おそらく次はこれ以上になると思います。ひと月後というと試験間近なので、そちらに力を入れなければならないのです。
申し訳ありませんが、お待ちいただけると幸いです。
まったくもって理解ができない。なぜこうなるのだろうか。
本来ならば簡単であるはずの数学の基礎問題を解きながらそう考える。確かに最近は、いろんな意味で丸いあの数学教師の話を真面目に聞けていなかったかもしれない。授業中に別のことを考えていたことが多々あったし、実際に集中できていないと何度か注意も受けた。だがそれでも、少なくとも課題はきちんとこなせていたのだから、この程度の問題は解ける……はずだった。だがしかし、現状では全く理解ができない。
恥ずかしいが仕方がない、隣席に座る小柄な女子生徒――筒井さんに解き方を聞いてみようか。たしか彼女の数学の成績は悪くはなかったはずだ。
「筒井さん、筒井さん。ここはどう解けばよろしいのです?」
…………無反応である。何も反応がないというのは不安を掻き立てられるもので、彼女に嫌われているのではないだろうかとか、そんなネガティブなことを考えてしまう。
肩を叩けばさすがに気づくはずだ。もし本当に嫌われているのならば無視するだろうし、単に聞こえていないだけなら何かしらの反応を返してくれるだろう。そう考えて、軽く二度ほど彼女の右肩を叩く。
「はひっ!?」
肩を叩いてみると、彼女はがたっと椅子を鳴らしながらこちらを見た。続いて話しかけたのが自分だと気付くと、驚愕に染まっていた表情を安堵したようなそれへと変化させた。なぜに怯えられたのだろうか。その点は解せないところではあるが、自分に話しかけられたことを確認したときに見せた安堵の表情がとても可愛らしくて癒されるものだったので追及はしないことにする。驚かれたのは地味に傷ついたのだ。
「あ、えと、ごめんなさい。問題を解くのに夢中で聞こえてなかったです……もう一度言ってくれませんか?」
「あ、うん。ええとさ、ここの問題ってどう解くの?」
「それはですね、まず両辺にこれをかけてから……」
どうやら驚かれたのは問題に集中していたためらしい。本当に聞こえていなかっただけのようで、少し安心する。隣の席の人から嫌われてしまえば、次の席替えまでの間をぎすぎすとした空気の中で暮らすという苦行を強いられることになるので、とても楽しいとは言えない学校生活になってしまう。それはごめんだった。
ともあれ、筒井さんはとても丁寧に解き方を教えてくれて、つい先ほどまで全く理解できていなかった問題がすんなりと解けるようになっていた。
「なあ羽川、今日街に遊びに行かないか? このクラスの中から十人くらいでカラオケに行くことになってんだけど」
放課後――といっても、今日は土曜日であるために午前中で授業が終わり、時刻はいまだ十二時三十分頃だ――になると、右隣――筒井さんとは逆側にあたる――の席に座る友人からそんなお誘いがやってきた。たしかにここ数か月ほどはそういった遊びに繰り出すこともなくいたのでここらでカラオケに行くのもいいかもしれない。しかし、今日はすでに先約が入っていた。相手にきちんと説明すればあの儚げな笑顔とともに”いってらっしゃい”と送り出してくれそうではあるが、先週、また次週に会いに来ることを自分から言い出して彼女と約束したので、そんな自分勝手なことはしたくない。
そういえば、今回は自分から行くと言ったのに見舞い品などの準備を何もしていなかった。花は基本的に持ち込めないが、果物くらいなら大丈夫だろう。かごに入っているような多量のものではなく、リンゴをいくつか持っていけば問題ないだろうか。病室ですぐに食べられるし、皮をむいたりしなければ保存もきく。ベタではあるものの、無難で、なおかつベターな選択ではないだろうか。というか、入院患者に対して何を持っていけばいいのかなんていままでに考えたこともなかった自分にはこの程度しか思いつかない。今度何を持って来ればいいかは本人に聞いてみよう。彼女自身の欲しいものが手に入るのが一番だろうし。
