのかふと視線があがった。目が合った。青みがかった、きれいな瞳。きらきらとしたそれには、見つめる自分の顔が映っていて――――
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
「わ、と、と」
なにかじゃない、時雨だ。時雨を抱きしめていたんだ自分は。気づいて思い切り離れようとした、が、今度は反対に時雨から引き寄せられた。もっとわけがわからなくなる。顔が熱い。きっといま自分は耳まで真っ赤だろう。
「あぶないよ」
「え、あ、いや、あの、その」
「病院のベッドは狭いんだからおとなしくしてないと」
「あ、うん。あの、ありがとう」
「気にしないで。もう、落ち着いた? 大丈夫?」
ぜんぜん大丈夫じゃない。そう言いそうになって不安にさせないために口をつぐむ。
こうなっている原因は……そうだ、自分はまた取り乱したんだ。それを時雨になだめられた……といったところだろうか。なだめられたという表現が合っているのかはわからないけど。
みっともないところを見られた。その恥ずかしさにまた顔が熱くなる。
引き寄せられた体勢から、強く抱きしめられる。なるほど、これはたしかに少し息苦しい。違う、そうじゃない。なんで今度は時雨が抱きしめているんだ。
「まだ落ち着かないなら、しばらくこうしててあげる。だから安心して」
泣きそうになった。この状態になったときにこんなに優しくしてくれた人は今までいなかった。ありがとう、と震えていそうな声で一言つぶやいて、今度はやさしく、でもすがるように抱きしめた。