でも遅くなりました。ごめんなさい。
今月中何をしていたのかは活動報告に書いておきます。言い訳も聞いてやろうという方はそちらをご覧になってください。
なお、後半からは少し暴走してる感じがあります。一応ざっと目を通してから投稿していますが、文法の間違いや誤字脱字などありましたらご指摘くださるとありがたいです。
「来てくれてありがとう。羽川祷くん……だよね」
「え、あ、そう……です」
開口一番にそう確認された。緊張のせいもあってか、言葉を詰まらせながらもなんとか返事を返す。少女はなにやら、子供を見守るような、慈しみのこもった目でこちらを見ている。非常に恥ずかしい。顔が赤くなっているのが自分でもわかるほどに、自身の顔から熱を感じる。生暖かい目で見られているのがかなりの精神的ダメージとなってしまっている。いっそのこと、思い切り笑われた方がましな気さえするほどだ。母がいた方を振り返ってみれば、そこにはちょうど退室しようとする母の姿があった。曰く、他の病室にも行かないといけないからここは頼んだ、とのこと。そんなことを部外者である息子に頼んでいいのかと不安を覚えるが、黙ってうなずいて送り出す。仕事があるのは事実なのだから、自分のわがままでとどまらせるわけにはいかないのだ。
母が出て行ったのを確認してから、改めて少女のほうへと向き直り、慈愛のこもった優しすぎる目線を受け止めた。きっと彼女なりの優しさなのだろうその視線から感じる
「繰り返すけど、来てくれてありがとう。そしてなにより、僕を助けてくれてありがとう」
それはお礼だった。自分を助けてくれたことに対するお礼だった。その言葉からは感謝以外の意思は何一つとして感じられない。
命を助けられたことによる達成感はあった。もし自分の行った応急処置が不適切だったらという不安や恐怖もあった。そんな感情が、思考が、どこか遠くへと吹き飛んでしまうほどに、他人から真剣に感謝されるということで嬉しく思えるなんて知らなかった。
嬉しさだけではなく、感謝されたことへの若干の気恥ずかしさや達成感など、いろんな感情を一度に感じてしまったせいか、頭の中がごちゃごちゃとしていて、どういたしましてと返すのが精いっぱいだった。こういう状況ではほかに何と言えばいいのか。自分の脳内をどれだけ漁ろうと、友人や学校の教師以外とは基本的に話すことのない自分ではそれを思いつくことなどできなかった。
そしてこちらの返答を受け取った少女は、再び口を開いて話し始める。
「僕の名前は
君のことはね、担当の看護師の奈緒さんから聞いていたんだ。僕を助けるためにとても頑張ってくれて、目が覚めるまでずっと心配してくれていたって」
時雨と名乗った少女は、こちらの名前を知っていた理由を話した。奈緒というのは自分の母の名前なので、母が何か自分について話したということならば、名前が知られていたとしても不思議ではないだろう。しかし、普通は名字も一緒に名乗るものではないだろうかと考えて、何か事情があるのではないかということに思い至り思考を中断する。本人が言わないのだから、他人が詮索すべきことではないだろう。
こちらが無駄な思考を続ける間も穏やかな笑みを浮かべて待っていてくれた少女――時雨に、これだけは聞いておかねばなるまいと思い周りを見回して、念には念を入れて母がこの場にいないことを確認してから質問する。
「ええと、それじゃあ時雨。一つだけ聞かせてほしいんです。…………母さんは、俺のことをなんて言ってました? 俺という人物像というか、人柄というか、そういったことに関してです」
時雨はその質問を受けてきょとんとした顔になる。
何かおかしなことを言ったのかとつい先ほど自分が問いかけた際の言葉を思い返してみるが、どこにもおかしいと思われる部分は見受けられない。もしかすると、自分は他人から何と言われようと気にしないような人間だと思われていたのかもしれない。もしそうなのだとすれば、間違いなく母が何か間違ったことを教えているはずだ。母さん許すまじ。
「敬語じゃなくていいよ。恩人に敬語を使われるのは、なんだかむずがゆいんだ。