そう考えて、友人へと遊びには行けないが、用事があるので街まで一緒に行くだけならできるということを伝える。用事があるなら仕方ないか、とぼやいた彼は、周りのクラスメイトに羽川は不参加だと伝えて回っていた。えー、と声を上げる別の友人に軽く謝罪を入れててきぱきと帰り支度を始める。ときたま友人たちが話しかけてくるので、それに反応を返しながらの作業だ。そうやって教室を出るころには、時計の針は一時を示していた。
「そんじゃあ、また明後日に学校でなー」
手を振る友人たちにこちらからも手を振り返し、彼らの向う方向とは真逆の方へと足を進める。地元の人間からは”街”と呼ばれることの多いこのアーケード街”佐世保四ヵ町”は、同じ通りに存在する”佐世保三ヵ町”を含めると南東から北西に向かって約一キロメートルもの距離がある。買い物を済ませたのは四ヵ町の中でもかなり三ヵ町に近い位置にあるデパートであり、基本的に高校生くらいの若い年代の遊ぶ場所というのは四ヵ町に存在している。そのため、彼らは四ヵ町の中心部へ、自分は逆に三ヵ町を抜けて彼女のいる病院へと向けて歩くことになり、進む方向が逆になるというわけだ。そして複合病院はここからかなり近い位置にあり、十数分程度歩けば到着する。左腕を上げて腕時計で時間を確認すれば、現在時刻は三時を少し回ったところ。面会時間の終了まではあと三時間以上もある。ゆっくり歩いたとしてもかなりの時間が取れるはずだ。
そういえば彼女は学校の話が聞きたいなんて言っていただろうか。自分の通う学校は一般的な高校とはかなり違いがあり、”異質”とでもいえばいいのか、そんな学校に通っている。そのためどんな学校かを話すだけでも十分に話題性があるだろう。”佐世保のガラパゴス”の異名――学校内部の常識が他の一般校のそれとあまりにかけ離れており、陸の孤島とでもいうべき孤立が進んでしまったことからそう呼ばれる。基本的にこちらの学校関係者が自嘲するときに用いられる――は伊達じゃない。
そんなことを考えながら歩みを進めていると、だんだんとあたりから人気がなくなってきた。これが三ヵ町の特徴だ。四ヵ町が活気に満ちていて全国展開されているような大型の店舗があるのに対して、こちらは昔から存在する個人経営の小さな店しかない。四ヵ町の大型店舗に顧客をとられたことでそのほとんどがすでに営業をやめてしまっており、かろうじて残っている数少ない店舗も経営はかなりギリギリだと聞く。数年前に旧港の方にできた”佐世保五番街”に顧客をとられた影響もあったのだろう。
そんな静まり返った――寂れているともいえる――通りを抜ければ国道に出る。左に曲がって道なりに進めばすぐに複合病院に到着するはずだ。すぐ近くには”佐世保鎮守府本部”や”米軍基地”などがあって一般人はあまり近づかない通りでもある。やはり軍人が多い地帯だというだけでも少し近づきがたいものがあるのだろう。ちなみに軍に所属している人々はたいてい陽気なおじさま方だったりする。幼いころから病院内によく入っていた自分は、軍の医務室も内包している複合病院でそういった人々に会う機会が多かったのだ。よく怪我をする人などには顔見知りも多く、中には今でも親交のある人もいる。
閑話休題
時雨には何から話していけばいいだろうか。彼女がわかるように話さなければならないので、頭の中にきちんと話の順序を立てて刻み込みながら目的地へと歩みを進めた。
そらは、おおきなおおきなくもにおおわれていた。
次回、唐突の雷雨
そろそろ雨に関わるようなサブタイトルが難しい。あと3つくらいしか候補がない。
そういえば、今回の春イベント、皆様はどのようにされていますでしょうか。
作者は航空戦艦を育てていなかったもので、E3までクリアしたところで終わることにしました。あとは卯月を見つけるだけです。
ではまたいずれお会いしましょう。