それから奈緒さんが話してくれたことだけど。祷くんは普通の、それこそどこにでもいるような学生だってことを言っていたよ」
敬語でなくていいとのお許しが出た。しかしこちらの呼び名は”くん”付けである。普段その呼ばれ方で呼ばれないせいなのか、なんだか気恥ずかしい。だがまあ、初対面なのだからこういうこともあるかと自分を納得させて時雨から伝えられた情報を考える。なんというか、当たり障りのない内容ではある。しかし時雨はあまり間を置くこともなく答えてくれた。嘘だとは思えないが、それについて追及したところでおそらくかなり不毛な会話になるだろうことは予想できる。よってその話題には触れず、ただ情報をくれたことに感謝の意だけを伝えることにした。
「そうか……。ありがとう。うちの母さんから変なことを言われてないか、少し心配になってしまったんだ。
それと、その、”くん”付けじゃなくて、呼び捨てで……祷って呼んでくれると嬉しい」
言い切った。これで少しは仲良くなれるといいなとか、もう少しお近づきになりたいとか。そんな私的な感情を多分に含んだ要求ではあったが、なんとか言い切ることができた。が、自分の視線は窓の外でぽつぽつと降り注ぐ小雨に集中してしまっている。なんということでしょう。つい先ほどまでは時雨の綺麗な瞳を真剣な目で見ていた自信がある。だが、要求というか、お願いを話し始めたあたりからだんだん視線がそれてしまい、最終的には窓に張り付く水滴に向かって話しかけていた。自分がへたれだという自覚はあったが、まさか呼び名に関しての話題ですらこうなってしまうとは、情けない限りだ。
勇気を振り絞り――この程度のことで情けないのだが――時雨にちらりと視線を向ければ、黒髪の少女は長い髪をだらりとたらしながら俯いて――だが髪がおかしな形になることもなくさらさらと流れている。実にさらさらだ。撫でまわしたい――、口元を抑えながらぷるぷると震えていた。これはもしかしなくても笑われているのだろうか。なんというか、頑張った結果が笑われるというのは少しショックを受ける。
「ふ、ふふ……。ご、ごめんね。笑うつもりは、なかったんだけ、ど……。ふふ……すう…………はあ。うん、落ち着いた。
ごめんね、本当に笑うつもりはなかったんだ。ただ、顔を真っ赤にしてる祷がなんだかおかしくて、つい……」
自覚していたことを指摘され、余計に顔が熱くなる。もう火を噴いているんじゃなかろうか。が、ふと気づく。いま、もしかして名前で呼ばれなかったで候? いや待て、日本語がおかしなことになっている。落ち着くのだ自分。少し前の授業で英語教師が言っていたことを思い出せ。
――――「いいかお前ら、英文を和訳するときは翻訳サイトに頼るなよ。こないだ”ミニトマト”を英訳して、さらに日本語に再翻訳したらプチトマトになったという事案が発生してだな……」
至極どうでもいいことだった。あの人はだめだ、変にネタが通じるところがあるから他にはネタとして使えるような話題しか覚えてない。というか、そもそもミニだろうがプチだろうが、どっちだってかまわないのではないだろうか。個人の表現の問題なわけだし。この件はこれで解決ということにしよう、あまりにも不毛だ。
閑話休題
なんであれ、どうやら名前で呼んでもらうことには成功したらしい。嬉しすぎて、いまなら水素結合を自力で引きちぎることすらできそうだ。うん、何言ってるのか自分でも理解できない。その舞い上がった気持ちのまま、ふと時雨の腰かけるベッド脇の時計に気が付いた。その針は午後六時十五分あたりを示しており、面会時間終了まで残り十五分程度しかないということを表していた。
時間が近いことを時雨に伝えて、そろそろ退室しなければ。そう考えて時雨に話しかけようと彼女を見れば、彼女は手元にある、いましがたまで自分が見ていた時計を見ていた。なぜだか、話を切り出せない。声をかけようと口はぱくぱくと動くものの、音を発することを忘れてしまったかのように言葉が発されない。話しかけられない。それほどまでに、時雨は今にも消えてしまいそうな雰囲気をまとっていた。
四月からは学校も始まりますので、今後の更新ペースは今回(2~3話間)と同じくらいになると思います。申し訳ありません。